大深度法は、大都市における道路、鉄道等の大規模事業を、地権者の承諾や補償無しに「効率的に」行えるようにすることを目的に2000年5月に制定されました。その法的問題点を指摘します。
住宅街の道路が突然陥没!
2020年10月18日正午過ぎ、東京都調布市東つつじケ丘の住宅街で、突然、道路に南北6メートル、東西5メートル、深さ5メートルの陥没が発生しました。その地下47メートル以下では、都市計画道路「東京外かく環状線」(通称「東京外環道」)の南行き本線トンネルが、シールドマシンによって掘り進められており、約1カ月前の9月14日に陥没現場の真下を通過していました。陥没は、道路部分だけでなく道路に面した住宅の駐車場の地下にまで及んでいました。その後、現場付近のボーリング調査で、トンネル工事が行われた場所の真上の住宅、道路、公園などの地下4メートルと16メートルに3カ所の巨大な空洞があることが判明しました。これらが、東京外環道のトンネル工事の際に、土砂を過剰に取り込んだために掘削現場の上の地中に空隙(大きなすき間)や地盤の緩みが生じ、それがさらに上方に及んだために形成されたものであることは、事業者による調査の結果明らかになりました。
東京外環道は、国、東日本高速道路株式会社、中日本高速道路株式会社の三者が事業主体となって、練馬区の関越自動車道大泉インターチェンジと世田谷区の東名高速道路世田谷インターチェンジとの間の約16キロメートルを地下式のトンネル2本を建設して結ぶという計画です。そして、計画区域の地下は、「大深度地下」と呼ばれる深い地中を、「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」(略称「大深度法」)に基づく国土交通大臣の認可によって、事業者は土地所有者の承諾無く、補償することも無しに使用できることとされていました。
大深度法は、いつ、どのようにしてできたか
(大深度地下利用調査会設置とその目的)
大深度法が国会で制定されたのは2000年5月26日、施行されたのは翌2001年4月1日からでした。制定に先立つ1995年11月、総理府に「臨時大深度地下利用調査会」が設置されました。
その目的について、調査会の「設置法」第1条で、「大深度地下の適正かつ計画的な利用の円滑化に資するため」と定められ、委員には元最高裁判事、地盤工学・民法・行政法の各大学教授、財界人、愛知県知事などが選任されていました。
1998年5月27日、調査会は内閣総理大臣に「答申」を提出し、それは国会にも報告されました。この時の「答申書」は、現在でも国土交通省のHPに掲載されています。
「答申書」には、まず「はじめに」の中で、次のように書かれています。
「大都市地域においては、…地権者との権利調整に要する期間が総じて長期化する傾向にあり、…効率的な事業実施が困難となっている。」
要するに、大都市において、地下の利用を地権者との権利調整をすることなく効率的に行うための制度をつくることが必要だという問題意識に基づいて新たな制度を作ろうとしていたわけです。
(地表には影響が無いという「虚構」を前提にした立法)
そこで、「地表面から40メートル」または「建築物の支持地盤上面から10メートル」のいずれか深い方から下の空間(地中)を「大深度」と定義(図)した上で、「大深度地下に土地所有権が及んでいないとは言えない」としながら、「地下の利用の利益は深くなればなるほど薄くなる」、「公益性を有する事業による利用を土地所有権に優先させても私有財産制度を侵害する程度が低い空間である」としています。
その上で、「補償」の要否については、「利用が通常行われない」空間であるから「損失は実質的に無い」ので、「補償は不要であると推定される」が、「例外的ながらも損失が生じる場合には補償がなされるべきである」との結論を述べています。
ただし、注目すべきは、答申書のどこにも「大深度地下の使用は地表に影響が無い」と断じた記載は無いことです。そればかりか、「施工時に過剰な土砂を掘削すると、地盤の緩み等が生じ地上へ影響が及ぶ可能性もあるので、地盤を変形・変位させないよう慎重な施工をすることが必要である」(答申書16ページ)と明記されていました。これは、まさに今回のような事故があり得ると予測されていたことを示しています。
ところが、2000年3月10日に通常国会に大深度法案が付議された際には、「地表に影響が無い」と説明されていました。「影響がある」または「あり得る」ならば、人が所有する土地の地下を、所有者の承諾無く、かつ所有者への補償も無しに使用できることにするのは、財産権の保障と、所有権を制限するには「正当な補償」を要すると定めた憲法29条に違反することになるからです。大深度法は、制定の当初から、「地表には影響が無く、土地所有者に損失を与えることは無い」という「虚構」を前提にして制定されたのです。
大深度法の概要
以下、大深度法(以下、法)の内容について、概要を説明します(傍線は筆者)。
(1) 対象事業(法4条)
法4条に規定されている以下の事業に限られています。
- 一 道路法による道路に関する事業
- 四 鉄道事業法第7条第1項に規定する鉄道事業者が一般の需要に応ずる鉄道事業の用に供する施設に関する事業
- 五 軌道法による軌道の用に供する施設に関する事業
- 七~十一 電気通信事業法、電気事業法、ガス事業法、水道法、工業用水道事業法、下水道法による施設に関する事業等
- 十二 前各号に掲げる事業のほか、土地収用法第3条各号に掲げるものに関する事業又は都市計画法の規定により土地を使用することができる都市計画事業のうち、大深度地下を使用する必要があるものとして政令で定めるもの
一 道路法による道路に関する事業
*東京外環道事業は十二に、リニア中央新幹線は四に該当するとされています。
(2) 適用地域(法3条)
法3条と同法施行令(政令)に定められている以下の地域に限られます。
- 首都圏の対象地域:茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の一部区域
- 近畿圏の対象地域:京都府、大阪府、兵庫県、奈良県の一部区域
- 中部圏の対象地域:愛知県、三重県の一部区域
*現時点では、東京外環道とリニア中央新幹線が対象とされていますが、北陸新幹線の敦賀~新大阪ルートの京都市内、大阪市内でも計画されています。
(3) 安全の確保及び環境の保全に対する特段の配慮義務(法5条、6条)
大深度法には、以下の定めがあります。
- 法5条 「大深度地下の使用に当たっては、その特性にかんがみ、安全の確保及び環境の保全に特に配慮しなければならない。」
- 法6条1項 「国は、大深度地下の公共的使用に関する基本方針(以下、「基本方針」という)を定めなければならない。」
- 法6条2項 「基本方針」においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
- 一 大深度地下における公共の利益となる事業の円滑な遂行に関する基本的な事項
- 二 大深度地下の適正かつ合理的な利用に関する基本的な事項
- 三 安全の確保、環境の保全その他大深度地下の公共的使用に際し配慮すべき事項
- 四 前三号に掲げるもののほか、大深度地下の公共的使用に関する重要事項
*しかし、今回の事故によって、これらの定めが実効性の無いものであったことが露呈しました。
(4) 大深度地下使用認可の要件(法16条)
法16条で、以下のとおり定められています。
申請に係る事業が次に掲げる要件のすべてに該当するときは、使用の認可をすることができる。
- 一 事業が第4条各号に掲げるものであること。
- 二 事業が対象地域における大深度地下で施行されるものであること。
- 三 事業の円滑な遂行のため大深度地下を使用する公益上の必要があるものであること。
- 四 事業者が当該事業を遂行する十分な意思と能力を有する者であること。
- 五 事業計画が基本方針に適合するものであること。
- 六~七(略)
*今回の事故は、本件事業が右の二、三、四、五に違背する可能性があることを示しています。これらの要件のいずれかに該当しないことになったときは、認可権者は認可を取り消すことができます(法29条)。
(5) 「大深度地下の公共的使用に関する基本方針」(平成13年4月3日閣議決定)
「基本方針」は、Ⅲで、「安全の確保、環境の保全その他大深度地下の公共的使用に際し配慮すべき事項」として次のとおり定めています。
- 2 環境の保全
「施設の施工時に大量の土砂を掘削した場合、地盤の緩み等が生じ地上へ影響を及ぼす可能性もあるため、地盤を変形・変位させないような慎重な施工を行うことが必要である」
*今回の事故は、工事がこの基本方針の定めを無視しまたはそれに違背して行われていたことを示しています。この事故が「想定外」であったという弁解は通用しません。
(6) 「大深度地下の公共的使用における環境の保全に係る指針」(国交省、平成16年2月3日)
国土交通省は、「指針」として次のとおり定めています。
- 第3章「環境の保全のための措置」
「施設の施工時に、大量の土砂を掘削した場合、周辺地盤の変位等が生じ、地上へ影響を及ぼす可能性がある。」
*今回の事故は、工事が国交省が定めているこの「指針」を無視しまたはそれに違背して行われていたことをも示しています。
(7) 使用の認可の効果(法25条)…所有者の承諾不要(無承諾)
認可の告示の日に、事業者は、当該告示に係る使用の期間中事業区域を使用する権利を取得することとされています。これは法律に基づいて、地権者の承諾無く、大深度地下の事業区域に、直接事業者の使用権が設定されることを意味します。
他方、当該事業区域に係る土地に関するその他の権利(所有者の所有権、賃借人の賃借権など)は、事業者による事業区域の使用を妨げ、又は当該告示に係る施設若しくは工作物の耐力及び事業区域の位置からみて事業者による使用に支障を及ぼす限度においてその行使を制限されます。
(8) 補償(法37条1項)…所有者に対する補償無し(無補償)
大深度地下使用認可が告示されたときは、対象となる土地の所有者等は、前記の使用制限が強制されます。しかし、大深度法にはそのことに対する「補償」の定めはありません。大深度法制定に際しては、大深度地下の使用によって、「地表に影響は無い」とされ、対象となる「土地の所有者には損失が生じることも無い」ことが前提とされたからです。
大深度法には、「補償」という見出しのある条文が2カ所あります。しかしそれは、事業区域の明渡しに伴う損失の補償(法32条第1項)と、権利の行使の制限(前記法25条)によって具体的な損失が生じたときは、認可の告示の日から1年以内に限り、認可事業者に対し、その損失の補償を請求することができる、というもので、大深度地下に使用権が設定されたことや、その部分について所有者等の使用が制限されることについての「補償」ではありません。
大深度法の違憲性(憲法29条違反)
(1) 憲法29条の内容
憲法29条は「財産権の保障」を定めた規定といわれていますが、第1項で「財産権は、これを侵してはならない」、第2項で「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」、第3項で「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と規定しています。この「正当な補償」とは「完全な補償」を意味すると解釈されています。
(2) 大深度法が憲法29条に反する理由
土地の所有権は、前記調査会の「答申」において、大深度地下にも及んでいると解されています。したがって、本来は土地所有者などの権利者の承諾が必要であり、憲法29条にいう「正当な補償」が必要です。
しかし、前記のとおり、大深度法には、事業区域に事業者の「使用権」が設定されたことや、土地の所有者等がその部分の使用を制限されることに対する「補償」の規定は置かれていません。
これが憲法違反でない理由として、立法時から、「大深度地下は、通常人が利用せず、地表に影響を与えることもない」ので、土地の所有者に損失を与えないことが前提とされてきました。
しかし、今回の調布陥没事故によって、その前提が崩れ、大深度法が合憲だという論拠が失われました。「大深度法」は、もともと憲法29条違反の法律だったのであって、東京外環道事業及びリニア中央新幹線事業に対する大深度地下使用認可は無効であり、大深度法自体、早急に廃止されるべきです。
工事再開は許されない
3月19日、東京外環道の事業者は「再発防止対策」を発表しましたが、工事が対象区域外の土地(地中)や地表に影響を及ぼす場合があることを前提にしています。そのような工事は認可の範囲外であり違法です。
【注】
国土交通省HP 「臨時大深度利用調査会答申」で検索できます。