日常生活環境に起因する健康ー本態性環境不耐症に対する理解を共しよう一

(NPO)くまもと地域自治体研究所
上田厚(NPO法人東アジアヘルスプロモーションネットワークセンター理事長)


環境過敏症患者が、現実に存在しているのに、光を当てられない分野として、自治体でも苦慮されていると思います。この問題について、熊本大学名誉教授の上田厚氏に、事例を示して課題のとらえ方と行政の対応について問題提起をいただきました。

私たちは、日常生活の中で、私たちを取り巻いている様々な環境因子に絶え間なくさらされながら、毎日の生活を営んでいます。環境因子として、太陽からの光や放射線などに由来する物理的因子や火山などの自然要因に由来して発生する地学的因子や、人為的に産生された化学物質や生物的因子をはじめ様々なものがあげられます。これらは人の活動を通じて私たちの生活環境に発生し、増幅されながら、空気、水、土壌を通して、呼吸器や皮膚や消化器から私たちの体内にはいってきます。それらは体内に取り込まれて、体内を循環するとともに、大部分のものはもともと私たちのからだにそなわっている代謝機能や免疫機能などによって、私たちの生体の機能に対する作用を緩和しつつ、体外に排池されてゆきます。このように外界からの刺激を受けても、私たちの体内の生理的な状態は一定に保たれており、これを恒常性の維持機能と呼んでいます。しかしながら、私たちにかかってくる刺激がより強まったり、慢性的に起こったりしますとその機能にも限界が出てきます。その結果として、体内に入ってきたそれらの因子の一部が特定の臓器や器官に蓄積され、それが蓄積された臓器の機能障害をおこし、特定の病気を発生させる原因となります。いずれにしても、このように、私たちは、絶えず外からの環境因子にさらされながらも、それとうまく対応して健康な日常生活をおくることが出来ます。すなわち、私たちの体内には、免疫機構、神経機構、内分泌機構といった特異的な調節機構が備わっており、外界からの刺激に対してそれらが適切にネットワークを作って対応することによって恒常性の維持が保たれています。このようにして、私たちは外界からの刺激に対応する遺伝子を引き継ぎながらホモサピエンスとして、現代にいたるまで生命を継続させてきました。

しかしながら、近年、私たちは私たちの社会の構造や生活のあり方を急激に転換させてきました。その変化は、私たちの生活や社会を安定させ、より豊かで快適なものにすることに貢献してきたことは事実です。しかしながら一方でこのような変化は、これまで私たちが経験しなかった様々な外界からの刺激因子を発生させてきました。大部分の人は、そのような刺激に対して遺伝子的に鈍感なところがあり、その刺激を感じ取ることが出来ませんが、より感受性の強い人では、それに対する過敏な反応を発生する人が増えてきました。このような状態は環境不耐症と呼ばれています。そのような事例として、今回は、化学物質過敏症、電磁波過敏症、低周波騒音障害を取り上げてみたいと思います。

化字物質過敏症

化学物質過敏症とは、ごく微量の化学物質に曝露されることによって発症する多彩な症状が現れる症候群(ランドルフ、1951年)であり、すでに1950年代にその存在が提起され、さらに、慢性または大量の化学物質に曝露された後、特定の化学物質だけでなく多様な化学物質の微量な曝露により多様な症状が発現するという意味で、多種化学物質過敏症(MCS)(カレン、1960年)という概念で社会的にも浸透してきました。症状は、粘膜刺激症状、皮膚症状、呼吸器症状、循環器症状、自律神経症状、中枢および末精神経症状、視力の異常などの感覚器障害、運動障害、発熱、疲労、知覚障害など極めて多彩で全身性に出現します。化学物質過敏症は、家具や建材などより発散する揮発性有機物質や化粧品、殺虫・殺菌の目的で公園や市街地でも散布される農薬の特定の化学物質に対する過敏な反応の結果として生ずる心身の様々な発作から発症することが多く、この意味で、本疾患は、典型的な環境性疾患です。さらに、このような症状が反復継続されるうちに、様々な化学物質に対して過敏な症状(MCS)が見られるようになってゆきます。また、化学物質だけでなく、地域の生活環境になかで発生する様々なにおい、ほこり、騒音・振動、電離・放射線などに対する過敏な反応が合併して起こるようになってきます。いっぽう、一般の生活環境だけでなく、学校環境においても様々な化学物質に曝露される機会が増え(シックスクール)、児童・生徒や教員のなかに本症に羅患する事例もみられています。また、産業の現場でも本症の事例について労災の認定が出された事例(2010年)も出ています。

本症の診断については一定の基準が提起され、厚生労働省は病名リストに化学物質過敏症を登録し(2009年)、根治的な治療法はまだ開発されていませんが、治療に関するガイドラインが出されるなど、本症に対する取り組みは少しずつ進んでいます。しかしながら、専門医や専門機関は少なく、研究者も少ない状況にあります。

電磁波過敏症

近年、生活環境のなかに電子レンジ、携帯電話、パソコンなど電磁波を発生させる装置が様々なかたちで導入されています。また、室内だけでなく屋外における空調設備や太陽光発電装置なども電磁波の発生源となります。これらの多くは、私たちの生活を快適にし、エネルギーの効率化に役立つ観点から開発され導入されてきたものでありますが、これらから発生する電磁波によると思われる不快な症状を訴える人が増えてきています。症状は、神経症状、皮膚症状、粘膜症状、筋肉症状、関節の異常、目や鼻の異常、消化器症状など、化学物質過敏症とかさなっています。世界的には様々な事例の報告が見られ、WHOでは電磁波過敏症の事例を報告しています(WHOファクトシート296、2005年)。このように、本症が地域住民のなかに見られるのは確かですが、未だ医学の領域でも統一された見解が得られておらず、社会的な関心も低い状況です。治療法についても、病気の原因に即した方法は確立しておらず、基本的には化学物質過敏症と治療方針はほぼ同じもので、電磁波曝露量を減らす生活の工夫や、栄養や運動療法が採られています。

低周波騷音障害

私たちの生活環境のなかの多くの道具や装置は基本的に騒音・振動を発生させますが、近年、低周波音による健康や建物の障害に関する苦情件数が増えています。低周波とは1〜100へルツの低周波音域の音のことで、交通機関のエンジン音、工場における機械の稼働、家庭における変圧器、エアコン、給湯装置、ボイラー、冷凍機、空調室外機はじめ住宅内外の多くの装置の稼働で発生します。これの曝露による心身症状として、気分がいらいらする、胸部や腹部の圧迫感、頭痛・耳鳴り、吐き気、不眠など、化学物質過敏症と重なる症状が見られます。このように一般住民に対する影響が大きいことから、環境省では低周波音に関するパンフレット(2007年)を出しております。また、家庭用給湯器(エコキュート)に対する健康影響に対する調査結果が公表されています(消費者事故調、2014年)。このように低周波音は一般生活妨害要因と捉えられていますが、化学物質過敏症や電磁波障害と同じように、環境不耐症として捉える必要のある事例が見られます。

このような化学物質や電磁波や騒音・振動の発生と曝露は、私たちの生活を維持してゆく中で、地域社会環境に必然的に発生するものです。そしてそれらの要因に対して過敏な反応を示す人が必ず出てきます。このような人たちは、炭坑内におかれて構内の有害ガスの検知の役目を果たすカナリヤとみなされています。いわば、人類の未来に対する今の時点での警鐘を鳴らしてくれる存在と位置付けられます。健康で暮らしやすい地域社会を作ってゆくためには、そのような、いわば現状では弱者と言わざるを得ない環境不耐症の方々が安寧な生活を送ることが可能な地域環境を作ってゆくことが肝要です。そのために化学物資の使用を減らすことや電磁波の影響が個人に過大にかかってこないようにすることや低周波の騒音・振動の曝露を減らす方法の技術の開発や工夫を私たちの社会はすでにいくつか開発・獲得しています。公共施設の建設や公園の殺虫剤散布のような全体的な地域づくりや個人住宅の増改築のなかで、それらの知識や技術を十分に活用して、化学物質過敏症の方々も同じ地域社会の中で安寧にくらして行ける工夫をしながらまちづくりや住宅づくりを進めてゆくことが必要です。

このような観点から、私は、この紙面を借りて、これからの地域づくりの一環として、私たちが創りあげてきた地域社会の環境を、生活を便利にする視点だけでなく、そのマイナスの要素を正しく把握し、環境不耐症の方々と共生できる地域社会の構築に地域ぐるみで取り組んでゆく必要があると考え、この問題を提起しました。