【論文】「働き方改革」と地方公務員

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地方公務員に人事評価が導入され、「会計年度任用職員」制度が新設されるなど、国を挙げて「働き方改革」がいわれています。そのねらいと当面の対応策を考えてみましょう。

安倍政権の「働き方改革」とは何か

いま国を挙げて「働き方改革」が叫ばれています。なかにはF社のように、「働き方改革」を自社の製品の宣伝に利用する企業すら現れてきました。安倍内閣が提唱する「働き方改革」とは「同一労働同一賃金の実現」、「長時間労働の解消」、「高齢者の就業促進」などで、ヨーロッパ諸国に遜色のない水準をめざすとしています。

それ自体は歓迎すべきことです。しかし「高度プロフェッショナル制度」として、かつて国民の大反対にあって「撤回」した「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」を名称変更して提案しているのです。また長時間労働を招くとして批判が多い裁量労働制の対象拡大をも一括提案していました。この「改革」は看板と実態は違っています。

そもそも「強い経済」なしに「子育て支援」も「社会保障」もできないといい、「子育て支援」と「社会保障」は「強い経済」を実現するためだと主張しているのです。「働き方改革」は、労働者の「働きがい」や「労働生活の充実」のためではなく、企業の成長戦略のなかに組み込まれているのです。

本来、問われるべきは「働き方」ではなく「働かせ方」です。何も好きこのんで長時間働いているわけではありません。好きこのんで雇用不安と劣悪な労働条件の非正規雇用を選んでいるわけではありません。「同一労働同一賃金」の「働かせ方」、「長時間労働」を解消する「働かせ方」、このような「働かせ方」に改革することこそが求められているはずです。だが安倍「働き方改革」はそれをいいません。それどころか賃金格差と長時間労働、非正規雇用の増加につながる危険性が大きい中身となっており、その本質は「働かせ方改悪」といわねばならないのです。

なぜ「働き方改革」なのか

それでは政府と財界はなぜ「働き方改革」を推進しようとしているのでしょうか。

「働き方改革」の底辺で流れているのは新自由主義という経済思想です。「社会と経済の発展は自由な競争から生まれるのであって、市場は規制や制約から解放されなければならない」として、自由競争と市場原理を重視する考え方です。古くアダム・スミスが主張した「自由主義」との対比で「新自由主義」と呼ばれています。1990年代以降、世界中に伝播し、市場での自由な競争を阻害する規制と慣行は撤廃すべきだとされ、「規制緩和」が叫ばれるようになりました。

さらに市場競争が国境を越えて激化する(=グローバリゼーション)時代に突入すると、「規制緩和」の波は人々の「働き方」にも及ぶようになりました。というのも、どのような条件でも対応できるような柔軟(フレキシブル)な働かせ方が必要だからです。条件合わせに手間ひまがかかっては競争に負けてしまうからです。フレキシビリティー(柔軟な働かせ方)がキーワードになったのです。フレキシブル化とは、リジッド(硬直的)なものにメスを入れ、何にも邪魔されず(規制を受けず)に働かせるようにすることに他なりません。「働かせ方」をめぐる規制や慣行を排除し、市場動向に素早く柔軟に対応できるように「改革」すべきだと主張されるようになったのです。それを通して「低コスト」と「効率性」を実現していこうというわけです。1995年に日経連(現経団連)から発表された『新時代の「日本的経営」』はそのための「働かせ方改革」宣言でした。

日本のこれまでの「働かせ方」でリジッドなものは、いうまでもなく長期雇用(終身雇用)慣行と年功的な処遇です。したがって年功制と終身雇用慣行の一掃が明確に強く出されました。第1に、市場動向に素早く対応するための雇用システムとして、終身雇用を解体し、有期雇用を増やしていくための「雇用ポートフォリオ」(=雇用形態の多様化)戦略が打ち出され、第2に、市場動向に素早く対応するための処遇システムとして、年功的な慣行を打破して、成果・実績主義化が推奨されたのです。事実、その後、非正規雇用の急増と「成果主義」が広く導入されるようになったことは周知の通りです。

「働き方改革」とは、人事と処遇に競争原理を持ち込んで、市場動向に素早く対応していくための「改革」に他なりません。

公務員の「働き方改革」のモデルは英国NPM

こうした流れは公務の分野も無縁ではありません。民間とは違って別の法改定が必要なため、時期的には遅れますが、激しい公務員バッシングを背景に、「公務員制度改革大綱」の決定、任期付職員法の施行、総務省次官通達(集中改革プラン)発表などを経て、いよいよ公務員の「働かせ方」のフレキシブル化への本丸に手がつけられることになりました。2014年と2017年の地方公務員法改正がそれです。

公務員改革のモデルは英国のNPM(New Public Management)です。それは「市場」を強く意識したものです。これまでの公務は「市場」から分離され、比較的閉ざされた空間でなされてきたのですが、「公共サービスの産業化」といわれるように、公務を市場と関係づけることによって公共サービスを「経済的」(低コスト)かつ「効率的」に提供していくことが企図されました。端的にいえば、行政の役割を「公共サービスを提供する当局」から「公共サービスを管理する当局」に、換言すれば「船の漕ぎ手から舵取りに」変えていこうというものです。行政は公的サービスを提供するのではなく、だれにどのようなサービスをどのように提供するのか、これを適切に素早くおこなうように管理する、これが新しい公務員の仕事であり、こうすれば公共サービスの「経済性」と「効率性」の同時達成ができるという考え方です。

英国で具体的にとられた手法は2つでした。一つは「効率性」の悪い事業を切り捨てて民営化することであり、もう一つは職員の仕事の質的向上と効率性の向上(コスト削減)をめざす業績管理の導入でした。その業績管理手法の目玉は賃金制度です。それまでの職種別賃金ではなく、人事評価に基づく業績給の導入です。この業績管理を支えているのは「人的資源管理」という考え方です。それはこれまでのような「特定の仕事を担当する職員」ではなく、「特定の職員がいかに仕事を担当しているか」に力点をおき、職員一人ひとりの「創造力、責任ある行動、自己管理的行動ができる能力」を重視する「働かせ方」です。すなわち仕事ぶりを重視した管理というわけですから、人事評価に基づいて処遇をおこなおうというものです。

このようにみてくると、いま日本の地方公務員のなかでおこっていることは、英国でおこなわれてきたこととうり二つです。英国の事業切り捨ては、日本では「指定管理者制度」であり、英国の業績給は、日本では人員削減と人事評価制度の導入です。さらに雇用慣行の違いから、日本では非正規職員の積極的活用がおこなわれています。

地方公務員の「働き方改革」

地方公務員の「働き方(働かせ方)改革」は二つの面でおこなわれています。一つは「人事評価制度」の導入、もう一つは「会計年度任用職員制度」の導入です。

まずは人事評価制度です。2014年に地方公務員法が改正され、人事評価制度が義務づけられました。これによって、「任用、給与、分限、その他」に「発揮した能力及び挙げた業績」などの「勤務成績の評価」を使わなければならなくなりました。職員数が約17万人もいる東京都から50人にも満たない小さな村にまで全国津々浦々すべての地方自治体で、職員の任用・配置・処遇・研修などに人事評価制度を使うことになったわけです。

この人事評価制度は自治体職員の働き方に大きな影響をもたらします。

第1に、人事評価とは個々の職員の働きぶりを上司が評価することであり、その評価点で任用・配置・処遇が決まるわけですから、個々の職員の「働き方」は上司の意向に左右されることになってしまいかねません。しかも評価の「基準」や「方法」は任命権者が決めるとされているのですから(地方公務員法第15条第5項、第23条第2項)、個々の職員としては上司の指示に諾々と従うしかなくなってしまいます。このような「働き方」が果たして公務員にふさわしいのかどうか、大きな疑問です。

第2に、人事評価の科学性・公平性・納得性の問題です。総務省の「能力」と「業績」の評価モデルをみても、評価基準はきわめて抽象的で曖昧であり、評価者の主観と上意下達の可能性が大きいといわねばなりません。評価者の主観で、つまりいわばゴムでできた物差しで評価されることになりかねません。こうなるとパワー・ハラスメントや「忖度」が横行することになりかねません。こうして、人事評価制度それ自体につきまとう主観性や上からの押しつけをどう排除するのか、それを可能とする制度や対策を講じないままでは、個々の職員は萎縮してしまうし、それだけ住民サービスの劣化が進んでしまいかねません。

次に「会計年度任用職員制度」についてみてみましょう。

2017年5月、「会計年度任用職員」制度が法定化されました。施行は2020年からとなっています。いかにも官僚が考えそうな名称ですが、文字通り「会計年度」単位の有期任用の職員制度です。いわば非正規公務員を正式に公認するものです。

なぜ導入するのでしょうか。総務省の文書をまとめてみると次のようになります。非正規の地方公務員(臨時・非常勤職員)が急増していますが(2016年4月現在で約64万人、全総数の19・6%)、非正規とはいえ重要な仕事を担っています。しかし、現行法に照らすと採用要件に沿わず適正とはいえない運用が常態化しているので、非正規という任用枠組みを新たに制度化することで、「適法化」を図っていこう、およそこのように主張しています。簡単にいえば、非正規公務員をさらに大量に採用しやすいように制度を改定していこうということなのです。

こうして「会計年度を超えない」範囲で採用される非常勤職員が新たに設けられたわけですが、それをもっともらしく11㌻のような図を使って説明しています。

まず職員が担当する「仕事」の特徴を、X軸として「業務の性質に関する要件」で「相当の期間任用される職員を就けるべき業務」と「それ以外の業務」に分類し、Y軸に「勤務時間の要件」から「フルタイム勤務とすべき標準的な業務の量がある職」かどうかで二つに分類し、全部で四つの領域に分類しています。ここに本格的な業務でフルタイム勤務(A領域)、本格的業務だがパートタイム勤務(B領域)、本格的でない業務のフルタイム勤務(C領域)、本格的でない業務のパートタイム勤務(D領域)という形で分類されることになります。

このように分類した上で、A領域には「任期の定めのない常勤職員」(=無期雇用の正規公務員)、「任期付職員」、そして退職した職員のための「再任用職員」、さらに常勤職員に欠員が生じた場合の「臨時的任用職員」が入り、またB領域では「任期付短時間職員」と「再任用短時間職員」が入るとされています。そして残りのCとDの二つの領域こそが今回新たに設置したもので、「会計年度任用フルタイム勤務職員」(C領域)と「会計年度任用パートタイム勤務職員」(D領域)とされています。「時間」と「仕事内容」で整理し、あたかも論理的・整合的にみえます。だが、なんのことはない、これまでのものの横に新しい非常勤職員の枠を新設したにすぎません。

図 常勤と非常勤および会計年度任用職員の概念図出典:総務省『会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル』2017年8月から筆者作成。
図 常勤と非常勤および会計年度任用職員の概念図
出典:総務省『会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル』2017年8月から筆者作成。

上図にある「非常勤の職」(B、C、D領域)とは、勤務時間の長短という勤務形態のことではありません。あたかも仕事の性格で分類しているようにみせながら、常時勤務で無期雇用の正規職員が配置されていない職を総称して「非常勤の職」といっているにすぎません。ですから、仮にこれまで常勤の職員が配置されていた職を、会計年度任用職員をあてがった途端に、その職は「非常勤の職」となってしまうのです。

そもそも「相当の期間任用される職員を就けるべき業務」とは何かの定義がありません。それがないから正規職員を「会計年度職員」に代替させることも簡単なのです。ここでは表向きは「従事する業務の性質」で分類したという形をとりながら、その運用はかなりフレキシブルにできます。つまりフレキシブルに運用できるように設計することで、非正規公務員を思い切って大胆に拡大していくことができる仕組みなのです。

この任用制度は公務員の「働き方」にどのような影響をもたらすでしょうか。

まず第1に、限りなく非正規化が進行します。このことは「任期の定めのない常勤職員を中心とする公務運営」という公務労働の原則から大きく逸脱することになります。つまり公務員が提供する住民サービスの質が劣化する危険性があります。断片化され短期的で不安定な勤務でどうして良質のサービスを提供することができるというのでしょうか。

第2に、それにとどまらず、地方自治や公務員の役割が大きく変質する可能性があります。実は総務省の文書『会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル』に次のような看過できない文言がみられるのです。そこでは、どのような業務に「任期の定めのない常勤職員を就けるべきか」との問いにたいして、次のように書かれているのです。「典型的には、組織の管理・運営自体に関する業務や、財産の差し押さえ、許認可といった権力的業務などが想定される」と。これはまさしく、既述したイギリスNPM論議のなかでいわれていた「公共サービスの提供者から公共サービスの管理者へ」、「船の漕ぎ手から舵取りへ」そのものです。正規職員は「管理者」と「舵取り」中心に限定し、それ以外は「非常勤職員」にしていこうという構想なのでしょう。英国で成功しなかったNPMへの道を拓くものではないでしょうか。

何をすべきか

「人事評価制度」導入義務づけ、「会計年度任用職員」の創設、この「二つの改革」は民間企業でおこなわれてきた「働かせ方」のフレキシブル化、とくに雇用と処遇のフレキシブル化の公務員版です。「会計年度任用職員制度」の創設は、民間における「雇用ポートフォリオ」戦略そのものですし、人事評価制度は、民間企業の場合と同様に、まさしく成果・業績主義人事の確立を企図したものです。

これらの「改革」は、公共サービスの経済性(コスト削減)と効率性の同時達成をねらったものですが、しかし「全体の奉仕者」としての公務員の本義と照らして考えてみると重大な問題を孕んでいるといえます。

第1に、人事評価によって任用と処遇のすべてが決められることは、公務の職場が任命権者と上司によって支配されることになります。昨今の政府官僚の「忖度」や物言わぬ公務員の言動が目につきますが、これが日常の暮らしに直結する地方自治に及んでくる可能性があります。上からの評価と自己責任が強調され、唯々諾々と上司の指示に従うだけでは「全体の奉仕者」としての職務を全うできないだけでなく、住民サービスの劣化を招きかねません。そもそも人事評価はヒトがヒトを評価するわけですから、「主観性」は免れません。どうすべきでしょうか。評価の公正性と公平性の確保に向けて「評価される側」からの規制と監視など、人事評価のあり方の抜本的な見直しが不可欠です。その見直しは個々の職場での問題提起と粘い強い交渉によるしかありません。

第2に、「会計年度任用職員」が「全体の奉仕者」としての職務を全うするためには身分保障の確保が必要です。基本は正規職員の増員、また非常勤職員の常勤化ですが、雇用不安を抱えたままで「全体の奉仕者」としての業務全うはきわめて困難です。そもそも公務員には労働契約法が適用されないので、その第18条にあるような無期転換ルールもありません。今回の新制度はその第18条の脱法行為に等しいといえます。ことは非常勤職員当人の問題にとどまらず、まさに公共サービスの劣化につながるとすれば、労働契約法第18条に見合った何らかの措置の構築は喫緊に解決すべき重要課題なのです。

公務員改革のモデルであった英国NPMは、その後、当初の思惑通りには進みませんでした。公共サービスの低下への住民からの反発と労働組合の粘り強い運動が跳ね返す原動力になったようです。「地方公務員として、住民に目を向けること、質の良い公共サービスを提供するという誇りが重要なんだ」。英国公務員労組の役員の言葉が思い返されます。

【注】

  • 1 裁量労働制と労働時間の関係については、労働研究・研修機構の実態調査報告書『多様な働き方の実態と課題』研究シリーズ№4、2007年を参照。裁量労働制は通常の労働時間制よりも長時間労働を招くことが示されています。
  • 2 一億総活躍国民会議「ニッポン一億総活躍プラン」、首相官邸ホームページより。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/2018年3月22日アクセス。
  • 3 黒田・山崎『フレキシブル人事の失敗』旬報社、2012年、35~42ページ参照。
  • 4 労働時間規制の「改革」もその一環です。
  • 5 黒田他著『どうする自治体の人事評価制度』自治体研究社、2015年、を参照。
  • 6 上林陽治「欺瞞の地方公務員法・地方自治法改正(下)」『自治総研』465号、2017年7月、地方自治総合研究所、9ページ。
  • 7 黒田・小越編著『公務員改革と自治体職員』自治体研究社、2014年、を参照。
黒田 兼一

専攻は人事労務管理論。近著として、『働き方改革と自治体職員』(共著、自治体研究社、2020年)、『戦後日本の人事労務管理』(ミネルヴァ書房、2018年)

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