【論文】大阪市の地域産業政策の発展に向けて

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大阪都構想は成長戦略と密接に結びついており、拠点開発・トリクルダウン型政策を産業政策として重視しています。現在の大阪市では、この路線の政策が主軸となっています。しかし、地域産業政策は中小企業支援に力点を置いた地道な政策として実施されるべきではないでしょうか。

政策の主軸とは?
─中小企業支援を政策の主軸に─

近年の大阪市の産業政策は、新産業創出によって経済成長を目指すという政策が主軸となり、開発政策を進めることに重きが置かれつつあります。この政策路線のなかで、一般的な中小企業への支援という政策の位置づけは低下しています。中小企業にまったく目を向けていないというわけではありませんが、この政策路線のなかで支援対象として重きを置いている中小企業は、国際競争力を有する「強い」企業、あるいは、新産業創出に関わるような「ベンチャー」企業です。こうした一部の特殊ともいえる中小企業ばかりに目が向き、大阪市の経済の大多数を占める既存中小零細企業は産業政策の主役ではなくなっています。

この政策路線を顕著に示すものが、2011年に策定された「大阪市経済成長戦略」です。この戦略では、重点戦略分野と重点戦略エリアなどが指定され、これらを中心に経済成長を果たしていくというシナリオになっています。そして、このなかには、中小企業がほとんど登場しません。中小企業について言及されている箇所もありますが、そこでは、拠点分野・拠点エリアを設定することで、「そこでの効果を中堅・中小企業へと及ぼす」(「大阪・関西の発展に向けて~大阪市経済成長戦略~」4㌻)などの表現になっています。すなわち、あくまで拠点分野・拠点エリアの振興が主体であり、その波及効果が中小企業に及ぶという、かつての拠点開発方式と同一のトリクルダウンの発想(上層を富ますことで下層にお金がしたたり落ちるという考え方)といえます。

大阪市の成長戦略は2012年8月に大阪府の成長戦略に一本化され、大阪市・府の共通した戦略として「大阪の成長戦略」がまとめられました。しかし、この戦略においても、上記の新産業創出・経済成長志向型の政策路線となっています。これまで何度か改訂が繰り返されていますが、中身は大きくは変わらず、中小企業に言及されている箇所として「中小企業の基盤技術の高度化」といった既存中小零細企業に関わるような記述はあるものの、「グローバル市場で果敢にチャレンジする中小企業の支援」や「成長産業分野への中小企業の参入促進」といった記述が目立ちます。ただし、2017年に策定された大阪市の「地域経済成長プラン」では中小企業振興についての言及が増えており、このプランだけを見ると中小企業を重視しているようにも思えます。しかし、あくまで上位の戦略に「大阪の成長戦略」が位置づけられているため、大枠の政策路線は変わっていないとみられます。

これらの政策路線は、新しい産業や強い企業(あるいは特定の地域)を選別して集中投資し、トリクルダウンを狙うという考え方です。こうした発想は、見た目の物理的な変化をもたらす開発政策に結び付きやすいという特微があります。しかし、行政に、どの産業が伸びどの企業が成長するのかを判断する目利き能力が備わっているとは考えられません。その意味では、この政策路線は博打的な性格を持っており、こうした政策スタンスこそが、かつての大阪市の多くの開発事業の失敗を招いてきた根本的な原因であったといえます。また同じような失敗が繰り返される可能性があります。この政策路線の上にIR開発や万博誘致があることはいうまでもありません。

こうした政策路線ではなく、中小企業支援を地域産業政策の主軸に据えるべきではないでしょうか。見た目は派手ではなくとも、大阪市内に分厚く存在する地元中小企業を支援していくという地道な政策スタンスです。ごく限られた強い企業・産業による大きな変革を目指すのではなく、地元中小零細企業による小さな変革を数多く創出させていくという考え方が必要ではないでしょうか。

地元中小企業支援を地道に行う体制が大阪市に存在していないわけではありません。大阪市にはすでにこの体制が構築されています。問題は、これが政策の主軸に据えられていないということです。現在の新産業創出・経済成長志向型の政策路線が主軸である限り、これらの地道な中小企業支援は、派手な変化をもたらさないもの(新産業を創出させない、あるいは、ドラスティックな経済成長をもたらさないもの)として、過小評価される恐れがあります。以下では、注目すべき大阪市の中小企業支援の取り組みについてみていきます。

小さなビジネスイノベーションを数多く
─経済戦略局の支援ツール─

大阪市では経済戦略局(2013年度に経済局から改称)による中小企業支援の長い歴史的蓄積があります。大阪市では戦前においてすでに技術支援、経営支援、金融支援、国際化支援といった基礎的な中小企業支援ツールを独自に整備していました。戦後は、これらの支援ツールを様々な形で発展させながら、中小企業支援・産業振興を展開してきました。以下では代表的な支援機関である大阪産業創造館(以下、産創館)について取り上げたいと思います。

産創館は2001年に設立された大阪市の経営支援の拠点機関であり、現在は公益財団法人大阪産業局が運営しています。大阪市の経営支援の歴史は、戦前の商工相談所にまでさかのぼることができます。戦後は、工場診断、商店診断などの診断事業がおこなわれ、1968年には中小企業指導事業の総合化を図る目的で、大阪市中小企業指導センターが設立されました。産創館は大阪市中小企業指導センターをリニューアルする形で設立された機関であり、大阪市の中小企業支援の歴史的蓄積を土台として発展させた機関といえます。

産創館の主な支援内容は、経営相談、専門家派遣指導、ビジネスマッチング、セミナー、交流会、展示会、ビジネスプラン発表会の開催等です。経営相談や経営塾など中小企業指導センター時代の支援を引き継いでいるものもありますが、産創館では新たな企画が多く生み出され、全国的にも珍しい斬新な支援方法を開発してきたことから、マスコミ等で話題となりました。たとえば、2002年から開始された「ビジネスチャンス倍増プロジェクト」は、大企業のOBが大阪市内の製造業者を訪問し、自らの経験や人脈を活用して販路拡大や商品開発の支援を行うもので、全国的には珍しいビジネスマッチング手法でした。また、関西の大物経営者に対して事業計画発表ができる「IAGベンチャービジネス発表会」、オンラインでの相談については原則2営業日以内(48時間以内)に回答する「あきない・えーど」といった施策も新しい手法として全国的に注目されました。最近では中小企業のモニター調査をサポートする「サンソウカンdeモニター会」や、ものづくりを担う若手人材の確保のためのプロモーションなどを行う「ゲンバ男子プロジェクト」といった企画が注目を集めています。こうした取り組みにより、産創館の利用者数は拡大を続けています。2018年度の支援サービス利用者数は4万4402人、施設利用者総数は29万25人にものぼります。

なお、産創館では支援サービス利用者にアンケート調査を行っていますが、2018年度の満足度は95・2%と高い割合となっています(大阪産業創造館『数字で見る大阪産業創造館2018』参照)。

産創館の支援は、メニューによって業種等を限定するものもありますが、総じて、あらゆる業種、規模の中小企業の日常的なイノベーション(変革)を支援しています。営業が不得意であった中小企業にそのノウハウを獲得するためのサポートを行ったり、ウェブサイトを有していなかった中小企業にセミナーを受講してもらうことで自社ウェブサイト作成につなげプロモーションの能力を向上させるなど、それぞれの企業の状況に応じた日常的なイノベーション促進を行っています。これは新エネルギーやバイオといった新産業を創出させるというレベルの大きなイノベーションではありません。しかし、大阪市を支えている多くの中小企業が存続・発展するために不可欠なイノベーションといえます。こうした小さなイノベーションを地域内にたくさん作っていくことこそが堅実な地域産業政策であり、すでに大阪市の長い歴史のなかで発展してきた既存支援体制を生かしているという意味で、効率的な支援ともいえます。

地域コミュニティとともに
─区役所の支援ツール─

最近、大阪市の各区役所において中小企業と連携して地域活動を行うことで、中小企業の活性化を図るという取り組みが始まっています。

大阪市港区では、2013年から地元の中小企業団体である大阪府中小企業家同友会・中央ブロックと港区役所などが連携して、「大阪・港区WORKS探検団」というイベントを開催しています。このイベントは、港区の子どもたちが地元企業を見学し、働くことについて身近に学ぶことができるというキャリア教育の催しです。

第1回の港区WORKS探検団は2013年2月9日に開催され、小学生37名と保護者17名が参加しました。地元の企業6社(船舶関連企業、トラック関連企業、通関業、木材関連企業、ホテル業、出版業)を訪問し、そこで体験したことや発見したことの発表を行いました。以後、毎年、開催されることになり、探検先企業が10社程度に拡大され、参加者も年々増加し、いまや毎年100名以上が参加する活気あるイベントとなっています。

このイベントには探検先企業以外に、複数の中小企業や大学生などがスタッフとして参加してきました。関係者と区役所の職員などが話し合いを重ねながら官民でイベントの企画を練り上げ、当日の作業や進行を協力して担当しています。参加者アンケートが第1回、第3回、第5回に実施されていますが、その結果をみると、いずれも、「よかった」の回答が9~10割であり、高評価であることがわかります。

参加企業にこのイベントの感想を聞いてみたところ、次のような意見が聞かれました。「社員も積極的に参加し、社内が活性化した。港区を支える中小企業としての誇りとやる気が生まれた」(トラック関連企業)、「自社や自社の業種を知ってもらう良い機会になった」(通関業)、「当社の特徴をどのようにすればわかりやすく伝えられるのか、勉強になった」(防犯関連用品販売業)。このように、港区WORKS探検団は区役所と中小企業が協働し、地域での教育、学習、交流活動に取り組むことによって、地元住民の役に立つだけでなく、主催側や受け入れ側である企業や行政も活性化しています。

実は、このような中小企業と区役所の連携による地域活動は、大阪市内の各区で近年、みられるようになっています。平野区と東住吉区では、2005年から合同で地元中小企業団体等と区役所が連携して「産業交流フェア」を毎年開催し、東成区では2011年から「わが町工場見てみ隊」という子どもたちとその親たちが地元の工場見学をするというイベントを定期的に開催しています。大正区では、区役所、地元中小製造業、地元高校などが連携して「大正ものづくりフェスタ」を2013年から開催するほか、住民向けの地元中小企業の見学会(大正オープンファクトリー)の開催、修学旅行生向けの工場見学ツアーの開催、学生向けのインターンシップの実施も手がけています。

これらの取り組みは、中小企業が行政と連携しながら地域住民に対して地域貢献を行うことが大きな目的となっていますが、参加企業が自社を活性化するツールにもなっています。地元の地域活動に参加することで、自社の特徴や魅力の見直しにつながる、経営者や従業員のやる気や誇りが高まる、自社の評判や認知度が高まる、地域でのファンが増える、企業ブランドが向上するなどの様々な企業活性化の効果が生まれています。地域に身近な区役所という既存ツールを生かした中小企業支援のあり方を提起している取り組みといえます。

地道な支援体制の発展を

以上、本稿でみてきた大阪市における既存の中小企業支援の取り組みは、中小企業の日常的な活動をサポートしているという点で共通しています。すなわち、中小企業の日々の「事業活動」と「社会活動」に着目し、産創館は事業活動の日常的なレベルでのイノベーションを促進し、区役所は地域での日常的な社会活動の拡大を図っています。この日常の事業活動と社会活動の両面から中小企業を活性化させ、そのことを通して、地域経済、地域社会の両面からの地域発展を目指しています。これは、地域に埋め込まれている中小企業に目を向けた地道な支援活動であり、いまや政策の主軸となっている派手な新産業創出・トリクルダウン路線とは対極にある政策といえるでしょう。

しかし、こうした地道な支援体制が今後も継続されるかどうかはわからない状況にあります。産創館を運営してきた大阪市の外郭団体は大阪府の外郭団体と統合され、産創館は大阪府全域の支援を担当することになりました。財源や人員は決して十分ではないなかで、従来のような支援を続けていけるのかは不透明です。また、現在の区役所については大阪都構想が仮に実現すれば消滅し、数個の特別区へと集約されます。その際に、区役所が積み上げてきた小地域を軸とした地元中小企業との連携活動も消滅することが危惧されます。

夢物語のような新産業創出や開発の掛け声に惑わされず、地道な地域発展の取り組みに注目し発展させていくことこそ、地域産業政策の王道であるといえます。しかし、現在の大阪市廃止の動きは、これとは逆の方向へと向かわせるものとなっているのではないでしょうか。

本多 哲夫

1971年生まれ。博士(商学)。主な研究分野は自治体の中小企業政策。著書に『大阪市自治体と中小企業政策』(同友館、2013年)、『継ぐまちファクトリー』(同友館、2018年)など。

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