【論文】幼児教育無償化が地域に与える影響―無償化までに地域で何を検討すべきか―


幼児教育の無償化が2019年10月からスタートしますが、地域に与える影響についてはほとんど議論されていません。本論では無償化までに市町村で検討すべきことを考えます。

2019年10月から消費税率が10%に上がると、幼児教育無償化(以下「無償化」)がスタートします。無償化についてはあまり議論がされておらず、とくに地域にどのような影響を及ぼすかはほとんど考えられていません。無償化は、子ども・子育て支援新制度(以下「新制度」)を実質化させる施策として位置づけるべきです。また、スタートまであと一年少ししかなく、市町村が対応する場合は2019年度予算に反映させる必要があり、急を要します。

幼児教育無償化の概要

「新しい経済政策パッケージ」(以下「パッケージ」)が2017年12月8日に閣議決定されました。具体的施策の冒頭に書かれたのが無償化です。このパッケージで無償化のおおよその内容が決まりました。そして、「経済財政運営と改革の基本方針2018」(以下「骨太方針」)が2018年6月15日に閣議決定されました。パッケージで未確定だった部分をこの骨太方針で決着させました。

最初に、無償化の対象と内容をみます。

(1)3歳~5歳で保育を必要と認定された子ども(2号認定)

  • ①保育所、認定こども園、新制度の対象となる幼稚園(以下「新制度内幼稚園」)を利用する場合は無料となります。所得に関係なく無料になるということで、3歳~5歳児については以下、同様です。
  • ②新制度の対象とならない幼稚園(以下「新制度外幼稚園」)を利用する場合は、新制度内幼稚園について国が定める利用者負担の上限額(2万5700円/月)までは無料、それを超える額は利用者負担となります。
  • ③幼稚園の預かり保育を受ける場合は、先の上限額(2万5700円)を含め3万7000円/月(保育所の月額保育料の全国平均額)まで無料、それを超える額は利用者負担となります。
  • ④一定の基準を満たす認可外保育施設を利用する場合は、3万7000円/月まで無料、それを超える額は利用者負担となります。ただし一定の基準を満たさない施設でも、5年間は経過措置として無償化の対象となります。

(2)3歳~5歳で保育の必要性を認定されない子ども(1号認定)

  • ①認定こども園、新制度内幼稚園を利用する場合は無料となります。
  • ②新制度外幼稚園を利用する場合は、2万5700円/月までは無料、それを超える額は利用者負担となります。

(3)住民税非課税世帯で保育の必要性を認定された0歳~2歳の子ども(3号認定の一部)

  • ①保育所、認定こども園、地域型保育事業などを利用する場合は無料となります。
  • ②一定の基準を満たす認可外保育施設を利用する場合は、前述と同じ考えで4万2000円/月まで無料、それを超える額は利用者負担となります。

無償化を巡る論点

無償化そのものに反対する人はあまりいません。しかし、今回の無償化については、いろいろな意見が出されています。主だった意見は以下の四点です。

一つ目は、財源を消費税にしている点です。消費税率を2%上げると5兆円強の税収があります。元々はそのうちの5分の1を社会保障の充実に使い、残りは財政再建に使うとしていました。それを無償化、子育て支援、介護人材の確保などと財政再建におおむね半分ずつ使うと変え、無償化を実現することにしています。そもそも、2012年6月の三党合意によって、消費税率の引き上げで社会保障の充実に必要な財源を確保すると決められました。新制度によって新たに必要となる財源も消費税率の引き上げに求めるということになりました。これを基本にすると無償化をはじめ保育の充実を図るため新たな財源を確保するには、消費税率の引き上げをしなければならなりません。消費税率の引き上げを避けようとすると、保育充実のための予算が確保できないという問題が生じます。税には、法人税、所得税、相続税など消費税以外の税金もたくさんあります。にもかかわらず、社会保障の財源と消費税をリンクさせたところに大きな問題があります。

二つ目は、無償化の恩恵は所得が高いほど、大きくなるという点です。たとえば国が定める利用者負担額(2号認定)を見ますと、世帯年収が1200万円の場合は10万1000円/月、年間ですと121万2000円です(概算、以下同様)。これが無料になります。年収の70%を消費する場合、2%の増税で16万8000円の負担増です。差し引き104・4万円の負担減です。世帯年収が800万円の場合、無料になる年間保育料は69万6000円、年収の80%を消費する場合12万8000円の負担増で、差し引き56万8000円の負担減です。世帯年収が400万円の場合、無料になる年間保育料は32万4000円、年収の90%を消費する場合7万2000円の負担増で、差し引き25万2000円の負担減となります。保育料は応能負担であり、それを無償化すると、所得が高いほど恩恵が大きくなります。

三つ目は、無償化以外にも取り組む課題があるのではないかという意見です。二つ目とも関係しますが、所得階層の高い人も含めてすべてを無償化するのではなく、それ以外の分野、たとえば待機児童の解消、保育士の処遇改善、保育環境整備など、場合によっては当初の予定通り財政再建に財源を回すべきではないかという考えです。

四つ目は、認可外保育施設を無償化の対象にすると、認可外施設の固定化が進み、保育環境の全般的な改善が遅れるのではないかという意見です。

無償化で公立幼稚園が崩壊する

いうまでもなく消費税率の引き上げは避けるべきです。しかし無償化は少子化対策という点から見て重要であり、消費税以外で財源を確保して進めるべきです。また、今回は0歳~2歳児の多くは対象から外れましたが、無償化に関するさまざまな問題に対応しながら、無償化の対象を広げるべきです。その一方で、無償化が地域に与える影響を認識し、それへの対応を検討しなければなりません。まず、重視しなければならないのは公立幼稚園です。

2017年5月時点で幼稚園総数は1万878カ所、うち公立幼稚園は3952カ所、36・3%です。幼稚園は3歳児以上を受け入れますが、私立幼稚園の場合、3歳~5歳児を受け入れているのは99・1%です。それに対して、公立幼稚園の場合、3歳~5歳児を受け入れているのは48・6%です。

2019年10月以降、高額な保育料を設定している新制度外幼稚園を除くと、3歳児以上の幼稚園児は保護者の所得に関係なく無料になります。ところが公立幼稚園の半数は4歳児からしか受け入れていません。私立幼稚園であれば3歳児から無料で利用できるのに、4歳まで待って公立幼稚園に入園させる保護者は限られるでしょう。もちろん、公立幼稚園の保育内容が良く、公立幼稚園を選ぶ保護者もいます。しかしこのままですと、無償化とともに半数の公立幼稚園は入園児が激減し崩壊に直面すると思われます。

幼稚園の需要がある程度見込める地域では公立幼稚園のままで3歳児から受け入れるようにすべきです。そのような需要が見込みにくい地域では認定こども園化を一つの選択肢として検討すべきでしょう。

もちろん認定こども園化を進める場合は、保護者ときちんと議論し、クラス編成や保育内容がどう変わるのかなどについて、保護者の不安を解消するようにしなければなりません。

また、公立認定こども園のなかに、2号認定は3歳から受け入れているにもかかわらず、1号認定は4歳からしか受け入れてない園があります。このような認定こども園は、1号認定も3歳から受け入れるように改善すべきです。

いずれにせよ時間的猶予はなく、急がなければ「大幅な定員割れ→廃園」となる公立幼稚園が続出し、2~3年間で公立幼稚園が大きく淘汰されかねません。公立幼稚園の設置者は市町村であり、市町村の責任で速やかに検討を始めるべきです。ただし、政府も市町村が認定こども園化に伴う施設改修などを行う場合、特別な財政措置を講じるべきです。

幼稚園の認定こども園化が加速される

2017年度の幼稚園などの箇所数を見ますと、新制度内幼稚園が884カ所(11%)、認定こども園に移行した園が2047カ所(25・4%)、新制度外幼稚園のままが4380カ所(63・6%)です。新制度後も新制度内に入ってない幼稚園が約3分の2あります。働く保護者が増えているにもかかわらずこのような状況が成り立っているのは三つの理由があります。一つ目は、幼稚園での預かり保育の普及です。2号認定の子どもでも預かり保育を使うことで就労が可能となります。二つ目は、幼稚園+預かり保育のほうが保育所を利用するよりも安価な場合が多いということです。三つ目は、幼稚園で幼児教育を受けさせたいと考えている保護者のニーズです。このような保護者側の理由で新制度外幼稚園が維持できています。

しかし無償化で二つ目の理由はなくなります。また、幼稚園型認定こども園、幼保連携型認定こども園であれば幼稚園教育を受けさせたいという保護者のニーズはかなり満たされます。一方、預かり保育は普及していますが、平日の開設時間、長期休暇中の開設状況、保育内容などは、認定こども園や保育所に比べると見劣りする場合が多いといえます。

その結果、無償化とともに2号認定の保護者から、幼稚園を認定こども園に変えてほしいという希望が出てくると思います。地域で認定こども園が増え続けると、子ども確保という点からそのような保護者の希望を軽視しにくくなるでしょう。その結果、幼稚園の認定こども園化、新制度外幼稚園の新制度への移行が進むと思われます。

幼稚園は都道府県、保育所は市町村との関係が強くなっています。認定こども園は幼稚園、保育所双方の子どもが通いますが、認可・認定基準は都道府県が定め、都道府県が認可・認定します(幼保連携型は政令市、中核市も含む)。保育に必要な子どもも通うため、市町村も関わりますが、基本的には児童福祉法第24条第2項の施設であり直接契約型です。地域で認定こども園が増えた場合、市町村と認定こども園の関係をどうするのか、地域で子育て支援をどう体系的に進めるのかをきちんと考えなければ、各施設がばらばらになり、地域で子育て支援を進める上で大きな問題を抱えます。

幼児教育無償化で市町村に財源が生まれる

現在、政府が保育料の上限額を決め(国庫負担金の精算基準額)、それを上限として、市町村が実際徴収する保育料を決めています。上限額は高いため、市町村が決める保育料は、上限額よりも低くする場合が多くなっています。これを保育料減免、差額を保育料減免額と呼び、減免額は市町村の単独負担です。

今回、3歳児以上の保育料が無料となりますが、予算的に政府が保障するのは政府が定める上限額です。その結果、市町村の保育料減免は不要となります。減免額が大きな市町村ほど無償化によって大きな財源が生まれます。

無償化は2019年10月実施の予定です。消費税率の引き上げが実施されますと、2019年度の市町村予算では保育料減免に必要な半年分の予算は必要ですが、10月以降は不要になります。またこれは2019年度予算だけでなく、2020年度予算以降でも不要です。

現在の消費税率は8%で、そのうち1・7%は地方消費税です。2019年10月以降は、消費税率が10%に上がり、地方消費税率も2・2%に上がります。消費税の増税分を無償化の財源にするということは決まっていますが、地方消費税との関係がどうなるかは未定です。また、新制度の給付は国1/2、県1/4、市1/4となっています。無償化も同じ負担割合になり、自治体の負担分は基準財政需要額に含まれる可能性が高いと思われますが、確定していません。交付税措置をする場合、交付団体と不交付団体では実質的な財政負担が異なるため、これらの点については注意しておく必要があります。

以上を踏まえ、無償化でどの程度の財源が生み出されるかを各市町村で把握しなければなりません。そしてこの財源を引き続き子育て支援分野で使うように市町村に働きかけるべきです。待機児童解消、0歳~2歳児の保育料減免の拡充、保育環境の改善、保育士処遇の改善など、使うべきところはたくさんあります。市民からの働きかけがなければ、無償化によって生み出された財源をまったく別のことに使ってしまうかもしれません。

幼児教育無償化は新制度の実質化を図る施策

新制度で大きく変わった点は二つありました。一つは0歳~2歳児を対象とした保育の大幅な規制緩和、もう一つは認定こども園の急増と法的位置づけ(児童福祉法第24条第2項)です。新制度で予定したほど大きく変化しなかったのが幼稚園でしたが、無償化で新制度の考えに沿って幼稚園を大きく変えようとしています。その内容はすでに見ましたが、公立幼稚園を大きく減らすこと、私立の新制度外幼稚園を認定こども園に移行させ、新制度の枠内に入れることです。無償化は単に保育料が無料になるだけではありません。

無償化の影響は幼稚園だけにとどまりません。公立幼稚園の統廃合、認定こども園化に巻き込まれる公立保育所もあるでしょう。そして保育を必要とする子どもが認定こども園に多く流れることで、新制度の次の実質化、認可保育所の縮小、児童福祉法第24条第2号施設に収れんさせる道が開かれます。

【注】

無償化の対象となるのは保育料であり、各施設で実費徴収している教材費、食材費、通園送迎費、行事費などは対象外です。また、保育所、認定こども園、幼稚園と障害児通園施設など、複数施設を利用する場合は、2万5700円/月もしくは3万7000円/月まで無料です。

【参考文献】

中山 徹

1959年大阪生まれ。京都大学大学院博士課程修了。工学博士、一級建築士。主な著書に『人口減少と大規模開発』2017年、『人口減少と公共施設の展望』『人口減少時代の自治体政策』2018年、いずれも自治体研究社。