あきる野市配架基準撤回までの経過と学習会レポート~公民館の「利用者」から「主権者」へ~

(NPO)多摩住民自治研究所
土屋文子(公民館利用者ネットワーク(くらしと福祉をよくする市民の会))


1.突然、会報「やまぼうし」が公民館に置けなくなった

「くらしと福祉をよくするあきる野市民の会」は2000年、介護保険導入をきっかけに福祉や介護のことを市民の目線で学習、行動する会として発足しました。以来ほぼ一ケ月に一度、会報『やまぼうし』を発行し、現在九六号に至っています。創刊以来、公民館はじめ、図書館、社会福祉協議会、包括介護支援センター、店舗などに置いてきました。

それが、2015年11月5日、90号を公民館に持っていくと突然、「待った」がかかりました。文中の「戦争法」という文言が一般的でないから、と窓口の職員。指摘されたのは、「国会で決議されてしまった『戦争法案』ですが、多くの市民は平和憲法の下で安心して暮らせる生活を願っていると思います」という「会」代表のあいさつ文です。文中にたった一回出てくるだけです。これのどこが問題なのでしょう?

公民館を管轄する生涯学習部の課長(館長)、係長に会談を求め、理由を尋ねました。すると、「文言は問題ない、窓口で言ったことは間違い、謝罪する。だが、やまぼうしは配架できない。『あきる野市中央公民館におけるポスター・チラシ等の取扱基準』(以下「基準」)を11月20日に決めた。それに該当しないから置けない」ということでした。

くらしと福祉をよくするあきる野市民の会の会報『やまぼうし』
くらしと福祉をよくするあきる野市民の会の会報『やまぼうし』

この「基準」とは、チラシが置ける団体を、官公庁、学校幼稚園等、社会教育関係団体(要登録)、市・教育委員会の後援事業、公益性のある団体(PTA、社協等)だけに制限し、さらに、これらの団体でも教育委員会が不適切と判断すれば置くことができない、というものでした。私たちの会は社会教育団体に登録をしていませんでしたので、置くことができません。一五年間も活動してきた私たちの団体は社会教育団体とは見なされず、排除される存在なのでしょうか? しかも、後から作った基準に従えというのですから、とうてい納得できるものではありません。

土屋文子(つちやふみこ)
土屋文子(つちやふみこ)
63才主婦、あきる野市在住。2000年より、くらしと福祉をよくするあきる野市民の会・事務局。2008年より、NPO法人理事(障がい者支援事業)
※写真は社会教育研究全国集会で発表をしている土屋さん。

実は直前の11月3日の市民文化祭では、公民館側から、あきる野9条の会や新日本婦人の会の展示が、政治的であると指摘され、一部展示替えを余儀なくさせられていたのです。当の公民館は、一部の市民から「文化祭にふさわしくない展示がされている」と苦情を言われ、それをそのまま、団体に取り次ぎ、取り下げを迫ったようです。後の12月市議会ではある議員(自民党志清会)が、この問題を取り上げ、文化祭で政治的スローガンを並べている団体があり、見苦しい、文化とは言えない、市としてどう対応するつもりか、と質問し、部長は文化祭運営委員会と協議する、と答えています。直前のこの一件があったからこそ、公民館の職員は「戦争法」の言葉にひっかかったのでしよう。トラブルに巻き込まれたくないために、先取りしたというのが本音ではないかと思います。

しかし、検閲以前に門前払いをするようなこの「基準」はとうてい納得できるものではなく、「くらしと福祉をよくするあきる野市民の会」として、生涯学習担当部長、生涯学習スポーツ課長と話し合いを重ねてきました。部長は、憲法、教育基本法、社会教育法は守る、検閲ではない、表現の白由を侵さないのは当然だ、と言いつつ一方で、市民の安全のため、公益性、公平性を担保するため、「基準」は必要だと頑ななまでに撤回を拒否してきました。教育長に面談を求めても門前払いされました。

2.学習会と「公民館利用者ネットワーク」立ち上げ

こんな「基準」が通れば、市民団体は息の根を止められてしまう、私たちだけの問題ではない、もっと多くの市民に知ってもらおうと、2月21日「公民館ってなんだ」と題した学習会を開き、同時に「公民館利用者ネットワーク」を立ち上げることにしました。学習会は、この間、相談にのって頂いていた月刊社会教育の編集長で明治大学講師の片岡了先生、大東文化大学教授の宮瀧交二先生に講師をお願いし、63名の参加で盛況でした。

学習会では、公民館は市民のたまり場、市民の大学、市民の自由な学びを保障し、支援してくれるところ、運営は市民とともに、公民館運営審議会などで意見を聞きながら進めるもの。しかし、現状は、職員が減らされ、非常勤化が進み、専門職が少なくなっている、民営化が進んでいる、その中で公民館が弱体化し、自律的に決められなくなっている。あきる野市も例外ではなく、この流れの中で今回の事も起きているのだとわかりました。私たちの認識は、公民館はただの貸し館、公民館運営審議会(公運審)がいち早く廃止(平成12年)されていたことも知りませんでした。その認識の低さが今回の事態を招いたともいえます。学習会に続けて、公民館利用者ネットワークを発足させました。基準撤回、市民参加の公民館運営を目的にしたこの会が、その後の運動の担い手となっていきました。

3. ネットワークの取り組み

3月議会では、学習会に参加した市議会議員3名(共産党、くさしぎ)が、この問題を取り上げました。延べ30数名が傍聴する中、「基準」の不当性を問いただす3名の議員はまさに私たち市民の代弁者としてがんばりました。教育長、生涯学習部長は、矛盾だらけの答弁を繰り返し、相変わらず「公共・公益」を盾に、表現の自由を侵害することに晴躍もない様子でした。また、平成12年公運審廃止後、社会教育委員がその任を果たしているとの答弁でしたが、社会教育委員の会議は非公開で、会議録もここ三年分ほど発表がなく、「基準」についての論議もしていないことが明らかになりました。

この議会の後の4月22日、ネットワークとして初の部長交渉を行いましたが、ここでの回答も、議会答弁を一歩も出ることなく、私たちの力でそれをくつがえすことはできませんでした。もう、いくら話し合っても平行線のまま折り合うことはない、正論は通らないのかと絶望感、無力感に襲われました。

ネットワーク世話人会の総括では、交渉はただの井戸端会議で終わっている、もっと論理で詰めていかなくては、と厳しい意見も出ました。そこで、今までの交渉で明らかになった論点と事実をまとめ、要望書・確認書として提出しました。「基準」や法解釈の誤りを指摘し、最後に、自治体公務員として、住民の権利を守る立場に立って仕事をしてほしいと訴えました(『緑の風』2016年7月号Vol.194「『表現の自由』を真っ向から否定する暴挙」戸室幸治氏参照)。これは私たちにとって、集大成といえるものでした。しかし、一か月半たっての回答は、予想通りの「ゼロ回答」でした。

話し合いで解決できないのなら、司法の判断を求めるしかないのか、と追い詰められてきました。月一回の世話人会はミニ学習も合わせて行ってきましたが、その中で、世話人会に毎回参加して下さっている社会教育推進全国協議会の事務局長から、さいたま市の九条俳句裁判等、全国の動きや、情報公開、不服申請のことなどを教えて頂きました。まだ、やれることはある。すべてやってみよう、そして最後の手段として裁判もありうると覚悟しました。情報公開制度では、基準策定までの経過が分かるような資料を請求しましたが、起案から制定まですべてが11月20日のたった1日で決められたことがはっきりしました。また、行政不服申請は8月になってしまいましたが、一つの団体・一人の個人が申請しました。7月の世話人会はミニ学習会として出前憲法講座を三多摩法律事務所の佐藤宙弁護士にお願いし、「表現の自由の危機にどう立ち向かうか」というお話をして頂きました。

7月28日 出前憲法講座の様子
7月28日 出前憲法講座の様子

表現の自由と知る権利は表裏一体の関係で、民主主義の根幹をなす最も大事な人権である。配架は権利そのもので、恩恵などではない。表現の自由は、憲法上最も保障されねばならない。公民館は公の施設であり、正当な理由がなければ利用を拒まれない。公の場でこそ、表現の自由は守られるべきで、特に公民館は、多様な意見交流の中で市民が学習する場であることを考えれば、やまぼうし配架は拒んではならない、・・・等々のお話を伺い、大変勇気づけられました。私たちの言っていることは間違っていない・・・めげていた私たちへの大きな確信、励ましになりました。

4.急展開 社会教育委員の会議での意見具申で基準は撤回

8月末に東京で行われる社会教育研究全国集会で発表を、と大会事務局より要請され、全国的にアピールできるならとこの大役を引き受けました。その準備をしている中で、最新の社会教育委員の会議録がアップされているのを見つけました。今年五月に新しい社会教育委員が選出され、次の社会教育委員の会議(8月16日)でこの「基準」について事務局が説明する予定になっていることが分かりました。会議まで日がありません。大急ぎで、部長に掛け合って、会議では、私たちの要望書や回答、問題となった「やまぼうし」や「公民館利用者ネットワークニュース」を資料として配布して欲しい、併せて意見陳述と傍聴も要請しました。その結果、委員の会議には、私たちの要望書等一式が配布されました。傍聴や意見陳述はできませんでしたが、この会議の三日後、代表宅に「8月19日付で『基準』は廃止した、やまぼうしは配架できるようになった」と電話があり、驚きました。事態の説明を受けるための部長交渉で、社会教育委員の会議で意見具申が出され、その結果、「基準」が廃止に至ったことがわかりました。後に取り寄せた具申書には「・・・今般、あきる野市中央公民館におけるポスター・チラシ等の取扱いについて、利用者団体等からこの見直し等様々な要望、指摘が寄せられている状況に関する報告を事務局から受けた。このため社会教育委員の会議として中央公民館が現在行っている来館者への情報提供のあり方について協議を行った。その結果、このことについて下記の取り扱いとすることが、中央公民館がその役割と機能を発揮し市民の生涯学習を推進することにつながるとの考えで一致したため下記のとおり意見答申する」とあり、「中央公民館における情報提供については多くの情報を利用者に提供し、市民の学習活動を支援することが必要である」ので、速やかに見直すようにと記してあります。

私たちが9か月もの間、あれだけ話し合いを重ね、撤回を要請してきたのに、頑なに拒否し、議会でも撤回しないと再三繰り返してきたのは、何だったのでしょう?この意見具申を受けた翌日の一九日にはもう新しい「要領」が発表されています。この早さは一体何?またしても市民に意見を聞くことなく決め、反省も謝罪もない。どう捉えたらよいのか戸惑いましたが、とにかく「基準」が撤回されたことに、ほっとしました。社会教育委員の発言力が大きいことを改めて再認識しましたし、市にとっても意見答申は救いの神ではなかったでしょうか。着地点を作ってくれた委員に感謝申し上げます。

何にせよ、社会教育委員の会議で、「基準」が話題に上り、意見具申に至ったのは、これまで私たちが市民向けの大きな学習会を行い、議会での発言があり、それらが、新聞、ミニコミ紙誌等で取り上げられたことが、委員の目に触れ、耳に入ったからに違いありません。その意味で私たちの運動の成果、勝利です。やったー!おめでとう!と、次々に喜びのメールが届きました。私自身は裁判まで行かずに済んだことに一番ほっとしました。こうして、8月27日の社会教育研究全国集会では、基準撤回を市民の手で勝ち取ったといううれしい報告ができました。

5.学習会「これでいいの?あきる野市の公民館」

さて、市と膠着状態だった7月頃から、2回目の大きな学習会を9月にやろう!と準備してきましたが、この急展開、「基準」の撤回で人集めが大変になるのでは?と新たな心配も出てきました。しかし、公民館主催の今年度の市民文化祭では、実施要綱に「政治的な主義主張、意見広告を含む展示はしない」などの文言が盛り込まれ、表現の自由の規制は、形を変えて続いています。「基準」は廃止されましたが、公運審もなければ、利用者懇談会もない。公民館 の設備も老朽化して使いにくい、市民とともにつくる公民館であってほしい、などいろいろな課題も残されたままです。そこで、多くの利用団体の方と一緒に考えたいと、社会教育委員や文化祭運営委員の関係役員へも働きかけ、9月25日、「これでいいの?あきる野市の公民館」の学習会を開催しました。

当日は、天井のあちこちからぼたぼたと雨漏りがする公民館の会場で、荒井文昭首都大学東京教授による「公民館が市民の自由を規制する時代を考える」、荒井敏行元国立市公民館館長による「国立市公民館での、市民の自覚的な文化活動・学び」の講演が始まりました。

荒井文昭教授は、あきる野市で起きたポスター・チラシ等の配架拒否は、全国で起きている公民館問題と同様で、表現の自由を保障した憲法21条を脅かすもの、政府与党の批判的言動を捉えて、表現の自由を地方行政がそんたくして規制してきたものだと言います。今起きている事例として、さいたま市の現在裁判中である九条俳句掲載拒否、国分寺まつり出展拒否事件、東京都現代美術館の作品撤去要求事件を取り上げ、市民の粘り強い異議申し立ての取り組みが続けられていて、そのことが何より一番大事と話されました。

 あきる野市民配架基準問題を扱った新聞記事(西の風、西多摩新聞、東京民報、あきる野民放、市民の広場)
あきる野市民配架基準問題を扱った新聞記事(西の風、西多摩新聞、東京民報、あきる野民放、市民の広場)

荒井敏行元館長は、国立公民館の館長として8年間勤めた中では、憲法を大事にしてきた。後ろに市民がいて応援してくれたから憲法を守る立場を貫けた。公民館は、永遠に自治と平和の砦であってほしい。そのとき社会教育法第五章などの法令を守ることが、強い味方になる。今この厳しい時代だからこそ、憲法に依拠して、公民館の原則に立ち返ろう、市民はお客さんでなく、主権者。公民館は使わせてもらうものでなく、自由に市民が使う立場でなければならないと訴えました。

講演を聴いて、このあきる野市で奪われた配架の自由を取り戻せて本当によかったと思うと同時に、「公民館利用者ネットワーク」のこれからの課題も見えてきました。公民館運営審議会の再設置、社会教育委員の会議の公開(傍聴)を求めつつ、公民館職員との連帯、利用者懇談会の設置、共同企画の模索、フリースペースの設置、バリアフリー、利用料金無料化など、この日、参加者から頂いたアンケート実現の取り組みを進めたいと思っています。

9月25日学習会「これでいいの?あきる野公民館」
9月25日学習会「これでいいの?あきる野公民館」

6.最後に

今、全国各地の公民館や図書館などで表現の自由が制限される事態が起きています。しかし、これを跳ね返した例は少ないとも聞いています。表現の自由は公権力からねらわれやすく、傷付きやすい、一旦傷付くと回復困難、とは佐藤弁護士の言葉ですが、まさに、取り返すのは大変だったと実感した九か月でした。

私たちが取り返せたのは、利用者ネットワークの皆さん、市議会で質して下さった市議会議員、社会教育推進全国協議会の皆さん、学習会講師の先生方が、この問題を、民主主義の危機として、我がこととして捉えて下さり、ともにたたかって下さったからです。特に、全国規模で、社会教育を後退させないために日夜がんばっている方々の存在には、驚き、感動しました。市内、市外でいろいろな方と出会い、つながり、知識、経験を学ぶことができ、全国研究集会にも参加できたことは、幸せでした。

配架拒否にあってから「公民館ってなんだ?」「これでいいの?公民館」と公民館のことを学習してきて、私たちは、ただの「利用者」から「主権者」へと成長していかねばならないと、多少とも理解できたと思います。まさに、公民館は民主主義の学校でした。ここでの学びを胸に刻んで、これからも、自由と民主主義、学ぶ権利が侵害されないよう、不断の努力をしていかなくてはと決意を新たにしています。

『公民館利用者ネットワークニュース』(No.1~8)
『公民館利用者ネットワークニュース』(No.1~8)