いまAIやIоTの話題が喧しくいわれています。「自治体戦略2040構想」でもAIなどを利用した「スマート自治体」が提唱されています。それにより地方自治と自治体職員に何がもたらされることになるのでしょうか。
「自治体戦略2040構想」とスマート自治体
昨(2018)年7月、総務省が設置した「自治体戦略2040構想研究会」(以下、研究会)が第二次報告を出し、将来の地方自治体の役割や構造など多方面の提言がなされています。ここでは公務労働に絞って検討します。
この「自治体戦略2040構想」の2040とは、「少子化による急速な人口減少と高齢化という未曾有の危機」がピークに達する年のことで、それまでに解決すべき課題を戦略的に取り組んでいかねばならないとしています。その危機を乗り越えていくためのあるべき姿を想定し、いまから先取り的に取り組むべきだとしているのです。しかし、「あるべき姿」をどのように想定するのか、ここが重要です。研究会報告が「地方自治の本旨」に沿ったものであるのかどうか、慎重に見なければなりません。
第一次報告(2018年4月)では「少子化と人口減少」による危機として、①「若者を吸収しながら老いていく東京圏と支え手を失う地方圏」、②「標準的な人生設計の消滅による雇用・教育の機能不全」、③「スポンジ化する都市と朽ち果てるインフラ」をあげています。この3つの「危機」は、地方自治体が抱える問題ではありますが、しかしその解決のために提起されている「自治体戦略の基本的方向性」は看過できません。そこでは、「新たな自治体と各府省の施策(アプリケーション)の機能が最大限発揮できるようにするための自治体行政(OS)の書き換え」など、やたらとIT関連の専門用語を使って、「単なる『サービス・プロバイダー』から、公・共・私が協力し合う場を設定する『プラットフォーム・ビルダー』への転換が求められる」として、次の4つが主張されています。①個々の市町村が行政のフルセット主義を排し、圏域単位で、あるいは圏域を越えた都市・地方の自治体間で連携すること、②また都道府県・市町村の二層制を柔軟化し、行政の共通基盤を構築すること、③公・共・私のベストミックスを実現するために多様な働き方ができる受け皿を作ること、④各自治体の業務プロセスやシステムを大胆に標準化・共同化し、ICT活用の自治体行政を展開すること、が提言されています。
この第一次報告をベースにしてより具体的に踏み込んだものが第二次報告です。そこでは、①スマート自治体への転換、②新しい公共私の協力関係の樹立、③二層制を柔軟化した圏域マネジメントの確立、④東京圏のプラットフォーム化、が検討されています。このうち「スマート自治体への転換」とは、「従来の半分の職員でも自治体が本来担うべき機能を発揮できる」仕組みを備えた自治体とされ、そのためには「破壊的技術(Disruptive Technologies)(AIやロボティクス、ブロックチェーンなど)を積極的に活用」すること、また「行政内部(バックオフィス)」においては、各自治体で独自に作っている情報システムを標準化・共通化して「重複投資」をやめて、効率化・低廉化を図っていくことが必要であるとされているのです。要するに地方自治体が住民に提供するサービスを効率化・低廉化するために、システムを標準化・共通化することで自動化し、従来の半分の職員で自治体を機能させていこうというわけです。果たしてこれで「自治体が本来担うべき機能」を発揮できるのでしょうか。また住民サービスの質が改善するのでしょうか。
AIとは何か
先にみたように「自治体戦略2040」ではAIを使って「従来の半分の職員」で自治体を動かしていこうと主張されているのですから、AIが自治体職員に代わって仕事をするかのような主張に聞こえてしまいます。やれAIがチェスの世界チャンピオンに勝ったとか、やがてAIは人間労働を奪うのではないか、はたまた「AIがMARCHの大学受験の合格圏内に入った」などと聞くと穏やかではなくなります。
「人工知能」と訳されるAIとは何でしょうか。学術的にはその定義はいまだ定まっていないようですが、先に引用した新井はわかりやすく次のようにいっています。「AIはコンピューターであり、コンピューターは計算機であり、計算機は計算しかできない。それを知っていれば、ロボットが人間の仕事をすべて引き受けてくれたり、人工知能が意思を持ち、自己生存のために人類を攻撃したりするといった考えが、妄想に過ぎないことは明らかです」。このように述べた後、「AIがコンピューター上で実現されるソフトウエアである限り、人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはありません」と断言しています。
とはいえ、AIはデータを受け取り、計算して、分類し、認識し、整理する能力は、その早さと正確さでは抜群です。そこのところを稲継裕昭は「AIの得意な仕事は『分類』だ。AIはデータから学習して分類することに長けている。/…(中略)…/データを処理する、分類することによって共通点を見出しレコメンド(利用者の好みに合ったものを推薦する─黒田)機能を発揮する、センサーで障害物を判断する(障害物とそうでないものを分類する)などである」と述べています。実に言い得て妙な表現です。要するにAIは情報処理技術なのです。コンピューター上で実現されるソフトウエアですから、AIは手にとって見えません。自動車や家電、工場や医療、そしてWEBサービスの一部にAI技術を組み込んで、情報処理と制御をしているということになります。
このように考えるとAIそれ自体が「判断」をするのではありません。分類と整理、認識と判断の基準は人間がする必要があります。その「判断基準」書こそがソフトウエアであり、それなしにはAIは機能しません。筆者はAIにはその名に反して愛(AI)がないと冗談っぽくいいますが、AI自身が「事の善悪」や「社会に役立つ」とは何か、市民に寄り添って判断することはできないのです。何が必要なのか、何が大切なのか、この判断ができるのは人間なのであり、その基準をだれが決めるのか、AI時代のいま、これが鋭く問われているのです。
しかし「AIによって仕事が奪われるのではないか」、このような議論が喧しくいわれています。事実、イギリスのオックスフォード大学の研究チームが、2013年に「コンピュータ(AI)によって10~20年後になくなる職業」の予測結果を発表しました。それが次のページの表です。アメリカを対象にした調査ですので、一部に日本にない職業もありますし、日本とは違う環境での職業ですから、一概にいえませんが、事務系の仕事が多いように見えます。時計の修理工などこれまで熟練工とされてきた職業やスポーツの審判員などはおそらくマニュアル化できるからでしょう。この研究チームはAIで代替できにくい職業も明らかにしていて、それらを列挙することは避けますが、教育や医療、作家や研究者という職業となっています。上に比喩的に述べた「愛」を必要とする仕事、マニュアル化しにくい仕事はAIにはできないのです。
AIが使われるのは人間社会ですから、社会の有り様や生活する人々の意識と行動を無視するわけにはいきませんから、オックスフォード・プロジェクトの予想はそのまま当たるとはいえません。稲継は次のように断じています。「AIは知識を分類・整理することはできても、新たな抽象的概念を創出することはできない。模倣はできるが独創的な芸術性を習得することは困難だ。/…(中略)…/非定型業務は、自分で判断し臨機応変な対応が求められる。完全なルーティンワークやマニュアル通りの対応で済む作業はAIやRPAが代替してくれる。しかし、非定型な業務は、AIによる完全代替は不可能だ」。公務労働で非定型でない業務を見つけるのは困難ではないでしょうか。
AIと公務労働
2016年9月、神奈川県川崎市は株式会社三菱総合研究所(三菱総研)と協定して、子育て分野における「AIを活用した問合せ支援サービス」の実証実験を約1カ月行いました。これは市民からの出産・子育てに関する問い合わせにAIを活用して自動的に情報提供するというものです。これまでは市民が市の窓口で、または電話で質問し、職員が答えていた業務を、スマホやパソコン、タブレット端末を利用して文字入力した質問を、AIにあらかじめ「学習」させていた情報から最適な回答を表示させるというものです。
その後2018年2月~3月、三菱総研は全国35自治体の協力を得てAIによる住民問い合わせサービスの実証実験を行いました。川崎市で行ったものと同じ対話形式でAIが必要な行政サービスの情報を提供するというものです。AIが回答できる分野は、妊娠・出産、結婚・離婚、引っ越し・住まい、戸籍・住民票、年金、税、電気・水道・ガス、防災、救急・消防など、市民生活に関する30以上の分野を提供できるとしています。三菱総研によると、こうした実証実験を経て、2018年10月から「AIによる住民問い合わせ対応サービス」を一般に提供を開始するとしています。
まだ開始されたばかりですから、現在はまだその実態は不明です。しかしここにみられるAIの具体的な利用は、自治体職員の仕事の補助です。これまで職員が担ってきた業務の一部をAIが「自動対応」しているのです。AIは市民からの質問の種類を分類し、整理し、あらかじめ「学習」している「解答集」から最適解を見つけ出し、応答しているわけです。ここで肝心な点は、どのような「解答集」を作るのかです。当然ながら解答集それ自体はAIが作っているわけではありません。解答集の質が試されます。市民に寄り添った解答なのか、「お役所仕事」的な解答なのか、AIのせいではなく、解答集作り担当者の力量が問われるのです。
現段階でのAIの利用は、こうした市民対応だけではありません。これまで職員が作成していた会議録を、音声認識機能を利用して自動作成する取り組み、また職員がパソコン入力していた単純業務を自動化するRPA(Robotic Process Automation)の利用も見られるようになっています。これらはまさに職員の仕事の補助手段です。膨大な量の単純定型業務を、AIを使うことで短時間で正確に遂行できるようになったのです。
このように見てくると、ごく当たり前なのですが、AIが公務労働を担うのではなく、公務労働の補助をしているにすぎないのです。このことは、人間があらかじめ定義しておけば機械自身が学習していく「機械学習」や「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる技術であっても、基本的には何ら変わることはありません。従って、総務省の『情報通信白書』が「人と人工頭脳(AI)の共同作業」とか、「人と人工頭脳(AI)はお互いが仕事上のパートナー」と表現するのは明らかに誇張であり、誤解を生む表現です。
自治体で働く職員は、多くの国民が想像する以上に、仕事量が多く、複雑で、判断に迷う業務ばかりです。当然、残業も多くなります。少し前の総務省の調査(2015年)ですが、地方公務員全体の時間外労働は年平均158・4時間(政令市174時間)でした。同年の民間企業では154時間ですから、「常識」に反して長時間労働なのです。AIを使った業務改善はこうした実態の解消につながっていく可能性はあるはずです。またAIはそのように使われてこそ市民サービスの向上につながっていくはずです。
ところが、「自治体戦略2040」は「スマート自治体への転換」のためにAIやRPAを積極的に活用するとしているのです。「従来の半分の職員で」機能させる「スマート自治体」に転換するための手段としてAIやRPAが使われる危険性があります。さらに危険なことに、各自治体の情報システムを標準化・共通化して「重複投資」をやめて、効率化・低廉化を図っていこうとしています。「自治体戦略2040」は、地方自治の質を向上させ拡充させる戦略ではなく、上から目線で、自治体が住民に提供するサービスを効率化・低廉化するために、システムを標準化・共通化してAIやRPAを活用し、より少ない職員で自治体を機能させようとしているのです。
いまAI活用と同時に進行している「会計年度任用職員制度」や「包括委託制度導入」に目を配れば、効率性とコスト優先が目の前に広がり、地方自治の本旨と民主主義が後退していくように見えます。繰り返しになりますが、AIは自分で自治体の仕事ができるわけではないのです。AIを使えば住民サービスの質が自然に改善されるわけではありません。AIをどのように使うのか、AIを使ってどのような地方自治を形成するのか、これが鋭く問われているのです。AIには意志や愛はないのですから、地方自治の本旨をもってAIを使えるのは、AIの設計者でもなければ、システム提供会社でもありません。現場の一人ひとりの職員の知識と行動しかありえません。
【注】
- 1 総務省「自治体戦略2040構想研究会 第一次報告」2018年4月、2~3ページ。
- 2 同上書、49~50ページ。
- 3 新井紀子『AI vs.教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社、2018年2月、23ページ。いうまでもなくMARCHとは、明治・青山・立教・中央・法政という東京の私立大学を指しますが、数学者が書いたこの本は、そのタイトルとは裏腹に、AIについての真っ当な議論が説かれています。
- 4 稲継裕昭『AIで変わる自治体業務』ぎょうせい、2018年10月、131ページ。
- 5 同上書、134ページ。
- 6 三菱総合研究所「AIによる住民問い合わせ対応サービスを提供開始」、2018年9月4日。これは三菱総研と日本ビジネスシステムズ株式会社の共同事業ですが、両社にとっては新たなビジネスチャンスなのでしょう。
- 7 新井(2018)、29~37ページ参照。
- 8 総務省『情報通信白書』(平成28年版)、242ページ。
- 9 だからこそ「研究会の名称が『自治戦略2040』ではなく、『自治体戦略2040』となっているゆえんであろうか」と白藤博行は指摘している。『地方自治職員研修』2018年11月、31ページ。