スーパーシティと自治体のデジタル化が進んでいます。本稿では、スーパーシティを取り上げ、スーパーシティとは何か、暮らしや行政がどう変えられるのか、自治体デジタル化とはどう関係しているのかなどを説明します。
スーパーシティの進め方
2020年5月にスーパーシティ法(国家戦略特別区域法の一部改正)が成立し、10月にはスーパーシティの指定基準等が定められました(国家戦略特別区域基本方針)。それを受け、スーパーシティの指定に関する公募が始まっています。応募できるのは自治体で、単独もしくは複数の自治体による共同応募も可能です。応募の締め切りは2021年4月16日です。ただし、新型コロナウイルスの影響で応募準備の時間が取れない自治体も存在するため、2回目の公募を秋以降に行うとしています。
応募する自治体は、スーパーシティの中心であるデータ連携基盤整備事業者の候補、先端的サービスを実施する事業者の候補を、公募によって選んでおく必要があります。すでに今年3月時点で、大阪府・大阪市、前橋市、つくば市、浜松市、鎌倉市など、いくつかの自治体が事業者候補の公募を行い、選定済みです。また応募前に、住民説明会、パブリックコメント等によって、住民の意向把握をしなければなりません。これについても事業者の公募と並行して実施しています。それは応募書類に事業候補者の選定過程および候補者名、住民の意向把握の方法と内容を書かなければならないからです。
公募締め切り後、国家戦略特別区域諮問会議(議長は総理大臣)での議論を踏まえ、政令によってスーパーシティの区域指定を行います。また、総理大臣が区域方針を定めます。
その区域指定と区域方針の決定を受け、国家戦略特別区域会議(国家戦略特別区域担当大臣、関係自治体の長、他で構成)が区域計画を作成し、総理大臣に提出します。その提出前に、住民投票等により、住民の意向を把握しなければなりません。
この区域計画が総理大臣によって認定されますと、規制緩和や財政支援が実施され、スーパーシティが進められます。
スーパーシティの構成
スーパーシティとは、情報技術とビッグデータを連携させることで2030年ごろに実現される未来社会を先行実現する都市です。スーパーシティの構成は図1のようになっています。
現状では行政、学校、企業などさまざまな組織がビッグデータをバラバラに保有しています。このデータをデータ連携基盤に接続するのがデータ提供者です。
データ連携基盤は、さまざまなデータを連携させ、先端的サービスを提供する際、必要なデータを共有できるようにするものです。このデータ連携基盤を整備、運営するのがデータ連携基盤整備事業者で、スーパーシティの中心を担います。小田原市は日本電気を、北九州市はNTT西日本、日本電気、日立製作所をデータ連携基盤整備事業者に選定しています。
先端的サービスとは、移動、物流、支払い、行政、医療、介護、服薬、教育、エネルギー、環境、防犯、防災などの分野で提供されるサービスです。スーパーシティでは、5分野以上で先端的なサービスを提供するとしています。このサービスを提供する事業者を先端的サービス提供事業者と呼んでいます。鎌倉市は61事業者、つくば市は51事業者、高松市は28事業者、松本市は22事業者を選定しています。
スーパーシティはさまざまな分野の先端的サービスを包括しています。この全体を企画する人をアーキテクトと呼びます。大阪府・大阪市は4名のアーキテクトを選任していますが、うち3名は大学の教員です。つくば市のアーキテクトは大学教員、小田原市はダッソー・システムズ(フランス最大のソフトウェア企業)のスマートシティ推進担当部長です。
*アーキテクト:システムの全体的な企画設計を行う者。
スーパーシティの内容
スーパーシティでは先に書いたように5分野以上で先端的サービスを提供しなければなりません。松本市は「松本版PHRでつなぐ医療・福祉・健康づくり」(医療、介護、移動、支払い)と「100%カーボンニュートラル」(エネルギー、防災、防犯)の二つを考えています。前者のイメージが図2です。PHRとはパーソナルヘルスレコードで、個人の医療、健康、介護等に関する情報です。具体的にどのように展開するかはわかりませんが、たとえば、ある人がウエアラブル端末(血圧、心拍数、体温などのバイタルデータを計測できるスマートウオッチなど)を身に着け、バイタルデータ(生体情報)を収集すると、そのデータはデータ連携基盤で共有可能になります。先端的サービスを提供する企業がそのデータをAIで分析し、何らかの異常が認められると、本人に検診するように指示を出します。医者に行けない場合は、遠隔医療を受けますが、医師はデータ連携基盤を通じて、患者の既往歴や服薬情報、各種のバイタルデータを入手できます。これらの支払いはすべてオンライン上で行われます。松本版PHRは一時的なデータではなく、出生から終末期まで、すべてのデータを共有するようです。
比較的似た構想として前橋市の「まえばしID」があります。これはマイナンバーカードとスマートフォン、顔認証データをネット上で紐づけ、それに健康、医療の各種データを連携させ、先端的サービスを提供する構想です。河内長野市は、地域通貨・地域ポイント、自動運転、遠隔医療・健康管理、ドローンを組み合わせた内容を検討しています。
スーパーシティの狙い
スーパーシティは情報技術とビッグデータを組み合わせることで、新たなビジネスチャンスを作り出すものです。それは以下の二つで生み出されます。一つは、データ連携基盤の整備です。APIは自治体ごとに作るのではなく、国が基本を作り、それを地域で応用します。スーパーシティは特定の自治体でスタートしますが、あくまでも先行実施であり、いずれ新たなビジネスモデルとして全国に普及させる予定です。また、もう一つは、この仕組みを海外にも輸出しようとしています。このAPIが国内の標準になれば、作成にかかわった企業にとって大きなビジネスチャンスになり、思惑通り海外での標準になれば膨大な収益が期待できます。国際的なIT標準化の競争に出遅れた日本の情報産業にとって、期待は大きいでしょう。すでに、日本電気、日立製作所、アクセンチュア等が2021年2月に内閣府からデータ連携基盤整備に関する調査業務を受託しています。
*API:Application Programming Interfaceの略。基礎作業と応用作業とを連携させる役目をするもの。「データ連携基盤整備」の事業者と、データを用いて「先端的サービスを行う」事業者を連携させる役割。「スーパーシティ」は両者を連携させるAPIの役割を担わされるが、基本設計は国が行う。
もう一つは、先端的サービスです。データ連携基盤にかかわることができるのはIT企業に限定され、これだけではすそ野が広がりません。そこで、さまざまな企業のビジネスチャンスを「先端的サービス」と称して作り出そうとしています。
スーパーシティに応募する自治体はデータ連携基盤整備事業者、先端的サービス提供事業者の選定を進めています。つくば市、松本市、小田原市、鎌倉市、高松市、前橋市、会津若松市、人吉市、北九州市、浜松市、和歌山県の11自治体が選定した主な事業者の一覧は表の通りです。
最も多く選定されているのは日本電気で9自治体、次いで凸版印刷が7自治体、ソフトバンク、フェリカポートマーケティングが6自治体になっています。情報通信、電子機器関係の企業が多くなっていますが、損保、商社、警備、金融、教育などの企業も選定されており、生活にかかわるさまざまな企業がスーパーシティに殺到しています。
ちなみに先端的サービスと聞くと、現在はまだ存在しない未来社会型のサービスのように思いがちですが、そのようなものだけではありません。規制緩和によって実現しようと考えられているサービスも多く、スーパーシティを国家戦略特別区域法で実現しようとしているのは、そのような理由によります。
企業が市民生活と地域を計画しコントロールする
さまざまな問題はありますが、現状では市民はどの企業が提供するサービスを使うのかを選んでいます。ところがスーパーシティではその関係が逆転します。もう一度、松本市が計画しているスーパーシティを見てください(図2)。先端的サービス提供事業者が、個人の出生から終末期までのさまざまなデータを、データ連携基盤から収集し、市民にサービスを提供します。運動不足であればどこのフィットネスクラブを使えばいいのか、バイタルデータに異常が認められればどこで検診を受ければいいのかなどです。市民のデータが包括的にまとめられるということは、個人の生活が包括的に企業に支配されることを意味します。
大半の自治体はスーパーシティの具体的な内容を決め、それに沿って事業者を公募しているのではなく、アイデアを含めて事業者を募集している感じです。表を見ると、一つの企業があちらこちらのスーパーシティに応募していることがわかります。自治体は大まかなイメージに沿って企業を募集し、その具体化はコンサルなどの企業に委ねているのが実態です。スーパーシティは、市民の健康、移動、教育など生活を包括的に対象とするものです。これまで部分的に委託するなどはありましたが、現時点では自治体が全体を計画しています。スーパーシティでは市民の健康管理をどう進めるかをデータ連携基盤整備事業者、先端的サービス提供事業者、アーキテクトが決めて実施します。自治体はデータを提供し、必要な財政支援を行う存在になり、地域医療、介護、公共交通などの全体的な計画、運営を企業に委ねることになります。
市民の権利は保障されるのか
市民の権利を考える場合、少なくとも以下の三点は重要です。まず一つ目は、参加しない権利が保障されるのかということです。松本版PHRの場合、参加しないという選択肢も可能かもしれません。しかし松本市が考えているもう一つのカーボンニュートラルの方は、すべての市民が参加しなければ実現困難です。いずれにせよ、参加しない権利がどう扱われるかが重要です。基本方針ではこれについて「住民を対象とした投票において合意が得られた先端的サービスについては、投票の対象となった住民の利便性の確保に配慮しつつ、当該住民が全員利用することを原則とする」としています。また、内閣府が2020年7月27日に主催したシンポジウムで、「スーパーシティに関する重要な留意事項について(案)」が発表されています。そこでは「住民投票において同意が得られたサービスについては、投票の対象となった住民が全員利用することを原則とする。ただし、他に選択肢が無く、どうしても区域外への移転を希望する者が結果的に生じた場合については、こうした者への支援などの配慮も検討すべきである」と書かれています。これらの文章を素直に読むと、住民投票で賛成多数になると、参加しない権利は保障されず、「嫌なら出て行け」ということになります。住民投票が市民の権利を踏みにじる免罪符になりかねません。
二つ目は、個人情報の保護です。スーパーシティは極めて高度な個人情報を扱います。多くの方がすでに指摘していますが、そのような情報が適切に扱われる保障がありません。市民はわずかな利便性と引き換えに、高度な個人情報を提供しなければならないのがスーパーシティです。そのためにはいままで以上の対策が必要ですが、むしろ議論されているのは情報の活用を進めやすくするため、条例等での規制を緩めるということです。また、このような個人情報が国家権力とつながれば、超監視社会になります。
三つ目は、新たな格差が発生することです。全員がスーパーシティに参加を強要される場合、先に書いたように参加しない権利が問題になります。参加しない権利が保障された場合、参加する人と参加しない人の間に格差が発生します。スーパーシティが対象とする教育や医療、介護、防災などは、本来、格差をつけるのではなく、必要に応じて適切なサービスを受けられるようにしなければなりません。参加する市民と、参加しない市民の間に生じる格差をどう是正するのでしょうか。また、先端的サービスは民間企業によって提供されます。参加しても、対価を払えない市民は利用できません。そのような市民にはどのように対応するのでしょうか。観光などの場合、利用する場合は利便性が向上し、利用しない場合は利便性が向上しないだけのように思われます。しかし、緊急情報も先端的サービスで提供する場合、利用しない観光客の安全性はどのようにして守るのでしょうか。
行政のデジタル化との関係
最後にスーパーシティと自治体デジタル化との関係に触れておきます。スーパーシティは住民生活を対象とするため、スーパーシティが実現するかどうかは、自治体や公的機関の持つ情報にかかっているといっていいでしょう。それらの情報をデータ連携基盤から提供するためには、自治体のデータがデジタル化されていなければなりません。また、企業が求めるデータをデジタルデータとして収集しておかなければなりません。さらに、スーパーシティを広げるためには、自治体等のデータを共通化しておく必要があります。このようなニーズにこたえるのが自治体のデジタル化です。
情報技術の発展は重要です。問題は情報技術の発展を活用して、市民と企業、公共と民間の関係を作り替え、新たな収益源を確保しようとしている点にあります。そうではなく、個人情報を保護しつつ、暮らしの向上につながるような生かし方を考えるべきです。