【論文】原子力災害からの「一人ひとりの復興」をめざして ―震災8年の現状と課題

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福島原発事故の発生から8年。賠償や支援策は打ち切られつつありますが、復興期間の10年で問題が解決しないのは明らかです。被災者一人ひとりの復興に向けた施策が必要です。

賠償、支援策の打ち切り

2011年3月の東日本大震災と福島原発事故の発生から8年がたちます。2020年度の東京オリンピック開催と復興期間の終了は目前です。こうしたなかで、原発事故の賠償や被災者支援策が打ち切られつつあります。

2017年春、帰還困難区域等を除いて避難指示が解除されました。解除された地域では、2018年3月までで慰謝料の賠償が終了しています。また、避難者に対する仮設住宅(建設型、借上型)の提供も打ち切られつつあります。

賠償についてみると、東京電力(以下、東電)はこれまで8兆円以上を支払ってきました。これが被害者の生活再建や被害回復に一定の役割を果たしてきたことは事実です。しかし、そこには依然として多くの問題が残されています。

建物の解体が進む福島県南相馬市小高区。避難指示が解除されても町並みは大きく変貌している(2018年6月、筆者撮影)
建物の解体が進む福島県南相馬市小高区。避難指示が解除されても町並みは大きく変貌している(2018年6月、筆者撮影)

たとえば地域間の賠償格差は、これまで強い批判を浴びてきたものの手直しはなされていません。避難指示区域外からの避難者(以下、区域外避難者)に対しては、区域内に比べて賠償や支援策が乏しいというのが現実です。無償の仮設住宅は、とくに区域外避難者にとって、避難継続の重要な条件になってきました。しかし、2017年3月までで区域外避難者への供与が打ち切られたことにより、家賃や引っ越し費用など、避難者の経済的負担が増大しています。

避難指示区域内の損害も、実態にみあった評価がなされていません。これまで支払われてきた避難慰謝料は、交通事故での自賠責保険の傷害慰謝料をもとに算定されたものです。そこでは、「ふるさとの喪失」と呼ぶべき被害が、慰謝料の対象外になっています。

住民の避難は、被ばくを避けるための措置ですが、大規模な避難が長期に続いたことで、地域社会の再生が難しくなっています。「ふるさとの喪失」は当事者の実感としては大きいものの、第三者の目にただちにはみえにくい被害の典型でしょう(拙著『公害から福島を考える』岩波書店、2016年、第1、2章。「特集② ふるさと喪失の被害実態と損害評価」『環境と公害』第48巻第3号、2019年1月)。

住民にとって「ふるさとの喪失」とは、避難元の地域において、住民の日常生活を支えていた一切の条件(生産・生活の諸条件)の剥奪です。この諸条件のうち、居住空間としての住居などは、賠償によって回復することができます。

しかし、金銭賠償による原状回復が困難な被害もあります。その1つが地域のコミュニティの破壊です。コミュニティにおける人間同士のつながりを通じて、住民は各種の「生活利益」を得ていました。原発事故はそれを奪うことによって、単なる精神的苦痛にとどまらない重大な被害をもたらしています。

区域外避難者の経済的困難

区域外避難者には、総じて賠償や支援策が乏しいといえます。そのため、経済的な困難が生活再建を進めるうえで大きなハードルとなっています。

福島県から新潟県に避難した人を対象に、新潟県が2017年10~11月に行ったアンケート調査でも、このことがはっきりとあらわれています。この調査は、東電柏崎刈羽原発の再稼働を判断する前提として、新潟県が独自に行う福島原発事故の検証活動の一環として実施されました。筆者は、避難生活の影響を検証する「生活分科会」の副座長を務めています。

調査では、「現在の生活設計は何でやりくりされていますか」という質問に対する回答は、避難指示区域内(2015年6月15日時点の区域)からの避難者の場合、「勤労収入」が55・6%、「賠償金」が44・9%、「預貯金」が33・2%などとなっています。他方、区域外避難者では「勤労収入」が75・0%、「預貯金」が32・2%などであり、「賠償金」は2・5%にすぎません(複数回答)。

さらに今後の生活について、経済的な不安を感じている人(「とても不安を感じている」「ある程度不安を感じている」の合計)が、区域内避難者では76・0%であるのに対して、区域外避難者では83・5%にのぼります。

加えて、この調査では、回答者のうち了解を得られた11人に対する聞き取りも行われました(対象者は避難指示区域内・外とも。2017年12月実施)。調査報告書には、区域外避難者の次のような声が掲載されています。

「収入は以前の半分以下に落ちた。やはり50才近くでは再就職は厳しいと感じた。妻も専業主婦から、現在は、働いているが、二人を合わせても前の収入に追いつかない。この収入では子どもを大学に行かせてやれないというのが現実である。以前の会社の退職金や、保険も全て解約してやっているが、貯蓄が減っていく一方である」(家族4人で避難している50歳代の男性の声。新潟県「福島第一原発事故による避難生活に関する総合的調査 インタビュー調査報告書」2018年3月、17㌻。中略あり)。

家賃補助の終了

福島県は2015年6月、区域外避難者に対する仮設住宅の供与を終了する方針を決定しました。同時に、それに代わる支援策も発表されています。避難を継続する場合の民間賃貸住宅等の家賃補助や、県内に帰還する場合の移転費用補助などです。

しかし、この支援策は、仮設住宅の終了にともなう矛盾の緩和措置というべきであり、仮設住宅に代わる施策としては限定された中身だといわざるをえません。

民間賃貸住宅等の家賃補助についてみると、期間が2年間に限定されており、補助率が1年目の2分の1から、2年目には3分の1へと下がります。また、収入要件があるため、仮設住宅が終了となる世帯のうち一部が対象となるにすぎません。さらに、年収が低い世帯では、たとえば月額6万円の家賃に対して、当面3万円ないし2万円の補助があっても、いずれ家賃の全額を支払わねばならず、その負担に耐えられないでしょう。

しかも、この家賃補助は2019年3月末で終了します。仮設住宅の供与終了や支援策の打ち切りが進めば、避難者の経済的負担が増大するのは避けられません。この点について、新潟県による前記の聞き取り調査では、次のような声が出されています。

「当面は今の生活を継続したいという思いもあるが、やはり金銭面の不安が大きい。今、月3万円の補助が福島県から家賃補助で、家賃が6万円なので半分、それが来年度は3分の1、つまり2万円になるので、収入が来年度も変わらなければ、生活は苦しくなる」(40歳代の男性、区域外から家族3人で避難。前掲「インタビュー調査報告書」21㌻)。

また、夫が福島県に戻り、母子で新潟県に避難している40歳代女性は、「福島の持家の維持費やローン、夫の生活に関わる光熱水費と、新潟県での母子の避難生活に関わる経費(アパートの家賃、生活費)との二重負担になっている」ことから、家賃補助が下がったり打ち切られたりすれば避難を続けるのが難しくなる、と述べています(同上22㌻)。

家賃補助をはじめとする支援策の終了が避難者に対してどのような影響を及ぼすのか、今後とも実情をきちんと把握していく必要があります。

避難者の社会的孤立

現に避難指示を受けている「居住制限者」で、避難先で住居を取得することが難しい人に対しては、復興公営住宅(福島県による災害公営住宅の呼称)が整備されています。建設地はすべて福島県内で、2018年7月末時点で4707戸が完成しています(募集を行ってもなお空き住戸がある場合、避難指示が解除された区域の「旧居住制限者」も対象になります)。

1995年の阪神・淡路大震災で、災害公営住宅に関して大きな問題となったのは、居住者の孤立化や孤独死でした。福島県の復興公営住宅でも、2017年1月、孤独死の事例が初めて明らかになりました。

この問題に関して、2017年1月に復興公営住宅の入居者に対して実施されたアンケート調査がたいへん参考になります(西田奈保子・高木竜輔・松本暢子『復興公営住宅入居者の生活実態に関する調査 調査報告書(概要版)』2017年)。調査の対象は、原則として、入居開始から1年以上経過した復興公営住宅の全世帯です。回答者のうち約8割が60歳代以上で、単身世帯が49・9%、夫婦のみ世帯が26・5%でした。

震災前と比較した近隣関係の変化については、約7割が近所づきあいが減ったと回答しています(「かなり減った」が61・7%、「少し減った」が10・3%)。復興公営住宅内の住民とのつきあいについては、約6割が「たまに立ち話をする程度」以上のつきあい方をしていることがわかりました。他方、「交流がない」が13・4%、「顔を知っている程度」が22・7%であり、交流が希薄な人たちも一定程度存在します。

さらに、復興公営住宅周辺の住民との交流については、「交流はない」という回答が約半数を占めています。復興公営住宅内だけでなく、周辺住民との関係をつくっていくことが今後の課題です。

人びとが避難元のコミュニティから引きはがされ孤立化していくという問題は、避難者が集まる建設型の仮設住宅や復興公営住宅よりも、借上型の仮設住宅や、避難先で住居を再取得した場合に、むしろ深刻化する恐れがあります。

こうした課題に対応するため、復興公営住宅の入居者同士や周辺住民との交流活動を支援するコミュニティ交流員、市町村社協の生活支援相談員、県や市町村の復興支援員、全国26カ所の生活再建支援拠点などが活動しています。しかし、県外避難者への支援策は、県内に比べて手薄になりがちです。

福島県いわき市の復興公営住宅(2018年6月、筆者撮影)
福島県いわき市の復興公営住宅(2018年6月、筆者撮影)

被災者の実態把握と「一人ひとりの復興」

被災者に対する支援策は福島県内に集中する傾向があり、住居の賠償も避難指示区域に限られています。逆に、県外避難者、区域外避難者においては、賠償や支援が手薄になり(あるいはまったくなく)、住まいの確保と生活再建が難しくなるという事態が起こりやすいのです。

筆者が話をうかがった70歳代男性のケースを紹介しましょう。彼は、福島県浜通りの避難指示区域から関東地方に避難しています。震災発生時には病気でしばらく仕事をしておらず、自宅も借家だったため、収入減や住居に対する賠償が得られません。慰謝料や家財の賠償と、月額数万円の国民年金はありますが、これまでと将来にわたる生活費をそれらでまかなっていかなくてはなりません。そのため貯蓄の取り崩しも発生しています。

避難によって趣味も奪われてしまいました。震災前は、週末になるといろいろなところに川釣りや狩猟に出かけていたそうです。しかし、いまは車がなく、出かけていくことができません。浜通りと違って、都会での運転には不安があるようです。

彼は社会的に孤立しているわけではなく、町の復興支援員の要請を受けて町民のサークルを立ち上げるなど、複数の会合に積極的に参加しています。一方で、その参加のための交通費などが負担になっています。

現在は首都圏の借上型仮設住宅(民間賃貸アパート)に1人で住んでいますが、供与が打ち切られた後どうするかが一番の悩みです。仮設住宅の供与は、2015年6月15日時点の避難指示区域、および楢葉町全域では延長されました。しかし、楢葉町については2018年3月で供与が終了し、今後も順次打ち切りが決まっています。

新たに部屋を探すにしても、家賃負担が発生しますし、保証人を見つけるのも困難です。彼は福島県に帰還することを望んでいないので、復興公営住宅に入居するという選択肢も閉ざされています。

避難指示区域内であっても、このように条件によっては、住まいの確保が困難な状況に陥る可能性があります。そもそも賠償は、事故で失われた所得や財産を埋め合わせる制度ですから、それらが乏しかった場合には、賠償額も少なくなってしまうのです。

まして、区域外避難者には住居の賠償がありません。被災者の住まいの確保を「自己責任」の問題とせず、「居住権」保障の観点から政策的対応を行うべきです。被災者の実態を十分に把握し、一人ひとりの生活再建と復興が可能になるよう、きめ細かな支援策を講じていくことが求められます。

福島県外にも復興公営住宅の設置を求めるポスター。埼玉県で避難者支援を続けるNPOの事務所前にて(2018年10月、筆者撮影)
福島県外にも復興公営住宅の設置を求めるポスター。埼玉県で避難者支援を続けるNPOの事務所前にて(2018年10月、筆者撮影)

多様な選択肢の保障を

政府の避難者対策は、「帰還政策」「避難終了政策」という特徴をもっています。避難者を帰還/移住へと移行させることで、「避難」という状態を終了させることをめざしているのです。しかし、避難者の意識は、帰還か移住かという二者択一の枠組みに収まるものではありません。避難先にとどまりながら、避難元の地域と緩やかにつながろうとする試みも続けられてきました。

したがって、帰還/移住のどちらでもない選択肢を保障することが必要です。具体的には、避難先での住まいの中長期的な保障や、現住地と避難元(原住地)の両方の自治体に参加できる仕組み(「二重の住民登録」)などです。

筆者らが川内村などの調査から明らかにしてきたように、仮設住宅の打ち切り後も、医療・介護や教育などの必要性から、避難の継続を望む人も少なくありません(前掲拙著『公害から福島を考える』第1章)。それぞれの事情に応じて、多様な選択を保障しうる条件づくりが求められています。

地域の経験をつなぐ

2017年3月以降、原発事故被害者の集団訴訟で複数の判決が出されています。これらの訴訟で、原告たちは国や東電の責任を追及するとともに、深刻な被害実態を踏まえ、損害賠償や環境の原状回復を求めています。また、原告本人の救済にとどまらず、復興政策のあり方を転換していくことも目標とされています。提訴は北海道から九州まで20の地裁・支部に及び、原告数は1万2000人を超えました。判決では、国の責任や損害の認定で前進した面もありますが、他方で多くの課題も残されています。

原発事故の被害はいまだ収束しておらず、政府が定める復興期間の10年で問題が解決しないのは明らかです。各地の集団訴訟の取り組みが賠償、復興政策の見直しにつながるのか、今後の展開が注目されます。

震災9年目を迎える現在、被害の過小評価と「風化」をくいとめるためにも、今回の事故を「福島の問題」に封じ込めず、多くの市民が「私たちの問題」とあらためて捉えなおす必要があります。国内でも、人形峠ウラン鉱害(鳥取県・岡山県)や東海村JCO事故(茨城県)など、放射能汚染や原子力事故がくりかえされてきました(藤川賢・除本理史編著『放射能汚染はなぜくりかえされるのか─地域の経験をつなぐ』東信堂、2018年)。わたしたちは、そうした他地域の経験にも学んで、将来に向けた教訓を明らかにしていかなくてはなりません。

除本 理史

専門は環境政策論、環境経済学。近著に『放射能汚染はなぜ繰り返されるのか』(東信堂、2018年)、『原発事故被害回復の法と政策』(日本評論社、2018年)(ともに共編著)。

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