「オーバーツーリズム」という問題に焦点を当てながら、これまでの「観光立国」政策とその取り組みを概観し、今後の観光政策のあり方について考えます。
クルーズ船観光
クルーズ船は「豪華客船」のイメージが強いですが、一般的には1泊当たりの金額、所要日数、船舶の規模、乗客/乗員比などを基準として、①ラグジュアリー(一泊400ドル超)9%、②プレミアム(一泊200ドル超)38%、③カジュアル(一泊70ドル超)53%の3類型に分類されています(%は2019年に入港した外国クルーズ船の内訳比)。ダイヤモンド・プリンセス(約11・59万トン、全長290メートル、乗客・乗員約4300人、1353室)は②に分類されます。
中国人を中心としたクルーズ人口拡大に伴いクルーズ船の規模は巨大化し、今年4月にはMSCベリッシマ(約17・16万トン、全長315メートル、乗客・乗員7200人、2217室)が横浜、那覇、宮古島などに寄港予定でした。
クルーズ船の巨大化と頻繁な寄港により、受け入れ自治体での問題が世界的に表面化しています。すでにベネチア、カンヌ、奄美大島などの寄港反対の動きが報道されています。
数千人分のし尿を含む生活排水、生ごみ、不燃ごみ等の廃棄物が、船内処理だけではなく、海洋投棄されている実態も報告されています。
「発電所を搭載する海上移動のリゾートホテル」に例えられますが、京都で最大規模の新都ホテルや東京の帝国ホテルでさえ九百数十室しかなく、常用発電施設、排水処理、廃棄物処分施設は備えていません。例えるなら3000~7000人規模の「海上移動自治体」といっても過言ではありません。
廃棄物以外に環境汚染として問題視されているのが大気汚染問題です。2016年の博多港におけるクルーズ船調査では、年間「6億円程度の大気汚染の外部費用が発生している」ことが報告されています。大気汚染対策として、排出制限区域の設定や汚染物質の抑制策、停泊中の陸上電源供給などのインフラ整備が考えられますが、これらの問題を問うことなく誘致が進められています。
また船体を安定させるために海水を取り入れるバラスト水の排水についても、国際的な規制はありますが、海水に含まれる外来生物の移動が環境、生態系に及ぼす影響が大きいことも指摘されています。
入国審査時間短縮のため導入された「船舶観光上陸許可制度」を利用した上陸後の失踪も後を絶ちません。クルーズ船誘致を進める自治体は、これらの問題について事前に検討をしているのでしょうか?
観光立国としてのクルーズ船観光
現在の「観光立国」の出発点となったのは、小泉純一郎内閣時代、2003年の「観光立国懇談会報告」です。2008年に観光庁設置、2012年には「観光立国推進基本計画」が閣議決定されました。「クルーズによる観光交流を振興」するために航路の開発、保全が決められ、この計画に応え自治体や港湾管理組合により「全国クルーズ活性化会議」(現会長は横浜市長、140団体)が設立されました。
「観光立国」は訪日外国人旅行者数2000万人が視野に入った2015年、第三次安倍内閣の下で大きく転換しました。11月に首相自ら議長を務め「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」を設置、有識者にPeach航空の井上慎一CEO、ゴールドマンサックスのアナリストの経歴を持つ小西美術工藝社のデービット・アトキンソン社長、JR九州の唐池恒二会長などが就任しました。ここでの議論と方針が閣議決定され、国・自治体を合わせた推進体制がつくられています。
2016年「明日の日本を支える観光ビジョン」では、2020年に「訪日外国人旅行者4000万人」、「訪日クルーズ旅客500万人」を掲げました。同時に「クルーズ船寄港のお断りゼロの実現」を第一の目標とし、一気にクルーズ船観光拡大への道をひらきました。
国交省のクルーズ船誘致の港湾開発計画
国土交通省は、2020年に500万人の目標を達成するためには、2015年の3倍のクルーズ船の受け入れが必要とし、港湾の新規整備と貨物ヤードの変更など既存施設の活用を自治体とともに実施しはじめました。これらの方針は「未来投資戦略2018」(2018年6月閣議決定)、「港湾の中期政策『PORT 2030』」(2018年7月国土交通省港湾局)として具体化されています。
注目しなければならないのは、「官民連携による国際クルーズ拠点の形成」です。ここでは、
①港湾管理者は国際的なクルーズ船社に長期の岸壁優先使用を認める
②船社が旅客ターミナルビル等を整備する工事の許可等の特例措置
という内容を基本として、無利子貸付制度を活用した旅客ターミナルの整備などハードとソフト両面から国際的なクルーズ船社への支援をすることを方針としました。
具体的には2017年度から港湾整備を加速し、9つの港の大規模整備を実施しています。中国の港の発着を中心とした増大するアジアのクルーズ需要を取り込み、西日本中心の寄港先を北海道、東北に広げ、瀬戸内海や南西諸島など新たな国内クルーズ周遊ルートの開拓、「列島のクルーズアイランド化」の方針をすすめています。
国際的なクルーズ船社に依存する港湾開発
2020年3月に「『官民連携による国際クルーズ拠点』を形成する港湾」に選定された那覇港ではロイヤル・カリビアン・クルーズ社、MSCクルーズ社の優先利用予約が年間250日、優先利用期間30年となり、実質的に国が自治体を使いクルーズ船社に長期にわたり港湾を提供する内容となっています。さらにバスなどの大規模駐車場整備、アクセス道路の拡幅整備、出入国管理手続きのハード・ソフトの見直し、埠頭での商業施設確保、入港時の歓迎行事等々が自治体を巻き込みながら実施されています。
「港湾の中期政策『PORT 2030』」では、「1990年代に各地で進められたウォーターフロント開発の成果を点から面へと拡大」し「遊休化した内港地区等の有効活用の必要性」を説き、港湾周辺を含め、都市部と連携した大規模な開発を実施しようとしています。
「1990年代のウォーターフロント開発の成果」とは一体何だったのでしょうか。
バブル経済最盛期の1987年に制定された総合保養地域整備法(リゾート法)は、1990年代に各地で港湾開発、巨大ホテル、リゾートマンション、ゴルフ場、スキー場などを建設し自然環境破壊と自治体財政の破綻的状況を生み出したことは記憶に新しいところです。
クルーズ船観光と地域
一般にクルーズ船費用には、乗船料、宿泊費、飲食費、船内での娯楽費などが含まれ、激しい低価格化競争をしています。主要な収益分野は、船内カジノ、アルコール飲料代、寄港地観光プログラムです。
クルーズ船の寄港滞在時間は6~8時間で、寄港地での数千人規模の出入国手続きに、乗下船ともに1時間30分ほど要しています。国境を越える物流に関する手続きであるCIQ体制(税関、出入国管理、検疫)が不十分であることは新型コロナウイルス対策の経過を見ても明らかです。
時間的制約により寄港地観光プログラムは、目的地まで片道2時間程度が限度で、バスによる移動が中心です。
福岡港では駐車場に110台、舞鶴国際埠頭では100台のバスが待機。京都市内へと案内する旅行エージェントへの取材では、1人1万~1万5000円程度の参加費、定員40人で運行とのこと。バス一台のチャーター費は10万円程度なので、クルーズごとに数百台のバスが運行することになり、クルーズ船運航会社の大きな収入源になっています。しかし大量のバス確保に、地域の小規模バス会社では対応できず、集約化も進んでいます。新型コロナウイルス対策で多くのクルーズ船が寄港を取りやめ、バス会社の廃業、運転手の大量解雇も始まっています。
クルーズ船観光は従来の観光の在り方を変えつつあります。港を擁する地域で開催される東北三大祭りでは、期間中の宿泊費は通常の2~3倍となります。しかしクルーズ船客は、祭り当日に寄港、数千人規模で押し寄せ、観覧席などを確保、イベントが終わればクルーズ船に戻り食事をし、次の寄港地に夜移動します。そのため地元への経済効果は、観光客数に比して極めて低いのが現状です。
国際的なクルーズ船社を全面的に支援し、「列島のクルーズアイランド化」を目指し、カリブ海・地中海等のクルーズ市場に匹敵する市場をつくろうとするのが現在のクルーズ船観光です。
しかし、国際的クルーズ船社最優先の港湾整備、地域開発は、極端な外需、外国依存を作り出し地域の内発的発展を妨げるものであることは明らかです。同時に大規模地震・津波などの災害対策を優先しない港湾開発、地域づくりは地域の安全さえも脅かします。
来年になれば再びクルーズ船観光は息を吹き返すでしょう。この分野での調査研究と住民運動、議会論戦は重要な意味をもちます。今後、舞鶴港の調査をしたいと考えています。