【論文】コロナ禍における社会福祉経営の実態から自治体行政の役割を考える


コロナ禍における社会福祉経営のきびしい現実と対応、国がすすめてきた新自由主義的行政改革のもとで、その影響がどう及んだのかについて考えます。

はじめに

新型コロナウイルスはくらしと経済を直撃しました。要請はするが補償はせず、有効な対策を実施しない政府のもと、社会福祉の現場は利用者、家族、地域の皆様のいのちと健康、くらしを守り、ぎりぎりの崖っぷちを歩くような努力を続け、今も各地で奮闘が続いています。

2月以降の感染拡大をうけ、政府は自粛、ステイホーム、テレワークを推進し4月7日に緊急事態宣言を出すに至りましたが、社会福祉施設には3月28日に「高齢者、障害者など特に支援が必要な方々の居住や支援に関するすべての関係者(略)の事業継続を要請する」(感染症対策本部)としました。事業継続のための自衛対策が求められたのです。自己責任でマスク等の衛生用品を確保し、感染症対策を行い施設・園を開けることが必須とされたのです。つまり社会福祉事業はパンデミックという緊急事態の中でも、この国の社会・経済・労働をささえる重要なインフラであることが明確になったのです。そして職員とその家族が同じく感染への不安を抱える中でも、子どもたちや障がい者、高齢者を支え続ける責務があることも明らかになりました。それは憲法にもとづく生存権保障としての社会福祉を守り、対象者の権利を守るという社会福祉事業の性格そのものでした。

コロナ対応の社会福祉現場の実態

まず深刻化したのはマスク・消毒液等の衛生用品の不足でした。3月末の「社会福祉経営全国会議準備会」調査で、マスクは「全くない」「不足」あわせて76%、消毒液は61%と高く、備蓄は「0~3週」が64%と、4月には窮する状況でした。要介護者や障がい者を支援する社会福祉施設は、医療現場と同じく感染リスクやクラスター発生の危険性が高いため衛生用品は不可欠ですが、市場での入手は困難で、施設はそれぞれのつてをたどり、また職員が早朝からドラッグストアに並ぶなどの対応をしましたが、政府から届いたのは職員1人1枚のあの布マスクだけでした。

安倍首相の突然の一律休校要請は現場に大きな影響を与えました。学校は休校ですが学童保育や保育所は原則開所、国は児童・園児の受け入れを求めるだけで具体的な指針は遅れ、自治体の対応も統一されず現場まかせで混乱が広がりました。子をもつ保育士は預け先がなく家に子どもを残し仕事に行ったり、法人内で臨時保育を行うなど苦労して対応、行き場のない小学生が卒園した園を頼ってくることもありました。一方で、自治体からの要請と保護者の協力による子どもの登園自粛で普段の30~40%の登園になり、詰め込みでないあたり前の保育がやっとできたという皮肉な状況さえ生まれたのです。

学童保育や放課後デイサービスは臨時的に一日対応に変更、当然ながら指導員確保が大変になりました。学童保育は職員1人や保育士資格者ゼロでも可とする2018年の最低基準撤廃による規制緩和の影響も受け、アルバイトも総動員という状況が続きました。普段から過密状態の施設も多く、国基準「概ね40人以下」を超える大規模施設は40%超です。感染リスクだけみれば学校より学童保育の方が高いにもかかわらず出された一日開所の要請は、子どもの生活の場を保障し安全を守るうえで、自治体が子どもの放課後をどうとらえて取り組んできたかを問うものでした。

3月初旬に名古屋市内のデイサービスでクラスターが発生、市は126カ所の事業所に2週間の休業要請をしました。突然の要請に各事業所は困惑しました。要請は「必要不可欠な利用者がいる場合は休業対象外で、感染防止対策を施して営業」してよいとしましたが、利用者は食事や入浴、生活の安全をデイサービスに委ねる「必要」があって通所しており、独居や老々介護の高齢者はさらに深刻です。家族から泣きながら「継続して」と電話があったそうです。結果、多くが縮小して事業継続したのが実態でした。

厚生労働省は介護・障がいの事業所が休業や利用者休所の場合でも、利用者宅を訪問してのサービス実施や訪問介護等の代替えサービスの調整を求めました。できる限りのサービス提供をした場合は介護報酬として請求できる「臨時的な取扱い」を通知しましたが、自治体の判断や確認がないと報酬は認められず、自治体によっては判断を渋るなど格差があったことも問題になりました。報酬確保がないと経営が破たんする危機に直面します。全国介護事業者連盟の5月調査で、デイサービス91%、ショートステイ76%が経営悪化と答え、利用者減のため5月末で閉鎖するデイサービスもあるなど大きな影響を受けたことがわかります。そしてこれは結果的に介護難民を増やし、介護離職にもつながります。

入所施設は、感染者が出ると確実にクラスター発生につながる危険性があります。しかし緊急事態でも通常の運営を止めることはできません。3月に発生した千葉県の障がい者支援施設のクラスターは、福祉関係者に動揺を与えました。軽症者を施設にとどめて診療するという県方針のため、二次感染を防ぎながら少ない職員で支援にあたるという困難な状況が明らかになったからです。職員の多くが陽性で、残った職員は夜勤を含め連続9日勤務など精神的・身体的ストレスが極限に達したと聞きます。感染者は医療機関に入院隔離するのが原則にもかかわらず障がい者には適応されない問題、職員確保の方策、行政や医療的支援体制の有無などは、個々の法人では解決できない課題です。厚生労働省は2月17日通知で「職員の確保が困難な施設がある場合には、法人間の連携や、都道府県における社会福祉施設等関係団体への協力要請などを通じて、他施設からの職員の応援が確保されるよう、必要な対応をお願いいたします」としたきりで、その後何ら対応策は出していません。先の調査で「法人連携による職員派遣」について82%が「対応は難しい」と答えています。日常的に人手不足が慢性化し、しかも自施設のコロナ予防の中で他施設へ派遣する余裕はありません。また各地の施設内感染による風評被害や、職員が過労で退職するなど多くの問題が噴出しています。

社会福祉事業の基盤のぜい弱さが明らかに

コロナ禍で明らかになったことがあります。それは国が緊急事態でも事業継続を要請する「社会生活を維持するうえで必要な施設」である社会福祉施設は、社会・経済をささえる基礎的な土台の役割を担っていることです。一方でそれほど重要なはずの社会福祉事業の基盤自体がぜい弱なことです。

社会福祉事業をめぐる環境は大きく変化しています。一つは社会福祉基礎構造改革から20年以上かけ進められてきた社会保障・社会福祉予算の抑制、営利企業の参入による福祉の市場化で、社会福祉事業は「競争」「生産性」を意識し営利事業となることを求められ、公的責任に頼らない法人連携や大規模化が進められています。

二つめは、貧困をはじめとした地域の福祉課題の解決を「自助・互助」、つまり自己責任・家族責任と住民どうしの助けあいに担わせる政策が進んだことです。社会福祉法人はその中核を期待され、2017年の社会福祉法改正で「地域における公益的な取組み」の責務化により無料・低額なサービス提供を求められています。

三つめは、過酷な福祉現場の労働と、それに見合わない賃金水準等による人手不足が社会問題化し、「紹介」「派遣」等の人材産業に何百万円もの資金をつぎ込まなければ運営できないという状況さえ生まれています。そして介護・障がいなどのたび重なる報酬改定の上下に経営が左右されるため、いま社会福祉事業者は経営維持が難しく、倒産、身売りというニュースも増えているのです。

図 16. 厚労省は「新型感染症の影響で職員確保が困難な施設に対して、法人が連携することにより他法人から職員を派遣し対応」すること等を求めています。これが現実となった場合、貴法人は対応できますか。合わせて理由も教えてください。
図 16. 厚労省は「新型感染症の影響で職員確保が困難な施設に対して、法人が連携することにより他法人から職員を派遣し対応」すること等を求めています。これが現実となった場合、貴法人は対応できますか。合わせて理由も教えてください。
出典:「権利を守る社会福祉法人経営全国会議(仮称)結成準備会」による「社会福祉事業経営への影響調査(新型コロナウイルス感染症)」から。

権利としての社会福祉を守るために

先の通常国会でほとんど議論なく「地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律」が成立しました。改正では地域共生のための地域住民の取り組みを責務化し、支えあい・助けあいを強制しています。具体的には「断らない相談支援」「地域づくりに向けた支援」「参加支援」を新事業としてつくり、既存の介護・障がい福祉・子ども・生活困窮に係る相談支援事業を包括化し、あらゆる生活課題に対処させようとしていますが、その専門性の担保と財政保障は不十分です。これまでの行政や社会福祉協議会(社協)の機能を弱体化させ、その分を民間と地域住民に担わせる地域共生は、結局は自己責任と助け合いの将来像の形にすぎません。

こうした中で4月30日に社会福祉法人の新たな全国組織「一般社団法人社会福祉経営全国会議」が4年以上の準備活動を経て発足しました。コロナ禍のもと、全国の社会福祉事業者とリモートでつながり交流・学習し政府に要望書を提出してきました。もともとの経営のきびしさにコロナが拍車をかけましたが、私たちが求めるのは社会福祉の公益性・公共性に立ち返り、福祉職員の低賃金の改善と職員配置基準改善により職員確保を公的責任で強化することです。さらに報酬の上下や利用者休所などに左右される介護・障がい者施設の契約制度による日額払い・出来高払い方式から、人件費の積算根拠を明らかにした月額方式への転換です。その必要性はコロナ禍でも保育は児童福祉法による市町村の実施義務があるとされ運営費が保障されたことで証明ずみです。行政の実施義務を明確にさせ、自治体間格差を是正し、基盤整備の抜本的改善を行うことで、平時はもとより緊急事態にも経営悪化を招くことなく対応できます。

この国にくらす誰もが健康で文化的な生活を営む権利を有しています。それに責任をもつのが国と自治体で、社会福祉法人はその責任のもとにつくられた非営利組織です。新たな全国組織は、コロナも含め社会福祉をめぐる危機に対し、誰でもいつでもどこに住んでいても公的責任により必要な支援が受けられる社会福祉をめざし活動していきます。

茨木 範宏

生活保護施設の支援員を経て2017年から(社福)大阪福祉事業財団理事長。2011年から社会福祉施設経営者同友会会長を務め、2020年4月に社会福祉経営全国会議会長就任。