事件の概要
1 戸籍窓口等の窓口業務の
外部委託契約の問題とは
2013年3月25日、東京都足立区は、戸籍窓口等の窓口業務を富士ゼロックスシステム株式会社(以下「富士ゼロックス」といいます)との間で外部委託契約(以下「本件委託契約」といいます)を締結しました。
そして、2014年1月1日から、本件委託契約に基づき、足立区役所の窓口業務(以下「本件委託業務」といいます)が開始されました。
当時、足立区長の近藤やよい区長は、本件委託により、「サービス向上、コスト削減」と説明していました。
しかし、本件委託には、以下のような問題がありました。
(1)プライバシー侵害の危険
戸籍には、個人の出生・死亡、婚姻等の重要な親族法上の身分関係の個人情報が記載されており、本件委託により、外部の受託業者(本件では富士ゼロックス)に流出する危険があるものでした。
(2)地方自治法第2条14項、15項違反
地方自治法第2条では14項で「地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と規定され、同条15項では「地方公共団体は、常にその組織及び運営の合理化に努めるとともに、他の地方公共団体に協力を求めてその規模の適正化を図らなければならない。」とされています。
本件委託により、待ち時間の増加などにより、サービスは低下しました。
これは、上記地方自治法に違反する疑いのあるものでした。
(3)戸籍法違反
委託業務開始後の、2014年2月1日、東京法務局から本件委託業務について、調査する旨の通知があり、同年2月25日、東京法務局の調査が行われました。
上記調査のなかで、受理決定の処分決定について権限のある区の職員による審査前に、受託業者が受理決定の入力を行っていたこと、窓口において受託業者が受理しないで、区民を帰させる行為が行われていたこと、補正・付箋処理についても何ら権限のない受託業者が行っていたことが判明しました。
(4)労働者派遣法違反第24条の2違反の是正指導
さらに、同年4月30日、東京労働局による調査が行われ、以下の問題が判明しました。
本件委託業務では、「エスカレーション」と称した行為により、疑義照会をすることが定められており、足立区が富士ゼロックスの業務に関与することがあらかじめ想定された内容になっていたことがわかりました。つまりこれは、本件委託契約が、請負契約であるのにかかわらず、注文主(足立区)が請負人(富士ゼロックス)に指揮・命令することになっていたのです。これにより、同年7月15日、労働者派遣法第24条の2に違反すると是正指導が東京労働局から足立区に対して行われました。
裁判の概要
1 提訴の経緯
このように、本件委託契約は、前記のような違法事由がある内容のものでした。
そこで、2015年1月21日、足立区の住民は、違法な契約に基づいて足立区が富士ゼロックスに本件委託契約に基づいて、委託料を支払ったことは、違法・無効な公金支出であると考えて、近藤区長に対して、本件委託契約に基づいて支出された委託料の返還(2013年7月から2015年9月までの委託料、総額2億3500万4500円)を求める住民訴訟を、東京地方裁判所に提起しました。
2 裁判における原告らの主張
裁判期日において、原告らは足立区と富士ゼロックスとの間で締結された契約書(業務手順書)の記載内容から、本件委託契約の内容が、戸籍法違反、労働者派遣法違反を前提としたものとなっていたこと、およびこれら戸籍法違反や労働者派遣法違反を足立区が認識した上で、本件委託契約を富士ゼロックスとの間で締結し、かつ委託業務を行わせていたことを指摘しました。
また、この裁判とは別に、富士ゼロックスが足立区に毎月提出していた月次報告書が情報公開審査請求において、開示の範囲を広げる決定がなされました。原告らは、開示された月次報告書に記載された内容から、本件委託業務では、戸籍法違反や労働者派遣法の違反の事実、さらに直営時代では考えられないミス等が発生しており、本件委託によりサービスが低下した旨の主張を展開しました。
さらに、戸籍の業務に長年携わってきた人を専門家証人として申請し、戸籍業務の専門性が高いこと、戸籍業務が高度の判断を伴うものであり、足立区の行っている委託方法では、戸籍法違反や労働者派遣法違反は免れないことを証言していただきました。
これに対して、足立区は、「エスカレーション」とは、足立区と富士ゼロックスとの間の調整行為であり、指揮・命令は認められないから労働者派遣法違反の事実はないと反論していました。
裁判期日は、36ページの表のようなスケジュールで行われました。
3 裁判運動の成果
これら、東京法務局や東京労働局による是正指導や裁判闘争により、当初の本件委託業務の範囲は変更・縮小され、直営に戻った業務がいくつかありました。具体的には、戸籍異動や入力・移記入力等の業務、戸籍の移動に伴う住民異動の受付・入力作業の業務の一部、委任状による証明書等の発行申請や第三者請求の場合の受付、入力、発行、照合業務、不交付の場合の案内については委託業務から外れて、区の職員が行う直営に戻りました。
このように、重要な業務が直営に戻ったことの事実が、戸籍等の民間委託が失敗に終わったことの証であるといえます。
4 判決の内容
判決の内容は以下の通りでした。
主文 原告らの請求を棄却する
主な理由
「判断基準書及び業務手順書に定められていない事項等が発生した場合参加人の従業員から足立区の職員へのエスカレーション(疑義照会)を行うことが想定されていたものと認められる」
「この点、被告(足立区)は、本件業務委託のエスカレーションは、参加人の責任者から足立区に対するものを想定しており、偽装請負に当たらない旨を主張する。しかし、参加人の個々の従業員(富士ゼロックスの従業員)が疑義照会することを想定したものと解するのが相当である。」
「本件委託契約は、足立区が、厚生労働大臣から労働者派遣事業の許可を受けているとは認めない参加人から労働者派遣の役務の提供を受けることを内容とする労働者派遣法24条の2に違反する契約であったと認められる」
つまり、足立区と富士ゼロックスとの間で締結された契約の内容には、富士ゼロックスの従業員が、戸籍業務の最中に当該業務についてわからないことが生じたときは、足立区の職員に指示や判断を求めることができる内容であったと認定しております。それゆえ、足立区の調整行為だから偽装請負ではないという反論を判決は正面から否定しました。
「本件委託契約は、……労働者派遣法24条の2に違反する違法なものであったといえるが、……私法上無効であるとまではいえない」結論として、戸籍業務の民間委託は労働者派遣法違反の契約であったが、契約を無効にする程度の違法性は認められないということで、請求は棄却されました。
公的業務で専門的な知識を必要とする仕事について、安易な民間委託を行えば、業務に際して、まだスキルや経験の乏しい受託業者の従業員が、委託者の公務員に質問したりする、受託業者の業務が不十分な場合は、委託者である公務員が指示、命令をするケース、つまり偽装請負になってしまう可能性があるかと思います。
本判決の理由中では、労働者派遣法違反であると明示しており、このような公的業務の民間委託が労働者派遣法に抵触する可能性を示した裁判例として、全国的な公的業務の民間委託の流れへの歯止めになる判決になると思われます。