昨年7月に、唐突に提唱された「我が事・丸ごと」地域共生社会。その具体化を盛り込んだ「地域包括ケアシステム強化法」に示された「共生型サービス」とは、いかなるものなのでしょうか。
法案と衆議院審議の問題点
介護保険での3割負担の導入と、市町村民税課税世帯の利用者負担上限の引き上げという改悪を盛り込んだ介護保険法の見直し案の他に、30の法律を一括提案し、障害のある人や子どもの福祉にも大きな影響を及ぼす内容が含まれている「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律案」は、5月26日の参議院本会議で可決され、あっけなく成立してしまいました。2017年3月31日からの衆議院・厚生労働委員会の実質的な法案審議は、わずか4日間という短さでした(参考人質疑と採決後の補充質疑を除く)。参議院にいたっては、たった3日間というありさまでした。
4月11日の参考人質疑に立った認知症の人と家族の会の田部井康夫副代表理事は、「2015年の2割負担導入の影響を検証しないまま、3割負担の導入には反対」ということを何度も強調しました。にもかかわらず翌12日の厚労委員会では、出席した安倍晋三総理大臣に対して野党議員が「森友問題」を質問しただけで、与党は「議案と関係ない質問をするということは、もう審議を尽くしたということ」と主張し、与党の数の力で強行採決してしまいました。衆議院参議院、いずれの厚労委員会も、とても「審議を尽くした」とはいい難く、介護保険法の見直し案でもっとも修正文字数の多い「共生型サービス」や介護医療院の創設については、ほとんど深い議論は行われませんでした。
見直し条文を介護保険法に含めると、本則だけで文字数は23万字にも及びます。また、きわめて難解な同法案には、「政令で定める」が204カ所、「厚労省令で定める」が574カ所もあります。介護保険給付と利用者負担率は、法律に明記されているにもかかわらず、介護サービス事業所の支援者数や運営基準など、もっとも大切な介護サービスの内容・水準は、国会の採択を必要としない「政令・省令」による通知で、すべて決めるというのです。いったい国会は、何を根拠に「法案を評価」し採決したのでしょうか。
「共生型サービス」とは
「共生型サービス」の条文案は、介護保険法、障害者総合支援法、児童福祉法の3つの法律に共通の内容が盛り込まれました。つまり1カ所の事業所で、3つの法律にまたがった複数のサービスを提供できるというものです。表1にあるように、「共生型サービス」の対象サービスは、以下の通りです。
障害者総合支援法は、すべての介護給付・訓練等給付の15事業です。また児童福祉法は、すべての障害児通所給付の5事業です。介護保険法は、介護給付の居宅サービス(12事業)、地域密着型サービス(9事業)、予防給付の介護予防サービス(10事業)、地域密着型介護予防サービス(3事業)の、合計34事業です。つまり、介護保険の施設サービスの特別養護老人ホームや介護老人保健施設などを除いた居宅、通所、ショートステイ、グループホームなどです。ただし当面の対象事業は、2018年3月までに「厚労省令で定める」としていますので、法律だけでは「共生型サービス」の具体的な姿を読み取れません。
また、支援員数や施設・居室の面積、設備・運営基準、利用者定員は、厚労省が通知する厚労省令をもとに、「共生型サービス」独自の基準が自治体条例で定められます。しかも、介護保険の「地域密着型サービス」は市町村条例であり、それ以外はすべて都道府県条例です。したがって、「共生型サービス」の支援の質と内容は、自治体条例を定めるための厚労省令が示されなければわからないのです。
「共生型サービス」の問題点と懸念
「共生型サービス」の具体的な姿は、法案で明らかにされませんが、そのねらいと問題点は、これまでの厚労省の関連文書から浮き彫りにすることができます。
そもそも「共生型サービス」は、厚労省が2015年に設置した「新たな福祉サービスのシステム等のあり方検討プロジェクトチーム」に端を発しています。そこで示された方向性は、「サービスを効果的・効率的に提供するための生産性の向上」であり、それは、少ない人数で福祉サービスの提供が可能となる方向をめざすというものです。また、このプロジェクトチームの検討を引き継いだ「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部では、この「共生型サービス」の人員体制のあり方として、介護福祉士と保育士、介護福祉士と准看護師などの「ダブル資格」の取得を可能にしていく方向性を提案しました。この背景には福祉や介護、看護などの人材不足があります。また地域包括的な相談支援体制の確立には、「地域力」という名のもとでボランティアの積極活用を提案しました。それらを受けて政府は、「介護離職ゼロの実現」政策の9番目に「地域共生社会の実現」を位置づけた「ニッポン一億総活躍プラン」を2016年6月に閣議決定しました。
このように「共生型サービス」には、安上がりな人員体制で複合的なニーズに対応するという考え方が基本にあるのです。
他方、利用者負担問題は、大きな問題をはらみます。具体的には、障害・介護・児童と別々の法制度で利用する人たちが同一の事業所で支援を受けながら、制度や収入・世帯に応じて利用者負担が異なるということです。
障害福祉は、2010年に障害者自立支援法違憲訴訟団と国の交わした「基本合意」によって、「応益負担は人間の尊厳を傷つけた」と厚労省が反省を表明し、「応益負担の廃止」を約束しました。そのため市町村民税非課税の人の利用者負担は、「上限ゼロ円」になりました。ただし、配偶者に収入のある人は課税世帯とみなされ、その間には不公平感が生じています。それが、介護保険の1割や2割の負担が課せられる人と同一の事業所で支援を受けた場合、ますます不公平感が増幅されるでしょう。その結果、「基本合意」の「応益負担の廃止」が、反故にされてしまうという危機感が募ります。むしろ、厚労省のねらいはそこにあるのではないかとさえ考えてしまいます。
表2は、利用者負担と負担上限の比較で、介護保険の網掛け部分が今回の見直された内容です。
わたしたちが求める共生社会
「我が事・丸ごと」の出発点が、「生産性・効率性の向上」「自助・互助・共助の優先」など、福祉・介護の財政抑制にあることは明らかで、その行き着く先は、本来あるべき「共生社会」ではありません。以上を踏まえ、「基本合意」を守り、「障害のない人との平等」を基本理念とした障害者権利条約を実現する観点から、「地域包括ケアシステム強化法」に対して、以下の見解を述べます。
第1に、介護保険法は「介護の社会化」や「公的介護保障の充実」を謳った原点に戻るべきです。第2に、障害のある人や高齢者の支援の交流・連携はあるべきです。しかしそれは、「生産性の向上」からとりくむべきではなく、地域社会で尊厳ある生活と人生を支える視点から、障害や困難による個別のニーズに対する専門性に裏付けられた支援が基礎にあるべきです。第3に、福祉・介護の人材の確保は、福祉・介護分野の低賃金かつ劣悪な労働条件の解決が最優先課題であり、「生産性の向上」と財政抑制の視点からの人材確保は問題の深刻化を招きます。第4に、「基本合意」を介護保険にもひろげ、その視点から介護保険制度そのものの全面的な総括をすべきです。それでこそ、だれもが分け隔てなく「共に生きる社会」を実現できると考えます。