【論文】文化審議会答申を博物館法改正問題―市民の学びの自由と権利を保障する博物館の自由をめぐって

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文化審議会答申にもとづく博物館法改正の動きをどのように捉えるか。立法時の理念を確かめつつ、第9次地方分権一括法・文化観光推進法などをふまえて論点を提示します。

はじめに

文化審議会は、文部科学大臣による諮問「これからの時代にふさわしい博物館制度の在り方について」(2021年8月16日)を受けて2021年12月20日に「博物館法制度の今後の在り方について(答申)」(以下、「答申」)を文化庁長官に提出しました。2018年6月の文部科学省設置法改正によって、博物館に関する事務が文化庁に一元化されて以降、文化審議会は2019年11月1日に博物館部会を設置して博物館制度に関する検討を開始しました。2020年2月2日には博物館部会に「法制度の在り方に関するワーキンググループ(WG)」を設置して11回の審議を重ね、第3期博物館部会による3回の審議を経て「答申」がまとめられました。

博物館法は1951年12月1日公布・1952年3月1日の施行から70年が経過しています。同法が制定されてからすでに23回に及ぶ改正を重ね、単独での法改正は1955年の第一次改正のみであり、今回の法改正が成立するならば第二次改正となります。本小論では、あらためて博物館法の立法趣旨に立ち戻りながら、第9次地方分権一括法による博物館法改正(2019年)、さらに「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律」(2020年、以下「文化観光推進法」)の問題点を指摘しながら、今次博物館法改正をめぐる論点を提示してみたいと思います。

憲法・教育基本法制のもと社会教育法の精神に基づき制定された博物館法

博物館法第1条(この法律の目的)は「この法律は、社会教育法(昭和二十四年法律第二百七号)の精神に基き、博物館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もつて国民の教育、学術及び文化の発展に寄与することを目的とする」と明記しています。博物館法案は、議員立法(若林義孝君他9名提出)として第12回国会(1951年10月)に提出されましたが、法案提出までの博物館界や文部行政の動きについては、伊藤寿朗氏の「献身的な努力」によってまとめられた日本社会教育学会社会教育法制研究会『社会教育法制研究資料XⅣ』(1972年2月)や椎名仙卓・青柳邦忠著『博物館学年表─法令を中心に─』(雄山閣、2014年2月)などから知ることができます。

日本国憲法と深く結びついて制定された1947年教育基本法は、第7条(社会教育)2項において「国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によって教育の目的の実現に努めなければならない」と博物館を明記し、さらに1947年教育基本法の精神にのっとり制定された社会教育法第9条は、「図書館及び博物館は、社会教育のための機関とする」、2項「図書館及び博物館に関し必要な事項は、別に法律をもつて定める」と明記しています。1947年教育基本法は2006年に第一次安倍内閣のもとで「全部改正」されましたが、現行教育法体系においても博物館は明確に社会教育施設として位置付けられています。したがって博物館を支える法制度を検討する際には、常に憲法・教育基本法・社会教育法制との構造的理解が求められます。憲法で明記された基本的人権としての思想・良心の自由、表現の自由、学問の自由などの自由権的諸権利と「教育を受ける権利」(学習権)などの社会権的権利は、社会教育機関としての博物館においても十全に保障されなければなりません。

教育委員会制度と博物館の自由

後述する第9次地方分権一括法に関連する国会審議のなかで、当時の柴山文部科学大臣は「今御紹介をいただきました昭和二十三年の旧教育委員会法の提案理由説明においては、地方教育行政改革の根本方針として、一、教育行政の地方分権、二、住民の意思の公正な反映、三、教育委員会の首長からの独立性が挙げられており、このことは現行の地教行法のもとにおいても基本的には変わらないと考えております」(2019年4月17日、衆議院文部科学委員会)と答弁しています。この三つの根本方針が博物館の自由を保障する制度的保障として博物館法に定位されているとみることもできます。すなわち現行博物館法に規定されている「博物館は、その事業を行うに当つては土地の事情を考慮し、国民の実生活の向上に資し、更に学校教育を援助しうるようにも留意しなければならない」(第3条2項)、公立博物館における博物館協議会の設置(第20条~22条)、入館料等の無料規定(第23条「公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる」)、そして第19条「公立博物館は、当該博物館を設置する地方公共団体の教育委員会の所管に属する」と明記しています。

なお、今回の「答申」に基づく博物館法改正の中心的課題となっているのが後述するように「登録制度」の見直しです。博物館法案提出にあたって準備された「答弁資料」(文部専門員および文部省、1951年4月)において「…博物館の公共的な機能を確保することが第一の要件である。…これは博物館を拘束するということではなく、博物館の特異性から、その機能の基礎を確保し、積極的にその助長をはかろうとするためのものである」とされていたことはあらためて想起しておく必要があります。

公立博物館の首長部局移管を可能とした第9次地方分権一括法と博物館法第19条改正

この間の博物館に関連する法改正で注目すべきは、前述した文部科学省設置法改正による博物館に関する事務の文化庁への一元化(2018年)、さらに文化財保護法改正とセットで、地方公共団体の長が文化財の保護に関する事務の管理・執行等を可能とした地方教育行政法改正(2018年)、さらに第9次地方分権一括法によって地方教育行政法・社会教育法・図書館法・博物館法が2019年に改正され、博物館を含む公立社会教育施設の首長部局移管が可能となったことなどです。

地方分権改革における「提案募集方式」によって、2017年度に北海道(追加共同提案団体:群馬県・三重県)から「公立博物館の所管を地方公共団体の首長とすることの容認」を求めた提案が出されました。所管する文部科学省、内閣府の提案募集検討専門部会等とのやりとりを経て「公立博物館については、まちづくり行政、観光行政等の他の行政分野との一体的取組をより一層推進するため、地方公共団体の判断で条例により地方公共団体の長が所管することを可能とすることについて検討し、平成30年中に結論を得る」(「平成29年の地方からの提案等に関する対応方針」、2017年12月26日)と閣議決定されます。

「宿題」を課された文部科学省は、公立博物館の所管に関する規制緩和要求であったにもかかわらず、2018年2月には公民館・図書館を含む「公立社会教育施設」にまで検討対象を拡大したWGを中央教育審議会生涯学習分科会に設置します。3月には文部科学大臣から公立社会教育施設の所管を含む社会教育振興策に関する諮問が中央教育審議会へ提出されました。

三重県名張市からの規制緩和提案

しかし、公立社会教育施設の所管に関わる規制緩和のためには、公民館を含む公立社会教育施設の所管に関する規制緩和提案が欲しいわけです。そこで準備されたのが2018年6月4日付で内閣府地方分権改革推進室に提出された三重県名張市からの「公立社会教育施設の所管に係る決定の弾力化」提案です。その経過については驚くべき事実が第9次地方分権一括法を審議した2019年5月30日参議院内閣委員会における田村智子議員の発言によって明らかにされました。「我が党の市議に、市の複数の担当者に直接聞いてもらいました。そうしたら、担当者の方複数いますが、こう言っていました。私の方から要望を出したのではない、国が名張市の先行事例を知っていて、成功事例としてのヒアリングが欲しかったのではないのか、あるいは国からの要請を受けて提案した、借りをつくった、何かのときに返してもらうこともあるだろう、こう言っているんですよ。国が進めたい施策を自治体に提案させる、こういうことも行われているんじゃないんですか」(第198回国会参議院内閣委員会第20号、2019年5月30日)。

公立博物館をめぐる規制緩和の動きが公立社会教育施設全体の規制緩和の契機となったことは間違いありません。結局、第9次地方分権一括法によって博物館法第19条(所管)は「公立博物館は、当該博物館を設置する地方公共団体の教育委員会(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三十一年法律第百六十二号)第二十三条第一項の条例の定めるところにより地方公共団体の長がその設置、管理及び廃止に関する事務を管理し、及び執行することとされた博物館にあつては、当該地方公共団体の長。第二十一条において同じ。)の所管に属する」と「改正」されたのです。

今回の法改正にあたっては衆議院地方創生特別委員会(2019年4月25日)、参議院内閣委員会(2019年5月30日)において附帯決議が採択されています。特に参議院の附帯決議では、五の項目に「特に、図書館、博物館等の公立社会教育施設が国民の知る権利、思想・表現の自由に資する施設であることに鑑み、格段の配慮をすること」が付け加えられました。換言すれば、首長部局へ移管された「特定社会教育機関」(「図書館、博物館、公民館その他の社会教育に関する教育機関のうち当該条例で定めるもの」地方教育行政法第23条(職務権限の特例)第一号より)が国民の知る権利、思想・表現の自由を阻害する危険性があるということを示したものにほかなりません。

文化観光推進法の問題点と博物館への影響

さらに博物館に重大な影響を及ぼす法として制定されたのが文化観光推進法(2020年4月17日公布・5月1日施行)です。同法に基づく「基本方針」も公表され、文化庁HPによれば具体的な事業(博物館等を中核とした文化クラスター推進事業(2020年度予算額14億9000万円)、文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光推進事業(2021年度予算額19億4500万円))も開始されています。背景には、「訪日外国人旅行者数を2020年に4000万人、2030年に6000万人とする目標等を達成」(閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2019」)するという政府の観光立国政策があったことはいうまでもありません。

まず、問題点として第一に指摘したいのは、「文化観光」とは「有形又は無形の文化的所産その他の文化に関する資源(以下「文化資源」という)の観覧、文化資源に関する体験活動その他の活動を通じて文化についての理解を深めることを目的とする観光」(第2条)とされますが、「文化観光」概念の導入によって観光が目的とされて文化が手段化される危険性はないのだろうか、という危惧です。

第二は、「文化資源保存活用施設」である「博物館、美術館、社寺、城郭等の施設」(「基本方針」より)が同法第2条3項の「文化観光拠点施設機能強化事業」によって、文字通り「文化観光拠点施設」へと「機能強化」され、「収集・保管、展示・教育、調査・研究の基本的機能」(「答申」より)が後景に退いてしまうのではないか、という危惧です。

そして第三に、第二と関連して、同法のスキームのもとでの事業展開が、博物館の自由で自律的な学芸活動を阻害することにならないだろうか、という危惧です。

文化観光を推進する少数の拠点への集中的支援

法の基本的なスキームは、主務大臣(文部科学大臣および国土交通大臣)が「基本方針」を定め、「文化資源保存活用施設の設置者」が「文化観光推進事業者」と共同して申請する「拠点計画」と自治体が協議会を組織して申請する「地域計画」とが、「基本方針」その他に「適合」する場合には、それぞれの計画が主務大臣によって「認定」され、「特別の措置」「国等の援助」「国等による資料の公開への協力」「予算・税制等の支援」等が受けられるというものです。

「基本方針」は、たとえば「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進の目標」として4項目を挙げ、最後の項目として「文化観光拠点施設及び地域への国内外からの来訪者が増加すること、特に、国外からの来訪者が今後10年間で現在の2倍程度まで増加すること」(傍点筆者)を掲げています。さらに「基本方針」は、おおむね5年程度の計画期間における「拠点計画の目標」として、たとえば「…来訪者の満足度の向上、国内外からの来訪者数の増加(特に、国外からの来訪者数については、今後10年間で2倍程度まで増加するよう、計画期間に応じて適切に設定すること)に加え、例えば、リピーター率の上昇等」を掲げています。こうした「満足度」「来訪者数」「リピーター率」などがKPI(重要業績評価指標)として位置づけられ、3年程度で行われる評価を含むPDCAサイクルのもとで「文化観光拠点施設」としての博物館・美術館等の事業が展開されていくことになります。

2020年4月7日の参議院文教科学委員会において全会一致で採択された6項目の「附帯決議」のうち、特に「一、本法に基づく博物館等に対する財政的支援が、文化観光を推進する少数の拠点への集中的な支援であることを踏まえ、我が国全体の博物館等を広く下支えする財政的支援にも努め、文化芸術の保存、継承や発信、社会教育等といった博物館の基本的機能の維持向上を図ること」「二、…特に博物館等の社会教育施設が国民の知る権利、思想・表現の自由に資する施設であることに鑑み、格段の配慮をすること」の2項目は注目に値します。附帯決議は、むしろ文化観光推進法の問題点を明らかにしているからです。

博物館法第1条・目的、第2条・定義、第2章・登録制度「改正」をめぐる課題

今回の「答申」にあらためて目を通すならば、「博物館は、生涯学習・社会教育機関としてすべての人びとに開かれた施設」であると再確認していることは重要ですが、一方で「文化芸術基本法の精神を踏まえた文化拠点として…明確に位置付けられる必要がある」と指摘していますので、博物館法の根幹にかかわる第1条・目的が変更される可能性があります。

「新しい博物館登録制度の方向性」については「新たな登録制度の理念と目的」「設置主体」「審査基準」「審査主体・プロセス」「継続的に活動と経営の改善向上を図る仕組み」「博物館による他館や関係機関との連携の促進」「新制度と連動した総合的な博物館振興策の推進」の7項目が挙げられています。「設置主体」(第2条)については「可能な限り拡大すべき」として設置者要件の緩和が企図されていますが、その際、国立博物館については「両輪として体系を構成している」として「博物館の登録の対象とする必要は必ずしもない」としました。国立博物館については独立行政法人化されていることの問題や課題がまず議論されるべきだと思います。

今次法改正の重要な争点は登録制度の根幹をなす「審査基準」「審査主体・プロセス」等がどのように法制化されるかです。「審査基準」については「日本博物館協会において具体化が行われた共通基準案等を基礎としつつ」とされ、また「審査主体については、引き続き都道府県・指定都市の教育委員会が担うことが適当である」とされました。「審査基準」自体は法案成立後に文化審議会で議論され、パブリックコメントを経て文部科学省令として発出されることになりますが、そこでは「外形的な基準(学芸員の有無、博物館資料の有無、年間の開館日数、施設の面積等)のみならず、博物館としての活動についても考慮したものにすべきである」とされました。博物館部会・WGの議論のプロセスにおいては「外形的基準から質的基準への転換」とも表現されていましたが、果たして「質的基準」や「博物館としての活動についても考慮したもの」をどこまで基準として明示できるのか、博物館の自由・学芸活動の自由の保障と関わって慎重に議論されることが求められています。

【注】

  • 1 社会教育推進全国協議会「文化審議会 答申『博物館法制度の今後の在り方について』に対するアピール」(2021年12月22日)もぜひ参照されたい。
  • 2 伊藤寿朗(1947~1991)の博物館論については『ひらけ、博物館』(岩波ブックレット№188、1991年)、『市民のなかの博物館』(吉川弘文館、1993年)などを参照のこと。
  • 3 日本社会教育学会社会教育法制研究会『社会教育法制研究資料XⅣ』1972年2月、77ページ。
  • 4 詳しくは、長澤成次著『公民館はだれのものⅡ─住民の生涯にわたる学習権保障を求めて』(自治体研究社、2019年)を参照のこと。
長澤 成次

1951年東京都生まれ。千葉大学名誉教授。専門は社会教育。編著書に『公民館で学ぶ』シリーズ(国土社刊)、『公民館はだれのもの2』(自治体研究社、2019年)など。

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