【論文】フィンランドとノルウェーの公共図書館における革新

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21世紀のいま、北欧の中でも特にフィンランドとノルウェーの公共図書館は世界の図書館界をリードする存在になっています。本稿では、その秘密を解き明かします。

北欧の図書館の先進性

現在、フィンランド、ノルウェー、アメリカ、カナダなどの国際的な主要都市で公共図書館の新館建設や大規模改修が進行しています。その中でも、ヘルシンキ(フィンランド)とオスロ(ノルウェー)の公共図書館は世界で最も先進的な図書館の一つであるといえます。これらの図書館は、情報産業革命が続く21世紀に通用する新しい図書館として世界中の図書館をリードし始めています。その先進性を実現しているのは、北欧社会全体の制度と文化にあります。北欧の国々は、長年、政治的かつ経済的に平等かつ公正な高福祉社会を実現してきました。そしてこの高福祉社会は、民主主義の理念に基づいており、それが公共図書館にも深く埋め込まれています。本稿では、①図書館法、②公共圏、③市民参加、④立地、そしてその社会全体の基盤となる⑤文化の創造という視点からフィンランドとノルウェーの図書館革新を紹介します。

社会的分断の克服へ

フィンランドとノルウェーにおける図書館の革新を後押ししているのは、時代に即して常に改正され続けている図書館法です。フィンランドの図書館法は、1928年に制定されてから何度も改正されてきましたが、2016年にも改正されることになりました。この背景にあるのは、北欧各国にも生じている社会的分断です。この社会的分断は情報産業革命によって劇的に変化したメディア環境と国際政治の不安定さによって増加する移民によって生じています。フィンランドの図書館法はこの深刻な社会的課題を解決しようとしています。具体的には、改正された図書館法の条文には、「アクティブ・シチズンシップ、民主主義、表現の自由の推進」「社会的・文化的な対話の醸成」「目標実現のための基点は、公共性、多元性、文化的多様性である」という表現が記述されるようになりました。同様に、ノルウェーにおいても2014年に図書館法が改正されています。その条文には、「情報、教育、そのほかの文化活動の促進」や「公的な会話や議論のために人々が出会う独立した場所と空間」という表現が含まれるようになりました。このように、改正された図書館法の条文をみると、21世紀においてさらに北欧社会の民主主義の基盤と文化を一層強靭なものとするようになっています。すなわち、それは、表現の自由、文化的対話・議論の醸成、文化の多様性を下支えする社会的基盤としての公共図書館の姿です。このように、社会的分断を克服するために重要となる役割が、改正されたフィンランドとノルウェーの図書館法には記されています。

公共図書館と親和性の高い公共圏の概念

こうして、北欧社会において民主主義と図書館が重視される背景には、北欧各国の政界や学術界においてドイツの政治哲学者ユルゲン・ハーバーマスの公共圏の概念が広く受け容れられ、政策などにその思想が埋め込まれていることがあります。例えば、ノルウェーにおいては、ハーバーマスが1962年に公共圏を論述した『Strukturwandel der Öffentlichkeit』(邦訳『公共性の構造転換』1994年)は、1971年にいち早くノルウェー語に翻訳され、多くの学者によって研究がなされています。この著作における公共圏の大前提には、①公開(Opennness)、②議論(Debate)、③共通の関心事(Common Concern)という三つの重要な要素が存在します。また、この公共圏についてわかりやすく説明したものに「人々が公における重要な課題・自身の意見・協働による解決策を議論する公共的・社会的空間」があります。すなわち、人々は地域コミュニティの共通の関心事について議論し、地域の課題を解決していこうとしたときに、無料の原則に基づき誰もが利用できる公共図書館は地域社会においてその中核的な役割を果たすことになります。それゆえ、北欧社会においては公共図書館が政策的にも広く受容されているのです。

北欧の先進的民主主義と市民参加

それでは、公共圏を実際の図書館はどのように実現しているのでしょうか。それは、民主主義の先進国でもある北欧各国の市民参加についてみるとよくわかります。最もわかりやすく代表的な事例として、選挙前に公共図書館で開催される地域の課題について議論をするイベントが挙げられます。例えば、オスロのダイクマン図書館においては、選挙前になると市民に開かれた図書館のスペースで、地域社会の課題について議論をするイベントが開催されます。私が参加した際には、「次世代の社会人に必要なスキルと職業の創造」について議論がなされていました。ノルウェーは、北海における油田開発を契機として、20世紀型のエネルギー産業に大きく依存してきました。しかし、情報産業が隆盛しつつある今日では、従来型のエネルギー産業に依存したままではノルウェー経済が衰退してしまうという強い危機感があります。これを背景とした議論が活発になされていたのです。この議論のイベントの開催されていた時間は夕方であり、仕事や買い物帰りの市民が気軽に図書館に立ち寄って、議論に参加し、学びを深めていきました。買い物で一緒に公共図書館に連れてこられた子どもたちもまた、その議論を眺めていました。このように現実における民主主義社会の成り立ちを子どもの頃から肌で感じていることは、国の将来にとっても重要なことです。また、地方議員がこのようなイベントに参加することも多く、地方議員も市民のニーズを把握していきます。公共図書館は、中立的かつ公正な社会教育機関として、一つの政党に偏ることなく地方議員を招待しています。このように図書館の議論のイベントを通して市民と議員の距離が近くなっていくのも、北欧の先進的な民主主義を支えている理由の一つであるといえます。さらに、ヘルシンキ市図書館は、フィンランドに住むあらゆる人々の母国語によるコレクションを保有しています。そしてその数は80を超えます。すなわち、民主主義の基盤である公共図書館は知る権利を保障するとともに、あらゆる人々の社会参加を促していく必要があり、それをそのコレクションによって実現しているのです。

都市の中核機能を果たす図書館

そして、立地をみると、公共図書館がいかに北欧社会においてその中核的な機能を果たしているかがわかります。例えば、ヘルシンキ市のオーディ図書館は、人通りが少なく暗かったヘルシンキ中央駅と国会議事堂との間の地区に新しく建てられました。この図書館が開館し、夜遅くまで暗闇に光を灯すことで、人の流れを変え、地域の安全をも高めることに成功しています。北欧の長く暗い冬において、あらゆる人を受け入れる文化的基盤の公共図書館が知識の光と同時に安心の光を放ち続けることは、地域の安心と安全に貢献します。

ヘルシンキ中央駅と国会議事堂の間に建設されたオーディ図書館。
ヘルシンキ中央駅と国会議事堂の間に建設されたオーディ図書館。
オーディ図書館の三階「ブックヘブン」。
オーディ図書館の三階「ブックヘブン」。

また、ノルウェーのオスロ市にあるダイクマン・ビヨルビカ図書館(中央図書館)は、オスロ中央駅とオペラハウスの間という最高の立地に2020年に建設されました。ダイクマン図書館の中央館は、2011年の爆弾によるテロ事件が発生したノルウェーの首相府と法務・警察省庁舎のすぐそばに位置していました。テロ事件発生後、オスロ市の中心に位置していた国と市の重要な機能は海沿いに移転しつつあり、ダイクマン図書館の中央館は、ノルウェーの首都オスロの図書館としてそれらを支えるために近くに移転することになりました。それと同時に、移転先の場所は、西側の高級住宅地と東側の移民が多い地区の間にも位置しており、この二つのコミュニティの中心にあることで社会的分断の解決も目指しています。このように、北欧各国の主要都市にある図書館は活性化させたい地域に図書館を設置し、図書館を基礎に街全体を再設計することで、地域全体の課題を解決しようとしているのです。

オスロ中央駅とオペラハウスの間に建設されたダイクマン・ビヨルビカ図書館。
オスロ中央駅とオペラハウスの間に建設されたダイクマン・ビヨルビカ図書館。

文化創造のための公共空間

最後に、文化の創造という視点からフィンランドとノルウェーの公共図書館について検討します。フィンランドとノルウェーの公共図書館には、音楽、彫刻、演劇などあらゆる芸術の領域において、市民が文化を創造していく際に必要な高機能で高価な設備と充実した空間が備わっています。具体的には、三次元プリンター、二画面の高機能パソコン、刺繍機能付きミシン、レーザーカッターなどです。また、空間でいえば、音楽収録スタジオや演劇など文化を発信するためのステージが用意されています。このように、21世紀において芸術作品を創造していく人々にとって欠くことのできない公共空間がフィンランドとノルウェーの公共図書館では提供されています。

民主主義に基づいた平等で公正な高福祉国家実現のために

以上のことから、フィンランドとノルウェーの公共図書館における革新は、歴史的な積み重ねの上にあり目新しいものではないことがわかるでしょう。本稿を通して浮かび上がってきたのは、民主主義に基づいた平等で公正な高福祉国家を根底から支える公共図書館の理想像です。情報産業革命が進行し、メディア環境が劇的に変わる中で、人々の情報行動とライフスタイルも大きく変わってきています。その結果、地域のコミュニティやグループは新たなメディアを活用することで国境をも超える一方で政治の不安定化や移民の増加を招き、それが社会的分断を生じさせることになっていきました。そのようななか、北欧社会において公共図書館は、社会の中核的機関として新しい文化の創造を支えると共に、社会的分断を解決することを期待されています。21世紀の現代社会において、民主主義に基づいた平等で公正な高福祉国家を実現するためには、あらゆる人々を受け容れ、地域の課題について議論をして解決していくという公共図書館の中核的機能を着実に拡充していくことが必要となるでしょう。

【注・引用文献】

小泉 公乃

博士(図書館・情報学)。2015年より現職。専門は図書館情報学・公共経営学。ピッツバーグ大学客員研究員(2013-2015)、オスロ・メトロポリタン大学客員研究員(2018-2019)。代表的な著作は『Inherent Strategies in Library Management(2017)』。筑波大学若手研究賞(2018年度)、日本図書館情報学会賞(2018年度)。

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