【論文】あらためて「大阪都構想」を斬る―2度目の住民投票を前にして

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コロナ危機下で大阪市廃止・特別区設置の是非を問う住民投票が強行されようとしています。現地大阪からその動きを追います。

※ 大阪自治体問題研究所が発行したパンフレット(47ページ「Jつうしん」参照)。
大阪自治体問題研究所が発行したパンフレット(47ページ「Jつうしん」参照)。

◇コロナ危機の大阪と住民投票

大阪も新型コロナ危機にあえいでいます。5月25日に緊急事態宣言が解除されたあと、新規感染者数は減少傾向でしたが、7月中旬から急激に増加して、感染拡大は危機的状況になっています。休業要請など府独自基準である「大阪モデル」は、吉村洋文・大阪府知事の政治的判断により、再三にわたり緩和されてきました。現在は「黄信号」点灯から25日以内に、重症者の病床利用率が70%以上にならないと「赤信号」になりません。「赤信号」は点灯しなくなり、医療関係者などから医療崩壊が危惧されています。

大阪の「成長」を支えてきた訪日外国人の姿はコロナ禍で消えてしまい、観光・イベント頼みの大阪経済の状況はきわめて深刻です。中小企業の倒産が相次ぎ、商店街からは悲鳴が聞こえてきます。失業や所得減により生活が苦しくなり、生活保護の申請も急増しています。その一方で、大阪市の特別定額給付金10万円の給付は政令市で最も遅く、市民から怒りの声が噴き出ています。

かつて経験したことのないコロナ危機のなかで、大阪維新の会(以下、維新)は、大阪市廃止・特別区設置の是非を問う二度目の住民投票の11月1日実施に向けて猛進しています。維新代表の松井一郎・大阪市長は、「大阪モデルが赤信号にならない限り住民投票だ」と公言しています。コロナ危機のもとで、維新はどうして不要不急の住民投票に猛進するのでしょうか。

◇「法定協議会」を毎回傍聴して

今から9年半前の2011年2月11日、大阪天満橋で大阪自治体問題研究所主催の「東西の学者が語り合う2・11シンポジウム」が開催されました。テーマは「『大阪都構想』を越えて─問われる日本の民主主義と地方自治」です。広い会場は超満員であり、大阪の危機感と熱気を感じました。当時、名古屋では「中京都構想」なるものが喧伝され、先輩格の「大阪都構想」を学ぶために、筆者もシンポジウムに参加しました。このシンポジウムの1カ月後、東日本大震災・福島第一原発事故が日本列島を襲います。

2年半ほど前に名古屋から大阪に転居し、「維新政治」なるものを身近に見て、二度目の住民投票に大阪市民、当事者として関わることになりました。この間の大まかな流れを振り返ってみます。

2015年5月17日、住民投票が実施され、大阪市廃止・特別区設置「反対」が多数を占めました。維新代表の橋下徹氏は政界を引退しました。「大阪都構想」の野望は消えたかにみえましたが、維新はその後の各種選挙で議席を伸ばし、政治勢力を拡大させていきます。2019年春には「脱法」まがいの府知事・大阪市長の「ダブル選挙」を仕掛け、府議会・市会選挙でも圧勝しました。それまで「大阪都構想」に反対してきた公明党は、維新の躍進に恐れをなして、それ以降賛成へと態度を一変させます。

第24回大都市制度(特別区設置)協議会(以下、法定協議会)が、2019年6月21日に開催されました。筆者は傍聴券番号「1番」で傍聴しましたが、委員席を見て維新と公明が過半数を占めていることを痛感しました。各会派の委員が、協議会への基本的スタンスを表明しましたが、その後の議論を暗示するようでした。維新は「選挙で支持された」、自民は「是々非々で」、公明は「賛成の立場」、共産は「反対の立場」といった意見分布でした。

その後の法定協議会では事務配分や財源配分、特別区の名称や区割り、特別区庁舎などが議論されました。議論というより、シナリオに沿って、維新の会長が議事を一方的にまとめていくものでした。少数派の異論は、法定協議会の趣旨に反するとして排除されました。傍聴していると、松井市長はじめ委員の表情とともに、委員同士の「やりとり」がよく理解できます。2019年12月26日の第31回法定協議会で、協定書案の作成に向けた「基本的方向性」が起立採決により可決されました。翌12月27日の日本経済新聞は「膠着一変半年で決着」と報じています。維新と公明の委員による事前調整により、これまでまとまらなかった論点が次々と決着。ある維新府議は「法定協は確認の場だった」と振り返ります。

年明けの法定協議会では、住民の不安の強い特別区の災害対応、組織体制、住居表示などが議論され、それまでの議論が生煮えで拙速であったことが明らかになってきました。コロナ禍で法定協議会の「出前協議会」が中止となり、市民から意見を募集することになりました。市民からは協定書案や住民投票を批判する多くの意見が出されましたが、意見に対する回答はなおざりにされました。

6月19日の第35回法定協議会で、大阪市廃止・特別区設置の協定書案が可決されました。年末の基本的方向性の採決では反対した自民の府議会選出委員は、賛成に回りました。写真は大阪市役所で「モニター傍聴」していた時に撮った「採決シーン」です。向って右側の市会選出の自民委員2人と共産委員が反対していました。

大阪市を廃止する「特別区設置協定書」の採決の場面(2020年6月19日、第35回法定協議会にて)。
大阪市を廃止する「特別区設置協定書」の採決の場面(2020年6月19日、第35回法定協議会にて)。

協定書案は総務省に送られ、「特段の意見はありません」という意見が返され、7月31日の第36回法定協議会の場で、協定書が知事と市長に手渡され、8月中旬からの府議会と市会で審議されることになりました。

◇「大阪都構想」とは?

いわゆる「大阪都構想」は、政令指定都市として長い歴史をもつ大阪市を廃止・分割して、特別区を設置するものです。ひと言でいえば、大阪府による大阪市の乗っ取りであり、大阪府への従属団体化といえます。

2020年3月発行の大阪府・大阪市副首都推進局のリーフレットでは、大阪市廃止後の特別区制度について、次のように説明しています。「特別区制度は、大阪府市を再編し、広域行政は府へ一元化するとともに、大阪市をなくし基礎自治体として4つの特別区を設置するものです」。制度設計のポイントとして、大阪府・大阪市の事務を再編し、大阪府と特別区の役割分担を図のように徹底するとしています。大阪市が現在行っている広域的な事務を大阪府に移し、広域機能の一元化で大阪のさらなる成長を実現させるというものです。維新の掲げる大阪の「成長戦略」、たとえば大阪湾の人工島・夢洲での万博開催、カジノ誘致、大阪都心の再開発などを、大阪府が集中的に推進するものです。

図 特別区と大阪府の事務の分担
図 特別区と大阪府の事務の分担
出典: リーフレット『特別区制度についてご説明します』(大阪府・大阪市 副首都推進局編集・発行、2020年3月)から作成。

大阪市廃止・特別区設置は、2012年に制定された法律第80号「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(以下、特別区設置法)にもとづきます。特別区設置法第1条は「この法律は、道府県の区域内において関係市町村を廃止し、特別区を設けるための手続並びに特別区と道府県の事務の分担並びに税源の配分及び財政の調整に関する意見の申出に係る措置について定めることにより、地域の実情に応じた大都市制度の特例を設けることを目的とする」としています。

先の制度設計のポイントで、「より身近な特別区で住民サービスの充実を」「特別区設置の際、大阪市が実施してきた住民サービスは内容や水準を維持します」と述べています。問題は特別区に必要な財源配分、組織体制が確保されているかです。

◇どうなる大阪市廃止後の特別区

戦後の地方自治制度として、政令指定都市という大都市制度がつくられ、現在は20市を数えます。政令市は道府県の事務の一部を担い、不十分とはいえ、事務配分に見合う税財政措置がとられてきました。市町村の廃止分割は、歴史的にも初めての事態です。ましてや、長らく政令市のトップランナーであった大阪市が廃止され、特別区が設置されることは、大都市制度を揺るがすものです。大阪市民も大阪市廃止・特別区設置を不安に感じています。数多くの問題がありますが、主なものだけを列挙していきます。

第1に、大阪市廃止後に設置される特別区の規模です。前回は5区だったのが、財政格差などを考慮して、今回は淀川区・北区・中央区・天王寺区の4区に変更されました。

特別区の平均人口は約55万人から67・5万人へと増加しました。最大は北区の74・9万人、最小は淀川区の59・6万人です(2015年国勢調査)。東京都の23特別区は、最大の世田谷区90・9万人から、最小の千代田区5・8万人まで、人口にかなり開きがあります。平均人口は41・2万人であり、大阪の特別区はそれを25万人ほど上回ります。

大阪の特別区は中核市よりかなり大きく、政令市並みの人口規模です。これで「ニア・イズ・ベター」を実現できるのでしょうか。特別区の区割りは、大阪24区の歴史や文化、地域性が考慮されていません。地域住民の交流、地域としてのまとまりは確保できません。

第2に、特別区は政令市並みの人口ですが、財政基盤はきわめて脆弱です。大阪市の基幹税であった法人市民税と固定資産税、さらに事業所税・都市計画税という目的税が大阪府税となります。大阪市の一般財源の約3分の2が大阪府に移ります。特別区は大阪市の個人市民税にあたる、特別区民税に依存した税制となります。特別区民税は個人の所得を対象としています。大阪の特別区は東京都と比べて、所得水準がかなり低く、財政需要に見合う税収を確保できません。

特別区には大阪府から財政調整交付金が交付されますが、大阪府のさじ加減で変動してしまい、特別区は不安定な財政運営を強いられます。東京都の「都区財政調整制度」にあたりますが、大阪の場合は財源なき財政調整といえます。地方交付税は大阪府に交付され、その算定にあたっては府と特別区の「合算方式」なので、大阪市分割にともなう経費増は考慮されません。

第3に、マンモス化した一部事務組合です。大阪市が行ってきた事業のうち、介護保険やシステム・施設・財産の管理などについては、一部事務組合等により全特別区が共同で処理します。一部事務組合が多種多様な事務を担当して、市民の目が届かなくなります。本来、一部事務組合は特別区設置後の協議により設立されるべきもので、自治権の侵害にあたるという批判も出ています。

東京の介護保険事業は、基礎自治体である特別区が担っています。大阪では、なぜ一部事務組合が介護保険を担当するのでしょうか。ここに大阪市廃止・分割の矛盾があらわれています。大阪市の介護保険料の高さは全市町村で10位、大阪府の中でも断トツです。一人暮らしの高齢者、低所得者が多く、介護サービスの利用率も高いからです。特別区間の格差も大きく、一部事務組合による介護保険はお先真っ暗といわれています。

第4に、住民に身近なサービスと区役所です。大阪市廃止後も、住民の利便性を維持するため、特別区の区役所で窓口サービスなどを引き続き実施するとしています。政令市が廃止されるのですから、現在の区役所も廃止されます。現在の24区単位で設置する地域自治区の事務所を、法定協議会の議論のなかで「区役所」と呼ぶことになりました。名前は「区役所」でも実態はまるで違います。特別区の財政が厳しくなると、この「区役所」も統合再編されることになりそうです。

名ばかり「区役所」とともに、特別区の庁舎も大問題です。初期コストを削減するために、特別区の庁舎建設を断念しました。その代わりに、現在の大阪市役所である「中之島庁舎」(北区)に淀川区と天王寺区の特別区職員が間借りすることになります。淀川区の特別区職員の約8割が、「中之島庁舎」で働くことになります。淀川をはさんで位置する淀川区は、これで防災対策や総合的なまちづくりができるでしょうか。この「間借り庁舎」問題も、大阪市廃止・特別区設置の矛盾を象徴しています。

◇住民投票の強行を許さず、住民投票では「反対」を!

大阪でも新型コロナの感染が再拡大していますが、維新は11月1日に大阪市廃止・特別区設置の是非を問う住民投票を強行しようとしています。大阪府議会と大阪市会で協定書が議決されてから60日以内に、住民投票が実施されます。特別区設置法第7条2項は住民投票に際し「協定書の内容について分かりやすい説明」を求めています。5年前の住民投票では39回の住民説明会が実施されましたが、コロナ禍での開催は大幅な縮小が避けられません。それと特別区の財政シミュレーション、税収見通しはコロナ禍以前のものであり、経済財政が激変する中で、もう一度やり直す必要があります。

大阪市廃止・特別区設置は不要不急です。今は新型コロナ対策に全力を集中すべきです。コロナだけでなく、住民投票に焦りは禁物です。たとえ維新などが住民投票を強行しても、再び「反対」に追い込み、歴史ある日本有数の大都市・大阪市を守り、発展させていきましょう。(2020年8月12日記)

山田 明

専門は地方財政・地域政策論。著書に『公共事業と財政』『災後の新聞』など。2年半ほど前に名古屋から大阪に転居、大阪市廃止・分割の法定協議会を毎回傍聴して怒りを膨張させてきました。

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