【論文】「不平等ウイルス」による貧困パンデミック

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長引くコロナ禍のため貧困パンデミックが引き起こされています。貧困パンデミックの特徴と政府の貸付を中心とした対応の問題点を指摘し、貧困を直視した対応策を提案します。

「東京『制御不能』/医療『深刻な機能不全』」(『朝日新聞』、2021年8月13日)。新型コロナウイルスによる感染者の急増が止まりません。本稿執筆時点(2021年8月12日)の国内感染者数は1万8888人/日と前日に続いて過去最高を更新し、専門家は「災害レベルで感染が猛威を振るう非常事態」という最大級の危機認識を示しています。ここまで事態が深刻化した原因に関しては、世論の反対を押し切って強行されたオリンピック開催の是非も含め、コロナ禍勃発以降の政府の対応について厳正な検証が必要です。

本稿では、新型コロナウイルスは人を選ばずに感染しますが、その生活への影響は人によってまったく異なる「不平等ウイルス」であること、その結果「貧困パンデミック」が引き起こされていること、その要因が、自助、自己責任を強調する新自由主義的政策による社会保障の後退にあることを指摘するとともに、生活保護に至るまでの施策と生活保護について、差し当たっての改善、改革案を提案します。

コロナ禍の特徴─「不平等ウイルス」

(1)シンデミック(Syndemic)と貧困パンデミック

シンデミックとは「同時に幾つかのパンデミックが起こるという現象」を指します。つまり、新型コロナ感染症のまん延とともに、それを引き金として、社会構造が有するさまざまな問題が明らかになってきたということです。アメリカでは、いうまでもなく黒人差別がいまだに深刻な社会問題であることが白日の下にさらされました。日本では、類型的には、女性、若者(学生)、外国人に、就業形態としてはフリーランス、個人事業主(特に飲食、宿泊、小売り業者など)に、雇用形態としては非正規に、所得階層としては低所得層の健康、雇用に悪影響を及ぼしています。すなわち、こうした層に貧困パンデミックが襲いかかっています。その上、こうした層へのコロナ禍の影響は、正規労働者などの層よりも大きく、この意味でコロナ渦の影響は逆累進的で、たちが悪いのです。新型コロナウイルスが、「不平等ウイルス」と呼ばれるゆえんです。

(2)相談事例にみる貧困パンデミック

2008年のリーマンショックの時は、製造業を中心とする男性の派遣労働者の解雇が相次ぎましたが、コロナ渦では前述のように、非正規、低所得層という政策的に生み出されてきた社会構造的弱者層全体が被害を受けています。これを、筆者も相談員として参加してきた「なんでも電話相談会」での相談事例の傾向から見てみましょう。

この相談会は、2020年4月から全国の支援団体によって隔月に電話相談として行われているもので、2021年4月まで計7回実施され、総相談件数は9161件に達しています。相談者の属性と相談内容などの特徴は以下の通りです。

①雇用労働者のうち非正規労働者の相談が年間平均(以下同じ)7割を占めました。雇用の調整弁となっていることが明らかです。

②女性の相談が44%で、宿泊・飲食・小売が多く非正規と重なります。ケア(育児、介護)の困難を引き起こしています。

③自営業・フリーランスが2割前後で推移しています。実質は労働者でありながら業務委託の形で働かされている者、したがって失業給付の支えがない不安定な働き方であることが要因です。

④高齢者では、60代23%、70代以上23%で、無年金、低年金のため働かざるを得ない高齢者の働く場がなくなっています。

⑤無職者は、2021年4月には43%に達した。ハローワークに行っても仕事が見つかりません。

⑥低所得・所持金の枯渇については、月収10万円以下の者が55%(2020年4月)だったのが、1年後には67~69%(2021年4月)に達しました。所持金1万円以下は、2020年10月から2021年4月まで33~37%と高止まりとなっています。

⑦家賃滞納、住宅ローンおよび債務問題等住居喪失の危機にある者の相談は、6・2%(2020年6月)から14・3%(2021年4月)と増加傾向にあります。

⑧生活保護についての相談も、10・8%(2020年6月)から21%(2021年4月)と増加傾向にありますが、旧態依然として「水際作戦」が根強い上、「生活保護だけは受けたくない」という忌避感情(スティグマ)が強い状況にあり、最後のセーフティネットとしての機能を発揮できていません。

(3)女性の貧困─シーセッション(She-cession=女性不況)

ア 女性の貧困の実状

コロナ禍においては女性の貧困が際立っています。いくつかの特徴を見てみましょう。

まず、相談現場に訪れる女性の割合の高さです。「年越し派遣村」(2008~2009年末年始)の時は、相談に来た505人のうち、女性は5人だけでしたが、2020~2021年末年始の「コロナ被害相談村」では、344人中62人が女性でした。しかも、62人のうち、29%がすでに住まいがない状態で、21%が所持金1000円以下だったといいます。また、2021年のゴールデンウィークに東京で開催された「大人食堂」では全体の約3割が女性でした。

また、NHKで紹介されたある79歳の高齢女性は、50歳代の息子(自営業、体調不安定)と2人暮らしで、コロナまでは自身の月10万円の年金と、マーケットの試食販売で月8万円を稼ぎ何とか生活をしていました。しかし、コロナで仕事がなくなり、現在ハローワークに通って仕事を探しています。年金の低さといわゆる「8050問題」が重なっている世帯です。平均寿命にあと数年という年齢の方が職探しをせざるを得ないという事態に胸が痛みました。

こうした女性の貧困が拡大した結果、2020年の女性の自死が、前年比で885人、14・5%増となっています。2020年の自殺者数全体も、2万919人と11年ぶりに前年比で750人増加しており、うち女性の自殺者数は2020年6月から7カ月連続で増加するなど過去5年で最多となっています。

イ 女性の貧困の要因

以上のような女性の貧困の要因は、図1を見れば明らかです。女性雇用者のうち非正規労働者は53・9%を占め、非正規労働者のなかでは女性は73・7%を、また低収入層では78・7%に達しています。つまり、女性雇用者≒非正規雇用≒低収入層は重なっており、固まりとなっているのです。

図1 女性や非正規労働者、低収入層の重複割合(2020年8月調査)

出典:『貧困研究』vol.25、8ページ。

また、高齢女性の貧困の原因が低年金にあることは明らかです。表1にあるように、基礎年金のみの受給者と旧国民年金受給者の平均年金月額は5万1938円にとどまり、さらに女性が大半(529万人、76%)を占めています。この層は貯金がなくなれば生活保護基準を下回る可能性が高く、「生活保護予備軍」といってもよい層です。

表1 旧国民年金受給者の年金額と受給者数(基礎年金のみ・旧国民年金)

出典:厚生労働省年金局「平成30年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」(2019年12月)から筆者作成。

このように、コロナ禍で露呈した女性の困難は、日本社会が、労働条件、子育て負担、年金など、女性へのしわ寄せで成り立っていることを明らかにしたといえます。

コロナ禍に対する国の対応─生活困窮者を借金漬けにしていいのか?

(1)特例貸付と住居確保給付金

コロナ禍における国の対応は、基本的には貸付と一部の期間限定給付を中心としています。貸付は、生活福祉資金(緊急小口資金と総合支援資金)の要件を緩和して貸し付けるものです(特例貸付)。緊急小口資金は本来10万円の貸付限度額を20万円までとし、総合支援資金も最大180万円まで借りることができるようにしました。このような緩和によって、全国の特例貸付の貸付状況は、251万8000件、1兆959億円超(2020年3月~2021年6月)となっています。2009年のリーマンショック時の50倍を超えています。生活保護費の年間予算の約3分の1弱が投じられており、これ自体は巨額です。

また、住居確保給付金も、離職後2年以内という条件や、給付時の求職要件がなくなり、再就職支援という性格から、一時的であれいわゆる住宅手当的な給付となったことや、9カ月の支給期間が1年に延長されたことなどから、306億円(2020年度)が投じられ、2018年度の50倍に達しました。

(2)貸付と期間限定の給付でいいのか

しかし、特例貸付はあくまで貸付です。償還時に「所得の減少が続く住民税非課税世帯」は償還免除が予定されていますが、当然ながらそれ以外の世帯にとっては返済しなくてはなりません。貸付ということは、結局は「災害であるコロナ禍」を自己責任で乗り切れというに等しく、コロナ禍が収束すれば、生活に困っている人の収入が元に戻り返済可能なだけの水準になるということを前提にした、いわば「いつものやり方」です。

また、住居確保給付金にしても、収入条件が生活保護世帯並みの水準であるなど支給要件が厳しい上に、9カ月の支給期間が12カ月まで延長されたものの、ハローワークへの求職活動という条件が復活しています。

しかし、コロナ禍が、女性の貧困や非正規など、新自由主義に痛めつけられた日本社会の構造的な脆弱性を明らかにしたいま、私たちはコロナ禍を、私たちに気づきを与える「目覚まし時計」と捉えるべきです。また、コロナ渦が「レントゲン」のようにいびつな社会構造を照射した現在において、貧困自体を直視して、貸付ではなく給付を、また、期間限定ではない住宅手当などへの制度的な改革、充実を行い、後退した社会保障の再建を図るべきでしょう。

役割を果たせていない生活保護

(1)生活保護の現状─コロナ禍以降、保護利用者は減少

貧困が拡大しているにもかかわらず、2020年9月から2021年3月まで7カ月連続で保護申請数は前年同月比で増加しているものの(表2)、生活保護利用者は逆に2020年2月の206・4万人から2021年4月の204・3万人へと減少しています(図2)。リーマンショック時は、2008年暮れの年越し派遣村に訪れた500人中300人が生活保護となり、全国的にも2008年平均159・2万人が2009年平均176・4万人へと1年間で17万人、10・9%増加したのとは全く様相が異なっています。

表2 保護の申請件数、保護開始世帯数、保護廃止世帯数(各月間)及び対前年同月伸び率(概数)

出典:厚生労働省「被保護者調査」(2021年5月分概数)。

図2 被保護実人員(各月間)と対前年同月伸び率(概数)

出典:厚生労働省「被保護者調査」(2021年5月分概数)。

(2)特例貸付等の利用によって生活保護に至るのを「防止」

前述のように、1兆円を超える特例貸付の実施に一定の効果があったことは事実でしょう。しかし実は生活保護にふさわしい人(収入基準が生活保護基準を下回り、困窮事情から考えて返済が困難と考えられる人)であっても、貸付に誘導されたり、自ら生活保護を避ける気持ちから貸付でしのごうとする人が少なからず存在していると思われます。展望のない貸付は、据え置き1年後から返済に苦しむ低所得層を量産することになります。

(3)厚生労働省の生活保護「柔軟運用」指示が徹底されず、現場には根強い「水際作戦」

実は、厚生労働省はコロナ禍の急速な拡大による1回目の緊急事態宣言時の2020年4月7日から、以下のような生活保護の柔軟運用を指示しています(ただし、③、⑤などは従来の運用の再確認)。①保護申請時には必要最小限の聴取に留め口頭の申請も認める、②自動車について1年を超えて処分の保留を認める、③持家を保有したままの保護の利用を認める、④緊急事態宣言中は稼働能力活用の場はないとみなす、⑤一時的に知人宅に身を寄せていても同一世帯とはみなさない、⑥住宅扶助額を超える家賃の住居であっても転居指導を保留できる、などです。また、年末には、ホームページに初めて「生活保護の申請は国民の権利」であることを明記しました。

しかし、こうした一定の改善は、前述の電話相談でも紹介したように、なかなか現場に徹底されず、旧態依然の「水際作戦」が払しょくできていません。

また、2012年からの生活保護バッシングが社会に沈殿し、生活保護に対する忌避感情を強めていることも事実です。

このようないくつかの要因が重なって、コロナ禍という未曽有の生活の危機にあっても、生活保護が最後のセーフティネットとしての役割を果たせずにいると考えられます。

平時からの給付制度の拡充と生活保護を使いやすく─ポストコロナを見据えて

コロナ禍が明らかにした脆弱な社会保障と使いにくい生活保護を改革、改善するにはさしあたり、以下の方策を具体化すべきです。

(1)期間限定給付や貸付ではない、給付制度の拡充

ア 住宅手当の創設・児童扶養手当の増額へ

この間の住居確保給付金の運用は、日本における家賃の高さと、したがって家賃補助の有用性を明らかにしたといえます。したがって、就労支援としての住居確保給付金でなく(離職条件と求職活動要件の廃止)、住宅手当に純化し、支給要件も現在の生活保護と同水準ではなく、その上(たとえば生活保護の収入基準の1・5倍程度)に位置する制度として、支給期間の制限のない制度に再編すべきです。

また、ひとり親家庭に支給される児童扶養手当についても、第2子加算1万円、第3子以降の加算6000円の抜本的な増額が急務です。

イ 貸付ではない給付へ

差し当たり、現行の特例貸付については、市民税非課税者に限らず、児童扶養手当受給者なども含めて返済免除の対象者を拡大すべきでしょう。

(2)自己責任の果ての生活保護ではなく、権利として、使いやすい生活保護へ

生活保護が頼りになる制度として役に立つように、平時での拡張適用、改革を進めるべきです。当面は、次の課題を喫緊の課題と考えます。

  • ①「生活保護法」の名前を「生活保障法」に変える。
  • ②オンラインによる保護の申請を認める(厚生労働省はファックス申請までは認めている)。
  • ③扶養照会を止める。
  • ④生活用品としての自動車を認める(特に地方では自動車は生活の足となっている)。
  • ⑤保護開始時の保有容認貯金を最低生活費の3倍程度まで認める(単身30万~40万円)。
  • ⑥生活保護世帯からの大学進学などを認める(一般世帯の高卒後の進学率は8割近い)。

おわりに─「裁判所は生きていた」

生活保護をめぐっては、2013年から強行された制度発足後最大規模の生活扶助基準の引下げの取り消しを求めた「いのちのとりで裁判」で、本年2月22日に大阪地裁が厚生労働大臣の引き下げ処分を違法として取り消した大阪地裁判決に触れないわけにはいきません。この引き下げは、2012年暮れに政権復帰した自民党の「生活保護費10%減」という公約を実現するために、無理に無理を重ねたものでした。裁判所は生活保護世帯の生活実態をしっかりと見て、そのような引き下げはできないと認めました。私たちの生活の土台である生活扶助基準の重要性を示したこの判決を踏まえ、生活扶助基準の一刻も早い回復が求められています。

【注】

  • 1 『朝日新聞』2021年8月13日付。
  • 2 国際NGO「オックスファム」による指摘。The Inequality Virus、2021.1.25 www.oxfam.org/en/research/inequality-virus
  • 3 マシュー・マー「米国におけるホームレスネス、Systemic RacismとCovid-19 Syndemic」『貧困研究』vol.26、明石書店、2021年7月30日、4ページ。
  • 4 猪股正「電話相談の現場から─コロナ禍の1年を振り返る」、前注3『貧困研究』Vol.26、100ページ。
  • 5 稲葉剛「雨宮処凛さんと語る『コロナ禍の生活苦と住まいの貧困』」ウェブサイト「論座」(2021年5月25日)における雨宮処凛氏の発言。
  • 6 NHKスペシャル「コロナ危機 女性にいま何が」(2020年12月5日)より。
  • 7 速報値。『産経新聞』2021年1月22日。
  • 8 生活保護を申請すると、福祉事務所は、扶養義務者(申請者の親、子、兄弟など)に対して援助を求める扶養照会を、申請者が拒否をしても機械的に送付する場合が多い。しかし、実際に扶養照会をしても、金銭的援助をしてくれる扶養義務者は1・45%に過ぎない(2017年国調査)。このように効果はほとんどない扶養照会だが、これにより申請者の生活困窮状態が親族に知られることになる。2020年末の東京つくろいファンドが行った2020~2021年末年始の相談者165人へのアンケートでは、20~50代に限定すると77人中33人(42・9%)が「家族に知られるのが嫌だから」生活保護を利用していない。このような事実は、扶養照会が生活保護を受けにくくする不当な「壁」と化していることを物語る。東京つくろいファンドなどが行った扶養照会の緩和(扶養照会は申請者が事前に承諾し、かつ、明らかに扶養義務の履行が期待できる場合に限る)を求める署名は5万8000を超えた。こうした要望を受けとめ、厚生労働省は2021年3月末の事務連絡で、生活保護を申請する人の意向を尊重する方向性を明らかにし、本人が扶養照会を拒む場合には、「扶養義務履行が期待できない場合」に当たる事情がないかを特に丁寧に聞き取る、という運用に改善した。これは国が申請者の意向(扶養調査の拒否も含めて)を尊重することを初めて認めたものであり、貴重な一歩と評価できる。稲葉剛『貧困パンデミック』2021年、明石書店、166~189ページに詳しい。
吉永 純

生活保護ケースワーカーなど京都市役所を経て、現在花園大学で貧困や生活保護を研究。全国公的扶助研究会会長。編著『Q&A生活保護手帳の読み方・使い方』、単著『活保護審査請求の現状と課題』、いずれも明石書店。

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