大阪都(大阪市廃止)構想で、大阪市の基幹財源である市税と地方交付税の大部分が大阪府に収奪され、巨大な開発事業中心に使われるでしょう。しかし、それでは大阪経済は成長しません。
大阪都(大阪市廃止)構想とは何か
「大阪都構想」という行政機構の改革は、2010年に当時の橋下徹知事が率いる大阪維新の会(以下、橋下・維新)が掲げた政治公約です。それは、政令指定都市(大阪市・堺市)を廃止し、それらを複数の特別区に分割するというもので、仕組みは東京都と同じものです。これは既存の大都市を廃止するものですから、さまざまな経済的・社会的・文化的な副作用が引き起こされるのは必至です。大阪都構想のイメージは明快ですが、それが生み出す甚大な影響は計り知れず、相当に慎重な検討が積み重ねられなければならないのは当然です。政治的な合意もきわめて困難です。橋下・維新は政治的理由によって廃止対象を途中から大阪市に絞ってきました。
橋下・維新は大衆扇動による選挙結果をもって、大阪都構想が民意にかなったものであることを喧伝していきます。このような手法がいかに醜悪なものであったかは、「大阪市は潰しません」、「大阪市をバラバラにはしません」などとデマを並びたてた選挙ビラを平気でばらまいたり、目盛りの改ざんによって統計のグラフを意図的に都合よくみせるなどのやり口からもわかります。それはいまや世界を席巻しているポスト・トゥルース(=真実などどうでもよい)を政治文化に持ち込む先駆的なものであり、人々がただ単に感情だけで判断するという事態は、民主主義のあり方そのものに対立するものでした。
この大阪都構想は大阪府・大阪市の法定協議会や議会で賛成多数となったものの、最後の砦であった大阪市の住民投票によって2015年5月に否決されました。しかし、同年11月に行われた大阪府知事・市長のダブル選挙でいずれも維新候補者が勝利したため、再び大阪都構想が政治俎上によみがえってくることになりました。維新の会にとって目玉政策は大阪都構想しかなく、どのような手段を使ってでも実現しなければ、自らの存在根拠が失われてしまうのです。
大阪市から大阪府への行政権限移譲
大阪都構想の最大のネックは、廃止される大都市の財政問題です。現在のところ、大阪都構想による財政変化は大阪市(特別区)に対してのみ試算がなされています。そのため、以下でも大阪市について論じていきたいと思います(堺市などが特別区になった場合でも生じる問題は同じです)。まずは、その前提となる大阪市から大阪府への行政権限の移譲についてみていきましょう。
政令指定都市である大阪市には府県機能の一部が移譲されています。具体的には、成長戦略、広域的なまちづくり、広域的な交通基盤整備、港湾などです。大阪都構想が実現すれば大阪市は政令指定都市ではなくなるため、これらの機能は大阪府へ移ることになります。さらに東京都と同じように、まちづくり制度の根幹である用途地域の決定権限さえも大阪府へ移譲されてしまいます。「特別区は小規模市町村よりも劣っている」といわれる理由の一つはここにあります。
大阪市がもつこれらの大都市権限が大阪府へ移譲されれば、それに必要な財源も大阪市から大阪府へ移転されるのも当然です。これだけをみれば、住民の側からはこれらの行政を担うのが大阪市(特別区)か大阪府かの違いだけであって、どちらでも構わないというようにとらえられるかもしれません。しかし、大阪市(特別区)の立場からここで押さえておかなければならないのは、これらの行政を実施する権能が奪い取られてしまうということです。大阪市(特別区)は大都市政策の重要な部分を自己決定によって遂行できなくなるのです。
しかし、財政という点からみれば、これだけでは単に大阪府で増える行政部分に必要な財源が大阪市(特別区)から移されるだけで、どちらにとっても追加のプラスマイナスはゼロです。実は大阪都構想の財政問題の特徴は、あらたに制度化される大阪府と大阪市(特別区)の間の財源調整にあるのです。
財政調整制度の問題(1)
─奪われる一般財源─
大阪都構想によって発生する特有の財政問題は、大阪市の基幹財源である市税と地方交付税等の大部分が大阪府に収奪されてしまうという点にあります。これは東京都では都区財政調整制度とよばれており、ほぼ同じ仕組みのものです。
図は大阪都構想の財政調整制度をあらわしています。その最大のポイントは、楕円で囲った「普通税三税」「地方交付税等」にあります。普通税三税とは、法人市民税・固定資産税・特別土地保有税(現在は課税停止)の三つのことです。これ自体は地方自治法で規定されているものです。地方交付税等とは、自治体の財政の根幹にあたる一般財源の必要額が地方税によってカバーしきれない場合に、国がそれを補てんする責任を負っている財源です。これによって、住民がどの自治体に属していても、国民としての標準的な行政サービスを受けることが可能となっているのです。
大阪都構想によって大阪市が特別区になれば、大阪市として徴収していた普通税三税(税収全体の6割以上)が大阪府税に変えられ、また大阪市に国から配分されていた地方交付税等も大阪府の会計へ直入されることになります。これは大阪市から大阪府へ移譲される行政権限に見合う財源額をはるかに超えるものであり、このままでは特別区が担う行政サービスの財源が大きく不足します。大阪府・市の試算によれば、特別区が必要とする一般財源は6571億円であるのに対して、特別区の手元に残る自主財源部分は2938億円(45%)にすぎません(2016年度決算ベース)。
自治体の財源を構成する国庫支出金(補助金)や地方債の金額はそれぞれ補助率や起債充当率が決められており、その残りの部分は一般財源を充てなければなりません。そのため、一般財源が減少すれば、それに連動してこれらの特定財源も減らざるをえなくなります。これこそが一般財源が基幹財源としてもつ最も重要な意義であり、特別区になることによってそれを失うことは、自治体としての財政全体が損なわれることにほかならないのです。
財政調整制度の問題(2)
─財政調整交付金─
これではさすがに特別区がもたないので、大阪府に入ってきた大阪市(特別区)の財源の中からいくらかを特別区へ再分配することが不可欠となります。それが図にみられる大阪府から特別区へ移転される「財政調整交付金」です。この仕組みも東京都と同じものです。
問題となるのは、大阪府から特別区へ移転される財政調整交付金が十分な金額であるのかどうかです。それをどのぐらいにするのかは大阪府・特別区協議会(仮称)で毎年度決めていくことになります。これは東京都でいえば都区財政調整協議会にあたるものです。
特別区に対して大阪府の会計の中から財政調整交付金を配分する割合と算定方法は、大阪府の条例によって独自に決めることになります。そのため、特別区が必要とする一般財源額が措置される保証はどこにも存在しません。容易に想定されるのは、大阪府財政がひっ迫してくれば、特別区へ配分する財政調整交付金を減額していくという事態です。それは特別区の行政サービスの中心である福祉や教育などへ直接影響を及ぼしてくることになります。
もちろんその前には大阪府・特別区協議会で話し合いが行われますが、そこでの力関係は特別区にとって圧倒的に不利なものです。それは、そもそもこの財源が大阪府に属することであるのに加えて、大阪府の人口・議員配分の7割が特別区外の市町村であるという理由によっています。ちなみに、大阪府とは逆に東京都では特別区の住民が都民全体の7割を占めています。その東京でさえも、特別区は都区財政調整協議会の場で毎年度の予算確保に四苦八苦している状況です。このことを考えれば、大阪では特別区にどのような事態が発生するかは火を見るよりも明らかでしょう。
さらに、大阪府から配分された財政調整交付金を特別区間でどのように分けるかという問題が起こってきます。これは具体的には先ほどの算定方法によって決まってくることになります。いまの大阪都構想案においては、大阪市は4つの特別区に分割するとされています。その中には、財政調整前であれば自分たちの税や地方交付税等だけで歳出が十分にまかなえる豊かな特別区もあれば、財源がかなり不足する貧しい特別区もあります。財政調整交付金はこのような特別区間の財源の不均衡をなくすという目的があります。しかし、特別区はそれぞれが別個の地方自治体であり、このような財政調整は自分たちとは関係のない住民のために税金等を移転するということにほかなりません。わかりやすく例えれば、財政に余裕のあるA市が貧しいB市のために自分たちの税金を与えてあげるということに等しいのです。しかし、A市の住民からすれば、自分たちとは無関係なB市のために税金を渡すぐらいなら、自分たちの行政サービス向上のために使うべきだということになるでしょう。特別区間の財政調整とは、財政をめぐる住民同士の対立を未来永劫にわたって引き起こしつづける仕組みにほかならないのです。
周辺自治体の財政への影響
大阪市以外の市町村では、大阪府と大阪市(特別区)との財政調整制度を歓迎する向きがあります。その理由は、特別区から大阪府が奪い取った財源がさまざまな公共事業・サービスとなって自分たちの地域へ回してもらえるのではないかと考えられるからです。この考え方は他人の不幸で自分たちが幸せになろうとするという点で決して褒められたものではありませんが、たしかに合理的な思考ではあります。
しかし、現実にはそのようなうまい話にはなりません。その理由としては大きく二つあげられます。
第一に、大阪府の財政支出の中心が万博・カジノにみられるように、夢洲を中心とした大規模開発に向けられていることです。土地造成やインフラ整備の総事業費は7年間で950億円、万博の会場建設費は1250億円(大阪府・市の負担はその3分の1)と試算されています。しかし、東京オリンピックの予算の高騰(当初の8000億円が3兆円超に)からも類推されるように、これらの金額もさらに大きくなっていくことが容易に想像されます。さらに、整備された夢洲に大阪メトロ(大阪市100%株式保有)は新たに1000億円以上をかけてタワービルを建設する計画を立てています。大阪メトロは大阪市が廃止されれば、その運営は当面大阪府が担わざるをえなくなります。大阪府財政全体がこれらの巨大な開発事業を中心に運営されていくことは間違いありません。このような状況において、大阪市(特別区)から大阪府が奪い取った財源が周辺自治体へ回ってくるとは考えられません。かりに、公共事業が周辺へ及んだとしても、それは決して福祉や教育のような暮らしに直結する行政サービスではないのです。
第二に、かりにこれらの財源が周辺自治体へ流れてきたとしても、それによってかえって各自治体の財政が苦しくなるという事態が引き起こされてしまうことです。これは一見すると不可思議な現象ですが、大阪市が非常に強い「母都市」であることから論理的に導き出せるものです。大阪市の夜間人口は269万人、昼間人口354万人で、昼夜間人口比率は131・7にのぼります(2015年国勢調査)。この比率は東京23区をも上回るもので、大阪市は日本一の磁力をもつ母都市です。大阪市内への流入人口は109万人にのぼり、そのうち101万人は就業者です。この流入人口の6割以上は大阪府内市町村からのものです。彼らは大阪市での活発な経済活動によって所得を稼得し、そこから住民税や固定資産税を自分たちが住む周辺自治体に支払っているのです。つまり、周辺自治体は大阪市での経済活動と運命共同体という都市構造になっています。その経済活動を支える大阪市の財源が周辺へ流れてしまい、大阪市域へ再投資できなくなる事態が発生すれば、大阪市(特別区)経済は衰退していくことになります。そうなれば、周辺自治体の住民の所得は減少し、それが各自治体の財政ひっ迫を招くことで、それらの行政サービスの水準も悪化することになるのです。
「二重行政」「経済効果」のまやかし
それでも、「二重行政の廃止で財源が出る」「府市一体となることで成長戦略が実施できる」などといわれます。果たして本当でしょうか。
大阪都構想の眼目は府市の間に存在する二重行政の廃止でした。しかし、二重行政の廃止によって財源はほとんど生まれないことは、2015年の住民投票時においても明らかにされていました。当時、当局は「削減効果額は900億円以上」と主張していましたが、そこには地下鉄の民営化や廃棄物処理の民間委託拡大など大阪市廃止とは無関係なものが盛り込まれており、純粋な二重行政廃止の効果はどう見積もってもせいぜい2~3億円にすぎなかったのです。今回、当局はこの「削減効果額」を「改革効果額」と言い換えて、同じようなことをやっていますが、ここから二重行政分だけを取り出せば効果額はもはや約4000万円しか残っていません。それに対して庁舎改修経費等のイニシャルコスト(初期費用)は約600~680億円、毎年度のランニングコスト(運営費用)は約15~20億円もかかります。ちなみに、大阪府・市は最近になってイニシャルコストをここから約300億円削減できる案を示しましたが、それは複数の特別区に同じ庁舎を使わせるなど、通常では考えられないものとなっており、もはや検討に値する代物ではありません。
このような実態を何とか打破しようとして、大阪市は大阪都構想の経済効果の試算を学校法人嘉悦学園へ委託しました。そこでは、「(10年間で)特別区では1兆1040億円~1兆1409億円の効果が生じるとの結果を得た。…加えて、二重行政の解消については、大学と病院をモデルに算定し、…広域機能の一元化された特別区では、39億円~67億円の効果が生じるとの結論を得た」とされ、この1兆円という経済効果が一人歩きしています。この数字の妥当性については、私を含め各分野の専門家からさまざまな疑義が出されています。とくに私が問題としたのは、この報告書が「政策的には社会資本整備の質、量がともに東京都に後れをとったことが、長期的な低迷を招く要因になったと考えられる。逆に、大都市制度改革によって、社会資本整備の質を改善し、量を増加させることができれば、強い経済を取り戻すことができると考えられる」としている点でした。報告書は、これを大阪府の社会資本の限界生産力(生産要素を1単位増加させたときに、生産量がどれだけ増えるか)が東京都のそれの約半分しかない原因だと断じていますが、実はこれは因果関係が逆で、社会資本の限界生産力の高さは民間資本の経済活動の大きさによって規定されるのです。つまり、いくら公共事業=社会資本投資を増やしても、民間企業が強くならなければ大阪経済は成長しないのです。報告書がこのように主張するのは現在の大阪府市の開発行政を正当化する意図があったように思われます。
2020年秋の住民投票へ向かって
いまの大阪におけるポスト・トゥルースの政治状況をみれば、いくら大阪都構想の問題点を科学的に示しても、住民の多くがそれに基づいて意見表明してくれることに希望が持てないかもしれません。しかし、2015年の住民投票時には、今よりもさらに政治的に困難な状況のなかで、大阪都構想が否決されました。この歴史的教訓は非常に重いものです。
民主主義に対する信頼低下は世界的現象です。その最も先鋭的な舞台がこの間の大阪であったといっても過言ではありません。知性が感情に凌駕されてしまえば、もはや現代社会は成立しえません。大阪の将来は世界史的な試金石になっているのです。
【注】
- 1 適菜収「これぞ戦後最大の詐欺である」『新潮45』2015年5月号。
- 2 森裕之「都構想・万博・カジノ:分断都市大阪の民主主義」『世界』919号、2019年4月。最近になって、大阪都構想の初期費用を現行案より最大314億円削減できるという案を大阪府・市がまとめました(『毎日新聞』2019年10月11日)。この案によれば、各特別区の新庁舎を建設せずに現在の大阪市役所本庁舎を活用し、複数の特別区が行政機能の一部をここへ置くことになります。しかし、これでもまだ300億円以上の初期費用が必要です。さらに、この案は特別区の行政機能を分散させてしまうとともに、別個の自治体を無理矢理に同じ庁舎に集約するという点でも問題があります。
- 3 これについては、2018年9月2日に数名の研究者らによる検証結果の報告会が開かれています。そのときの資料については、https://satoshi-fujii.com/factcheck_20180902/を参照してください。
- 4 現代都市の産業構造を考えた場合、かつてのような重厚長大型産業にとって必要だった社会資本よりも、研究教育や社会・文化・環境のようなソフトな基盤整備の方が重要です。