424病院を「再検証要請対象」とした根拠とされる「診療実績データの分析」。しかし、その分析は妥当なのか─。地方の中小病院・病床の再編・削減と医師数抑制をねらった「結論ありき」の分析は白紙撤回すべきです。
はじめに
厚生労働省は、「診療実績データの分析」(以下「分析」)を根拠に、公立・公的424病院を「再検証要請対象」と名指ししました。「分析」は、「病床機能報告」で高度急性期・急性期と報告した1455病院を対象に、2017年度のデータを用いたとされ、基準に該当した病院は「再編統合について議論が必要な病院」とされています。この「分析」は、国の思惑通り病床の機能転換・削減が進まないなか、「新たな根拠」を示し地域医療構想実現を進めるとした「骨太方針2019」の具体化です。病院名公表への批判など意に介さず安倍首相は、経済財政諮問会議で「13万床の病床削減を進める」と地域医療構想の推進を厚労相に指示し、民間議員は、民間病院もデータを公表すべきとしています。そうした状況からも「診療実績データの分析」の問題点を明らかにし、白紙撤回を求めていくことが重要です。
「診療実績データの分析」の概要
(1)検証項目
診療実績データの分析は、「地域医療構想策定ガイドライン」「新公立病院改革ガイドライン」「経済財政運営と改革の基本方針2018」が求める公立・公的病院に期待される役割・機能に重点化されているかについて、特定の診療行為の実績に関するデータ分析により行うとされました。その検証対象とされた項目は、①「がん」:【手術】[肺・呼吸器][消化器(消化管/肝胆膵)][乳腺][泌尿器/生殖器]【その他】[化学療法][放射線治療]、②「心筋梗塞等の心血管疾患」:[心筋梗塞][外科手術が必要な心疾患]、③「脳卒中」:[脳梗塞][脳出血(くも膜下出血を含む)]、④「救急医療」:[救急搬送等の医療][大腿骨骨折等]、⑤「小児医療」、⑥「周産期医療」、⑦「災害医療」、⑧「へき地医療」、⑨「研修・派遣機能」の9領域・17項目とされています。
(2)「再検証」の対象とする基準
「再検証」の対象とする基準には、「A 診療実績が特に少ない」「B 構想区域内に、一定数以上の診療実績を有する医療機関が2つ以上あり、かつ、お互いの所在地が近接している(『類似かつ近接』)」という2つが設定され、「A基準」については検証項目の9領域について、また「B基準」は、がん・心筋梗塞・脳卒中・救急・小児・周産期の6領域について、各々、以下の基準にすべて該当する場合に「再検証要請対象」とするとされています。
①「A 診療実績が特に少ない」の基準
「A基準」については、所在地の人口規模によって診療実績が影響を受けるため、「100万人以上」「50万人以上100万人未満」「20万人以上50万人未満」「10万人以上20万人未満」「10万人未満」の所在地人口規模別に分類したうえで、区分ごとに、各項目の診療実績が一定水準に満たない場合を「特に診療実績が少ない」とするとし、その基準は、人口区分によらず「下位33・3パーセンタイル値」としています(データを小さい順に並べ、ある値がP%目に当たるとき、その値をPパーセンタイルといいます)。
②「B 類似かつ近接」の基準
a 「類似の実績」
構想区域内の診療実績上位50%以内に入っている病院を「上位グループ」とし、上位グループの中で占有率が最低位の医療機関の実績と、下位グループのうち占有率が最高位である医療機関とを比較して上位と下位で明らかに差がある場合を「集約型」、一定の差がない場合を「横並び型」とします。「集約型」も「横並び型」も下位グループの病院は「類似の実績」とされます。「横並び型」の場合、上位グループに入っている病院でも、下位グループ最上位と1・5倍の差がない場合は「類似の実績」とされます。
b 「所在地が近接」
「自動車での移動時間が20分以内の距離」を「近接」と定義しています。移動時間の計算は、「国土交通省総合交通分析システム」を用い、有料道路が存在する場合は有料道路を利用する「道路モード」により法定速度で計算したとしています。
「20分以内」の根拠は、▼「平成30年版救急救助の現況」で救急要請から病院収容まで平均約40分、現場出発から病院到着まで平均約12分、▼最も近い病院まで20分以上の病院の機能を廃止した場合、その病院から20分以内でも一部地域では、対応可能な病院まで40分以上かけて搬送することとなり平均時間を超過する、などを踏まえたとしています。
「診療実績データの分析」の問題点
(1)公立・公的病院の役割を限定し機械的に判定
診療実績の検証項目=評価項目は、公立・公的病院が患者・住民のいのち・健康を守るために果たしている役割・機能の一部に過ぎず、例えば、神経難病など専門領域に特化した病院は、その分野で重要な役割を果たしていても、その機能が評価対象外となっているため、再検証要請対象とされているケースがあります。少子高齢化の進む地方で医療資源が不足した地域では、国が示した限られた急性期の領域だけでなく、いわゆるサブアキュート・ポストアキュート、在宅医療やそのバックアップ等、幅広く患者・住民の安全・安心を保障する機能の強化が求められています。また、診療実績は、診療体制の充足度合と不可分ですが、名指しされた病院の多くは地方の中小病院で、医師偏在や看護師不足などマンパワー確保は容易ではありません。医師・看護師不足への国の責任を棚上げし、病院や自治体の努力を足蹴にした判定には怒りが噴出しています。
今回の限られた領域の実績評価で地域や個別の事情や役割を一切勘案せず、全国一律の基準により機械的に「再検証」と決めつけたやり方は、不当かつ乱暴極まりないものです。
また、地域で協議・合意した方針について、国が一方的に「基準」を決め期限を切って見直しを求め、見直しの原則的な方向(再編統合・機能移転・病床減)まで決めつけているのは、地方や地域の自治や主権を軽視し蔑ろにしています。
(2)「A基準」は地方の中小病院ではほとんどが該当、その原因はデータの恣意的操作
「人口区分によらず、下位33・3パーセンタイル値」という基準は、一見すると、人口区分でグループピングされた病院群の「下位3分の1」が該当するかに思えます。ところが実際は、人口区分10万人未満では、心疾患・脳卒中・小児医療は9割以上が該当します。9割が該当してしまう基準が、「特に少ない」の基準として適当であるはずがありません。なぜこのようになるのか詳しく見ると、基準のパーセンタイル値を実績「1」以上のみで算出する方法をとっているためだと分かります。グルーピングした病院群データの分位である「33・3パーセンタイル」を基準としながら、実際の計算では実績「0」をデータから除き、拾うべきデータ数(分母)が操作されています。しかも、パーセンタイル値を実績「1」以上で算出し、実績「0」を除くということは、実績「0」=即「基準該当」ですが、その注釈すらなく、人口区分と検証項目で異なる実際の基準値は明示せず、結論だけが押し付けられています。
問題は、この項目と基準値の算出方法が、フルスペックの診療機能を備えることが難しい人口の少ない地方の病院は、初めから「特に少ない」と判定される設定だということです。本来、どこに住んでいても安心して必要な医療が受けられるよう保障することが国の責務であるにもかかわらず、地方の中小病院に再編統合を迫る「結論ありき」の基準の設定です。この様な地方切り捨ては言語道断であり白紙撤回すべきです。
(3)アクセスの悪化する将来像
「B基準」に掲げた「近接」では、「自動車での移動時間20分」を全国一律の基準としていますが、この基準で機能移転を進めると、患者・住民の医療機関へのアクセスは現状よりも明らかに後退します(救急搬送の時間は平均12分として、プラス20分で2・6倍に)。そもそも、「自動車での移動時間」は、地域によっては積雪などにより季節で相当の影響があり、また、高齢者の自動車事故や運転免許証返納が問題となるなか「自動車での移動時間」を基準とすること自体が不適当です。「20分」は高速道路も含むので、有料道路の利用料負担も生じます。将来、地域医療が良くなるどころか、アクセスの後退となる「基準」による再編統合を「あるべき医療提供の姿」とするなど認められるものではありません。
(4)地域全体の需給バランスを無視
「B基準」の「類似」では、構想区域内の診療実績のシェアに着目し病院を区分していますが、そもそも区域内の医療の需給バランスや、区域内で需給が完結しているかどうかはまったく勘案されていません。「集約型」「横並び型」のいずれもシェア下位は軒並み基準該当で、中小病院には最初から規模・機能の縮小を押し付けるものです。地域医療の需給バランスが、中小病院を含めた医療機関が複数あることで補完され支えられている場合、この基準で再編統合を進めるなら、地域医療を崩壊の危機にさらすことになります。区域内で需給が完結していない場合、中小病院再編ではなく規模・機能の拡充こそ求められます。地域の実態や全体の需給バランス、完結率などをいっさい勘案しないこうした基準の欠陥は明らかです。
(5)真の「地方創生」とは真逆の「町こわし」
「類似かつ近接」の基準に該当したうち、人口100万人以上の構想区域の病院は、「医療提供体制や競合状況等の状況が複雑」であるため、更なる検討が必要だとして「再検証」の要請は行わないとしています。地方の公立・公的病院には再編統合・機能移転・病床減をスケジュールありきで押し付け、都市部はそのままという、まさに「地方切り捨て」です。民間では採算の取れない人口減少が進む地方だからこそ、公的責任で医療を保障することが必要とされます。また、人口流出や過疎化が進む地方では、病院が雇用や地域経済に大きな比重を占めています。そもそも、医療がなければ人の住めない地域になります。真の「地方創生」とは真逆の地方切り捨て、「町こわし」につながる地方の中小病院つぶしは許されません。
(6)病院・病床の再編統合による医師配置の集約化と医師数抑制がねらい
今回の「診療実績データの分析」は、公立・公的病院の具体的対応方針が、地域医療構想をふまえた病床の機能転換・削減に向かうものとなるよう「基準を新たに設定し見直しを求める」とした「骨太方針2019」の具体化です。その「骨太方針」は、地域医療構想と医師偏在対策、医療従事者の働き方改革を「三位一体」で進め、また、「医学部定員の減員に向けた検討」を進めることも明記しています。今回の分析結果に基づく再検証について厚労省は、具体的検討内容に「医師や医療専門職等の配置」を例示しています。つまり、今回の再検証要請は、病院の再編統合とともに医師配置を集約化し医師数を抑制する「三位一体」改革を射程においているということです。病院名公表により医師が着任を辞退する風評被害も、政府のねらいからすれば「ウエルカム」なのではないかと思えます。
おわりに
再検証要請を議論してきた厚労省「地域医療構想WG」の「議論の整理(たたき台)」は、公立・公的病院の役割を「将来の時間外労働、時間規制水準を遵守できるものとなっているか」から再確認することが望ましいとし、医師の残業規制に適合させる医師配置の集約化を示唆しています。しかし、政府の「三位一体改革」は、そもそも矛盾だらけです。今回の再検証要請は、地方の医師不足や医師偏在をさらに深刻化させます。働き方改革で医師需要が増え医師不足が拡大するのに、政府は医師養成数を減らそうとしています。過労死水準の医師の働き方はそのままに、地域医療構想と働き方改革を名目に病院を再編し、医師体制を集約化して医師数は増やさない狙いが透けて見えますが、その矛盾の行きつく先は、病床削減や医師・看護師の負担増による現場の疲弊、医療の荒廃や医療崩壊で、患者・住民の受療権を侵害することになりかねません。矛先が地方に向いていることも明らかです。萩生田文科大臣の「身の丈」発言同様、地方に格差を押し付けてはばからない政府の姿勢は断じて許されません。