【論文】空き家問題に対する行政の法的手法─空き家条例と空家法─

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空家法が施行されて3年。各市町村は市町村の事務とされた空き家対策を、現在試行錯誤しながら行っています。空家法制定の経緯や概要を振り返るとともに、運用上の課題について考えます。

空家法制定の経緯

2014年11月、第187回国会において、衆参両議院ともに全会一致で可決成立した空家対策の推進に関する特別措置法(以下、空家法)は、2015年2月26日施行されました。この空家法では、市町村が空き家対策を行う主な責任主体となっており、空家法の成立に伴って、全国の市町村は対応せざるを得ない状況となっています。

空き家問題は以前から指摘されてきた問題で、空き家が老朽化し危険な状況に陥った場合、「特定行政庁」(建築基準法2条35号)としての知事や市町村長が建築基準法上の手段(例、同法10条3項による命令や同法10条4項が準用する9条12項に基づく行政代執行)を利用すること、また市町村が空き家条例を制定し、その条例上の手法を利用するといった対策が挙げられてきました。とくに空き家対策の条例は、空家法制定前の2014年10月時点で401自治体で制定されており、国の法制化に先行してきました。しかし、建築基準法上の命令はその要件の抽象性などから利用がしにくく、また条例上の手法についても後述するように、その限界も指摘されていたところです。

空家法が施行され3年を経過しようとしている現時点において、その運用面でどのような課題が指摘できるのか、若干考察してみたいと思います。

空家法の概要

空家法制定前の空き家対策手法の限界が空家法でどのように克服されているのでしょうか。行政がとりうる手法を中心に見ていきます。

第一に、空家法制定前は所有者不明の場合の調査権が限られていたことについてです。不動産登記簿だけでは所有者までたどり着かない場合があり、また固定資産税台帳における納税者情報などの利用についても秘密漏えい罪(地方税法22条)に当たる懸念から、情報の提供が難しい状況でした。空家法10条によって、納税義務者の同意を踏まえずに納税者情報を目的外利用でき、さらに同条3項では関係自治体などへの協力依頼がされることとなっています。また、立入調査権限も認められています(9条)。

第二に、「特定空家等」(空家法2条2項)の所有者に対して、空家法14条では、「助言」・「指導」(1項)、「勧告」(2項)、勧告に係る措置の「命令」(3項)という三段階の手法をおいています。「助言」・「指導」は、講学上の行政指導に当たり、相手方への法的義務は発生せず、逆に「命令」は、権力的に相手方に義務を発生させる行政処分となります。問題は「勧告」です。行政手続法上の勧告は行政指導との理解ですが(2条6号)、この空家法上の「勧告」は行政処分と解される余地もあります。というのは、空き家問題が解決しない一つの理由として、住宅が建っている土地については固定資産税や都市計画税が減免される制度があり(200平方㍍以下の土地についてそれぞれ6分の1、3分の1)、空き家を壊すよりもそのままにしておくほうが税制面で有利な面もあったのですが、地方税法が2015年3月に改正され、「勧告」を受けた「特定空家等」の所有者はこの優遇措置が受けられなくなることになりました。そうすると、土地の所有者と建物の所有者が同じ場合は、この勧告によって所有者の法的地位に変動を生じることとなり、行政処分と理解される可能性もあるというものです。行政処分と解した場合は、「勧告」に際して、行政手続条例上の事前手続を踏む必要があります。

なお、後述しますが、個人的には「勧告」の行政指導としての意義、つまり任意の協力を得て行政目的を達成する機能を重視したいと思っていますので、現時点では、行政処分と解することについては否定的な意見を持っています。

第三に、実効性確保措置です。空家法制定前は、条例上に基づく命令に従わない場合、「行政代執行」まで行う自治体もあれば(例、秋田県大仙市)、制裁的な「公表」を使う自治体(例、埼玉県所沢市)などさまざまでした。空家法では行政代執行措置が定められ(14条9項)、さらに空き家の所有者が不明な場合の略式代執行手法も定められました(同条10項)。消防法3条2項などにも略式代執行の規定が見られますが、空家法では「過失がなくてその措置を命ぜられるべき者を確知することができないとき」との要件がついています。必要な調査を尽くしたことを意味すると思われますが、どの程度の調査なのか、具体化する必要があります。

第四に、空家法上、空き家対策は市町村が中心に対応することが明示されていますが、それとは別に、国や県による財政的措置その他の措置をする旨の規定が整備されました(15条)。

空家法制定後の条例改正

空家法制定後においては、市町村は、空家法上の手法を利用して空き家への対応をすることが可能です。従って、空き家に関して条例制定を準備していた自治体も、その制定作業を止めて、まずは空家法による対応を行ったり、他の自治体の運用事例を見守りたいとする自治体も多いようです。

もちろん、市町村には自治立法権があり、「法令に違反しない限り」で条例を制定することが可能です(地方自治法14条1項)。その判断については、法律と条例の対象事項の規定文言だけではなく、「それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し両者の間に矛盾抵触があるかどうか」(最大判1975(昭50)年9月10日〔徳島市公安条例事件〕)によって決せられることとなります。つまり、法律が、地方における独自の条例の制定を許す趣旨か否かが重要となります。空家法の内容を見てみますと、市町村が定める空家等対策計画の内容を法律で具体的に指示したり(6条)、協議会に市町村長を含めるよう求める(7条)など、自治行政権や自治組織権といった地方自治への配慮を欠く規定も見えるものの、本件事務そのものが地域の事情を踏まえて行わなければならない事務であること、また、市町村による具体的な措置(14条)を中心として地方にその施策の遂行を委ねていることからしますと、空家法は、法に上乗せする部分も含めて、地方における独自の条例の制定を許す趣旨であると考えられます。

具体的には、「空家等」(2条1項)や「特定空家等」(同条2項)の範囲を広げる条例であったり、空家等の所有者に対する規制を厳格化したりするような条例もありえます。空家法制定前に、空き家に関する条例を制定していた市町村においては、規定の重複を避ける改正を行ったり、独自の規制を置くような改正が考えられます。また、空き家に関する条例を制定していなかった市町村においては、空家法を利用しながら、空家法だけではとどまらない独自の規制を置くことが可能です。

一点だけ詳述します。即時強制手法を設けること、たとえば緊急に安全措置をとるべき空き家が現われた場合、相手方に義務を課さずに、実力行使を加える規定を置くことの可否についてです。パブリックコメントに対する国土交通省の回答では、空家法上そのような措置を条例で置くことを「禁止していない」としますが、「指導」、「勧告」、「命令」という三段階を経ることとしている趣旨も踏まえること、また災害対策基本法上の応急公用負担(64条)の利用も行うことも検討することもあわせて指摘しています。

即時強制が必要とされる場面としては、たとえば、空家法のもとで「特定空家等」に認定されておらず、かつ当該空き家に災害対策基本法上の応急公用負担の適用がなく、しかし自然災害などが原因となって家屋の状態が一気に悪化するという場合になると思いますが、そのような事例がどこまであるのか、少し検討しないといけません。仮にこのような手法をおいたとしても、即時強制手法は義務を課さずに国民に実力行使するので国民に対する負担の度合いが大きいことから、比例原則を定めた規定はもちろんのこと、「他に適当な手段がない場合に限る」などの要件を明示するべきであると考えられます。

空家法の意義と現時点における運用上の課題

(1)「空家」「特定空家等」の概念

命令等の対象となる「特定空家等」(空家法2条2項)の定義は、かなり抽象的なものとなっており、この点各自治体において、地域の実情を踏まえ基準を具体化する必要があります。国土交通省・総務省から出ているガイドラインは一つの参考となりますが、地域の実情を踏まえ各自治体が条例や要綱で具体化するべきと思われます。

なお、ここでいう「空家」は、「居住その他の使用がなされていないことが常態である」(2条1項)とされていて、長屋や集合住宅などで一部の住戸でも利用がある場合「空家」とはなりません。これらを条例で規制対象に加えるような対応も考えられます。

(2)優先順位

次に、ある「特定空家等」に対して、命令、代執行を行った場合、その他の「特定空家等」の近隣住民が自分たちの隣の「特定空家等」への命令・代執行を求めてきた場合、行政としてはどのように対応するべきかという点です。たとえば、条例上独自の義務を空き家所有者に課している自治体などでは、勧告まで行われていることが前提ですが、行政手続法36条の3に基づく命令権限の発動の「申出」を受けることもありえます。この場合、「特定空家等」の所有者に対しては不利益処分でも、隣人にとっては利益処分となっています。そのため処分の公平な適用が問題となります。また土地の所有者と建物の所有者が異なる場合、「特定空家等」への代執行は、土地の所有者の利益となります。

これらは、民─民間の問題に行政がどう介入するべきかの問題です。後述の代執行の費用未回収問題も踏まえると、すべて命令や代執行権限を発動できるかというと現実的に厳しい場合もあるかもしれません。そうしますと、どのように優先順位をつけるか、どのような考慮事項を設けるべきかが問われます。この点は、命令や代執行といった権力的手法の利用に躊躇する理由の一つかもしれません。この意味で、空家法の下で調査権が充実し所有者がより見つけやすくなることを前提に、命令や代執行ではなく、相手方の任意の協力を得て目的を実現する「勧告」の意義を考えてみる必要があると思われます。

(3)代執行そのものの限界

「特定空家等」について行政代執行や略式代執行を行ったとしても、その費用が事実上回収できないことが、すでに指摘されています。積極的に代執行制度を利用して「特定空家等」を除去した事例においても数十万円から数百万円を超える費用がかかっており、費用を所有者から回収できない場合は、税金で賄わなければならなくなり、市町村にとって大きな負担となります。このことは、今後、都市部の集合住宅やマンションなどの空き家の場合には規模が大きくなるがゆえにさらに問題になります。

また、仮に代執行を経て危険な状況を脱したとしても、その後の管理はどうするかも問題となります。たとえば「空家等」(空家法2条1項)の概念には、庭木や雑草も含まれるので、そのような物に対する代執行の場合は、改めて同様の状況が生まれてしまわないような対応も考えなければなりません。また、権力的な手法を利用してしまったがゆえに所有者と行政との関係性の悪化も考えられます。

(4)動機の欠如と「特定空家等」化予防策

土地と建物の所有者が同一の場合には、すでに述べたように税制上の優遇措置がなくなったため、空き家をそのままにしておく理由はなくなったといえます。しかし、だからといって「特定空家等」あるいは「特定空家等」予備軍の建物について、所有者自らが、積極にこれを改善あるいは除去する理由があるかというと、多くの者にとっては百万円単位で撤去などの費用がかかることもあり、前に踏み出しにくいかもしれません。空き家の所有者は、その時点では困っていないのです。仕事のため、子が都市部に流出し、親が亡くなったり高齢者専用住宅に移動して空いた家をそのままにしておいても当面は困らないが、売却したり賃貸しようと考えた瞬間、当該空き家をどうするかが当事者にとって問題となって現われます。

このような意味で、空き家の所有者に対して除去する動機付けを与えたり、あるいは空き家を流通させるための条件整備を行うことが重要と思われます。空家法6条における「計画」の策定は、その大枠を定める重要なものといえます。この点、国や県は、財政面をはじめ大きな責任を負うべきと思われます。

おわりに

空家法の意義としては、上記のように、条例上の手法の限界を克服した点にあるともいえますが、私見では、これまで孤立して各市町村が対応してきた問題を、国や県の問題でもあるとして位置付けた点にもあると思われます。国や県は、まずは所有者の調査や財政的支援などの場面で市町村を十分にサポートする必要があります。

市町村では、その国や県の積極的な支援を踏まえつつ、「特定空家」化予防策もふくめた総合的な対策を行う必要があると思われます。今後、空き家問題は一戸建て空き家から、マンション・集合住宅の空き家問題に広がっていきます。空家法上の手法は、決して万能薬ではないと思われますが、少なくとも空家法の成立を契機に、さまざまなことが動き始めているのも事実です。地域における事情を踏まえ、早期の積極的対応が必要と思われます。

【注】

  • 1)空き家問題に関する法的分析に関してはすでに多くの先行研究がありますが、本稿でも以下の研究を参考に考察しています。北村喜宣「空家法の実施における法的論点(一)」『自治研究』92巻10号47頁㌻以下、「同(二)」『自治研究』92巻11号29㌻ 以下、「同(三)」『自治研究』92巻12号24㌻ 以下、角松生史「空き家条例と空家法」『都市政策』164号13㌻ 以下、吉野智哉、海老原佐江子「所有者の判明している特定空家等の除去事例」『判例自治』408号91㌻ 以下、北村喜宣・米山秀隆・岡田博史編『空き家対策の実務』(有斐閣、2017年)など。個別の引用は紙幅の関係上割愛させていただく点ご容赦ください。
  • 2)前掲・北村喜宣ほか編『空き家対策の実務』49㌻ 以下に、パブリックコメントを踏まえた詳細な分析があります。
  • 3)『「特定空家等に対する措置」に関する適切な実施を図るために必要な指針(ガイドライン)(案)』に関するパブリックコメントの募集の結果について』(国土交通省住宅局・総務省地域力創造グループ、2015年5月26日)
  • 4)たとえば「地方分権の進展に対応した行政の実効性確保のあり方に関する検討会報告書」(2013年3月、座長小早川光郎)など参照。
  • 5)(2017年12月16日閲覧)
  • 6)吉田雄介「空家の家主7割が『放置でOK』、国の対策が空振りする理由」(2017年12月16日閲覧)
庄村 勇人

1975年生まれ。2004年岡山大学大学院文化科学研究科単位取得退学。愛知学泉大学コミュニティ政策学准教授を経て、現在名城大学法務研究科教授。専門は行政法学。

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