【論文】「大阪・関西万博」 SDGsを掲げるにふさわしいアセスメントを

この問題・論文に関する
ご感想・ご意見を是非お聞かせください(論文の最後に入力フォームがございます


万博の会場となる夢洲は、希少動植物が生息・生育する生物多様性ホットスポットです。自然再生を推進する立場から、市民グループがアセスメントのあり方を提言しました。

2025年大阪・関西万博について

2008年11月、BIE(博覧会国際事務局)総会にて、日本・ロシア・アゼルバイジャンの候補の中から、大阪が開催地として選ばれました。

国際博覧会は条約に基づいて開催されています。旧条約下では一般博と特別博があり、国内では日本万国博覧会(一般博、1970年、大阪)、沖縄国際海洋博覧会(特別博、1975年)、国際科学技術博覧会(特別博、1985年、つくば)、国際花と緑の博覧会(特別博、1990年、大阪)が開催されました。

現行条約下では、登録博と認定博とがあり、2005年日本国際博覧会(愛知)が初の登録博となって、現在までに登録博は3件(愛知、上海、ミラノ)、認定博は9件開催され、2020年は4件目の登録博がドバイで開催されます。登録博に対するBIEの関与は強く、いわゆる「愛知万博」では、その意向が大きく作用し、会場変更がされました。

2025年日本国際博覧会(略称「大阪・関西万博」)は現時点で表1に示す開催概要を公表しています。開催予定地の夢洲(埋立面積203㌶)は、廃棄物処分場として公有水面埋立許可(2000年)がされたものです。万博会場予定地(155㌶)のうち約30㌶は埋立が完了しておらず、土砂を購入して土地の造成を行うための補正予算約50億円が2018年12月大阪市議会で可決され、埋立が進行しています。また、夢洲ではIR(カジノ付きリゾート)が2024年開業予定で、これに合わせて地下鉄の延伸も計画されています。

表1 2025年日本国際博覧会の概要
表1 2025年日本国際博覧会の概要
出典:2025年日本国際博覧会協会ホームページより(筆者作成)

登録博の場合、登録申請書が受理されてから正式な開催決定となります。その締め切りは2020年5月3日となっています。

日本国際博覧会協会は、2019年6月に、大阪市環境影響評価条例に基づく「方法書」作成業務の競争入札を行い、業者(東京都)を選定しています(落札額1026万円)。方法書は11月21日に縦覧が始まり、1月6日まで意見募集をしています。なお、大阪市条例の場合、環境影響評価法にはある「配慮書」(立地や規模の判断に資する評価を行う)の手続き規定はありません。

市民提案に向けたワークショップ

2019年1月、環境アセスメント学会主催の研究会で、筆者が「愛知万博アセスをふりかえる」を講演した際、公益社団法人大阪自然環境保全協会(以下、保全協会)より会長はじめ5名が一般参加したことがきっかけとなり、NPO地域づくり工房(以下、工房)との協働によるワークショップが取り組まれることになりました。

保全協会(大阪市)は、大阪南港に野鳥園をつくる運動を支えた市民が中心になって、1976年に設立され、発足当初から観察活動や講座事業を通して環境人材の育成に努めています。工房(長野県大町市)は、2002年の発足以来、地元での諸活動とともに、住民アセスメント(開発事業を想定して、住民等が、住民参加型の調査学習活動を行い、当該事業がもたらす影響と対策等を検討する行為)を支援する活動などを行っています。

本ワークショップは、大阪湾における自然再生を推進する立場から、アセスメントのあり方(提案)を2019年9月までにまとめることを目標としました。その意図は、松井一郎大阪府知事(当時、現大阪市長)が、9月には基本方針を固めて、早めの登録申請につなげたい旨を公にしていたからです。

全3回のワークショップ(表2)を節目として、6回の夢洲現地調査(野鳥2回、昆虫2回、植物・水辺の生き物各1回)を実施し、適宜専門家の指導をいただきました。また、私たちの提言案に対する一般意見を募集して、市民の関心を喚起しました。

表2 取り組み状況(2019年3月~7月)
表2 取り組み状況(2019年3月~7月)
筆者作成

生物多様性ホットスポット

夢洲は、隣接する南港野鳥園とともに、『大阪府レッドリスト2014』において、生物多様性ホットスポット(希少な野生動植物が生息・生育し、種の多様性が高い地域)のAランク(最も希少種が多い)に選定されています。

夢洲は、埋立の過程で広大な裸地や草地、水たまりが広がり、隣接する南港野鳥園よりも広大であることから、多様な生き物が生息するようになりました。また、国内有数のシギ・チドリ飛来地となっています。

私たちの6回の調査でも、大阪府内4例目となるツツイトモ(環境省RL絶滅危惧Ⅱ類V)や大阪府内2例目となるリュウノヒゲモ(環境省RL準絶滅危惧種NT)といった希少な植物種も発見されています。

目下、大阪・関西万博に向けて着々と埋立が進められており、生き物の生息環境も刻々と変化しています。夢洲は廃棄物処分場として整備されたものですが、そのプロセスでどのような生き物が生息したのかを把握することは、万博会場の設計や万博後の土地利用を考える上できわめて重要です。

市民からのアセスメント提案(要旨)

大阪・関西万博は、テーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」の下、2つの開催目標①国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)が達成される社会、②日本の国家戦略であるSociety5.0の実現、に向けて「未来社会の実験場」として開催されます。そのため、アセスメントは、現行の環境影響評価法や大阪市条例にとらわれることなく、①持続可能性を評価軸に据えて、②ICTの利用でわかりやすく幅広い市民の参加が可能となる方法により実施されるべきです。

愛知万博では環境影響評価法の制定に先行して先取的なアセスメントが実施されました。ミラノ博(2015年)では、会場周辺だけではなくロンバルディア州全体の環境保全を視野に入れた「持続可能性評価」が構想段階から実施され、閉会後に調査も行われました。大阪・関西万博でのアセスメントがこれに劣るものであってほしくありません。

〈アセスメント実施に際して配慮されるべきこと〉

①「なぜ夢洲なのか」

他にも適地(過去2回の万博会場等)はあり、同地では先行してIRが計画されているだけに、選定理由と比較検討の経緯を含む根拠の説明は最低限必要です。

②大阪湾の自然再生に向けた歴史と現状、可能性

大阪湾の海辺は、開発の長い歴史の中でも庶民の憩いの場でしたが、工業化・都市化により喪失し、激甚な公害問題を経験してきました。この数十年、自然再生を図る行政と市民の協働が重ねられ、生き物もこれに呼応し、夢洲とその周辺は生物多様性のホットスポットとなっています。

③安全・安心

夢洲は汚染土壌を埋立中の場所で、阪神淡路大震災(1995年)や2018年の台風21号を経験するなかで、長期間の巨大イベントに対する不安があり、万が一の事態の想定や損害の見積りも必要です。

〈大阪・関西万博アセスメントの方法に対する提案〉

国が関与し、次の環境影響評価法改正に向けた社会実験として位置づけ、SDGsを評価軸に、大阪湾の自然再生に資するアセスメントを、市民との協働で実施しましょう。

①調査方法への提案
  • 大阪湾の開発と自然再生などの歴史を整理し、SDGsの観点から現状と課題を調べる。
  • 夢洲をはじめ周辺湾岸域での生態系調査を行い、生態系サービスの可能性を調べる。
  • 夢洲の生物相を詳細に調査し、会場整備に伴い保護すべきものを明らかにする。
  • 万博開催に伴う周囲の野鳥への騒音や光害などの影響を把握できるように調べる。
  • 埋立地の汚染物質の状況や、工事や高潮などによる影響を調べる。
  • 大地震や津波、突風や高潮等による被害や避難のシミュレーションを行う。
  • 国内外の過去の巨大イベントの教訓を調べ、今回の計画の持続可能性を評価する等。
②参加型アセスメントの推進

アセスメントの進め方の検討、調査・予測・評価などのプロセスに、ICT等を利用して幅広い市民参加が可能となる手法を導入すること。

〈持続可能性評価の指標の提案〉

SDGsへの貢献を掲げる大阪・関西万博アセスメントは、ミラノ博でも取り組まれた持続可能性評価を導入すべきです。その際、単に事業の実施方法や展示内容に矮小化されたものではなく、SDGsの各目標やターゲットに「紐づけ」して満足するだけでもなく、事業の実施を通じて大阪・関西地域における持続可能性の向上に寄与しうるものであるかどうかにより評価されるべきです。

そこで、私たちは表3に示す評価指標を提案しました。

表3 大阪万博における持続可能性評価指標の提案
表3 大阪万博における持続可能性評価指標の提案
出典:「NPO地域づくり工房」作成

今後の取り組み

提案と調査結果は、2019年度の環境アセスメント学会年次大会で発表するとともに、関係機関(経済産業省、環境省、BIE、万博協会、大阪府・大阪市)に提出しました。しかし、現在縦覧中の方法書は、一般的な方法書では、既存資料から周辺で確認されている重要な生物種のリストを掲載するものですが、それをしていません。私たちの調査結果は考慮されていません。調査する地点も私たちが調べた範囲よりはるかに狭く(IR計画が同時進行しているためと思われます)、持続可能性評価の視点は一切ありません。私たちからの事前の情報提供は無視された形になっています。

当初、「この取り組みは万博開催に賛成なのか、反対なのか」といった声も聞かれました。しかし、ワークショップでの「ふりかえりシート」には、「市民アセスメントを行うことにより、より広い配慮に繋がると思った。そして、開発そのものの発想もより豊かになると思う。」「万博アセスが、大阪湾の環境の現状や可能性を調査する機会になるといい。」「万博開催が目標ではなく、将来、大阪を真に品格のある都市にしていくための通過点として捉えたい。」「こうした運動事例が後世に語り継がれ、また今後各国で万博が開催される際のお手本になればいいと思います。」といった書き込みが出されました。このことは、持続可能な開発のあり方を考える上で、市民からのアセスメント提案という取り組みが少なからぬ意義を持つことを示唆していると考えるものです。

私たちは活動を継続し、現地調査を蓄積するとともに、私たちの提案のフォローアップをしていきます。

なお、この取り組みは2019年度独立行政法人環境再生保全機構・地球環境基金の助成を受けて実施しています。

傘木 宏夫

長野県大町市生まれ。自治体問題研究所理事、長野県住民と自治研究所理事・事務局長、環境アセスメント学会常務理事。著書『仕事おこしワークショップ』他。

    ご意見・ご感想

    一言でも結構ですので、この問題についてご意見・ご感想をお寄せください。

    現在は手が回っていないため個別にお返事することはできないのですが、これらの問題に取り組んでいくために皆様の考えは大変参考にさせて頂いています。

    ※掲載させていただく場合、文意にかかわらない字句修正や一部を抜粋させていただく場合があることをご了承ください。

    ご意見・ご感想等