菅義偉首相は、昨年10月、筆者を含む6名の日本学術会議会員への任命を拒否しました。これは、日本国憲法が保障する学問の自由を大きく損ねるとともに、会員の任命手続きを定めた日本学術会議法に違反する違法なものです。日本国憲法は、23条で「学問の自由は、これを保障する」と規定しています。同憲法21条が「一切の表現の自由」、すなわち人間の多様な精神活動全般の自由の保障を定める一方で、このような規定が置かれたことの意義を、いまこそ真剣に考える必要があります。
明治憲法下の「学問の自由」弾圧
憲法23条の意義を考える上で、明治憲法(大日本帝国憲法)の下での学問の自由や表現の自由の法的な位置づけについて踏まえることが重要です。同憲法は、29条で「言論著作印行集会及結社」の自由を「臣民の権利」として規定していましたが、それも「法律ノ範囲内ニ於テ」という保障の弱いものでした。悪名高い「治安維持法」をはじめとした思想、言論、結社を弾圧する諸法律は、この憲法の下で堂々と幅を利かせていたのです。また、同憲法は、学問の自由については、何も規定しておらず、教育についても、「臣民の権利」のなかで触れていませんでした。それというのも、政治支配の正当性を神権天皇制に求めた明治憲法の下では、その思想を教育や学問を通じて国民に注入することが必要とされたからです。教育による天皇制イデオロギー注入の柱として、「教育勅語」(1890年)が据えられ、天皇への忠誠が要求されました。大学における学術研究の目的には、「国家ノ須要ニ応スル学術技芸」(1886年帝国大学令)、「国家ニ須要ナル学術ノ理論及応用」(1918年大学令)の教授が掲げられ、教育も学問も国家目的に従属する存在でした。
こうした明治憲法の下では、大学に関して教授の人事などについてだけ一定の自治が慣行として認められていましたが、しかし、軍国主義化の動きのなかで、そうした「大学の自治」さえも滝川事件(1933年)などによって掘り崩され、また、治安維持法違反事件や天皇機関説事件(1935年)などの思想弾圧事件があいつぐなかで、科学も政治に従属して戦争遂行に動員されました。そして、日本はアジア太平洋戦争へと突入し、敗戦を迎えることになったのです。
*滝川事件:1933年、京都帝国大学法学部教授・滝川幸辰の学説を理由に鳩山文部大臣が辞職または休職を求め、著書を発禁にしたことに抗議して、法学部教官33名のうち21名が辞職した。大学自治に関わる戦前最大の事件。
*天皇機関説事件:当時の憲法学の第一人者・美濃部達吉による、統治権は国家にあり、天皇はその最高機関として、内閣をはじめ他の機関の輔弼を得て統治権を行使するという学説。1935年、退役軍人や右派政治家に攻撃され、言論や学問の自由を奪われてゆく分岐点となった。
日本国憲法と「学問の自由」
日本国憲法は、こうした戦前の苦い教訓を踏まえて、思想・良心の自由(19条)、信教の自由と政教分離(20条)、表現の自由(21条)と合わせて、23条で「学問の自由は、これを保障する」と定めて、精神的自由の豊かな保障の上に「学問の自由」を独自に保障したのです。また、26条が国民の「教育を受ける権利」を保障し、明治憲法体制が、教育を国家目的遂行の道具としたことからの根本的な転換を果たしたことも見逃せません。
この日本国憲法の下で、日本学術会議法が1948年に制定され、学術会議が設置され1949年から活動をはじめます。学問の自由の保障の上にたって、学術会議は、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命」(同法前文)として設立されました。
日本学術会議と「学問の自由」
学術会議は国費によって運営される国の特別の機関として設立されました。その目的は、法の第2条で「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させること」とされ、第3条で「日本学術会議は、独立して…職務を行う」としています。これによって、学問の自由に基礎づけられた学術研究の成果をもちより、政治権力に左右されない独立の活動によって、政府と社会に対して政策提言を行うことをその職務とすることになりました。そのために、第5条では、「日本学術会議は、左の事項について、政府に勧告することができる」と政府に対する勧告権も与えられました。
学問の自由は、科学者とそのコミュニティが大学や研究機関という場の支えを受けて行使するものです。学問の自由は、科学者が個人として享受するだけでなく、科学者のコミュニティによる集団的な営みを支えるものです。学術会議は、そうした学問研究活動の成果をもちよって、政府に対してさまざまな提言や勧告を行う機関です。学術会議のこうした性格から、大学の自治の保障と同様に、政府からの独立性が求められます。憲法23条の学問の自由は、学術組織の独立性の保障も含んでいるのです。菅首相は、6名の日本学術会議会員への任命を拒否した際に、会員の学問の自由の侵害には当たらない、学術会議の独立性を侵すものではないとしています。しかし、これは、学問の自由の意義を見誤るものです。
学術会議の会員人事が、学術会議の会員、連携会員、多くの学協会の協力の下で自律的に行われることは、学術会議が政府や社会に対して学術に基礎づけられた勧告や提言を独立して行う上で不可欠のことであり、それは憲法23条が保障する学問の自由から導かれることです。今回の事態を発端にして異論を排除する政治が横行し、「物言えぬ社会」の風潮が強まるならば、思想の自由、表現の自由、信教の自由などの精神的自由権、すなわち憲法そのものの危機にほかなりません。今年の通常国会(第204国会)で成立した改正国立大学法人法で、学長選考会議が「学長選考・監察会議」に名称変更されて権限も強化されましたが、大学運営が教育・研究の現場から一層遠ざけられる危惧があります。
*学協会:学会など、学者・研究者が互いの連絡、知識や情報の交換、研究成果の発表のために組織した団体の総称。
一日も早い任命を
学術会議は、最近では、2月9日に、「新型コロナウイルス感染症対策の検討について」という声明を出し、この対策が「誰一人取り残さない」という理念のもとに展開されるべきとして、その実現のための基本的な考え方といまのコロナ禍に対する学術の立場からの決意を表明しています。こうした活動は、学術会議の重要な役割です。また、学術会議は、1月28日に「日本学術会議会員任命問題の解決を求めます」という幹事会声明を発して、6名のすみやかな任命をあらためて菅首相に強く求めました。そして、4月22日の総会でも、6名の即時任命を要求する声明を決定しました。
私も、一日も早い任命をかちとるべく力を尽くして取り組んでまいります。4月26日には、任命を拒否された6名全員で自己情報開示請求を行い、同じ日に1162名の法学者、法律家が行政情報開示請求を内閣府に対して行いました(前者は不開示または応答拒否、後者は一部のみ開示)。今後とも、どうぞご支援のほど、よろしくお願いいたします。