【論文】自治体の「デジタル化」で、行政の現場では何が起きるか

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国の進める「デジタル化」で、住民のくらしを守る自治体の機能が失われるおそれがあります。総務省の業務改革モデルプロジェクトの事例も紹介し、そのもたらす問題を考えます。

デジタルの技術は、誰が、何の目的で、どのように使うのかが問われている

デジタルの技術は、人類が生み出した最新の技術です。地方自治体においてもこの技術を有効に活用して、住民の福祉の増進と自治体職員の労働条件の改善を図ることが必要です。しかし、技術は使い方を誤れば住民に重大な被害をもたらします。デジタルの技術は、誰が、何の目的で、どのように使うのかが問われています。本稿では、国が進める自治体の「デジタル化」が行政の現場にもたらす問題について、総務省の業務改革モデルプロジェクトによる実証実験の事例も紹介しながら考えます。

地方自治体が、デジタル企業に支配されるおそれ

総務省は自治体の「デジタル化」を進めるために、デジタルトランスフォーメーション計画(以下、DX計画)を策定しています(期間は2021~2026年)。「自治体DX推進計画概要」では、DX計画の「意義」について「多様な主体との連携により民間のデジタル・ビジネスなど新たな価値創造等が創出されることが期待される」と言及し、民間企業の利益に奉仕することをのべています。

*自治体DX:DX(デジタル・トランスフォーメーション)は、デジタル化を通じて情報が共有されネットワーク化されることで、多様な主体がつながり、新たなサービスが生まれたり、社会課題の解決に向けた取り組みが進んでいくことをいう。総務省は、2020年12月25日、各地方自治体が、情報システムの標準化、行政手続のオンライン化などについて計画的に取り組むよう「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」を策定した。

各自治体においては、首長をトップとし、CIО(最高情報統括責任者)を配置して「全庁的・横断的なDX推進体制を構築する」としています。CIОや同補佐官等の要職にはデジタル関連民間企業からの登用を推進し、民間から人材を任用する経費について特別交付税を措置するとしています。自治体の意思決定には企業から任用された幹部が強力な権限を持ち、自治体が企業に支配されるおそれがあります。公務の中立・公正が失われ、自治体の保有する情報が漏洩するリスクも大きくなります。

独自の住民サービスができなくなるおそれ

全国の自治体では、地方自治の本旨に基づき、地域の特性や住民のニーズに対応して、自主的かつ多様に独自の住民サービスを実施しています。子どもの医療費無料化、税金・国民健康保険料・介護保険料の減免、学校給食費の無料化、新型コロナ感染症に対する独自の支援策などがその例です。

ところが国は「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案」において、地方自治体には国が定める標準システムに従うことを義務付け、カスタマイズ(独自の仕様変更)は「効率的である」と認められる場合など一部の業務にしか許さないとしています。カスタマイズに係る費用は、全額自治体の負担とされるおそれがあります。標準化は住民基本台帳や地方税、国保、介護、医療、子育て支援など住民の生活に深く関わる17の業務が対象になります。

オンライン申請で窓口業務は便利になるのか─深谷市の実証実験から考える

国は、自治体の窓口業務についてオンライン申請を推進し、「住民の利便性の向上」と「業務の効率化」を図るとしています。総務省は「デジタル化」を推進する業務改革モデルプロジェクトとして、全国の自治体を対象に全額国の負担で実証実験を行っています。埼玉県深谷市(人口約14万5000人)は、このプロジェクトに応募して採用され、民間企業と連携して、マイナンバーカードの活用や顔認証による本人確認など「セルフサービス化による窓口業務改革」に取り組んでいます。深谷市の実証実験について、自治労連・地方自治問題研究機構が2020年11月に自治体問題研究所と自治労連埼玉県本部と合同で行った行政ヒアリング調査をもとに、以下、特徴をのべます。

深谷市の実証実験は、窓口担当職員へのヒアリングによって、業務手順、処理時間、定型・非定型業務などを整理、分析し、申請書作成および本人確認について自動化を試みるというものです。実験ではタブレット端末による文字認証技術(OCR)を活用した申請書作成の支援や、顔認証技術を活用した本人確認を行いました。タブレットのカメラで、マイナンバーカードや運転免許証などから顔写真を読み取り申請者の顔を確認するとともに、氏名、住所、生年月日を読み取って自動入力します。必要に応じて修正や他項目の入力を行い、審査の上、証明書が交付されます(図)。

出典:総務省「平成30年度業務改革モデルプロジェクト」の報告書(概要)、「深谷市セルフサービス化による窓口業務改革事業」から転載。

実証実験結果報告書の概要は次の通りです(深谷市の報告書より抜粋して筆者が作成)。

申請書作成時間の短縮効果について

  • 申請書の平均作成時間は1件当たり現状の平均4分15秒から4分02秒へと約13秒(約5%)の短縮効果があった。タブレット利用は若年層ほど慣れ、30歳代では平均3分34秒と現状から約41秒(約16%)の短縮効果があった。50歳代、60歳代の高い年齢層では作成時間が大幅に増えた。

費用対効果について

  • 窓口における本人確認および書面確認の所要時間を2分と設定し、発行件数の多い4業務(住民票等の写しの交付、戸籍附票の写しの交付、戸籍謄抄本等の交付、納税証明書の交付)の年間総件数に職員の人件費単価(一人当たり3860円/時間)を掛け合わせて試算した。窓口受付(本人確認および書類確認)のプロセスが自動化された場合、年間4471時間が短縮されることにより約1726万円の人件費削減効果があった。ICTへの初期投資額(2800万円)、および毎年の運用経費(560万円)を考慮すると、3年目で投資額が回収できる。

結果分析

  • 顔認証については実質的にほぼ100%の成功率と考えられる。一方で、他人の免許証に別の顔写真を貼って本人確認の手続きをする「なりすまし」や、偽造カードの検知等は難しいと考えられる。
  • 顔認証技術や文字認識を含め、画像認識の精度は100%を達成することが大変困難であるため、技術開発だけでなく運用面も含めた改善が必要である。
  • 顔写真や住所・氏名等の個人情報をインターネットで伝送すること、また、パブリッククラウド提供事業者に提供することについて、情報漏洩のリスクがあるため、個人情報保護の観点から、実証実験は職員を対象に行った(本人の同意があれば問題ないことから、参加者全員から同意を得て実施した)。実際にパブリッククラウドを利用するためには、ルール作りをする必要がある。
  • *パブリッククラウド:サーバーやソフトウェア、回線などのコンピュータ環境を不特定多数のユーザー全体で共有して使う。アマゾンやマイクロソフト、グーグル、IBMなどがサービスを提供している。

  • 紙への記入時間(3分12秒)とタブレット端末への記入時間(3分11秒)はほぼ同じであった。「文字認識精度が低い」「タブレット操作・入力に不慣れ」「申請書の項目が多い」「項目の意味がわからない」ことが要因と考えられる。
  • 年代については、比較的若い世代になるほど、タブレット端末や顔認証による業務効率化にはおおむね前向きな評価が多い一方で、比較的年長の世代になるほど、タブレット端末の利用しにくさにより若干消極的な評価が見受けられる。また、年代を問わず、キーボード入力の面倒さは共通の声として挙がっており、特に近年一気に普及したスマートフォンによるフリック入力に「慣れている」ことも背景として考えられる。
  • 将来的な方向性として窓口業務のオンライン化を目指していく際には、全ての窓口をオンライン化するのではなく、住民それぞれのアクセスしやすい対面窓口を併設することが現実的であると考える。

「なりすまし」や情報漏洩のリスク、時間短縮だけではサービス低下も

深谷市の実証実験結果はさまざまな課題を投げかけています。顔認証では「なりすまし」や偽造が防止できないことや、個人情報をインターネットで伝送したり、パブリッククラウド提供事業者に提供すれば、情報漏洩のリスクがあることも明らかになりました。

実証実験は「申請書作成時間の短縮」と「コスト(人件費)削減」を主眼としています。実験の結果、タブレット端末の使用により申請書を作成する時間が平均で約13秒短縮されたとしていますが、市の職員だけで実験を行っており、タブレット端末の操作も一般の住民と比較して抵抗が少なかったことが推定されます。実際の窓口では、実証実験には登場しなかった高齢の住民が多く訪れることが予想され、申請書作成の時間が現在より長くなることも考えられます。窓口の業務では、住民が申請書の作成をできるように援助したり、申請の目的や内容が適正であるかを確認するなど、一人ひとりの状況に即した丁寧な対応が求められます。時間の短縮ばかりを追求すれば、窓口でのサービスが低下するおそれがあります。

費用対効果についても、本人確認と書類確認という窓口業務の根幹に関わる事務の所要時間が年間4471時間短縮されるとしていますが、同様の理由で再検討が必要です。人件費の算定についても、制度の改定や運用の見直し等に伴うシステムの修正や、システムの管理に必要な人員配置も含めた試算が十分に行われているとはいえません。

国は、オンライン化の先に窓口の無人化・廃止をねらう

実証実験で検討すべき課題や問題点が示されているにも関わらず、国はオンライン化の先に窓口業務の無人化、さらには窓口の廃止をねらっています。総務省で「デジタル化」を担当する職員は、「人が介在しなくても完結するサービスをめざす」、「AIやマイナンバーカード等を活用した無人窓口も実現可能ではないか」、「民間ではすでに窓口の廃止が進んでいる。自治体においても、窓口を便利にするのではなく、窓口をいかになくすか(来なくてもよいように)を考えるべき」と主張しています。

窓口業務の無人化はこれまでの国の方針を大きく転換させるものです。国は窓口業務を民間に委託する場合でも「市町村は、住民基本台帳関係の事務等に係る窓口業務を処理するに際して、請求や申出に対する交付・不交付の決定や請求・届出内容等に対する審査そのものについては、市町村職員が自ら行う必要がある」と、住民の権利の得失に関わる公権力の行使に当たる事務は、職員が自ら行わなければならないとしてきました。窓口業務を無人化すれば、職員は住民の権利に関わる重要な事務を行うことが不要とされてしまいます。

セーフティネットの機能を失わせてはならない

自治体の窓口業務は、憲法に基づき住民を最善の行政サービスにつなぐ役割があります。住民の中には貧困やDV・虐待などさまざまな困難を抱えていても、困難を自己責任ととらえて公的機関に相談しようとしない人もいます。職員は住民のサインを窓口でキャッチし、当人を支援するためにさまざまなセーフティネットにつないでいます。窓口の省人化、無人化でセーフティネットの機能が失われることがあってはなりません。窓口で職員と住民が対面できる体制を確保するべきです。深谷市が実証実験の報告書で、すべての窓口をオンライン化するのでなく、対面窓口も含めた「住民それぞれのアクセスしやすい窓口のあり方を併設することが現実的である」とのべていることは重要です。

国が進める自治体の「デジタル化」は、住民のくらしと権利、地方自治の根幹に関わる重大な問題としてとらえて臨むことが求められます。デジタル技術の取り扱いについては、国や一部の自治体当局だけで決めるのでなく、導入の是非や、導入する場合の範囲・条件も含めて、住民の熟議と合意で決めるようにしなければなりません。自治体の労使関係においても、デジタル技術の導入は労働条件に関わる重要な事項であることから、労使交渉で取り扱うようにするべきです。

【注】

久保 貴裕

1960年岐阜県関市生まれ。1985年大阪衛都連本部書記、大阪自治労連実行委員、大阪自治体問題研究所常務理事を経て2011年より自治労連中央執行委員、2017年より現職。

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