【対談】新春対談 コロナ禍のもとで地方自治の未来をひらくために


自治体は、国任せではいけない。問題も解も現場にある。地域にとって、住民にとって何が大事かつねに考えること。そして、議会でぜひ住民を巻き込んだ議論をしてほしい。

かたやま よしひろ氏
かたやま よしひろ氏
おかだ ともひろ氏
おかだ ともひろ氏

国・自治体は新型コロナウイルスにどう対応してきたか

感染症対策を考えていなかった保健所─◎

岡田

あけましておめでとうございます。

片山

はい、おめでとうございます。

岡田

昨年来、コロナ禍が世界、日本を襲い、国内では「第3波」の到来で、医療現場も、地域の経済・社会も、自治体財政も大変厳しい状況になってきています。今年は、改めて地方自治体のあり方、あるいは国のコロナ対策と地方自治体の関係、そして、何よりもいかに住民の命と暮らしを守るかが焦点になる一年になるように思います。

片山先生が昨年末に出版されました、『知事の真贋』(文春新書)を拝読させていただきました。とても共鳴するところが多く、そのあたりから、まずはおたずねしたいと思います。

安倍政権の下で、昨年2月から全国一斉休校宣言とか、あるいは「アベノマスク」、「Go To トラベル」というような対策が行われてきたわけですが、それが果たして感染症対策、あるいは地域社会の持続性という点で効果があったのかどうか、この点からお話をおうかがいしたいと思います。


片山

他の施策を打っていたらどうかが検証できませんので、感染症対策として「効果があった」「ない」という話はできないのですけれど、評論家の船橋洋一さんがやられているコロナ民間臨調(新型コロナ対応・民間臨時調査会)ではかなり厳しい評価をしていますよね。第一波に際して、いろいろな政策は総じて場当たり的だったけれど、ただ結果としてうまくいってラッキーだったと。それが、私なんかも受け入れやすい評価かなと思います。ただ、プロセスを見てまして、気になることがいくつもありました。まず、中枢に専門家がいない。これは科学的知見を欠く一つの大きな要素でした。

それから、広く議論をするというプロセスを欠いていました。国会での議論もしなかったし、マスコミとの対話、取材を通じた議論も専門家との議論もなかった。それから現場を軽視する。これでうまくいくはずがない。

だから、いろいろな施策が場当たり的になった。結果が何となくうまくいったというのは、コロナ民間臨調がいうようにラッキーだったのかなと思います。

岡田

京都大学の山中伸弥さんが言っている「ファクターⅩ」のようなものがあって、日本の感染者数や死亡者数が欧米と比べるとかなり抑えられていることを、おそらく「ラッキーだった」と言っているのでしょうね。でも、今後どうなるかは分かりませんし、これまでのやり方に対するきちっとした総括がなければならないと思います。さらに医療現場は疲弊してきているし、先生が著書の中でご指摘のように、保健所は、地域保健法の制定後、かなり統廃合されて、かつ分権化のなかで、県から中核市等に下りてきています。けれども検査能力がない中でのことです。新型インフルエンザ等対策特別措置法では知事に大きな権限を与えていますが、それがきちっと機能したかどうか疑問です。

片山

一般論としてはおそらく、保健所は乳児健診とか健康指導といった、いま市の保健センターでやっているようなことを念頭に置いていて、感染症がまん延するかも知れないというリスクをほとんど考えていなかった。

岡田

やはり、そうですか。

片山

ですから、感染症の問題が出てきた時には、保健所の機能を見直す必要があると思いますね。乳児健診とか健康指導はともかく、感染症の場合はもう少し違った体制や仕組みを再検討する必要があると思います。

岡田

そうですね。京大医学部の公衆衛生分野の研究者の皆さんとも研究会をしているのですが、保健所だけではなくて、医学部の養成課程のところで感染症分野の研究者が少なくなってきているそうです。かつ病院でも、感染症病床が減らされている。あるいは厚生労働省が、医療費等々の手当てをしていないので、感染症リスクに対応できる余力を持った病院経営になっていないだけでなく、さらに削減する計画を維持しています。こうしたこれまでの弱点を、コロナが突いてきたと感じています。

その中で、先生の今回の新書では、コロナに関わる問題を勉強しながら現場に即した形で適切な判断をしていったということで、例えば和歌山県の仁坂吉伸知事を評価されておられます。他方で、「国待ち姿勢」で、現場をみない知事も残念ながら多くいたと思います。法制度上は知事に権限を与えながら、そういう形になってしまうという問題。このあたりを先生はどう評価されているのでしょう。

片山

いま挙げられた和歌山県の知事は、この度の感染症が流行する前から保健予防行政には強い関心を持たれていたんです。そういう知事だったので、保健所などの組織と人を掌握していたんだと思います。

岡田

なるほど、そうでしたか。

片山

だから今回の新しいコロナ対策という難しいオペレーションで、自ら陣頭指揮を執ることができた。珍しいケースだと思います。

大半の知事は、まずこの分野には関心がないんですよね。最近でこそ保育所の問題だとか児童虐待だとか、世の中で騒がれるようになったので、関心を持つようになった人もいるけれども、そうでない限りは実態としてほとんど国任せなんですよ。

岡田

それが、実情なんですね。

片山

厚生労働省関係の分野は苦手な知事が多いところにコロナが来たわけですから、最初から厚生労働省任せというか指示待ちになっていたところが多かったように思います。だからPCR検査でも、検査対象や検査件数の拡大を考えなきゃいけないのに、国の示した基準通り、「発熱37・5度以上が4日間続かなければ検査しない」という杓子定規なことを受け入れてきたんですね。

岡田

それは、どうしてでしょうか。

片山

私はこういう状態を見ていて、やっぱり地方自治の現状に問題があると思いますね。知事は誰がなるか分からないわけだから、本当は誰がなっても、こういう基礎的な、重要な業務はつつがなく運営されなければいけない。ところがそうなってないから、たまたま和歌山の知事みたいに、この分野に関心がある県はあれだけスムーズにいったけれども、そうでなければ国に押されてしまう。

岡田

そうなるのは、当然ですね。

片山

本来ならば、議会に英明な議員たちが何人もいて、「重要な分野がおろそかになっている」「感染症対策は重要だから、組織に専門家を配置しておかなきゃいけない」といった発言が日常的になされていれば違います。地方自治の現状には改善すべき課題があるように思われますね。

“現場主義”はとても重要─◎

岡田

先生は鳥取県知事時代の2000年に、鳥取県西部地震に遭遇されました。その際、いち早く現場の状態を把握されて、すぐに住宅再建のための支援制度を作られました。当時、国は住宅再建支援をしていませんでした。なぜ、それができたのでしょうか。

片山

問題は現場にあるわけで、現場の視点で考えるということを私自身も心がけてたし、職員にもそういう話をしてきたんです。そしてあの災害の現場に行ってみると、被災者の大半は高齢者ですから、高齢者の皆さんが安心してこれからも地域で住み続けられる環境を作ることが一番重要だな、と。そのためには、一カ所に隔離するかのごとく集めて災害復興住宅をつくるんじゃなくて、いままでのコミュニティを大事にしてあげるのが一番いいなと。幸い田舎のことですから、そういうことが可能なわけですよ。

岡田

そういうことだったのですね。

片山

それは私だけではなくて、一緒に行った県庁の幹部たちもみんなそういう認識を持つわけです。だから、あれは理論的に考えたわけじゃなくて、現場で最適な解を探そうとした。だから現場主義はとっても重要です。

今度も経験者もいないし、官邸にも専門家がいないわけで、だったらまず現場に聞く。

岡田

それが基本ですよね。

片山

いままでの霞が関の流儀というのは、現場よりも自分たちが偉いんだっていうような錯覚をしていますから、その悪い一種の生活習慣が、今回裏目に出たと思いますね。

都道府県と市区町村の関係の再検討─◎

岡田

同感です。次に、国・県の話から基礎自治体の話に移りたいと思います。現場に視点を置いた施策という点では、東京都世田谷区の保坂展人区長が、独自財源を確保しながら大規模な社会的検査を始めておられますよね。区長に直接お聞きしたら、病院行政は都の所管なので、直接自分たちのところは情報が来ない。それでは対応できないので、独自に保健所と区役所と医師会の協議会を作って、状況を把握しながら対応することをやっているということでした。先生は、この世田谷区の取り組みをどう見ておられますか。

片山

私はじつは両様の評価をしているのです。世田谷区のような保健所設置自治体では、保健所がまずPCR検査の窓口になるわけですから、保健所が本当は必要な検査を十分やるのが理想なんですよ。ところが世田谷区も、最初は目詰まりを起こして、さっきの「発熱37・5度以上、4日間以上」に多分縛られていたんだと思います。「37・5度以上、4日間以上」というのは、地方自治の文脈でいえば法令に根拠のない助言です。助言だったら聞いてもよし、聞かざるもよし。もちろん検査機関のキャパの問題もありますが、PCR検査を増やそうという動きをもっと早くからやってもよかったという気はするんです。世田谷区は、途中から気がつかれて、国や都任せではいけないと独自に動き出したので、そういう意味で評価できます。だからアンビバレントだと思うわけです。

岡田

なるほど、そういう意味なんですね。

片山

例えば東京都内でも、多摩地域の多くの市では、保健所は都の保健所だから、保健所の情報が市に入ってこない。保健所の機能もない。やむにやまれずに、独自に検査を始めたところ、独自のPCRセンターを設けて途中から拡大したところもあります。そこは私は立派だと思います。

岡田

法制度的には、そうですね。私も大阪や京都でいろいろと自治体の話を聞いていると、大阪で新しく中核市になった自治体の保健所は、独自検査ができず、大阪府の情報にほとんど頼ってしまっていて、市の関連部署とは、情報が共有されていないということでした。そういう話を聞くと、やはり、都道府県と市区町村の関係をもう一度再検討していくことが必要だと思います。

片山

このたびのことを踏まえて大いに見直すべきだと思います。しかもそれは、下手したらまた国主導で、現場から離れた所でやられかねないので、現場の状況を見て、現場の実態を踏まえて、現場の苦労話も聞きながらやらなきゃいけません。

知事とか議会の立場で言いますとね、保健所の組織は何となく借り物なんです。

岡田

そういう実態があるようですね。

片山

東京都もそうですが、区立の保健所は都任せみたいになっているところがあるんです。自分が陣頭指揮をとるんだという意識がないところもある。やはり区立になったり中核市の市立になったら、責任をもって、目をかけてね、下りてきた保健所がちゃんと運営できるようにしなきゃいけませんね。

だから市長に聞くとね、「こんなことなら自分のところで保健所を持った方がいい」という人と、「いや、実力から言って無理です」という人がいるんですよ。だったら、持たないことを前提にして、もう少し都と市の保健センターの連携がうまくいくような、そういう情報の流通、共有がなされなきゃいけません。

「ポスト・コロナ」時代─地方自治の未来をひらくために

自治体なのに自治意識がない─◎

岡田

いまの話とも関係しますが、二つ目の大きな柱に移っていきたいと思います。

コロナ感染症が広がるなかで、第32次地方制度調査会答申が昨年6月末にまとまり、安倍首相に手渡されました。そのあとの菅政権は、基本的に安倍政権の政策を継承すると宣言しています。地方制度改革の中身を見ますと、「自治体戦略2040構想」の枠組みを踏襲した形で、地方制度調査会でオーソライズしてるように見えるんですが、先生はこの答申をどう見ておられますか。

片山

やはり圏域行政をやりたいんでしょうね。そのためにわざわざ「2040構想」のための研究会をつくって、そこで当時の総務省の幹部が考えている通りの案をつくる。それは一種の私的な機関ですから、地方制度調査会でオーソライズしてもらうという段取りだったんだと思います。ただ総務省にしてみれば、ちょっと目算が狂ったと思います。一つは「自治体戦略2040構想研究会」での検討のプロセスの実態が暴かれてしまったんですよね。

岡田

そうです。新聞で暴露されましたね。

片山

毎日新聞が報じていますが、何のことはない、当時の局長の発言がそのまんま結論に導かれてるんじゃないかというのと、もう一つは、「議事録がない、ない」と言っていたのに……。

岡田

結局、出てきましたね。

片山

隠してただけですね。それからこれは公の証言かどうかわかりませんが、ある委員が、「訳が分からないうちに決まった」と言ったとかね。そういうのがばれちゃって、そこで勢いを失いましたね。

そこに全国市長会とか全国町村会、特に全国町村会から「とんでもない案だ」という反発も出たので、地方制度調査会の委員たちも、多分「総務省の言いなりになるのはまずいな」というので多少トーンを緩めてますよね。

岡田

法制化まではいきませんでしたね。

片山

総務省からすると、ちょっと当て外れということになったんでしょう。ただそれでも諦めていませんから。法制化されなくても、制度的にそっちの方向に追い込むことを考えているでしょうね。

岡田

私もそう見ています。例えば菅政権がデジタル庁をつくるとしていますが、主要業務の一つとして、地方公共団体を含めたシステム統合をやるとしています。また、住民のビッグデータを民間も活用できるように、個人情報保護条例を統一した基準にしたいと、政府はタスクフォースを作って、8月末に提言を出しています。あるいは「地域の未来予測」という、新しい計画行政的なものを持ち込んでいます。情報化そのものは必要なところもあると思いますが、個人情報も含めて市場の対象にしていくいという「公共サービスの産業化」政策とつながって広域連携がいわれているように思ってしまうのですが。

かたやま よしひろ氏
かたやま よしひろ氏
片山

それはもう、デジタル化が菅政権の下で進められるだろうから、それをてこにして、なんとか圏域構想の実現に結び付けられないかと役人は考えますよね。で、個人情報保護条例とか、情報公開条例の話は……。

岡田

知事の時に取り組まれたものですね。

片山

これは自治事務だから条例で律するわけだけれど、現在の状態の何がいけないか、どんな不具合があるか、そこのエビデンスから議論をしなければいけないですよね。

それが、自分で決められないから知事会で決めてくれ。で、知事会で議論したけどまとまらないから国に決めてもらおう、というような噴飯物の結論を出したりとかですね。

岡田

そういうことも、ありましたね。

片山

そういう非常にお粗末な議論をしているところに、「個人情報保護条例とか情報公開条例がバラバラだから統一しましょう」というのは、何かかけ離れた議論のような気がします。もうちょっと法律に基づく行政の原理に従い、自分のところの条例に照らせば、うちは公開すべきなのかどうなのかを吟味して決めればいいのですが、みなさん、自分のところの条例に基づいて行政をやるという意識がないんです。

岡田

自治体の首長だけれども、自治意識がないというのは、本当に困ったものです。

片山

もともともらい受けた条例案ですし、条例準則のようなものが流れてきて、そのまま自分のところにあてはめた自治体が多かったんですね。

“地方の植民地化”が進んでいる─◎

岡田

もう一つ、答申を読んで気になったのは、「公・共・私の連携」や「新しいパートナーシップ」をかなり押し出していて、例えば連携計画とか、あるいは「地域の未来予測」などでも、民間企業の参画をもっとやるべきではないかとしている点です。公務員の数が減っていくわけだから、民間企業やNPO等をどんどん活用すべきじゃないかという書きぶりにもなっています。

「2040構想」では、シェアリングエコノミー*の活用とも書いていますが、ウーバーイーツ*と同じようなものを公務の職場に取り込むことまで書いていました。これは、これまでなかった特徴だと思います。

*シェアリングエコノミー:物・サービス・場所などを多くの人と共有・交換して利用する社会的仕組み。カーシェアリングをはじめ、ソーシャルメディアを活用して個人間の貸し借りを仲介するさまざまなシェアリングサービスが登場している。

*ウーバーイーツ:アメリカ合衆国サンフランシスコに拠点を置くウーバー・テクノロジーが展開しているフードデリバリーサービス。2016年に日本でもサービスが開始された。

片山

私は、自治体の側がこういう答申は無視したらいいと思いますよ。霞が関の劣化を反映したような答申ですから。

岡田

なるほど、そうですね(笑)。

片山

要するにね、「地域の未来なんか、あんたたち守んなくていいよ、東京のコンサルが考えてくれるから。そんなつまんないこと考えないで、言われたとおりにやんなさい」と。自治の一番の基礎の部分、要するに自分たちの地域のことを自分たちが真剣に考えるという作業工程をないがしろにするようなことを、平気で言うんですね。

岡田

そういう姿勢が見え見えです。

片山

例の地方創生の時の総合戦略なんかも、コンサルに頼んだら、みんな金太郎飴みたいなのが出てきたじゃないですか。総務省の官僚も変わったなと思うんです。いまや官僚の多くが東京出身ということもあり、東京のコンサルの方が親しみがあるんですかね。ちょっと邪推かも知れませんけれども、地方の自治体のことなど真剣に考えていないような印象を受けることがあります。

岡田

それはありますね。地方に行って話を聞くと、地方創生総合戦略もそうですし、人口ビジョンもそうですが、やはり東京のコンサルが受注した。自治体の情報システムの受注も、それまでは地元のIT系のソフト会社が受注していたものが、規模が大きくなると結局大手のIT企業が東京からやってきて取ってしまう。その結果、地域の産業としても情報産業が成り立っていかないという事態になっています。東京一極集中がそれでまた加速していくという側面もあります。

片山

私は地方の植民地化が進んでいると思いますよ。

おかだ ともひろ氏
おかだ ともひろ氏
岡田

「植民地化」。なるほどそうですね。

片山

例えばね、持続化給付金なんて一昔前なら、商工会議所とか商工会を通じてやったはずです。それが伝統的なやり方ですよね。「伝統的」というのは、別に悪い評価をしているわけじゃなくて、やはり地域の商工業者の実態ならば、それは県とか市町村とか、商工会や商工会議所がよく分かるわけです。

ところがこの仕事を例えば大手の広告代理店と組んで、全部東京を司令塔にしてやるわけです。「Go To トラベル」ならやはり大手の旅行業者とか。で、地方は考えることもないし、制度設計からもはずされる。

岡田

はい、それが問題ですね。

片山

どうも経済産業省だけでなく中央官庁の人たちが、「東京族」として地方を植民地と見ているように思えてしまいます。地方の方ももっと考える力を持って、総合戦略なら、東京のコンサルに委託しないで自分で考えよう、と私なんかは思いますけどね。

岡田

コロナの実態を見れば地域ごとの違いが明確ですから、そこを出発点に、ご指摘のように現場を重視しながら、自らやるべきことをやっていくことが大切ですね。ある意味、そんなに難しいことでもないように思います。仁坂知事の行動にしろ、あるいは鳥取県西部地震の際の先生の判断にしろ、そういうことを感じるわけです。そこを無理やり、「Society 5.0」とかよく分からない言葉で、市場をつくるために活用しようとする。「惨事便乗」型政治という側面が強いのではないかと思うんです。

片山

だから自治体の方もしっかりして、訳の分からないことを言われたら放っておくぐらいの実力と気概を持たなければいけません。どうも最近、中央の方ばっかり見て、中央から出てくる情報とか仕組みなどをいち早く咀嚼して、それで全国に先駆けて自分のところに導入しようとか、あれを引っ張って来ようとか、そういう何か嘆かわしい、あさましい姿が本当に目につきますね。

地域のことを自分たちで考える場をつくる─◎

岡田

そのように見えますね。最後の柱に入りたいと思います。こういう現状を踏まえたうえで、どういう地方自治体をこれからつくっていくべきなのか。そのあたりの展望的な話をおうかがいしたいと思います。

片山

いま自治体とか地域のレベルのことで言いますとね、自分たちの地域、町のことを自分たちで考えて課題を共有し、その解決に向けて施策を考えるという、こういう共通の土俵、場がないんですよね。ところが「東京」の人たちはね、一生懸命考えているんです、自分たちの役所の権限を増やすにはどうすればいいかを。

岡田

はい。霞が関の方はそうですね(笑)。

片山

霞が関の人たちは地域のことはよく分からないのに、それらしいことは考えるんです。ソサエティ何とかだとか。

ところが地域の方は、自分たちの地域のことを真剣に考えなきゃいけないのに、考える場、プラットフォームがないんですよ。「考えない人」と「考える人」だったら「考える人」が勝つんです。これからは、地域のことを自分たちで考える場をつくらなければいけない。それはどこかというと、本当は議会なんですよね。アメリカの自治体議会なんかを見るとそのことがよく分かります。

日本の議会は首長が出したものを「うん」と言うだけで、それがいいか悪いかを住民の視点に立って点検する機能を果たしていない。

典型的だと思ったのは、TPPを地域としてどう受け止めるかという論点があったんですが、日本は議会で、住民を巻き込んだ議論はしていない。議会が反応したのは、「農業への影響が心配なので、それを最小限にしてくれ」という決議をしたところが結構あります。地域の農業が心配だというのは、農業団体の中枢から下りてきているんですよ。

岡田

全国農政連のようなところですね。

片山

それから自民党からも、石破さんが幹事長のとき、そういう決議をしたらどうですかと。これは余談ですけど、「絶対反対」という決議じゃなくて、農業への影響が少ないようにしてくれと。それだったら自民党は対応できますから、それでひな型を作ったわけですよ。それをもらい受けて議会が決議するわけで、自分で考えたわけじゃない。

岡田

それが実態なんですね。

片山

じゃあ、TPPが地域に与える影響って農業だけかと言えば、例えば地産地消がやりにくくなるとか、労働者保護とか環境政策、医療、保健、衛生政策など、ローカルルールが壊されかねない危惧があるわけです。

そういう問題を包括的に考えなきゃいけないのに、国から「農業だけだからね」と言われて狭めてしまった反論しかしてない。

岡田

実際、そうでしたね。

片山

アメリカのシアトル市議会では、市民が連日次から次へと議会で発言する。それを議員さんが聞いていて、最後に出した結論は「反対」だったんです。シアトル市議会は全員一致でTPPに反対した。主たる反対理由は、外国の企業によって市の自治が蹂躙されかねないから。農業のことじゃないんですよ。

岡田

ISDS(投資家と国家の紛争処理)条項とかが入ってきたら、それこそです。

片山

シアトルなんかはボーイングもあるし、マイクロソフトもあるし、スターバックスもある。そういうグローバル企業が集積したところなのに反対した。住民が次から次へと不安を述べたからですよ。

だから議会がもうちょっと地域の意見を集約するような機能を果たしてもらいたい。いまの議会は、多数派の人はみんな首長の方を向いているわけで、首長の歓心を買うために「俺らは与党だ」とか言ってね。あとの少数派はいつも反対。とても不毛な議会です。ここを変えないと、地方は東京に蹂躙されっぱなしで植民地化が進むだけです。

住民が発言できる機会を設けてほしい─◎

岡田

私が度々訪ねている長野県阿智村という人口約6000人の小さな村は、議会で決めたことは議員自身が地区を回って説明し、質問があれば議員が答える取り組みをしていました。その背景には、公民館活動が活発で、学びの機会に住民が随分参加してきていることがあると考えています。先生は、住民の視点から見て、どういう自治体づくりがこれから求められていると思われますか。

片山

阿智村は、たしか星がすごくきれいなところですよね。

議会が決めたことを自分で説明責任を果たすのは、当然のことです。ところが全国どこを見てもそれができてない。何を決めたかすら自覚してないところが多いのです。

岡田

そのような傾向がありますね。

片山

だから阿智村は一歩前進です。ただ、欲を言えば、議会が決める前に、「質問とか意見のある人は、住民の発言機会を設けますから、一人三分以内で言ってください」と。そういう場を設けたらいいと思うんです。

岡田

シアトルのような形ですね。

片山

シアトルでは、アジェンダ(議事日程)をネットに掲げて、議案と議案説明書もダウンロードできるようになっていて、事前にネットや電話で登録しておけば発言の機会が与えられます。それがみんなで地域の問題を考える場になるんです。だから阿智村はあと一歩ですね。

岡田

はい(笑)。ひょっとしたらやっておられるかも知れません。確認してみます。

片山

議会改革の一環として、挫折して困っているのが議会報告会という場なんです。数回やったらほとんど来なくなる。なぜかというと、「今さら意見を言っても結論は変わらないんでしょ」というのが一つ。もう一つは、聞いてもちゃんと答えてくれない、説明責任を果たしてくれないと。そんなことなら行政の人を呼んで聞いた方がよっぽどましだと。

岡田

そのほうが正確に言ってくれる(笑)。

片山

ぜひやるべきは、決める前に時間をとって意見を聴く機会を設けること。それを踏まえて「なるほど、あの人の言うことは正しいな」と思ったら議案を修正するとかね。

自治体職員の使命─◎

岡田

この『住民と自治』の読者には自治体職員が多くいます。最後に、メッセージを一言、お願いします。

片山

いま大変だと思います。国も自治体も上の方が長いものに巻かれる人が多いから。けれども、常に地域にとって、住民にとって何が大事か考えるようにしてください。結果的に、日の目を見ないことも多いでしょう。でも、まず現場から言わなければ物事は進みません。一つは住民のみなさんのためにこの政策はどうかという点検を常にする。もう一つは、政府や県がいろいろ言ってきた時に、それが法令にちゃんと適合したものかチェックをする。最近法律を無視したような政策がとても多いです。

岡田

本当に、多いですね。

片山

国や県から来た通知をそのまま真に受けて、自治体が最前線で法律に違反することをやっていることがあるんです。

だから、まず自分たちがこれからやろうとしている施策が法令にのっとっているかどうか、法令に悖っているのではないか、という点検をぜひやっていただきたい。それが私は、現場に近いところにおられる職員のみなさんの重大な使命だと思います。

岡田

もう一度、法令に基づいた法治国家を、地域、自治体から再構築していくことが必要ですね。今日は、とても中身の濃いお話をたくさん聴けました。お忙しいところ、誠にありがとうございました。

(2020年11月27日、オンラインにて実施)

片山 善博

1951年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業後、自治省(現・総務省)に入省。1999年から鳥取県知事(2期)。2007年4月、慶応義塾大学教授。2010年9月から2011年9月まで総務大臣。同月、慶應義塾大学に復職。2017年4月、早稲田大学公共経営大学院教授。著書に『知事の真贋』(文春新書)、『地方自治と図書館』(共著:勁草書房)など多数。

岡田 知弘

1954年富山県生まれ。京都大学大学院経経済学博士後期課程退学。岐阜経済大学講師を経て2019年3月まで京都大学大学院経済学研究科教授。専攻は地域経済学、農業経済学。主な著書に『地域づくりの経済学入門 増補改訂版』『公共サービスの産業化と地方自治』(共に自治体研究社)など多数。