茨城県自治体問題研究所
山本千秋(新しいつくばを創る市民の会代表委員, 茨城研究所理事)
読者の皆さんにはすでにご案内の通り、2015年8月2日に、つくば市総合運動公園基本計画の賛否を問う住民投票が実施されました。投票率は47.3%で50%をわずかに切りましたが、「総合運動公園建設の是非を住民投票で問うつくば市民の会(住民投票の会)」が呼びかけた「基本計画に反対」が63,482票で、「賛成」15,101票を大きく上回り、得票率は実に81%でした。
以下では、住民投票の会の共同代表として運動に関わってきた立場から、反対票が8割を超えた要因などを検討しながら、この運動が意味するところを探ってみたいと思います。なお、やや詳しい経過等については、別に報告(住民と自治、15ー10、p.40-42、2015)しましたので、併せてご覧いただければ幸いです。
優先すべき課題:圧倒的多数のつくば市民は、国民健康保険税や介護保険料の負担軽減、予定される水道料金値上げの中止、市営のバスや乗合タクシーの増便、雨もりするスポーツ施設の修理等のほか、つくばエクスプレス沿線開発地域では、学校、幼稚園・保育園の建設、公民館の設置など、目前の切実な要望の実現を心待ちしています。年間予算の4割・305億円もかける運動公園の整備が、優先すべき事業になり得ないことは直感的に認識できることでした。
問題山積の計画:広大なつくば市では、1ヶ所集中の大規模・高規格な施設で、「だれでも、いつでも、どこでもスポーツに親しむ」目標を達成することは不可能です。高齢者や子ども、障害者など交通弱者には、使い勝手が悪すぎます。県レベルで整備、運営されるべきトップアスリートのための施設を、つくば市が単独で整備するのも筋違いです。
また、15,000席の陸上競技場や5,000席の総合体育館などに、市外から大勢の観客を呼び寄せて大会やイベントを開催する目論みですが、駅から8kmというアクセスの悪さは致命的な欠点になります。さらに、事業費の40$(Q"250%を国からの補助金で、という財源見通しも全く当てにならず、少子高齢化の時代に子や孫に巨額な借金を残すことになります。こうした問題点を知った市民が、「ハコモノありき」の計画に強い不安をいだくのは当然でした。
非民主的な進め方:空前の巨大事業である366億円の総合運動公園基本構想は、市民無視で策定され、市議会での審議もありませんでした。2014年3月の市議会では、パブコメの募集中に、66億円の用地購入を1票差で強引に可決しました。
基本構想と基本計画のそれぞれに対しパブコメが実施され、結果は反対ないし大幅見直しを求める市民の声が、いずれも過半数を大きく超えていました。また、政党・会派や市民団体は、署名集めや市民アンケート、市当局への申し入れ、議会での質疑と、さまざまな手立てで構想や計画の抜本的見直し、白紙撤回を求めました。しかし、市長は、これらすべての声を「反対のための反対だ」として切り捨てました。市当局に対する市民の不信は強まるばかりでした。
市長の特異な言説:市長は、総合運動公園の内容を説明し市民と意見を交換するとして、全市20ヶ所で住民懇談会を開催しました。こうした場で市長は、これほどの巨大事業なのに、「市民の負担は増えない。他の事業に影響は与えない」とくり返しました。直接の増税はなくても、他の事業での負担増や経費の圧縮が起こることは素人にでも分かることで、とうてい市民の共感は得られませんでした。
同様に市長は、そんなお金があるのなら、他に回してほしいという市民の意見に対し、「305億円は運動公園の整備に使うお金なので、他には回せない」と答えるなど、はぐらかし、言い逃れ、ごまかしの答弁に終始しました。市長はまた、「反対運動は、来年の市長選で市長になりたい人の活動と一緒になっている感がある。政争の具にするな」などと、事実無根の言いがかりをつけました。
白紙撤回を正式に表明した9月議会で、結果について問われた市長は、「市民に正確な情報が伝わっていなかった」と答えました。この期に及んでも、内容でなく伝え方の問題だったと言い逃れ、自らの責任に一切触れない、そんな市長の政治姿勢を市民は見抜いていたのです。
ー点共闘の妙:「住民投票の会」は、目的に賛同し活動しようとする人はだれでも参加でき、参加者の自由意思で運営されました。準備段階を経て、最初の会議に集った人たちが世話人となり、その中から代表と事務局員を選出しましたが、世話人会議(毎回10~20人出席)への新規参加や退会は自由で、世話人の名簿も作りませんでした。政党・会派の議員や市民団体の役員も個人として参加しました。世話人会議の民主的な運営と団結が、会に対する市民の信頼につながり、市民の生活実感に共感する会の主張が、説得力を持って受け入れられたと思います。
市内の10地域では自主的に地域世話人会議が組織され、チラシ配布を初めて経験する人など、運動の裾野が大いに広がりました。市議会会派では、反対運動で中心を担った市民ネットワーク3人、共産党3、新社会党1の他に、自民党4。維新の会1、保守会派2の方々が「反市長」の一点共闘で手を結び、反対派が望む投票条例案を1票差で可決し、署名集めやチラシ配布にも協力しました。
住民投票運動の意味:8割の反対票は、以上述べてきた諸要因の積み重ねが結実したものと考えられます。投票結果は、賛成、反対両派だけでなく、多くのメディア関係者にとっても、驚きをもって受けとめられました。
この運動が意味するところは、第ーに、おまかせ民主主義から脱皮し、市民一人ひとりが自らの考えで主体的に政策の決定に参画したことです。第二は、市長の倣慢な市政運営に対して、市民がノーを突きつけたことです。これらは、市政運営の本来の主人公が、市長や議会ではなく市民自身であること、市政の民主的な運営がどれほど重要であるかを、体験を通じて会得したということです。第三に、つくば市の市民運動の経験が、多くの自治体の住民運動に参考にしていただく可能性を開きました。そして第四に、市民一人ひとりが主体的にまちづくりに参加することを保障する、自治体の憲法ともいうべき「自治基本条例」の制定に向けて、草の根からの運動の進め方がイメージできたことです。
今後の対応:9月議会で市長が基本計画の白紙撤回を表明したことにより、住民投票の会の主たる任務は終了しましたが、年内を目途に、住民投票運動の記録集を作成することを予定しています。また、今後のつくば市のスポーツ施設のあり方や、市政に混乱を持ち込んだ市長の責任問題など、残された課題がありますので、当面は会を存続させ、状況に応じて必要な行動をとることとしています。