【論文】北海道における雪氷冷熱利用の可能性


冬の寒さをエネルギーとして利用する「雪氷冷熱」が、2002年に「新エネルギー」の一つとして国から認められました。今も普及・研究が進められています。

雪氷冷熱利用とは

雪氷冷熱利用とは、雪や氷を長期間保存し、夏などにその「冷たさ」を利用することです。施設冷房などの利用もありますが、圧倒的に多いのは農作物などの貯蔵です。雪や氷をどう準備し長期保存するか、どう使うかという点でさまざまな方法があり、実際に道内各地で利用されています。

わかりやすい雪氷冷熱資源は、道路などの除雪で出た大量の雪です。多くの場合、これらの雪は河川敷など郊外の雪捨て場に運ばれ積み上げられます。その雪を夏まで貯蔵することが一つの方法です。この場合、貯蔵施設が市街地にあれば雪を運ぶ距離も短くなり好都合となります。札幌駅周辺ではこのような方法で2000立方メートル(空隙のある雪の見掛け密度を水の半分0・5グラム/立方センチメートルとすると1000トン)の雪を貯蔵し、冷熱を地域供給しています。また、北海道の空の玄関、新千歳空港でも滑走路などの排雪を貯め、夏場の冷房の1/5程度をこれで賄っています。

雪の少ない寒冷地では、水を冷気で凍結させて氷として「冷たさ」を貯蔵する方法がとられます。多くの水槽の周囲に冷気を流し大量の氷を作り、夏まで貯蔵します。雪や氷ではなく土壌に冷熱を蓄え利用する方法も提案されています。

蓄えた冷熱を、どう使うのかによって、必要な設備は図のように分けられます。最も簡単な方法は(a)で、昔ながらの雪室・氷室と同じように、雪や氷のある場所に冷蔵したいものを置いておくだけで、断熱性の高い建屋を作れば利用可能です。(b)は雪氷の場所と低温貯蔵などに使うスペースを分離し、その間で空気を循環させます。建屋以外に必要な追加設備は間仕切り壁とファンだけのため低コストになります。融けた水の冷熱を熱交換器経由で利用する(c)の場合には、熱交換器に加えポンプや配管などの設備が必要となるため空気を直接利用する場合よりも初期コストが大きくなります。

雪室・氷室タイプの(a)よりもさらに簡単な雪氷冷熱の利用は、成長した農作物を収穫せずに降雪を待ち、そのまま貯蔵・熟成させてから収穫する方法(d)です。北海道北部の和寒町の「雪中キャベツ」などがその代表です。建屋もいらず、コスト0で雪冷熱が利用できます。そして、氷温近くで食物を保存すると、熟成されおいしくなることが知られています。ただし、雪が降らず地表面温度が0℃以下になるような寒い地域では、作物が凍結してしまうためこの方法は使えません。

図:雪氷冷熱利用方法の分類。(a)雪室・氷室型、(b)冷風循環型、(c)冷水循環型、(d)雪中型

農作物貯蔵での利用

農業分野で積極的に雪氷を利用する試みは、北海道大学農学部の故堂腰純教授が1960年代のジャガイモ貯蔵に応用したのが始まりといわれています。氷を利用した通年の貯蔵技術を確立し、1988年には旭川に近い愛別町に農産物低温貯蔵庫が建設されました。1996年には沼田町が貯雪量1500トンのコメ(籾)貯蔵施設「スノークールライスファクトリー」を作りました。現在、道内にこのような氷や雪を使う大型低温貯蔵施設が10カ所程度あり、米・野菜・豆類などが貯蔵されています。その中で最大のものは、美唄市にある「雪蔵工房」です。3600トンの雪で4℃の冷風を直接循環させ、最大で玄米6000トンの貯蔵が可能となっています。貯蔵されたコメの一部は、「雪蔵工房ブランド」として流通しています。

食料自給率200%を誇る北海道の基幹産業である農業発展にとって、農作物の長期保存は重要な課題です。その課題を雪氷冷熱という地域にある自然エネルギー資源で解決し、北海道を食糧備蓄基地にしようという構想が2012年に作成されました。

農業と並んで北海道のもう一つの基幹産業である水産業においても、冷凍施設など冷熱需要は大きいものの、雪氷冷熱の利用は今の所ほとんど進んでいません。

大規模施設での利用

北海道における雪利用冷房のエポックとなったのは2008年に開催された洞爺湖サミットです。ルスツリゾート(留寿都村)に作られた国際メディアセンターは仮設の建造物でしたが、ここに雪冷房が導入されました。世界中の報道関係者が集う場所はまさに格好の発信拠点になったわけです。貯雪量7000トンで、雪に1000個以上の縦穴を開け100メートル×110メートルの大空間に、冷やした空気を送るものでした。

施設冷房に雪氷冷熱を利用している例の代表は先に触れた新千歳空港の「雪山方式冷熱供給システム」です。もともと融雪剤がもたらす周辺河川への環境負荷を軽減するために、除雪した雪を広大な堆雪場にためておくことが計画され、その融雪水を夏季の冷房に利用するシステムが導入されました。100メートル×200メートル、深さ2メートルという巨大な貯雪ピットで最大7万4400トンの雪を貯めることができます。雪氷冷熱利用では雪氷の貯蔵施設建設の大きな初期コストが導入のネックになっていますが、ここでは、巨大貯雪ピットが融雪剤使用量の大幅削減と河川水質の改善という経済・環境効果をもたらすこと、空港には広大な敷地があることなどが雪冷房にとって有利な条件となりました。

大規模空間冷却方法は、大型コンピューターが並び大量の熱を発生するデータセンターの冷却に雪を利用する「ホワイトデータセンター」構想に引き継がれています。この構想は2008年に提言され、2015年に実証試験開始、そして2021年4月に稼働を開始しました。ここでは、水を透す路盤の上に雪山を作り、流下する融雪水の冷熱を回収する方法を採用することで、市街地道路排雪のような汚れた雪でも使える仕組みになっています。冷却に使われ温かくなった循環水は、アワビ養殖などを行う食料生産棟に供給され、冷却塔、雪山によって冷やされ一年中20℃に維持されます。雪山の表面は木材チップやもみ殻などの自然由来の断熱材で覆われ、屋外でも雪を長期保存させる工夫がなされています。現在、各地の堆雪場では雪融けの時期になると重機が雪を掘り起こし融雪を促進させていますが、これをなるべく融かさずゆっくり利用すれば雪が有効に使えます。「見方を変えれば味方に変わる」とホワイトデータセンターの中心を担う雪屋媚山商店の本間弘達番頭(代表取締役)は語っています。

以上のような大型施設はまだ数が限られていますが、この他にも各地に雪や氷を利用した冷房設備が公的施設・民間施設・個人住宅で導入されています。

小規模食品加工施設での利用

雪氷冷熱エネルギーは、ランニングコストが安いものの初期コストが大きいため、小規模施設への導入はあまり進んでいません。そのような中、農作物の貯蔵に続いて食品加工分野でも雪氷冷熱が導入され始めています。一つは、低温で水分量の少ない空気を利用した乾燥です。美唄市産のサツマイモを低温乾燥させた干し芋「雪そだち」はその代表です。

また、羊蹄山の麓・喜茂別町に造られたアイスシェルターを利用したチーズ工房タカラは、今後の一つの方向性として注目すべきです。チーズを作るためにエネルギーを使い続けることに疑問を持ったオーナー兼チーズ職人が、札幌の建築事務所「フーム空間計画工房」とともに、雪氷利用の先駆者たちのアドバイスを受け、豪雪地において雪ではなくあえて氷を使うという選択をして造られました。生産現場の冷熱需要に合わせ水槽の水量は40トンと小規模になっています。今後の普及にはさらなる低コスト化が課題です。

食品加工の分野では、氷温近くの熟成効果だけでなく、自然エネルギーを利用して作られたことを消費者にアピールできます。食品加工は、今後の雪氷利用を進める一つの可能性を持った分野といえるでしょう。

まとめ

寒冷・積雪地北海道は、雪氷冷熱資源の宝庫で、その利用は現在実用段階となっていますが、雪氷冷熱資源を低コストで収集・貯蔵する技術、需要先に適切に冷熱を供給する技術などが今も検討されています。

北海道では、再生可能エネルギー電力の固定価格買取制度が始まると投資目的にメガソーラーや大型風力発電などが広がりました。しかしこのような収益目的の再生可能エネルギー導入は、地域住民の豊かな生活につながりません。雪氷冷熱利用で進められているような、地域の基幹産業を中心に、内発的に地域で開発されていく再生可能エネルギーの普及こそ目指すべき方向といえるでしょう。

【注】

  • 1 浦野慎一「雪氷冷熱利用のエネルギー的意義と今後の普及可能性」『北海道自然エネルギー研究№10』27-36ページ(2016)。
  • 2 媚山政良「雪の利用促進に及ぼした北海道洞爺湖サミット′08の効果」『寒地技術論文・報告集24』530-533ページ(2008)。
  • 3 本間弘達「冷熱エネルギーを利用したデータセンター」『電気設備学会誌№40』296-299ページ(2020)。
  • 4 経済産業省北海道経済産業局『雪氷熱エネルギー活用事例集5』(2012)。
  • 5 千脇美香「風土の中で息づき、変化するチーズ工房 構想のキーワードは「雪から氷への…」 チーズ工房タカラからのメッセージ『BY WAY後志19号』89-92ページ(2018)。
山形 定

光触媒、大気中微量成分などの研究を経て、現在は脱化石燃料・脱原発のために、地域における自然エネルギー普及の研究を進める。2013年からNPO法人北海道新エネルギー普及促進協会理事長を務めている。専門は環境工学。