【論文】政府が進める「空き家」対策の特徴と危険性 ―人口減少時代の空き家対策を展望する―

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老朽危険家屋の対策からスタートした空き家対策が、アベノミクスの下で変質しだしています。その状況を把握した上で、人口減少社会で求められる空き家対策と住宅政策を考えます。

第一ステージ:老朽危険家屋の対策

農山村ではかなり前から管理不全な空き家が見られました。しかしそれらが大きな社会問題になることはありませんでした。ところが21世紀に入ると、都市部でも管理不全な空き家が増えだしました。立て込んだ市街地にある管理不全な空き家は、管理できていないというレベルではなく、老朽危険家屋として認識されるようになりました。老朽危険家屋が倒壊すると周辺が危険にさらされます。草木が繁茂すると衛生的に問題です。また老朽危険家屋は景観的にもマイナスですし、空き家に入り込む人が出てくると防犯的に問題です。

そのようななかで2010年7月、埼玉県所沢市は「所沢市空き家等の適正管理に関する条例」を制定しました。ここでは市長は管理不全な空き家の所有者に対して、必要な措置を講ずるよう助言・指導、勧告そして命令できるとしています。その後、いくつかの自治体では、所有者が命令に従わない場合、代執行できるという条例を作りました。また、所有者が老朽危険家屋を除却する際、費用の一部を補助する自治体も増えてきました。

2014年10月時点で空き家に関する条例を定めた自治体が401になりました。このような自治体の動きを受け、国は2014年11月に「空家等対策の推進に関する特別措置法」を公布しました。市町村が先行して老朽危険家屋の対策を行い、それを政府が法律として整備したといえます。この法律のポイントは老朽危険家屋(法律では特定空家といいます)を市町村が指定し、その所有者に対して、除去、修繕、立木等の伐採等の措置を助言・指導、勧告、命令し、それでも解決しなかったときは行政代執行法に基づき、市町村が特定空家の除去などを行えるようにした点です。特定空家の判定については、すでに国が「ガイドライン」を策定しており、市町村はそれを参考にして市町村ごとに判定の基準を作成しています。

国土交通省の資料によりますと、2016年度末までに助言・指導を行ったのは314市町村、6405件。代執行を行ったのは11市町村、11件です。助言・指導件数と代執行件数が大きく異なっていますが、この理由は二つです。一つは、助言・指導の段階で事態が改善されたためです。法律制定後、市町村が所有者に助言・指導を積極的かつ丁寧に行いだしたため、勧告の前に所有者が自ら除去する例が増えています。法律がなくてもそのような対策をとるべきですが、法律の制定によって、そのような業務が進めやすくなったといえます。もう一つは、助言・指導から代執行までは時間がかかるためです。法律に基づいて特定空家の対策をとりだした自治体の多くは2016年度からであり、助言・指導段階の特定空家が多いと思われます。

老朽危険家屋の対策は重要で、この法律で一定の成果が上がっています。ただし、以下のような問題もすでに明らかになっています。

一つ目は市町村の負担が大きいことです。不動産登記が変更されず、所有者が特定できない空き家が増えています。そのような空き家に対して市町村が法律に基づく措置を実施する場合、まず所有者を特定しなければなりません。しかしこの作業は大変で、市町村に大きな負担が発生しています。また市町村が代執行してもその経費が回収できない場合がありますし、略式代執行(所有者が特定できない特定空家)の場合は、経費の回収が困難です。

二つ目は所有者の負担が大きい場合もあることです。使う予定がなく、市場で流通しにくい空き家を相続すると、相続者がその解消に責任を負わなければなりません。市町村に寄贈を希望する人が増えていますが、そのような空き家を市町村が次々と引き受けると、市町村も大変です。このようなことは従来想定されておらず、法制度による解決が求められます。

三つ目は集合住宅が特定空家から実質的に外れていることです。この法律は代執行まで視野に入れた法律です。そのため、一軒でも居住者がいれば集合住宅は特定空家に該当しません。現在、多くの老朽危険家屋は一戸建てですが、集合住宅で老朽危険家屋(住戸)が増えた場合、この法律では対応できません。

四つ目は抜本的な対策ではなく対症療法だということです。法律に基づき市町村は空家等対策計画を策定しています。2016年度までに策定した市町村は357、2017年度に策定予定が534です。この計画は国の定めた基本指針に基づいて作られます。基本指針は特定空家の対策が中心ですが、空き家の発生予防、空き家の適切な管理、売買・賃貸の促進なども書かれています。市町村の計画でも、特定空家への対応が中心ですが、発生予防なども書かれています。しかし、後者が機能するかどうかはもう少し先にならないと判断できません。後でも述べますが、人口が減っているにもかかわらず、新築住宅が以前とほとんど変わらず供給されています。老朽危険家屋の対応は重要ですが、対応している老朽危険家屋をはるかに上回る老朽危険家屋予備軍が作り出されている状況はまったく変わっていません。

第二ステージ:既存住宅市場の形成

以上に述べたように老朽危険家屋の対策が2014年以降、進みました。その一方で、空き家に関して政策上、新たな位置づけが行われました。2016年6月にアベノミクスの第2ステージとして「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定されました。ここでは「新たな三本の矢」として、「GDP600兆円」「希望出生率1・8」「介護離職ゼロ」が示されました。この「GDP600兆円」を実現するため14の内容が並んでいますが、そのなかに「既存住宅流通・リフォーム市場の活性化」が入りました。

同じ日に「日本再興戦略2016」が閣議決定されています。ここではGDP600兆円に向けた「官民戦略プロジェクト10」が定められ、「既存住宅流通・リフォーム市場の活性化」が10の分野の一つになりました。この意味は以下のように説明されています。少し長くなりますが重要なので引用します。「人口減少と少子高齢化が進む中、経済成長を実現していくためには、新築住宅のみならず新たな住宅市場を開拓・育成する必要がある。しかし、我が国では、住宅購入をゴールとする考えや、購入した住宅が必ずしも適切に維持・管理されていないこと等により、既存住宅流通・リフォーム市場の活性化が図られていない」。そこで「リフォーム等による良質な住宅ストックが数十年を経ても資産として評価され、次世代へ流通していく『新たな住宅循環システム』」を形成することで経済活性化につなげるとしています。

この「新たな住宅循環システム」は空き家の増加抑制に役立つだけでなく、「住宅の資産価値の向上は、老後不安の解消による消費の底上げ、という我が国の消費行動そのものにも変革を与える大きな波及効果を有する」としています。

「日本再興戦略2016」では、目標を二つ定めています。一つは、「2025年までに既存住宅流通の市場規模を8兆円に倍増する(2010年4兆円)。可能な限り2020年までに達成を目指す」です。もう一つは、「2025年までにリフォームの市場規模を12兆円に倍増する。(2010年6兆円)。可能な限り2020年までに達成を目指す」です。つまり、既存住宅の流通、リフォームとも、市場規模を2倍にし、GDP600兆円の一翼を担うということです。

2017年6月にはこれまでの日本再興戦略を引き継ぐ計画として「未来投資戦略2017」が閣議決定されています。この計画では八つの戦略分野を定めていますが、その一つが「既存住宅流通・リフォーム市場を中心とした住宅市場の活性化」です。ここでは「既存住宅の流通促進・空き家対策等に向けて講ずべき施策」として、「官民連携による空き家等の流通・利活用等の促進」、「所有者不明土地の解消に向け」た制度改正、「空き家等のグループホーム・保育所としての活用といった……(中略)……他用途に円滑に転用等するための」規制緩和、「若年・子育て世帯が、安心して空き家などの既存の民間賃貸住宅に円滑に入居できるよう」な制度の創設、「老朽化マンションの再生の円滑化を図るため」の仕組みの構築が列記されています。

人口減少とともに空き家が増え、既存住宅は空き家の予備軍となっていますが、「新たな住宅循環システム」が構築できれば、空き家を含めた既存住宅は、経済活性化の資源に転じるというわけです。

供給過剰を前提とした既存住宅市場の形成

空き家が政策課題になったのは、老朽危険家屋が社会問題になったからです。国の法制度がないなか、自治体は模索しながら対策を考え、条例などを作りました。そのようななかで政府も老朽危険家屋の対策に乗り出し、法律を制定しました。ただし、これらの動きはあくまでも老朽危険家屋の対策であり、膨大な空き家の発生に関する対策ではありませんでした。その一方でアベノミクスの第2ステージが動き出し、空き家を含めた既存住宅が、新たな経済活性化の資源としてみなされました。その結果、空き家を含めた既存住宅の位置づけが大きく変わりました。空き家対策がアベノミクスに飲み込まれたといえますが、以下その特徴と危険性を見ます。

まず一つ目は、新築住宅市場と既存住宅市場の両者を活性化しようとしている点です。諸外国と比べ、日本は新築住宅市場が圧倒的な比率を占めています。それは世帯数が急増したこと、木造を中心とした住宅が20~30年間という短期間で建て替えられてきたからです。そのような状況に対して適切なリフォームを行い、既存住宅の流通量を増やすことは重要です。しかし、政府は新築住宅市場に加え、既存住宅市場を形成するとしています。経済活性化の一つに既存住宅市場を位置づけている以上、新築住宅市場の縮小とはいえません。空き家が増えている理由は供給過剰と人口減少のため住宅流通の困難地域が拡大したためです。放置されている空き家をリフォームし、既存住宅市場に投入することは否定しませんが、その結果ますます供給過剰になります。

供給過剰では市場が成立しません。そこで需要の喚起が必要となりますが、世帯数が減少に向かうため、一般的に考えると困難です。そのため想定できる需要は、投機もしくは住宅以外の用途などになります。タワーマンションではすでに外国居住者による投機的購入が相当数ありますが、このような購入が増えると、マンションの建て替えはほぼ不可能になるでしょう。将来に大きなつけを残すことになります。また、住宅以外の用途ですと、民泊や福祉施設、商業施設的な利用が考えられますが、周辺居住者との合意形成や都市計画との整合性抜きに進めますと、居住環境の悪化を引き起こします。規制緩和による需要喚起も同じ結果を招きます。

東京一極集中、コンパクトシティーによる中心部への集中を進めますと、それらの地域では新たな需要が生まれます。しかしそれは地方や周辺部で、需要の減少、空き家発生を意味します。

市場原理による住宅供給

二つ目は、市場原理に沿った既存住宅市場の形成です。日本の住宅政策は持ち家政策に示されるように、市場原理を基本としています。新たに形成する既存住宅市場も、新築住宅市場と同じように、市場原理の下で進めようとしています。その一方で、公営住宅などは削減されており、日本の住宅政策は、新築市場、既存市場を問わず、市場原理で進みそうです。

日本ではすでに住宅総数が世帯数をはるかに上回っていますが、最低居住水準未満の住宅に住まざるを得ない世帯が存在します。これだけ自然災害が増えているにもかかわらず、耐震基準を満たしていない住宅で暮らす世帯が多く、毎年のように自然災害によって犠牲者を生んでいます。住宅を市場原理で供給し、公的な住宅供給を減らしますと、このような問題は必ず生じます。

もちろん市場原理の弊害は資産所有者にも発生します。その典型は社会問題となっているサブリース(転貸)です。供給過剰となった地域では家賃の減額が迫られ、なかにはローンを返せなくなったオーナーもいます。既存住宅市場でも、勧められてリフォームしたにもかかわらず買い手や借り手が見つからないということが頻発しかねません。

市場原理による住宅市場で、住宅が過剰に供給されていても、住宅問題は解決せず、既存住宅市場を形成してもそれらの問題は解決しません。

強権的な需給バランス調整の懸念

三つ目は、撤去の対象が老朽危険家屋から需給バランスを取るため撤去、コンパクト化を進めるための撤去に拡大する危険性です。未来投資戦略2017では、空き家に対して「利用できるものは利用し、除却すべきものは除却するとの考え方の下」と書かれています。現在、除去の対象となる住宅は、周囲に危害を及ぼす恐れのある老朽危険家屋に限定されています。利用できる、利用できないを除却の判断基準にすると、除却すべき空き家が一気に広がります。

利用できない空き家は物理的な理由と社会的な理由に分けられます。そのため法制度を活用すると、社会的に利用できない空き家を増やすことができ、そのような空き家を撤去することで、需給バランスを調整することができます。また、コンパクトシティーを進めるために、周辺部で居住できない地域を増やし、空き家の撤去を進めることも考えられます。

人口が増える時代は再開発や区画整理、道路整備などで強制的な立ち退きが生じました。人口減少時代には、需給バランスの調整やコンパクト化のため強権的な空き家の撤去が懸念されます。

空き家対策の展望

日本では住宅を資産ととらえ、市場原理で流通させてきました。現在、空き家が社会問題になっているのは、資産とはとらえられず、そのため市場原理では流通できない、そのような住宅が例外的な事象ではなくなったことを意味します。そのような空き家を既存住宅市場などという考えに含めると、問題が拡大されます。老朽危険家屋の対策としてスタートした空き家対策を、アベノミクスで変質させず、人口減少時代にふさわしい空き家対策、住宅政策に発展させなければなりません。その当面の内容は以下のようになります。

①老朽危険家屋の対策を優先させる

先に書きましたが、特別措置法は空き家対策を進める上で重要な役割を果たしています。同時にいくつかの問題もすでに明らかになっています。このような問題解決を優先させるべきです。

②空き家対策を中心とした人口減少時代にふさわしい住宅政策の確立

市場では解決できない空き家が今後も増加します。一方で、市場原理で解決困難な住宅問題も存在します。これらを結びつけることができますと、二つの問題が同時に解決に向かいます。住宅困窮世帯に空き家を提供する、防災的に脆弱な地域に居住している世帯が安全な地域の空き家に転居する、立て詰まった市街地の空き家を撤去し跡地を公園にするなどです。この両者をつなげる仕組みが重要ですが、市場では不可能であり、公的な介在が不可欠です。人口減少によって生じる空き家を新たな経済活性化の資源とみるのではなく、市場では解決できなかった住宅問題を解決する資源ととらえ、それを進める公的な住宅施策を確立すべきです。人口急増時代には住宅公団が多くの住宅を建てましたが、それとは違った公的な住宅政策が求められます。

③浪費的な住宅需要を作り出す政策の転換

東京一極集中は国際競争力とは関係しません。人口が集中しているのは、人口減少にもかかわらず、大型建設投資、住宅投資を確保し続けるためです。また、コンパクトシティーによる都心部への集中を進めています。特別の事情がなければ、人口減少率が30%程度であれば、中心部に集中させるようなコンパクト化は不要です。このような集中政策は、住宅需要を作り出しますが、地方や周辺では膨大な空き家が政策的に作り出されます。これらは人口減少でもたらされた空き家ではなく、市民的には不要な政策で作り出された空き家です。このようにして作り出された住宅需要と空き家は、市民ニーズとは関係なく、社会的には浪費であり、そのような政策は中止すべきです。

④健全な住宅市場の育成

公的な住宅政策を縮小させるのではなく、拡大させながら、一方では健全な住宅市場を作り出すべきです。この間の住宅市場は規制緩和や金融的な誘導措置などにより明らかにゆがんでいます。その典型がサブリースやタワーマンションで、健全な市場では供給されないような量の住宅が生まれています。適切な都市計画と建築規制の下で、住宅市場を機能させるべきです。市場が適切に機能すれば、実需を大幅に超えるような住宅は供給されません。需給バランスが崩れるのは、無理な市場介入の結果です。

またいままでは住宅政策の重点が新築住宅市場でした。今後は政策の重点を既存住宅市場に移すべきです。インスペクション(診断)や住宅改修など、大手住宅産業中心のもとで軽視されていた技術力を、地元建設技術者が身につけられるように、行政は支援すべきです。

【参考文献】

  • 1 国土交通省、「空家等対策の推進に関する特別措置法の施行状況等について(平成29年3月31日時点)」
  • 2 東京一極集中、コンパクトシティーについては、拙著『人口減少と大規模開発』自治体研究社、2017年を参照
  • 3 空き家の実態については、野澤千絵著『老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路』講談社現代新書、2016年11月が参考になります。所有者不明の空き家が社会問題になっていますが、それについては吉原祥子著『人口減少時代の土地問題-「所有者不明化」と相続、空き家、制度のゆくえ』中公新書、2017年7月が参考になります。国土交通省のホームページ「空家等対策の推進に関する特別措置法関連情報」には、特別措置法の関する情報、先駆的空き家対策モデル事業、空き家実態調査などの資料が掲載されています。
中山 徹

1959年大阪生まれ。京都大学大学院博士課程修了。工学博士、一級建築士。主な著書に『人口減少と大規模開発』2017年、『人口減少と公共施設の展望』『人口減少時代の自治体政策』2018年、いずれも自治体研究社。

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