NPO法人情報公開クリアリングハウスは、2020年10月28日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下、専門家会議)に関する情報公開訴訟を東京地裁に提起しました。全部開示決定の取り消しを求めるというわかりにくい訴訟なので、何が問題になっているのかを紹介します。
新型コロナと歴史的緊急事態
専門家会議は2020年2月に政府新型コロナウイルス感染症対策本部決定で設置されたものです(同年7月に廃止されて分科会に移行)。感染防止のためいわゆる「三密」を避けることや、感染拡大予測などを示して人々の行動変容を求め、時には政府の政策判断と異なる見解を示すなど、その社会的影響力は専門家会議メンバーが意図したか否かは別にして大変大きなものになりました。一方で、設置当初から議事概要は作成・公表するものの、誰が何を言ったのかがわかる議事録は作成しない方針で会議が行われてきました。これだと検証性に欠くと問題が指摘されてきましたが、政府は適正に記録は作成されており問題ないという見解を示してきました。
この政府の見解には根本的な問題がありましたが、その原因となったのが、新型コロナ対応を公文書管理法のもとにある「行政文書の管理に関するガイドライン」(以下、ガイドライン)の定める「歴史的緊急事態」に指定したことでした。
「歴史的緊急事態」とは、国民の生命、身体、財産に大規模かつ重大な影響や被害を生じさせるような事態を指します。該当する場合は、①政策決定・了解を行う会議等と、②政策決定・了解を行わない会議等とに分けて記録作成義務が定められています。①の場合は「議事の記録」(誰が何を言ったのかがわかる記録)が、②の場合は活動記録(活動の進捗状況や、確認事項と構成員等が具体的にとった対応などを記録)の作成が義務付けられています。これは、東日本大震災で政府対応の記録が一部未作成だったことを契機にガイドラインが見直され、通常よりしっかり記録を残すために定められたものでした。
歴史的緊急事態とすることで後退した記録作成
政府は、専門家会議は②に該当するので、誰が何を言ったのかがわかる記録が作成されていなくても問題ないとしてきましたが、これは大きな間違いでした。なぜなら、ガイドラインは歴史的緊急事態か否かにかかわらず、「懇談会等」に該当する会議は常に「議事の記録」の作成を義務付けているからです。専門家会議は「懇談会等」に該当し、平時には作成されるはずの「議事の記録」を、歴史的緊急事態だから作成しないと政府は説明したことになりました。通常より記録をしっかり残すための歴史的緊急事態の指定が、記録作成の後退を招くという矛盾した状況を生んでしまったのです。
長らく国会でも専門家会議は①か②のどちらなのかが争点となり、報道も同様で、平時でも「議事の記録」の作成義務があるということが理解されるようになったのは、5月に入ってからでした。6月1日になって菅義偉官房長官(当時)が記者会見で問われ、専門家会議は「議事の記録」の作成が必要と認めるに至りましたが、ガイドラインに沿って適正に記録を作成しており問題ないとする従来の説明は撤回しませんでした。その代わり、「議事の記録」が「発言者と発言内容が1対1対応でないこともあり得る」ので、「議事概要を作成すれば問題ない」との説明を始めました。
「議事の記録」とは何か
ガイドラインは、「議事の記録」を「開催日時、開催場所、出席者、議題、発言者及び発言内容を記載したもの」と定義しています。「議事の記録」の定義は、2014年のガイドライン改正で設けられました。出席者に加えて「発言者及び発言内容」を記載することを求めているのが要点です。
この趣旨について、改正を議論した公文書管理委員会で内閣府公文書管理課長が、「結論だけ書くのではなくて途中の議論の過程、この人がこう言って、それで結果としてこうなりましたということが分かるような形で書いてもらうということです」と説明した議事録が残っています。1対1で発言者と発言内容がひも付いた記録であることは疑問の余地のないものであったはずですが、新型コロナという歴史的緊急事態に、解釈を歪めて記録作成義務の範囲の後退を、菅官房長官が政府公式見解として述べたことになります。
当初は専門家会議の記録作成問題という個別の問題でしたが、菅官房長官の示した政府公式見解は、専門家会議以外の、「議事の記録」の作成が義務付けられているすべての会議の記録作成にも影響しかねない問題になりました。
歪んだ解釈を正すための挑戦
これを看過することは弊害が大きいと判断し、情報公開クリアリングハウスは、6月3日付で専門家会議についてのガイドラインの定める「議事の記録」を内閣官房に情報公開請求しました。何が専門家会議の「議事の記録」に該当すると政府が判断しているのかを、法的な責任の下に明確にさせるためのものです。8月3日付の決定は、専門家会議の議事概要と配布した資料を特定し、全部開示というものでした。
そこで、発言者と発言内容がひも付いていない議事概要は、ガイドラインの定める「議事の記録」に該当しないので、全部開示決定は請求対象文書の特定を誤っており違法であるため、私たちは全部開示決定の取り消しを求める情報公開訴訟を提起しました。請求対象文書の範囲を争うことで、ガイドラインの定める「議事の記録」が何かを争点にし得るようにした裁判です。
2021年1月15日に第1回口頭弁論がありましたが、国の答弁書は「認否」(訴状のどこは認め、どこは否認するなど)が一切なく、全部開示しているので訴えの利益がなく却下すべきという主張のみでした。裁判所は、「原告が開示請求したものと特定した文書が同じかが問題になっているので、訴えの利益がないとは言えない」とし、「請求対象と特定した文書が一致しているかは審理する必要がある」という認識を示し、国に対して認否を主張するよう求めました。国は認否も主張もしないとかたくなでしたが、次回期日までに何らかの書面を出すことになりました。
専門家会議に関する情報公開訴訟ではありますが、実のところ公文書管理法の今後を左右する訴訟だと考えています。ぜひ、注目していてください。