コロナ禍の下で全国の民間保育園がいかに保育を継続し、社会的使命を果たしてきたかの一端を紹介し、そこで明らかになった重要な事柄を三つに分けて述べます。
当初の戸惑いと工夫
突然の学校休校要請と引き続く緊急事態宣言で、保育現場でも出勤可能な職員が減る中、どうすれば感染防止と保育の必要な子どもの受け入れを両立できるか、さまざまな工夫が編みだされました。卒園式、入園式のやり方、食事のとり方、お昼寝の仕方、会議の持ち方、長期の休みに入った家庭の支援など、挙げればきりがありません。
各自治体の対応は、原則休園、自粛協力要請、原則開園などさまざまでしたが、どの場合でも、その保護者の仕事で支えられている医療・福祉・流通・交通・食品加工などを止めないために、またその仕事を失っては生活できない保護者のために、保育現場は使命感をもって保育にあたってきました。自分がクラスター源になることを恐れながら、保育を止めることはしませんでした。
緊急事態宣言解除後も、プールや遠足、運動会など、なんとしても子どもたちの体験を奪うまいと、いろいろな実践が積み重ねられています。表情をマスクで覆ってしまうことのマイナス影響を避けるため、透明のフェイスシールドを使うことも模索されています。
三密を避けろと言われても、子どもを育てる営みから「密接」を取り除くことは不可能です。子ども同士のかかわりを否定するに等しい「密集禁止」もできることではありません。せめて「密閉」だけは厳密に避けながら、いつもの5割以下に減った子どもたちを、いつもの広さでゆったり保育することの自然さをわたしたちは実感しました。
ある保育園では、「今までかたまりで聞こえてきていた子どもたちの声が、一人一人はっきりと聞き分けられた」と表現されました。多くの保育園で、「寝食分離」が実現していました。
明らかになった三つの重要なこと
明らかになった三つの重要なこと
第一に、この事態をくぐって保育という営みが、この国の生産や流通を支える不可欠の社会インフラであることが、今更のように認識されました。そして私たちの保育労働がエッセンシャルワークと呼ばれるもののひとつであり、おしなべてそれらが社会的地位の低い低賃金不安定労働によって支えられていること、そのエッセンシャルワークが支えたのもまたエッセンシャルワークであった、という構造があぶり出されました。
*エッセンシャルワーク:人々が生活する上で欠かせない職業。医療、福祉、農業、流通、小売、販売、公共交通機関など。
とりわけ介護・障がい・保育の分野は、家庭内の無償労働の延長線上にあり、多くの女性を私的奉仕から解放したと同時に女性労働の現場ともなりました。これが、今日の低賃金不安定労働、社会的地位の低さの背景をなしています。それでも、保育所が働く女性の権利の砦であったことを、多くの人に思い出させたこと、これが第一の重要な点です。
公的保育制度の重要性
第二は、児童福祉法上に市町村の公的責任がうたわれた保育所制度の重要性が、あらためて浮き彫りになったことです。障がいや介護の分野では、災害や今回のような感染症によって利用者が減ると、その分だけ報酬も減るという、完全出来高払い制度が導入されています。これでは福祉事業の継続性が担保されず、経営不安が広がります。
保育分野はかろうじて「認可保育所」だけが福祉法上の公的保育制度として存続しており、在籍児童数に応じて公定価格が支弁される、本来の福祉制度の在り方の根拠となっています。「企業主導型保育」も地方自治体の「認証保育所」もすべて認可外、「認定こども園」や「地域型小規模保育施設」は子ども・子育て支援法による直接契約の認可施設です。
国は、認定こども園の配置加算を優遇して強烈なインセンティブ(動機づけ)を組み込みました。また、劣悪な基準の地域型保育事業や〝国立無認可”ともいえるような企業主導型保育事業に税金を注ぎ込み、三歳以上児の保育料「無償化」をすべての認可外施設に適用することによって、保育所が「公的」であることの意味を事実上消し去ろうとしています。
もともと貧困すぎる公定価格
第三は、その児童福祉法が定める「最低基準」が、あまりにも貧困なことです。そもそも保育所にかかる経費は、内閣府と厚生労働省の連名で出される「○○年度における私立保育所の運営に要する費用について」という通知で毎年定められています。子ども一人当たりの保育費に当たる一般生活費や、事業にかかる管理費があまりにも低額であることは今回は論じません。保育職員の給与がどう規定されているかを表で見てください。
国家公務員福祉職俸給表の2級33号、というのが私たち民間保育園長の格付けです。国家公務員の格付けでは2級は主任職です。施設長なら5級以上でなければなりません。また調理員は栄養管理やアレルギー管理を行うので多くが有資格の栄養士ですが、たいへん低い現業職の位置づけです。
この少ない費用を、低い配置基準の職員数分積算して、利用定員で割ったものが公定価格です。周知のように、0歳児3人、1・2歳児6人、3歳児20人、4・5歳児30人をそれぞれ一人で保育するという、現実には不可能な配置です。しかも11時間の標準保育時間を8時間労働分の公定価格でカバーしているのです。全国の民間保育園は、最低基準の1・8倍程度の配置でなんとか保育を維持しています。
コロナ禍が期せずして教えてくれたのは、施設基準も現行の倍程度でちょうどいい、ということです。
保育所最低基準(配置基準と施設基準)を倍に引き上げ、給与格付けを大幅に見直して、公定価格を抜本的に改定する必要性、これが第三の重要な点です。
おわりに
厚生労働省の統計では、5月の妊娠届数が前年同月比17・1%も激減していることが報告されています。コロナ禍の不安によって、ますます子どもを産めない事態になってきていることが推察されます。
公衆衛生の安全網、父親も含めた育児休業と時短、公的責任の下で高い基準をクリアする保育制度がいつでもだれでも使えること、これらは、この国の存続にとっての必須条件になっているのではないでしょうか。
志ある民間保育園は、公的保育制度の維持発展のために、日々闘っています。そして、社会福祉全体を「自助」ではなく「権利」の土台の上に据えなおすため、高齢・障がいの分野と一緒に社会福祉経営全国会議を結成して新たな発信を始めています。