【論文】オーストリア山岳農村の創生に学ぶ

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オーストリアは、日本同様、国土の大半が山岳地域の国ですが、元気な農業・農山村を実現しています。持続可能な農業・農山村のあり方を考える上で示唆に富む、オーストリアの取り組みを紹介します。

はじめに

第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、中山間地域を含め農山村に人が住み続けるための条件整備への言及があります。他方、この間東京一極集中に歯止めはかからず、日本の国土の約7割を占める中山間地域は依然として危機的な状況にあります。

今後の農業・農山村を構想するにあたって、一つのモデルになるのがオーストリアです。オーストリアは、西部から中部がアルプス山脈に位置しており、国土の大半が山岳地域です。Eの地域区分によると、農地面積の64%、国土の81%が条件不利地域です。

農業の生産条件や地域での生活条件に恵まれているわけではありませんが、条件不利な農業を政策的に支え、地域資源を活かした多様な地域づくりが行われており、各地で元気な農業・農山村を実現しています。

オーストリア独特の山岳農家政策

第2次世界大戦後、山岳地域が復興から取り残されるのではないかという懸念から、山岳農家助成のために、「山岳農業経営台帳」が整備されました。この台帳では、個々農家の自然的・経済的営農困難度を、気候や外的・内的交通条件といった複数の指標に基づいて科学的・客観的に算出しています。

そして、1971年からは山岳農家への直接支払として、山岳農家補助金が始まりました。小規模かつ営農困難度の高い農家が多くの補助金を受け取れる制度設計をしていて、換言すると、一度離農が進むと再度の営農が困難な地域に、優先的な資金分配を実施していました。

1995年のE加盟後は、共通農業政策にのっとって農業政策が実施されることになり、山岳農家補助金は廃止されましたが、個々農家の営農困難度に基づく条件不利地域支払は現在でも実施されています。営農困難度は、困難度得点(EP)で測られ、支払いは10㌶までは2・1ユーロ×EP+65ユーロ、10㌶から30㌶までは0・38ユーロ×EP+50ユーロ…、とEPが高ければ受給額も多くなり、また支払い対象面積にかける係数は、面積が大きくなるほど逓減する仕組みになっています。

一般的に、条件不利地域ほど離農が進むと考えられますが、オーストリアの場合、条件不利な農家ほど多くの補助を受けることができる制度設計を行うことで、山岳農家所得を支え、それによって離農を抑制し、山岳農家による自然資源管理を保持しています。

ただし、E加盟前の山岳農家補助金は農家指定でしたが、E加盟後の条件不利地域支払は地域指定となりました。以前は支払いを受けても、新しい仕組みでは支払いを受けられない農家や、逆のケースの農家も出ました。このような課題はありますが、個々農家の置かれている状態を把握した上で、営農困難度の高い農家に多くの補助を出すという姿勢は一貫しています。そのための制度設計に手間を惜しまないことは、条件不利地域を支える政策のあり方として示唆に富みます。

山岳農村の風景(フォアアールベルク州ルーデッシュ)
山岳農村の風景(フォアアールベルク州ルーデッシュ)

環境保全型農業への支援

オーストリアの農地面積に占める有機農地面積の割合は24・7%(2018年)で、E加盟国ではトップです。日本の0・2%とは、雲泥の差です(FiBL Statistic)。

オーストリアの有機農業は1927年に始まりましたが、政策的支援は、1987年にヨーゼフ・リーグラー農林大臣が「エコ社会的農業政策」を打ち出して以降になります。これは、農業の生産力強化(経済)だけでなく、自然環境や生態系の保全(環境)、小規模農家や山岳農家への保護や助成(社会)を、同程度に重視するという新しい農業政策の基本理念です。

「エコ社会的農業政策」の下、さまざまな政策が展開され、中でも有機農業補助金によって、有機農業へ転換する農家が急増しました。E加盟による市場開放と競争激化を見据え、有機農業で付加価値を高めようとする意図も農家にはありました。山岳地域では自然環境と調和した形で農業が営まれていて、有機農業への転換がしやすく、当初は草地を中心に有機農業は広がりました。

E加盟後は、オーストリア独特の農業環境プログラムとして、ÖPLが始まっています。日本語に訳すと、「環境適合的で粗放的で自然的な生活圏を保護する農業のオーストリアのプログラム」です。有機農業をはじめとする環境保全型農業は、このプログラムの下、農業環境支払という直接支払によって支援を受けています。粗放化、自然保全、動物福祉など多様な支援項目を組み合わせて、直接支払がなされています。

オーストリアの支払いシステムに学ぶ

Eの共通農業政策は、第1の柱である価格・所得政策と、第2の柱である農村振興政策(先述した条件不利地域支払、ÖPL)に分かれます。E財政が100%負担する第1の柱と異なり、第2の柱では自国負担が生じますが、オーストリアでは、第2の柱を重視しています。

2019年のオーストリア農林業予算21・5億ユーロのうち、条件不利地域支払は2・6億ユーロ(12・1%)、ÖPLは4・5億ユーロ(21・0%)、第1の柱は7・2億ユーロ(33・5%)、その他は7・2億ユーロ(33・5%)です。農家への直接支払は16・0億ユーロに上り、財政支出の4分の3は直接支払です(BMLRT, Grüner Bericht 2020)。

他方で日本の場合、同年の農林水産予算2兆4315億円のうち、日本型直接支払として、多面的機能支払交付金は487億円(2・0%)、中山間地域等直接支払交付金は263億円(1・1%)、環境保全型農業直接支払交付金は25億円(0・1%)で、合計774億円(3・2%)です。さらに経営所得安定対策(畑作物の直接支払交付金など)2825億円(11・6%)、水田活用の直接支払交付金3215億円(13・2%)を合わせても、直接支払は約3割です(「平成31年度農林水産予算概算決定の概要」)。

オーストリアは農家への直接支払に多くの予算を割いていますが、どのような農家に資金分配をするかはオーストリア国内でも議論があります。しかし、農家への補助に対して否定的な声は聞かれません。政治的にも、農業補助や観光推進、健康的な食品生産にはコンセンサス(社会的合意)が得られています。

農業を通じて形成される景観は、オーストリア人にとって共通の故郷のデザインであり、アイデンティティでもあります。観光客は綺麗な景観を目当てに観光に訪れます。農家が農業を継続することは、食料生産に加え、景観保全や生物多様性保全、土砂流出防止など、さまざまな機能を保つことになります。農家が生み出す多面的な価値への認識、理解があり、多くのオーストリア人は農家を尊敬し、農家の存在は大事だと考えています。こうした農業観に加え、緻密な制度設計に基づく農業支援によって農家が支えられています。

住民自治・地方自治に基づく地域づくり

オーストリアの各地域には、ブラスバンド、合唱団、スポーツクラブ、狩猟、消防団、地域づくりなどの会(Verein)と呼ばれるコミュニティ組織が必ず存在しています。そこに住民が参加し、活動することで、地域内での他世代間・同世代間の関係性が構築されますし、地域に関わることで地域への愛着や誇りが醸成されます。

地域主体で行われている内発的な地域再生の取り組みとして、ドルフ・エアノイエルング(Dorferneuerung)があります。英語でvillage renewalを意味するドルフ・エアノイエルングは、地域の声をすくい上げながら、地域が抱えるさまざまな課題やニーズに対して、地域主体で対応していく取り組みで、1980年代からオーストリアで始まりました。当初は村内の飾り付けや建物の装飾などの景観保全・改善活動を意味していましたが、今日では社会福祉向上、文化振興、経済状況の改善など包括的な内容を含むようになりました。いずれも地域の定住基盤構造を改善し、住民の生活の質を高めることにつながるものです。

住民参加の下、ドルフ・エアノイエルングで再整備された村の中心部(チロル州フリース)
住民参加の下、ドルフ・エアノイエルングで再整備された村の中心部(チロル州フリース)

上位政府である州政府は、人的支援やプランニングへの補助といったサポート役に徹していて、地域の主体性や自発性を尊重した形でドルフ・エアノイエルングが行われています。州政府が派遣する専門家は、ファシリテーターやサポーター、パートナーとして、住民参加を促し、やる気を引き出しながら、中間支援を行うことも特徴的です。地域の自治力を高めながら、地域再生に取り組む、ボトムアップ型の内発的な地域づくりの試みです。

「この村を生きる価値のある農村にしたい」という声や、「住民にとって自分の村が目の前にあると思えることが重要です」といった発言を自治体の首長から聞きました。オーストリアの自治体代表組織である自治体連盟では、「自治体は住んでいる人が自分の生活の意味をみつけているところですし、ここはあなたの故郷ですと住民に伝えることも必要です」と聞きました。いずれも、生活空間としての地域を重視するオーストリアらしい言葉です。

オーストリアでは、農業・農山村の生活を切り捨てることなく、政策的に支えようとしています。生活の場としての農山村の価値を高めるような取り組みも広くなされています。同じ山岳地域を多く抱える国同士、オーストリアの地域のあり方には日本の地方創生にとってのヒントが眠っています。

【注】

本稿は、一橋大学自然資源経済論プロジェクトによる成果に基づいています。紙幅の関係上、詳しくは、『農家が消える』(みすず書房、2018年)、『輝く農山村』(中央経済社、2018年)も参照ください。

石倉 研

1978年生まれ。博士(経済学)。専門は環境経済学、地域経済学。分担執筆に『農家が消える』(みすず書房、2018年)、『輝く農山村』(中央経済社、2018年)など。

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