無縁化した若者や、職場を離職し引きこもる中高年層が増えています。安倍政権が主導するソサエティー5.0、競争社会で、こうした人々が貧困化していく。今後の自治体には、包摂と敗者を生まない信頼社会のための地域経済づくりが求められます。
膨張するグローバル経済
グローバル化の勢いが増しています。日本と海外とのカネの出入りをあらわす国際収支は、2018年度19兆4144億円の黒字でした。この黒字は比較可能な1996年度から23年も続いています。
1996年は、国内では阪神淡路大震災の翌年で、国内経済はバブル崩壊後の景気低迷が依然として続く一方、アジア諸国で工業化と消費拡大が続き、日本企業が海外直接投資を加速する年です。21世紀に入ると、海外直接投資は欧米から中国など東アジア、さらに東南アジアへと膨張し、海外からの配当を含む利益が国内に本社をもつ大企業の財務状況を好転させ、2018年度の日本の所得収支は21兆652億円の黒字を生みました。
直接投資として海外事業の拡大を主導した大企業(金融・保険業を含む資本金10億円以上)の内部留保残高は、2018年度末で実に449兆1420億円と過去最高額を記録しています。
このように企業が生産や取引の拠点を欧米、中国、さらに東南アジアへ拡大するに従い、日本の国際収支に占める所得収支の黒字割合が高まってきました。その一方、貿易黒字の割合は3割弱へと縮小しています。しかし、貿易黒字に占める対米黒字額は国別で見ると最大です。特に第二次安倍政権発足の2012年以降も増え続け、米国トランプ政権の対日貿易不均衡の是正圧力の末、2020年1月1日には日米貿易協定が発効しました。
翻弄される地域経済
大企業等が海外で稼ぎ、貿易黒字も拡大し、内部留保を記録的に増やすなかで、国民生活や地域産業はどのような状況にあるのでしょうか。2012年度から2017年度までの日本経済を財務省の法人企業統計で見ると、大企業の純利益が2・3倍、配当金が1・7倍、内部留保が1・3倍に増加したのに対して、従業員の一人当たり賃金は1・03倍にとどまっています。大企業等の利益が拡大基調にあるなかで従業員の賃金は抑制され、その影響は人々の家計に及んできました。
表1は、過去20年間の家計貯蓄の変化をあらわしています。雇用者報酬が5・6%伸びたものの最終消費支出はそれを上回る6・3%の伸びを示しています。その結果、可処分所得は1・2%減少し、貯蓄は69・6%も減って20年間で貯蓄率は10・4%から3・2%へ低下しました。可処分所得が減り、貯蓄を取り崩さなくてはならない世帯が増えていることをあらわしています。その一つの要因が賃金の抑制です。
21世紀以降、日本の賃金抑制は顕著で、先進6カ国の中でも突出しています。6カ国の製造業従業者の賃金を比較すると、2000年の日本の製造業従業者の賃金を100とした場合、2010年段階ではありますが、日本が101・4に対してイタリアが145・9、イギリスが143・9、米国132・2、フランス129・5、ドイツ121・5で、日本は最下位でした。
都道府県格差が進む地域経済
表2は、2007年から2016年までの過去10年間における県内総生産(実質)を47都道府県で比較したものです。リーマンショックや東日本大震災の年を含んでいるものの、日本の国際収支は大幅な黒字を記録しています。しかし、国内に目を転じると、10年間で県内総生産は0・4%の伸びにとどまりました。
2016年単年度の県内総生産を見ると、19・5%が東京都に集中しています。東京以外の上位4県も、3大都市圏内の府県に集中しています。生産が活発な上位5都府県には就業者も集中し、就業者の増加率は全国平均を大きく上回っています。他方、山陰・四国・九州の各県では、10年間の県内総生産が全国平均を下回るだけでなくマイナスに至り、就業者の減少率も著しく高い状況を迎えた県が生まれています。地方圏では生産を支える働き手が社会的に減少し「人手不足倒産」を生んでいます。その一方で、就業者は大都市での生産の担い手へと移動し、活発な経済活動を生み出している状況が見て取れます。
働き手が減る地方圏では、情報分野を中心に生産規模を拡大するものの、就業者の減少を止める力にはなっていません。さらに、農林水産業や鉱業といった地域資源を活用した産業分野でも、生産規模を大幅に減らしています。
グローバル競争をリードする大企業の本社は東京など大都市圏に集積し、海外直接投資や貿易で稼いだ利益も集中させます。さらに、部材・サービスなど関連取引の拡大で総生産を増やし、雇用・所得・消費や法人・個人の預貯金残高も増やしてきました。そうした状況下、大都市圏から離れた地方圏では、グローバル化の別の影響を注視しなければならない事態を迎えています。特に、2018年12月に発効された環太平洋経済連携協定(TPP)の影響で農畜産物の関税は削減が進み、財務省の貿易統計によれば、牛肉や豚肉、乳製品、果実などで輸入量が急増し、国内農業は自由化の波にさらされるようになりました。
さらに、2020年1月1日には日米貿易協定が発効しました。貿易赤字の原因であった自動車や自動車部品にかかる関税は維持され継続的輸出条件が保障されながら、逆に農畜産物分野では8000億円規模の市場開放が決定し、自由化が再加速することになりました。
公共サービスの規制緩和・民営化
地域経済活動は、民間企業の経済活動以外に自治体の公共サービスを通じても行われ、特に民間資本の少ない農山村・過疎地域では雇用や所得、消費の源泉となってコミュニティの維持、災害防御等につながる経済を形成してきました。ところが、第二次安倍政権は、この公的な経済活動を根本的に見直すべく、規制緩和と民営化を推し進めています。その直近の方針書が、2018年7月の総務省の「自治体戦略2040構想研究会 第二次報告」です。
同報告では人口減少の原因や対策には一切言及せず、人口減少がもはや避けがたい社会経済の前提条件であることを強調します。そして、自治体が住民サービスを安定的に供給する条件として、AI(人工知能)やロボティックスによる無人の事務作業割合を高め、それを担える民間企業が参画できるよう規制を緩和していく重要性を唱えています。さらに、規制緩和と民営化を拡大するために、現在の市町村ではなく、市町村が連携して作る圏域を行政区域として標準化し、圏域マネジメントを行わせ、公共施設の管理運用、医療・福祉サービスなどを圏域単位に集約再編成し、民営化を図る方針を掲げました。
地方圏の圏域マネジメントを市町村に代わる新たな行政区域として標準化し、公共サービスを民営化する分野については、既に2016年12月の未来投資会議で竹中平蔵氏が上水道事業を掲げ、市場開放を政府や自治体に迫っていました。
この流れをいち早くつかみ、上下水道事業の民営化に舵を切ったのが浜松市でした。しかし、水道の効率化よりも安全性を優先すべきという市民団体の強い要請に押され、水道事業の民営化は当面延期されることになりました。
ところが2019年12月、宮城県議会は、県の水道事業の運営権を民間企業に売却する「コンセッション方式」を導入する条例改正案を賛成多数で可決させました。県内25市町村に水道を供給する上水道、26市町村の下水を処理する下水道、68社を対象とする工業用水道をセットで民営化する方針を決定したのです。当然、県民や市町村議会から反対の声が上がりましたが県議会は強行採決し、2022年4月から導入されようとしています。
地方圏の地域経済に押し寄せる規制緩和
人口減少が進む地方圏では、財政健全化と公的資産の民間開放を名目に、上下水道事業が突破口となって民営化が推し進められました。民営化によって、公共サービスはグローバル競争をリードする海外資本が担うことも許可されています。地方圏の地域経済から規制緩和を図り、グローバル経済へと組み込む図式が確立されようとしています。その一つが、2018年4月1日の主要農作物種子法廃止でした。この種子法廃止は、水道法をはじめ、漁業法の改正、民営化・グローバル資本への市場開放と同じ源流をもっていました。
種子法とは、主要農作物であるコメ・麦・大豆の種子のうち優良な原種・原原種を公共財と位置づけ、将来にわたり国が責任をもって生産し、種子を農家に安定供給するための法律です。種子の生産は政府の補助金で都道府県が行い、地域性や食味に優れた奨励品種が多数生み出されてきました。その結果、地域特性豊かな農産品としてのコメが作られ、豊富な品種で地域農業生産を支えてきました。
安倍政権は、この種子法を廃止するだけでなく、新たに農業競争力強化支援法を制定し、農家が民間の生産した安価な種子や農薬など農業資材を購入する道を拓いたのです。日本の農家や農政は、コメだけでも300種近い品種を作り登録して、国土に広がる多様な土壌や気候を生かしたコメ作りを続けてきました。今回の新法はこの歩みを閉ざし、コメによる地域ブランディングを困難にする措置といえるでしょう。
さらに、2006年と2017年に種苗法も見直され、日常生活で私たちが食べ、農業生産を支える野菜の種を生産者自らが採取し生産に生かすことも禁止されました。農家であれ野菜の種も民間企業から購入することが決められたのです。さらに、2019年3月、政府はゲノム編集された食品の市場流通を認める方針も固めました。他の食品と区別する必要はないとして安全審査や表示義務も設けないまま、食品産業の規制緩和も行われています。
地域経済の自立を拓く自治体独自の地域産業政策
グローバル競争が激化し大企業や系列中小企業の海外進出は膨張の一途にあります。しかし、企業は海外市場にばかり活路を見出しているわけではありません。国内各地で、自社の安定経営とともに同業種・異業種との交流や取引、高齢者や障がい者の就業支援、学校での職業教育支援など地域社会の発展にも積極的に貢献する企業も多数あります。
中小企業は地域経済の安定と発展にとって不可欠な存在です。そこで、政府が取り組むべき中小企業政策の理念と行動指針が、2010年6月、政府によって閣議決定されました。それが「中小企業憲章」です。また、この憲章制定を政府に求める原点となったのが、1979年東京都墨田区が制定した「墨田区中小企業振興基本条例」でした。
それ以降、全国の中小企業家同友会をはじめ全商連など商工団体と加盟企業などが条例制定運動を繰り広げ、都道府県や地元市区町村、商工会議所・商工会などとの研修や産業調査を重ね、2019年5月末現在、県レベルでは46都道府県が「中小企業振興条例又は中小企業・小規模企業振興条例」を、439市区町村が同様の条例(理念型条例、総合政策型条例のみ)を制定するに至っています。
この条例は中小企業憲章の理念を反映し、企業自体の成長にとどまらず、地域社会が直面する多様な課題に向き合う内容を伴っている点に特徴があります。表3はその一部です。①の奥出雲町では、毎年度町が実施している中小企業振興施策の成果を調査検証し、成果や課題を住民に届け、町全体で中小企業政策に取り組んでいます。②の掛川市では、南海トラフ地震など大規模災害での被災を想定し、被災時を想定した事業継続計画(BCP)の策定を中小企業経営者に求めています。被災による事業中断は、企業存立のためだけでなく、地元の雇用や社会の不安定化、自治体運営の悪化につながるからです。
そして、③の新城市では、産業自治推進協議会という地元の産官学民連携組織を設け、産業自治推進計画を策定推進するほか、「平成の大合併」時に設置した市内10カ所の地域自治区・地域協議会と連携し、退職後の高齢者や女性の就業支援、コミュニティ・ビジネスの起業支援を行うことを掲げました。
2013年3月に中小企業振興基本条例を制定した名古屋市では、愛知中小企業家同友会の会員企業が、大規模災害時の地域と市内中小企業の支援協力体制づくりへの要請に応え、災害時の支援協力の覚書締結を進めてきました。覚書締結後には「地域防災協力事業所表示証」が市から企業へ交付され、2019年5月現在、27会員企業が南海トラフ地震と津波被害を想定した自社BCPの策定運動や、市や地元自治会との支援連携を進めています。
自由化の嵐に直面する農林水産分野でも、地元自治体と連携し、輸入自由化や規制緩和・市場化に翻弄されない地域経済づくりを始めています。安倍政権が種子法の廃止を閣議決定すると、農家、農業改良普及員、農業団体、市町村や議会などが連携して主要農作物種子条例制定運動を展開しました。その結果、新潟県を皮切りに埼玉県、兵庫県、鳥取県、山形県、富山県、岐阜県、福井県、北海道、宮崎県、長野県など11県で同条例が制定され(2019年7月現在)、以後も条例制定を進める自治体が増えています。
幅広い住民自治の運動が、グローバル競争に翻弄されない中小企業政策や農業政策の再構築を後押ししているのです。
弱者が無縁化しない信頼社会
地域にはさまざまな理由で無縁化する人々が増えています。2019年3月、内閣府は40歳から64歳までのひきこもり状態にある人が全国で61万3000人にのぼると発表しました。15歳から40歳までの若年層のひきこもり人口が54万人といわれ、両者を合わせれば100万人以上にのぼります。
その結果、80代の親が50代の引きこもりの子の世話をする「8050問題」が、地域社会の新たな課題となってきています。しかし、グローバル化やIT化は高学歴で競争に勝てる人々の正規雇用は求めても、中卒・高校中退の若者や引きこもる人々に正規雇用は求めていません。子どもの貧困対策や引きこもる人々の就労支援が叫ばれても、競争原理至上主義を貫く政府・自治体の経済政策では、今日の地域社会が直面する諸問題は何ら解決できないのではないでしょうか。
地域社会の危機に気付いた自治体による経済政策は、どんな経済分野であっても、市民団体や専門家との連携を高め、若者や引きこもる人々が社会的孤立から離脱する方策を含め策定されなくてはならないでしょう。その先に、「信頼と平和を包摂した地域経済」が展望されるはずです。
【参考文献】
- 1 岡田知弘『公共サービスの産業化と地方自治 「Society5.0」戦略下の自治体・地域経済』自治体研究社、2019年
- 2 宮本みち子『若者が無縁化する─仕事・福祉・コミュニティでつなぐ』ちくま新書、2012年
- 3 川北稔『8050問題の深層 「限界家族」をどう救うか』NHK出版、2019年
- 4 山本正彦『売り渡される食の安全』角川新書、2019年
- 5 吉田百助「種子法廃止から条例制定へと動く自治体」『住民と自治』2019年7月号
- 6 鈴木誠『戦後日本の地域政策と新たな潮流 分権と自治が拓く包摂社会』自治体研究社、2019年