コロナ禍で保育現場の仕事量が増大しています。これまで以上に保育環境の拡充は急務となっています。求められる保育環境、これからの保育所保育の方向について考えてみます。
緊張しながらの保育
新型コロナの感染が拡大するなか、保育現場は、「感染させてはいけない」、「感染しないようにしければならない」と強い緊張感で日々を送っています。マスク着用、園舎や玩具の消毒、食事中や午睡中の三密回避、保護者への個別対応等、通常保育以上の仕事量の増大で大変な思いをしています。
「保育士のマスク着用により乳幼児の様子に変化が出ている。食事の進みが悪くなったり、問いかけへの反応が鈍くなったりする事例が発生」していると、報道されています(山陰中央新報、2020年10月17日)。当該園では子どもへの影響を減らすためフェースシールドを着用しているとのことです。一方、他園の保育現場からは、フェースシールドは子どもが興味を持って外しにくるので着用しづらい、フェースシールドでは十分な感染対策になっていないのではないか、などの声も聞こえてきます。
コロナ禍での緊張と苦労は、とても大きなものとなっています。保育現場で今、問われていることを述べてみたいと思います。
保育所運営─24条1項の意義─
コロナ禍において社会福祉施設(事業)運営は明暗が分かれました。
介護・障がい分野の社会福祉制度が事業者と利用者の直接契約制度に改悪され、それら事業所の運営費は日割り等の出来高払い制になったわけですが、コロナ感染への不安等から利用者が減ったことで運営費が減収になった事業所がたくさんあります。そして、その結果、赤字運営に耐えきれず事業所を閉鎖せざるを得ないところも出てきています。東京商工リサーチは2020年10月8日、「2020年1-9月の『老人福祉・介護事業』倒産は94件(前年同期比10・5%増)で、(略)最多だった2019年同期(85件)を上回り、最多を更新した」と発表しています。
他方、児童福祉法24条1項において市町村の保育実施義務を堅持している保育所運営は、毎月1日の在籍児童数によって運営費が支払われる仕組みがあり、登園自粛で子どもが保育所を休んでも運営費は100%保障されています。コロナ禍において、正規・非正規を問わず給与削減はあり得ない、給与削減は指導監査の対象になると政府は事務連絡(2020年5月29日、厚生労働省子ども家庭局保育課他)を発出しています。保育所運営においても直接契約制度に改悪する法案は提案されましたが、2012年8月の同法案成立直前に反対運動によって撤回されたのです。その成果が今回わかりやすい形で示されました。
なお、保育所においても延長保育・病児保育等、出来高払い制の部分があり、利用者の減少によりその部分の運営費減少が発生し、職員への給与保障に困惑している保育所があります。政府は昨年度実績を踏まえた補助金を出すような対策をとるべきです。
政府方針が不明確ななかで、横浜市においては、延長保育に関しては当月の利用希望に基づいて支給することにしています(横浜市2020年6月23日および6月30日発出)。他の自治体も同様な対策をとっていただきたいものです。
社会福祉施設に働く職員の人件費等の財源は、恒久的に確保できるものでなければならないといえます。その意味で利用者の人数等によって算出される出来高払い制はなじみません。介護・障がい分野の制度を保育制度のように改善し、すべての社会福祉施設において安定的な運営ができるように改めていくことが必要です。社会福祉施設全体の改革の実現で安定した保育所運営も確実なものになっていくと思います。また保育所分野でも出来高払い制の部分は、安定的な財源保障ができるような制度に改めていく必要があります。
保育環境の抜本的改善を
登園自粛で子どもの出席が半分以下になった京都市のS保育園の保育士から聞いた話ですが、「子どもが走り回らなくなった」とのことです。子どもの人数が半減し、職員との関わりが多く持てるようになったり、園舎スペースに余裕ができて、子ども達が落ち着いて日々を過ごすようになったからだとのことです。コロナ禍で子どもが減ったことで望ましい保育ができたというわけです。この実感をもとに保育環境の改善が求められます。また感染症は今年限りのことではありません。地震等の災害も頻発していますし、今後も起こり得ます。どんな時でも子どもの安全を確保し、伸び伸びと育つ保育環境を整備しなければなりません。職員配置基準と保育所面積基準の抜本的な引き上げは最重要課題です。
ここ20年あまりのわが国の保育環境は改善どころか、待機児童解消に躍起になるあまり、保育環境基準の規制緩和策で乗り切ろうとしてきました。その歩みは表1に示したとおりです。「短時間保育士」の名の下での非正規化、無資格者の保育容認、定員外入所の推進、面積基準の緩和など、保育現場に無理難題を押しつける保育政策が展開されてきました。この規制緩和路線を180度転換していかなければなりません。
そして、保育環境の基準を抜本的に引き上げていく必要があります。表2は保育士配置基準の歩みですが、先人の努力で若干の改善はあります。京都市のように独自基準を設定し国基準を上回っている自治体もあります。しかしながらそれらの基準では決して十分なものといえません。4歳以上児についていえば、子ども30人に保育士1人といった基準は1948年当時のままです。信じがたい状況となっています。
職員配置基準について海外に目を向けると、表3のような実態となっています。3歳以上児の配置基準をはじめ、わが国の水準を大きく上回っています。保育所の面積基準の国際比較は、表4のようになっています。わが国の2倍程度となっています。
スウェーデンの保育所(正式には就学前学校)を見学する機会がありましたが、おもちゃ遊びをする部屋、お絵描きをする部屋、木工作業をする部屋など、いくつかの部屋が用意されており、子どもは好きなところに行って遊べるとのことでした。子どもの主体性を保障できる空間と人員配置がされていることに豊かさを感じました。単一メニューでの保育になりがちなわが国に比べて、大きな差を感じました。
人生の土台をつくる就学前の保育環境の拡充はわが国の喫緊の課題です。感染症対策の視点からも緊急を要する改善課題です。
コロナ禍での直面する課題─特に自治体の課題─
ここでは、コロナ禍において緊急に実施しなければならない対策について、とくに自治体の課題について述べます。
前述したようにコロナ禍において、保育現場では仕事量が増大しています。ただちにそれをカバーするために正規職員の増員が必要です。非正規職員では確保が困難だし、職員間の連携に支障をきたしかねません。国の制度改善には時間を要します。自治体判断でただちに正規職員の増員措置をとっていただきたいと思います。
保育所での新型コロナウイルス感染は避けがたい状況になっています。保育所で感染者が発生した場合は、一定期間の閉所となります。職員が感染したときは、職員は休まざるを得ないので職員の欠員が生じます。休園によって保護者に過度な負担をかけないようにすること、職員の欠員で保育に支障が生じないようにすべきです。
保育所を臨時休園しなければならない場合、どうしても保育が必要な家庭のために代替保育のできる体制を準備すべきです。とくに自治体の責務として保育の必要性に応えられるように、適切な場所(施設)と人員配置を用意すべきです。職員の欠員が生じる場合は、これも自治体の責務として保育士を派遣できるような体制を準備すべきです。
感染拡大の予防には、保育関係者のPCR検査等を自己負担することなく実施できるようにすべきです。早期の発見と保護・治療が重要です。保育所には医療スタッフの配置が義務づけられていません。感染症対策等について気軽に確実に相談できる体制整備も重要です。
今、まさに感染拡大の渦中かと思われますが、準備体制が不十分な自治体では早急な対策をとるべきです。
これからの保育所保育の方向
コロナ禍によって、保育所保育は社会的に必要不可欠なものであるとの認識が改めて明らかになりました。同時に、その保育現場が厳しい条件のなかで、保育者に過重な負担をかけ、それは子どもにガマンを強いることになっていることも明らかになりました。今回の厳しい事態を克服していくために、これからの保育所保育の方向性について言及したいと思います。
(1)保育所開所時間の短縮を
保育現場のしんどさは、職員配置基準の劣悪さに原因がありますが、保育時間の長さも大きな原因といえます。幾通りもの時差出勤、運営費補助の貧しさから非正規職員での対応等が、長時間保育を実施している現場で広がっています。このような厳しい保育現場が常態化しているなかでのコロナ禍となっているのです。保育関係者が疲弊するのも当然です。
厚生労働省『社会福祉施設等調査報告』によると、開所時間が11時間半を超える保育所は、2013年で60・9%であったものが、2018年には73・3%に増加しています。11時間半というのは、例えば7時30分から19時の開所ですが、この時間帯を超えている保育所が増えているのです。
開所時間が長くなるのは、働く保護者の労働時間が長くなっているからです。わが国の長時間労働は世界的に見ても是正すべき最大の課題です。とくに就学前の子どものいる世帯では労働時間を短くし、保育所の開所時間を短縮できるようにしていかなければならないといえます。
(2)小学校区単位での整備を
新型コロナ感染予防対策として「三密回避」が提唱されています。それを実現していくためには、徒歩や自転車で通えるよう、居住地の近くでの保育所整備、定員超過の早急な解消および保育所定員の小規模化を進めるべきです。
全国の待機児童数は2020年4月1日現在で1万2439人となっていますが、これは待機児童概念を狭くしたなかでの数値です。政府もその概念以外に潜在的待機児童数を公表しており、その数値は同年同日で7万4840人と非常に大きな数となっています。潜在的待機児童のなかで最も多いのは、「特定の保育所等のみ希望している者」で62%(4万6666人)を占めています。このなかで「30分未満で登園が可能な園を拒否した者」が多数となっています。つまり、近くで通いやすい保育所の整備が十分にできていないといえます。
定員90人以下の小・中規模の保育所を、小学校区を単位にきめ細かく整備していく必要があります。
(3)職員の待遇改善を
保育現場の大きな悩みとして、保育者を募集しても集まらないといった実態があります。保育者不足で定員通りの入所ができないといった保育所もあるようです。前述した職員配置基準の引き上げによる保育者確保が大きな課題になってきますが、劣悪な待遇を放置したままでは保育者は集まりません。
賃金構造基本統計調査によると、2019年の全産業の平均月給は33・8万円となっていますが、保育士の平均月給は24・45万円にとどまっています。保育士給与の大幅な引き上げが求められます。1つの目安として、小学校教諭並み(33・62万円/学校教員統計調査、2016年)の月給保障が必要かと思います。
(4)保育整備財源は企業主負担の増大で
保育環境の拡充には経費がかかります。その財源をいかに捻出すべきかといった課題があります。政府は「社会保障と税の一体改革」(2012年)で提起したように、保育経費は消費税によって賄うべきとの基本姿勢を持っていますが、消費税は不公平税制であり不適切です。保育経費を含む社会福祉の財源は、応能負担原則に基づく累進課税である所得税等で賄うべきといえます。
また、それとあわせて保育環境整備の経費は企業主(中小への配慮は必要)が一義的に負担する仕組みに改めていくべきだと思います。政府の経済戦略でも、人口減少時代に突入するなかで労働力(とくに安価な女性労働力)を確保するためには保育の受け皿づくりが必要であると明確に述べています。保育の受け皿を拡大することで、労働力を確保し企業主はより多くの利益を上げようとしているのです。したがって保育に必要な財源を負担すべきは、保育の真の受益者といえる企業主であるといえます。
2015年にスタートした子ども・子育て支援新制度の財源について政府で議論されたとき、「子ども・子育て勘定」として特別会計を設けてはといった話が出ていました。そのモデルはフランスの全国家族手当金庫です。そこでは、歳入総額のじつに51・4%を企業主が負担しています。この企業主負担をいかに増やすかが問われています。
現行の子ども・子育て支援法(2018年改訂、70条)において、保育経費を得るために標準報酬月額及び標準賞与額の0・45%までの事業主拠出金が徴収できるようになっていますが、この仕組みをより一層拡大していくことが重要といえます。