児童相談所の職員配置は十分とはいえません。近年厚生労働省は積極的に人員配置増を図っていますが、新任職員育成という新たな課題も抱えています。子ども虐待の現状と児童相談所の課題を考えます。
はじめに
2018年、2019年と重大な虐待死亡事例の報道が続き、児童相談所の虐待対応のあり方が問われました。児童相談所の対応には見直さなければならない点が多く指摘されましたが、一方で、地域のネットワークによる支援や、そもそも虐待が生じることのない予防策も必要とされています。
児童相談所職員は日々苦労しながら虐待対応を続けていますが、次々と迫られる緊急対応のために疲弊して元気を失いつつあることが心配です。児童相談所による子ども家庭福祉の支援が薄くなると、日本の社会における子どもと家庭に対する支援力そのものが乏しくなるのではないかという懸念を感じざるを得ません。児童相談所の現状がどうなっているのか、そもそも児童相談所はどういうところなのか、これからの地域における子ども家庭相談のあり方をどう展望するのか、十分な検討が必要な時期を迎えていると感じます。本稿ではその作業の前提として、子どもの虐待問題や児童相談所の現状と課題について触れたいと思います。
子どもの虐待問題は今どうなっているか
厚生労働省の発表によれば、2018年度の児童相談所における虐待相談対応件数は16万件近くとなっており、これは前年度に比べて2万6060件(19・5%)の増加でした。図1に示したように、ここ数年の増加割合が大きくなっています。
近年の子ども虐待相談対応件数の増加の背景としては、市民への周知が進んで虐待の発見通告が増えていることが指摘されていますが、それとともにもう一つ大きな理由があります。それは図2に特徴的に表れています。
図2を見ると、近年の子ども虐待相談対応件数の増加には心理的虐待件数の増加が影響していることがわかります。この心理的虐待事例の多くは警察署から通告されたものであり、警察庁の資料からこのことが裏付けられます。警察庁発表の「平成30年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害の状況」によると、2018年に警察署が児童相談所に通告した虐待件数は8万252件であり、そのうちの71・6%にあたる5万7434件が心理的虐待となっています。とりわけ、いわゆる「面前DV」による心理的虐待通告は3万5944件で、警察署からの通告全体の44・8%となっています。なお、厚生労働省と警察庁の統計は、前者は年度、後者は年での集計のため数値が異なります。このように、現在の虐待対応件数の増加は、警察署からの夫婦間暴力・暴言に関係した心理的虐待通告が急増していることが実質的な件数押上げの要因となっています。
警察署からの心理的虐待通告は実際には軽度の事例が多いのですが、児童相談所はその安全確認などの初期対応に日々忙殺されているのが実情です。一方で、子ども虐待による死亡事例は、2017年度に65人が報告されています(「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について 社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会 第15次報告」、2019年8月)。子どもの虐待死亡事例は例年70~80件前後が把握されています。このように重症な虐待事例が継続して発生しており、こうした事例を防止するための対策をさらに強めていくことが求められています。児童相談所がより重症度の高い事例に注力できるような体制の構築も課題となっていると考えます。
この間の虐待死亡事例の多くに共通しているのが、背景に夫婦間の暴力・暴言(DV)が見られることや、養継父・内縁男性といった非血縁の親子関係が含まれていることです。先の警察庁資料によれば、2018年に虐待によって検挙された加害者1419人のうち、養父・継父・内縁男性・その他男性の占める割合は30・0%と高くなっています。実父を含めた男性が加害者の73・9%となります。もちろん、非血縁の親子関係が全て問題を抱えるということなどありませんが、しかし親子関係を構築するための支援が必要な家庭があるものの、支援がなされていないことは多いと思います。さらに、子ども虐待の背景にDVが見られる事例も多いことが指摘されています。DVは暴力だけではなく、人が人を支配しコントロールすることがその本質的な特徴です。子どもが暴力を目撃することだけが問題なのではなく、支配的な関係性のある家庭で養育されることがさまざまな形で子どもにマイナスの影響を及ぼします。こうした家族の構造を適切に把握して支援につなげることが必要となっています。
保護者の就労の不安定さや経済的な困難あるいは精神疾患、さらには社会的な孤立により誰からもサポートを受けられないことなどが虐待事例の背景に多く見られることも、従来から指摘されてきました。こうしたさまざまな困難を抱えた家族に適切な支援が届かない時に、子育てが行き詰まり虐待に至ってしまうことが考えられます。したがって、家族が抱えるさまざまな困難を軽減して、子どもの不適切養育に至らないように支援するための地域の取り組みが何よりも重要になっていると考えます。
児童相談所の現状はどうなっているか
児童相談所は児童福祉法第12条に基づき、都道府県・政令指定都市が設置する行政機関です。中核市・特別区においても政令指定を受ければ児童相談所設置市になることができます。中核市では金沢市と横須賀市がすでに設置しており、2019年4月から明石市も設置しました。特別区では2020年から先行3区(江戸川、世田谷、荒川)における設置が始まります。2019年4月1日現在で全国に215カ所の児童相談所が設置されています。
厚生労働省子ども家庭局長通知である「児童相談所運営指針」によれば、児童相談所は「子どもに関する家庭その他からの相談に応じ、子どもが有する問題又は子どもの真のニーズ、子どもの置かれた環境の状況等を的確に捉え、個々の子どもや家庭に最も効果的な援助を行い、もって子どもの福祉を図るとともに、その権利を擁護すること」を主たる目的としています。
児童相談所が受けている相談には大きく分けて4つの種類があります。すなわち、子どもを家庭で養育することが難しい場合の相談である養護相談(虐待相談はこれに含まれます)、障がいを持つ子どもに関する相談(知的障がい児のための療育手帳の判定業務が多くなっています)、非行に関する相談、そして子育てに関するさまざまな相談である育成相談(不登校相談、家庭内暴力の相談、しつけの相談、進路適正に関する相談など)の4種類です。図3に、2018年度において全国の児童相談所が対応した相談件数の種類別割合を示します。図3からわかるように、障がい相談の割合が最も高く、一方で虐待の相談は全体の約3分の1となっています。このようにさまざまな相談に対応しているのが児童相談所です。2018年度に全国の児童相談所が対応したすべての相談対応件数は50万4856件でした。
これらの相談に対応する児童相談所の職員は、全国に約1万4000人います。そのうち児童福祉司は3817人、児童心理司は1570人です(いずれも2019年4月1日現在)。この2職種が車の両輪のようにソーシャルワークを展開します。その他に、弁護士・医師・保健師などが児童福祉法上に定められた職員として配置され、さらには警察官や警察官OB・教員なども配置されています。これら職員の配置状況は自治体によって異なります。また、児童相談所に併設される一時保護所には、保育士や児童指導員・看護師・栄養士等が配置されています。児童相談所全体として非常勤職員が多いことや、任期付き採用職員が含まれることも近年の特徴です。
先述のように2018年度には全体として約50万件の相談を受けていますが、2018年4月1日現在の全国の児童福祉司数3252人で割ったとすると、児童福祉司一人当たり年平均155・2ケースに対応したことになります。虐待相談については児童福祉司一人当たり年平均49・2ケースとなります。児童福祉司の中にはケースを持たない管理職やスーパーバイザー、あるいは里親担当児童福祉司や研修企画担当者などが含まれる場合もあり、地区を担当する児童福祉司一人当たりの対応ケース数はさらに多くなります。また、これに加えて、前年から継続して支援している在宅ケースや里親委託・施設入所中のケースが加わるため、一人当たりケース数はさらに多くなります。
ここでイギリスの児童保護におけるソーシャルワーカー数と比較してみましょう。公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団『2018年度 第44回資生堂児童福祉海外研修報告書~イギリス 児童福祉レポート~』(2019年3月)によれば、2017年のイギリス全体の児童保護にかかわるソーシャルワーカー数(日本の児童相談所に該当するCSCにおけるソーシャルワーカー数)は3万670人であり、一人当たりのケース数は約16・8ケースだと報告されています。欧米では児童保護機関のソーシャルワーカーの持ちケース数はおおむね20ケース前後だといわれています。受けている相談の内容が異なるために単純な比較はできないのですが、それにしてもイギリスのソーシャルワーカー配置数は日本の児童福祉司のそれを一桁上回っており、一人当たりケース数は日本に比べて比較にならないほど少なくなっています。日本の児童相談所における人員配置が国際的に見ていかに貧弱であるかがわかります。圧倒的な人員不足にあえいでいるのが現在の児童相談所であるといえます。
また、児童相談所職員の経験年数を見てみましょう。下の表は2019年4月1日時点における児童福祉司と児童心理司の経験年数別分布割合をまとめたものです。
児童相談所のソーシャルワークには相当の経験と知識が必要とされており、とりわけ虐待対応の習熟には10年以上の経験が必要ともいわれています。表を見ると、現状では3年に満たない児童福祉司が約半分であり、一方で10年以上の経験を有する児童福祉司は約15%です。こうした実情の背景として、児童相談所業務の厳しさからくる疲弊感や、それとも関連する人事異動の早さが影響しています。対応すべきケース数の多さや、虐待対応での保護者との激しい対立に神経をすり減らし、業務の多さからくる恒常的な長時間勤務や土日夜間を含めた緊急対応による疲労など、児童福祉司の業務は厳しさを増しています。さらには、行政組織としての定期的人事異動ルールのために異動周期が短く、専門性が定着しないという問題も抱えています。ゆとりをもったケース対応が可能となるためには、さらなる人員増が必要であり、それと同時に、長期にわたって勤務を継続して専門性を高めていくために、人事異動周期を長期化することも併せて必要です。
児童相談所職員は子どもの権利を擁護する最前線にいることを自覚して絶えず緊張を強いられています。ひとたび重大な事態が発生すれば社会的な非難を浴び、そのことでさらに傷つくという悪循環の中にあります。一つ一つのケースに丁寧に寄り添って支援をしたいと願いながらも、そうすることがかなわない状況に置かれ、日々発生する事態への対応に追われています。施設に入所中の子どもの様子が気になって会いに行きたくても、なかなか予定が取れないジレンマも抱えています。児童相談所がかかわることで救われた親子や、関わってよかったと思えるケースも多くあるのですが、そうした達成感を共有する暇もない中で、日々消耗しているのが児童相談所職員の実態といえるでしょう。
児童相談所をめぐる国の施策の動向
近年、児童相談所をめぐる国の施策が急ピッチで動いています。2016年以降でもすでに3回の児童福祉法・児童虐待防止法改正が行われています。またその間にも多くの通知が厚生労働省から発出されています。児童相談所現場の職員はそうした動きにまさに翻弄されているというのが実態だと思います。
最近の動きの端緒は、2016年3月10日に出された「社会保障審議会児童部会 新たな子ども家庭福祉のあり方に関する専門委員会 報告(提言)』です。本報告では、子ども虐待対応のあり方や児童相談所および市区町村の相談体制のあり方、さらには社会的養護における自立支援をめぐって、大きな転換を図ろうとさまざまな観点から改善策が示されました。これを受けて2016年6月に児童福祉法の画期的な改正が行われますが、それに先立つ2016年4月に児童相談所強化プランが厚生労働省から出されました。先述のような児童相談所の人員不足という実情に対して、厚生労働省としても何とか人員増を図りたいと努力した結果、児童福祉司や児童福祉司スーパーバイザー、さらには児童心理司の増員計画が示されたのです。
児童福祉司の配置について強化プランでは、従来の人口4~7万人に一人という人口当たり配置基準を4万人に一人に引き上げ、これを2019年度までに達成することとしました(厚生労働省児童虐待防止対策推進本部決定「児童相談所強化プラン」2016年4月25日)。しかし2018年に発生した目黒区での虐待死亡事例を受けて、さらなる人員配置増が必要との判断となり、2018年12月に新プランが厚生労働省から示されました。それに基づき、2022年度を目標に人口3万人に一人の児童福祉司配置を達成することとなり、2017年度に比して2020人程度の増員を図ることとされました(児童虐待防止対策に関する関係府省庁連絡会議決定「児童虐待防止対策体制総合強化プラン(新プラン)」2018年12月18日)。併せて、児童心理司を2017年度に比して790人程度、保健師を70人程度増員配置することとされました。
現在この計画に基づいて各自治体が人員配置増を進めていますが、定員増に実員配置が追い付かない現状があります。また新任職員が増えたことで、その育成のあり方も課題として立ち上がってきています。相対的に経験年数の長い職員が少ないなかで、新任職員を多く抱えて育成することは新たな負担を伴っており、現場の混乱はしばらくの間続くものと思われます。2016年児童福祉法改正後に児童福祉司の法定研修が開始され、この研修の実施も新たな負担となっています。児童相談所職員の育成は、職場でのOJTの果たす役割が重要であり、集合研修と合わせて職場内での育成が十分に機能するような条件整備が必要といえます。
さて、2018年3月の目黒区虐待死亡事例、2019年1月の野田市虐待死亡事例、さらに2019年6月の札幌市虐待死亡事例を受け、それぞれの事件後に厚生労働省から対応策が発出されました。すなわち、「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策」(2018年7月20日)、「『児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策』の更なる徹底・強化」(2019年2月28日)、「児童虐待防止対策におけるルールの徹底」(2019年6月7日)です。これらを通じて、安全確認の徹底、安全確認ができない場合の立入り調査の実施、子どもの安全確保を最優先にした適切な一時保護や施設入所等の措置の実施、転居に伴う児童相談所間の情報共有の徹底、児童相談所と警察との情報共有の強化などが通知されました。児童相談所の現場では、より一層の虐待対応の強化が求められている状況ですが、多くの施策が短期間に示されたことでの混乱も生じています。
そもそも児童相談所は、保護者等から子どもに関する任意の相談を受け、親子と共によりよい方向性を探るために一緒に考え、支援を行うことがその役割だと考えてきました。虐待対応が強化されるなかで、従来のような相談関係の構築を基盤とした支援関係がなかなか結びにくくなり、一方でマニュアル化された対応業務が大きなウェイトを占めてきています。しかしマニュアルですべての事例が網羅されているわけではなく、職員が自らの頭で考え、組織として総合的に判断しながら支援を構築していくことが必要となります。児童相談所の仕事はそのようなソーシャルワーク力あるいは人間力が求められる業務であるのですが、近年の形式化したルールの徹底には違和感を感じざるを得ません。ただ、短い経験年数で職員が入れ替わるなかで、そうした違和感も乏しくなってきているのが児童相談所現場の現実かもしれません。
子どもの虐待対応と児童相談所のこれから
2019年6月の児童虐待防止法改正では、児童相談所の体制強化のなかで、一時保護等の介入的対応を行う職員と保護者支援を行う職員を分ける等の措置を講ずることが定められました。これは2018年12月27日に出された、社会保障審議会児童部会社会的養育専門委員会のワーキンググループのとりまとめをもとにしています。児童相談所は介入機能(具体的には虐待の初期対応)と支援機能との矛盾を抱え、一時保護で対立した保護者との間ではなかなか支援のステージに移れないことに苦しんできましたが、その解決のための一つの方向性として示されたものといえます。
ただ、介入と支援は分かちがたくつながっているところがあり、相談関係を構築するなかで両者を統合するための工夫にも取り組んできました。一時保護等を行った職員と支援職員を分けるという考え方には児童相談所内でのコンセンサスが十分にはなく、また小規模の児童相談所ではそのような組織内の分割は困難です。自治体の事情によって相談体制は異なるため、法律で一律に定めたことには問題があったといえるでしょう。実際には柔軟に検討せざるを得ないと思われます。
児童相談所組織内でセクションを分けても、保護者等の当事者から見れば同じ組織の職員です。同じ説明を繰り返し求められることも出てきます。また介入的対応(具体的には虐待の初期対応)をするセクションにケースが滞留することも指摘されてきました。介入と支援の関係の整理についてはさらに大きな制度的検討が必要と考えます。筆者は児童相談所が支援機関としての機能を十全に果たせるようにするために、虐待の初期対応は児童相談所から切り離して、別の機関を設置することを構想すべきだと考えています。すなわち、ワンストップで虐待通告を受ける機関を設け、その機関がアセスメントをしたのちに、児童相談所または市区町村と役割分担をしていく体制を検討する必要があると考えます。
子ども虐待の予防は児童相談所だけでは困難です。子育てに行き詰まる前に困難に気づき、支援サービスにつながることができるような地域の仕組みを構築し、虐待を防止することが何よりも大切だと考えます。そのために地域のさまざまな子育て支援施策を拡充し、しかもアクセスしやすく使いやすくしなければならないと考えます。たとえ困難を抱えたとしても子育てに希望を持てるように、地域において関係者が協働し、さまざまな創意工夫を行って子育て家庭を支えていくような地域づくりを進めていきたいと思います。