自治体、大学がさまざまな課題を抱えるなか、連携を強化するための「協定」や「連携組織」に注目します。
はじめに
地方自治法の改正(地方分権推進一括法/1999年)による機関委任事務の廃止は、自治体の政策立案能力が問われる一つの転機となったと思われます。地域の実情を正確に把握し、住民の課題とニーズを理解し、的確な政策づくりを行う能力がいま、自治体には求められています。こうした能力は自治に根ざす住民の学習や運動のなかから生み出されるものであり、多くの自治体が必ずしも得意としていないものでした。専門職やスペシャリストを育成できずに、一般職やゼネラリスト中心の仕組みを作ってきた自治体には高いハードルとなっています。
他方で、高等教育機関としての大学をめぐる環境も大きく変化しています。教育基本法「改正」を受けた学校教育法の改正(2007年)によって第83条2項「大学は、その目的を実現するための教育研究を行い、その成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする」が新設され、教育・研究の成果を積極的に社会に公表・還元していくことが求められるようになりました。また、国立大学法人の第3期中期計画(2016~2021年度)の策定に当たって文部科学省は、各大学改革の方向性を明示するために3つの類型から選択することを求めました。全国立大学のうち55大学(64%)が「⒤地域のニーズに応える人材育成・研究を推進」する類型を選択し、地域への貢献を重点的な取り組みに選択しています。
このように自治体と大学はともに地域を「現場」として、連携・協力する条件を整えつつあります。ここでは、自治体–大学連携協定と連携組織に注目して、両者が「地方創生」にどのように向き合おうとしているのかを考えます。
なお、本稿では「自治体」を市町村と東京特別区、政令指定都市の行政区を示すものと定義します。
広がる自治体と大学との連携協定
自治体と大学とが包括的な連携協定を結ぶ事例が増えています。津久井(2015)は両者がこうした協定に積極的になる理由を、①自治体が関心を有する複数の分野において多様な事業を同時に推進できること、②大学との関係強化のためのアナウンスメント効果が得られること、③密接な協力関係の構築をあらかじめ約束することによって個々の協力事業を進める実務レベルでの連絡・調整コストを減らせること、の3点に整理しています。
連携協定に着目した先行研究には、2005年と2007年に内閣官房都市再生本部事務局が行った「大学と地域との取組実態についてのアンケート調査」がありますが、ここでは近年の動向を探るためにインターネットで公開されている資料を参考に調査を行いました。自治体と大学が結ぶ協定には多様な形態があり、包括的な連携以外にキャンパスの新設に関する協定や災害時の避難所の確保に関する個別の事業に関する協定なども存在します。ここでは、個別の事業に関する連携協定は対象から外し、自治体と大学との包括連携とそれに準ずる協定に調査対象を限定しました。また、自治体の一部機関(教育委員会など)と大学との協定も除外しています。
調査は2015年11月22日から26日および2016年10月3日から12日にかけて行い、協定締結年度や協定に参加する機関を確認しました。協定書のデータが公開されていない場合は、報道発表などを参考にしました。なお、協定の締結年月日や内容について詳しく調べるため、大学の事業報告書や自治体の広報を参照した場合があります。
全国には2016年3月31日時点で1510の協定があり、1998年度以前に締結された協定は見られませんでした(図1)。今回の調査で把握しきれなかった協定や非公開の協定もあると考えられるため、実際にはより多くの協定が存在すると思われます。
ここで、協定締結の動きを三つの時期に分けて詳しくみてみましょう。
〈始動期 1999年~2005年〉
この時期に自治体と大学間の連携協定が結ばれ始めました。2000年には地方分権推進一括法の施行による国から自治体への権限移譲が始まり、文部科学省答申「新時代の産学官連携の構築に向けて」(2003年)が一つの契機となって協定締結数が増加したと考えられます。
〈発展期 2006年~2012年〉
協定締結数は毎年約90件ずつ増加し、連携協定の締結の動きは広がりを見せて一般化してきたといえます。この期間に社会貢献を大学の役割とする学校教育法の改正(2007年)が行われたほか、地域再生法や地域主権改革一括法などが成立し、自治体側にも行政運営に大学の知見を取り込もうとする動きが広がったことで、協定の締結の動きも広がっていったとみられます。
〈定着期 2013年以降〉
2013年度の協定締結数が234件とピークを記録し、それ以降も毎年200件を超えるペースで推移しています。この期間の増加要因は、2012年度から始まった総務省の「『域学連携』地域づくり活動」や2013年度から始まった文部科学省の「地(知)の拠点整備事業(大学COC事業)」の影響であると推測できます。「域学連携」地域づくり活動では2億円を超える国費が投入されたため、モデル実証団体への認定を目指した動きがあったと考えられます。今後、ある地域の自治体が地元の大学と連携協定を締結するという動きは次第に減少し、自治体域外の大学との協定が増えると予想されます。また、地方創生戦略の作成に伴う協定の締結も活発化していくと考えられます。
多様な連携協定の形
連携協定を結んでいる自治体や大学には、その種類によって締結の形態に違いがみられます。一つの大学が複数の自治体と協定を結ぶ場合があるため、協定数が協定締結大学数を上回っています(図2)。国立大学の締結割合が際立って高いのですが、このことは文部科学省の答申などの国の方針をよく反映し、地域を代表する大学として社会貢献に積極的なことを示しているためと考えられます。公立大学は締結割合が低いのですが、看護や保健分野の大学が多く自治体との包括的な連携が行いにくいことや、市立大学などは当初から地元自治体との関わりが深く協定締結の必要性がないことが理由として挙げられます。
全国の1941自治体のうち、920の自治体が連携協定を一つ以上結んでいます。協定数は合計で1548件あるため、平均すると一つの自治体あたり1・68件の協定が締結されていることになります。特別区(東京都)では8割近い自治体が大学との協定を結んでおり、続いて市が6割ほど、政令市行政区と町村が3割弱の協定締結率となっています。大学が地元の自治体と協定を結ぶというパターンが多く、多くの大学が立地する都市部での協定が目立っています。
協定の締結数は自治体や大学でばらつきがあり、まったく協定の締結を行っていないものから多数の協定を持つものまであります(表1)。自治体、大学のいずれも協定を一つのみ持つというケースがもっとも多い一方で、一つの大学が複数の自治体と協定を締結している場合、一つの自治体が複数の大学と協定を締結する場合も一定程度存在し、大学や自治体によっては極めて積極的に連携を行っているということがわかります。ある県の大学が、県下の複数の自治体(あるいはほとんどの自治体)と協定を結んでいるというパターンも見られました。この傾向は、県庁所在地にある地方の国立大学や県立大学に多く見られます。
自治体と大学の連携においては、大学の立地状況も大きく影響しています。大学が立地していない自治体は大学になじみがなく、連携も生じにくい現状があります。しかし、地域に大学が無くても、遠く離れた大学と連携協定を締結している事例もあるという事実は注目に値します。
自治体と大学との連携組織
自治体と大学の連携がさまざまな形で広がり続けているなかで、自治体と大学が連携をより効果的に行うために連携組織を設けている例があります。連携組織において注目すべきことは、自治体と大学という二つの主体を横断的に結び付ける存在であるということです。ここで、インターネットの検索エンジンであるGoogleを使用して「○○市(町、村、区) 大学 連携」というキーワードを入力し、すべての自治体について検索を行い、自治体と大学が構築する連携組織が存在するか否かについて調べました。「○○協議会」というような名称を持つ複数の大学とひとつないしは複数の自治体との間の連携をリストアップし、設立年月日順に並べて整理しました(表2)。
「行政内」という区分は自治体の部署の下に置かれている組織であることを示します。○○協議会あるいは○○会議という名称を持つ場合が多く、自治体と大学との連絡調整を出発点にしていると考えられます。「大学内」という区分は、組織の本部が大学の部署になっていることを示します。24ある組織のうち、キャンパス・コンソーシアム函館のみが該当しました。他の区分は、独自の事務所や代表者を持っている連携組織を表します。
行政内という区分の組織のなかには、連携の体制の準備が整った段階にとどまり、実際の事業が行われていないものもありました。任意団体やNPO法人などとして独立している連携組織は、取り組みの幅が広く活動の成果や内容を発信する手段をしっかりと持つ組織が多く見受けられました。これらの独立した組織は、自治体や大学の下部機関としてではなく独自の運営体制を持っていることから、行動力があることが特徴といえます。
また、活動の拠点がある自治体の域内に立地する大学のみが構成団体になっている場合は「域内」に、拠点となっている自治体以外の大学も構成団体に含まれる組織を「域内外」に、拠点となる自治体に立地していない大学のみが構成団体になっている組織を「域外」として区分しました。「域外」に区分されたのは24組織のうち一つであり(学輪IIDA)、域内に4年制大学がそもそも存在しないためにこの区分となっています。
連携組織の広がりは連携協定に遠く及びません。しかし、連携に特化した場を設けることが可能となることから、連携をより実効的な段階に移すための手段として非常に有効だといえます。
おわりに
国による本格的な産学官連携政策は、科学技術基本法(1995年)や大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律(1998年)の制定を契機に、自治体による研究開発基盤の整備を目的として本格的に始まったといわれています(池田、2012年)。
その後、国立大学の独立行政法人化(国立大学法人法の制定/2003年)などによって大学間競争が求められるなかで、科学技術開発にとどまらず自治体政策の全般にわたって自治体と連携・協力する経営戦略をとる大学が増えてきたと考えられます。他方で、「平成の大合併」(合併特例法の改正/1999年)を経て、「増田レポート」(日本創成会議、2014年)に象徴される「地方消滅論」と「地方創生」政策(第2次安倍内閣、2014年)によって、自治体も生き残りをかけた地域経営戦略を持たざるをえなくなっています。こうした状況のなかで、いま自治体と大学との連携協定の締結の動きが顕著となり、連携組織をつくることで効率的・安定的に両者が連携できる基盤をつくろうとする動きが見られます。
今後、さらに自治体と大学の競争・淘汰が政策的に進められようとしているなかで、自治体が積極的に大学の特つ知的資源や人的、物的資源を活用し、地域戦略に生かせるか否かが、地域戦略の立案・実行における大きな鍵となるでしょう。
【参考・引用文献】
- 津久井稲緒「広域自治体からみた大学との包括連携協定」(『かながわ政策研究・大学連携ジャーナル』No.8、85~108頁、2015年)
- 内閣官房都市再生本部事務局「大学と地域との取組実態についてのアンケート調査」(2005年)、「大学と地域との取組実態についてのアンケート調査(追加調査)」(2007年)
- ナレッジステーションホームページ[http://www.gakkou.net/]2016年11月3日閲覧
- 池田貴城「産学官連携の課題と今後の展望─主として高等教育行政の観点から─」(『産学連携学』 Vol.8 No.2、66~75頁、2012年)