【論文】コロナ禍と農業の困難


新型コロナウイルスの感染拡大が長期化するなかで、農家の経営と暮らしも、重大な危機に直面しています。新型コロナによる生産現場の被害や実情をはじめ、国や自治体など行政に今後求めること、コロナ禍でみえてきたことについてみていきます。

学校給食の現場は混乱

新型コロナ感染が広がりはじめた2020年2月27日の安倍首相(当時)による突然の「全校一律休校宣言」は学校現場に多大な混乱をもたらしました。

その表明直後、都内80の小・中学校に食材を納入していた農民連の産直組織、農民連ふるさとネットワークには、給食中止を決定した学校から、納入予定の食材キャンセルが一斉に入り、終日対応に追われました。野菜などが計画的に栽培されているもとで転売もままならず、被害額は大きなものになりました。都市部の学校では、豆腐、精肉、青果などを零細な地元の商店に依存しており、地域への影響も多大なものになりました。

農民連は各地のキャンセル被害の実態調査を行い、江藤拓農林水産大臣(当時)に2020年3月6日、学校給食の停止による農家等へ補償などを求める緊急要請を行いました。その後、政府は「学校臨時休業対策費補助金」「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」などを創設し、補償への道を切り開きました。

学校給食のキャンセルで行き場のなくなった農産物(茨城県阿見町の直売所)。(筆者提供)
愛知県のキャベツ畑。(筆者提供)

農畜産物への影響は甚大

飲食店の営業自粛やフラワーフェスティバルなどの大規模なイベントも中止や規模縮小を余儀なくされ、外国からの入国規制などによるインバウンド(訪日旅行客)需要の激減など、あらゆる需要の冷え込みが広範囲に及び、地域経済を不況のどん底に追い込んでいます。

コロナ禍による野菜への影響も深刻です。キャベツは、業務用需要の落ち込みで平年の6割前後の価格が続き、安いときには1箱200~300円まで下がり、収穫しない畑でつぶしてしまう光景も多くみられます。そんな状況下でも2021年3月には1000トンを超えるキャベツが輸入されています。

畜産への影響をみると、牛肉は2019年10月の消費税10%増税による景気の後退、TPP(環太平洋連携協定)11や日米貿易協定などの自由化による輸入急増で価格崩壊が引き起こされているのに加えて、新型コロナによる外食の需要減により、昨年は過去5年間で最低価格に落ち込むなど苦境に立たされました。いまは価格も若干持ち直してきてはいるものの、大消費地である東京や大阪が緊急事態宣言の対象となった影響が大きく、以前の水準を回復していません。国産牛肉の在庫量(2021年2月)は過去5年の最多水準で推移し、前年比1割増です。

電照菊でおなじみの全国を代表する輪菊(切り花にする菊)の産地では、コロナ感染拡大による葬儀の縮小などで菊の需要が大きく後退し、温室の温度維持のための重油代などの負担が重くのしかかっています。

「いちご狩り」「さくらんぼ狩り」「ナシ狩り」「アスパラ狩り」など果樹や野菜などの収穫を体験する観光農園は、外出自粛で観光客は激減し、大きな影響を受けました。

都会から毎年、観光客や援農、懇親・合宿旅行などを受け入れている農家民宿では、緊急事態宣言の発令に伴う、都道府県をまたぐ移動自粛により、農業体験イベントや田植え交流会など都会との交流の道をふさがれ、宿泊客の受け入れを断念せざるをえない状況になっています。

コロナ禍で深刻な米価大暴落

新型コロナ感染拡大に伴う緊急事態宣言で米の需給環境はさらに悪化しています。外食需要の大幅な減少などで米の在庫が大きく膨れ上がり、2021年4月末在庫は昨年対比で27万トンも過剰で、米価暴落に歯止めがかからず、20年産米価格が9000円台との情報もあります。さらに、全農(全国農業協同組合連合会)は2022年6月末の在庫が250万トンを超えるとの試算を出しており、2021年産、2022年産米価格は暴落の危機に直面しています。

「9000円米価」は、物財費に食い込み、米の再生産を不可能にする価格です。これが2021年産、2022年産と続けば、農家の稲作からの撤退は雪崩を打つ事態になりかねません。小規模農家の農地を預かっている大規模経営ほど矛盾が大きく、経営が破たんすれば地域農業の崩壊と国家的規模での食料の恒常的不足の事態を招きかねません。

コロナ禍による需要の消失は、生産者には何の責任もないにもかかわらず、菅政権は、史上最大の生産調整(新たに36万トン)を生産者に押し付けるのみです。その一方で、ミニマムアクセス(MA)米の輸入は聖域扱いにしています。需給が混乱しているもとで、不要なMA米の存在がかつてなく浮き彫りになっています。

需要減の根底にはコロナ禍による失業などで「食べられない人々」が広範に発生している現状があります。新自由主義が作り出した貧困と格差の拡大が米需要の減少・米の「過剰」の背景にあるのです。

各大学や自治体のほか、日本民主青年同盟による困窮する学生への食料支援運動が全国的に取り組まれ、農民連も全国各地で米や野菜などを提供し支援してきました。そのなかで「お米の支援は助かる」との言葉と同時に、「米が過剰で安くて困っている農家がいる一方で、買うに買えない人たちがいるなんておかしい。政府は何をやっているのか」との怒りの声も広がっています。

コロナ禍による生活困窮者への米の支援の拡充を求める声が与野党を超えて強まっています。農林水産省は政府備蓄米を子ども食堂へ無償提供していますが、「食育」の範囲の微々たる量に限られています。省庁の枠を超えた支援制度の創設が必要です。流通段階で大量に生まれている過剰米を政府の責任で困窮する国民が消費できるようにする運動が中央や地方で求められています。

図 米価は今後も2年連続で暴落しかねない(全中試算)

出典:JA全中試算(2021年3月31日)から農民連作成。2021年、2022年の販売価格と在庫は全中の試算と推定。在庫は試算の最大値。販売価格は税抜き価格で、2021年、2022年は8月末の価格。

自粛と補償は一体の立場で

コロナ禍以降、農民連は、「農民のくらしと営農、地域を守れ。自粛と補償は一体で行われるべきだ」という立場から、農林水産省に対し、次のことを要請してきました。

①農業における感染防止対策を開示し周知徹底すること。

②農業者、農業関連業者への売り上げ減少に伴う支援策を行うこと。

③一斉休校に伴う学校給食のキャンセル食材の補償のために文部科学省の対策が円滑に実施されるよう農林水産省としても努力すること。

④牛肉の枝肉価格や子牛価格の暴落に対する牛マルキン(肉用牛肥育経営安定交付金)などを機動的に運用すること。

⑤花きや野菜の需要の冷え込みなど、深刻な影響が出ている農産品の消費拡大対策。

⑥営農継続のための融資制度の拡充、農業関連企業の営業や雇用を守る対策など、大胆かつ大規模な経済対策を行うこと。

─など。

2021年3月19日に行われた「コロナ禍による米危機打開・緊急リモート中央行動」(東京・霞が関)。(筆者提供)

営農継続に役立った持続化給付金

そのなかで、政府は「新型コロナ感染症拡大により、大きな影響を受け、前年同月比で50%以下の大減収となった事業者に対して、事業の継続を下支えするために」最大100万円(個人、法人は200万円)を支給する「持続化給付金」制度を創設しました。

江藤拓農林水産大臣(当時)は、「ほぼほぼ全ての農業者の方々が対象になると理解しております」「農林の場合は、過去1年間の収入を12で割って、所得の低い月と比較していただければ、ほぼほぼこれは対象になる可能性が極めて高い」と答弁しました。

持続化給付金は、コロナ禍により農畜産物や米価の下落に苦しむ農家を励まし、農民連が窓口になった申請分で約1万人の農家が受給し「ハウスの修理ができた」「農機具が買えた」「これで来年も農業が続けられる」と営農を持続させることに大きく貢献しました。

引き続き農民連は、長引くコロナ禍のもと、持続化給付金の再交付を求めています。

浮き彫りになった自給率向上の大切さ

新型コロナ問題を機に食料を海外に依存することの是非が問われています。

農産物貿易の自由化を前提にした食料供給網がコロナ危機で寸断され、多くの国でスーパーの棚から食料品が一時消えるなど、食料不安が広がりました。小麦輸出国のロシアやウクライナ、米輸出国のベトナムが輸出を制限するなど、農産物の輸出制限に踏み切った国は19カ国に及びました。「38%の異常に低い食料自給率で大丈夫か」。日本でも多くの人が危惧しました。自給率38%とは、私たちの体を動かすエネルギーの6割を海外に依存していることになります。もし輸入がストップしたら、命の危険にさらされかねません。

世界的な危機を前に、FAO(国連食糧農業機関)、WHO(世界保健機関)などは共同声明を発表し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」「より長期的には、封鎖命令と人の移動制限によって農業労働者の確保や食料品の市場への出荷が不可能になり、農業生産が混乱するリスクがある」と警告しました。しかし、輸出規制は輸出国の国民の命を守る正当な権利であり、その抑制は困難です。

過度の貿易自由化により、多数の輸入依存国と少数の生産国という構造を生み、それがコロナ・ショックで食品価格の上昇を招き、食への不安心理から輸出規制も起こりやすくなっています。その結果、自給率が下がってしまった輸入国は輸出規制に耐えられなくなっています。いま行うべきは過度の貿易自由化に歯止めをかけ、各国が自給率向上政策を強化することです。自給率向上策は輸入国が自国民を守る正当な権利です。

「家族農業の10年」の道を

世界銀行が主導する「農業に関する知識・科学・技術に関する国際アセスメント」の諮問グループの科学者が、「我々の食料制度を変革する」と題した報告書を公表し、頻発する感染症の増加の背景に、直接的または間接的に、工業的農業と結びついた土地利用があると指摘しています。森林伐採、資源採掘、プランテーション(単一作物の大規模栽培)や、家畜の大規模な飼養によって、本来自然には備わっている自然淘汰が妨げられ、病原体が拡散しやすい状況が作られているというのです。報告書は、緊縮政策による農村の貧困、劣悪な衛生と医療の低水準などが事態を悪化させ、グローバルに展開する食料供給網によってそれが世界中に広がりやすい状況が作られていると警告しています。

人類が直面している危機は新型コロナ感染症だけにとどまりません。気候変動によって毎年激しくなる異常気象、台風や豪雨の被害、鳥インフルエンザや豚熱のような家畜伝染病、さらに今後、想定外の災害や疫病も懸念されます。その時に、経済効率を全てに優先させ、現在のような脆弱な社会でいいのかを改めて問い直し、コロナ禍が浮き彫りにした不安定、不適切、不平等、持続不可能な社会を見直し、新しい社会に転換することが求められます。

農業にとっていま必要なのは、①食料自給率向上を放棄した食料の輸入依存、②農林水産物・食品の輸出額目標5兆円という輸出依存、③労働力の海外依存─という3つの依存政策から脱却することです。TPPやEPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)など自由貿易の推進、農業の大規模化・効率化の道ではなく、国連「家族農業の10年」を最大限に生かし、生態系や環境と共生するアグロエコロジーの推進、食料自給率の向上、農業の多様な担い手の確保など、安倍・菅農政を根本から変えることが求められています。

勝又 真史

1965年、東京都中野区生まれ。現在、農民運動全国連合会(農民連)常任委員、新聞「農民」編集長。