【論文】憲法学習と住民自治─地域と学校で主権者を育てる重要性

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はじめに─憲法九条の危機の中で

ロシアのウクライナ侵略という状況の中で、改憲派は「九条で国は守れない」「国連は無力、軍事同盟こそが守ってくれる」「敵基地攻撃能力が必要」、さらに「国内に米国の核兵器を配備して共同運用することも必要」という議論を広げています。世界各地では若者たちが「ロシアはウクライナ侵略をやめろ」という運動を広げていますが、日本ではこうした改憲議論が若者たちに影響を与えています。

世界の若者たちが社会変革を担う時代を迎えている

2021年1月にNHKスペシャルで放映された「2030 未来の分岐点」第1回では、地球温暖化による地球破滅の危機をこのままでは防げないという科学者たちの警告を紹介して、若者たちがバイデン大統領候補(当時)の温暖化防止政策を変更させるなど、世界の若者たちが社会変革を担う時代を迎えていると報道しました。2019年9月にスウェーデンの高校生グレタさんが国連で演説した2日間で、世界の若者たち700万人が温暖化防止を訴えるデモや集会に参加したように、その行動は高校生や大学生を中心にずっと続いています。

現在、世界のミレニアル世代(1980年から1995年生まれ)とZ世代(1996年から2015年生まれ)は「左派世代」(『ジェネレーション・レフト』キア・ミルバーン著、『人新世の「資本論」』の著者の斎藤幸平が監訳・解説)と呼ばれていて、新自由主義に反対する先頭に立って活動しています。そして、「」運動(全世界)、「サンライズムーブメント」運動(全米。雇用や気候変動に対して)、「」運動(全米)、「#MeToo」運動(全世界)、「銃規制」運動(全米)、E離脱反対運動(イギリス)、反プーチン政権運動(ロシア、ウクライナ侵略以前から)などの運動の先頭に立って活動しています。

日本の若者の主権者意識の低さ

日本の若者は選挙の投票率が欧米の若者の半分であり、さらに投票先も保守的です。そして、世界の若者が社会変革運動の先頭に立っているのに比べ、社会運動への参加も極めて少ないのです。大学生になぜ選挙に行かなかったか聞くと、「投票しても、どうせ社会は変わらない」という返事が返ってきます。世界の若者調査で、日本の若者で「政治に関心がある」は50%いるのに、「社会をより良くするために活動に参加したい」は30%台に激減し、その理由は、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」が30%台ということなのです。また、日本の中学・高校生の自尊感情は国際比較で著しく低いのです(日本青少年研究所 2009年調査から)。

なぜ、「どうせ、社会は変わらない」という意識が形成されているのでしょうか。筆者は2つの大学で学生に毎年、高校までの校則と生徒会活動についてアンケートで意識調査をしてきました。その結果は、多くの学生が学校の校則や授業などを「変えて欲しい」という改善要望をもっていましたが、「要望を聞かれたことはない」し、「変わるものだと思ったことはない」という学生が大半でした。また、「少しでも変えたいと、生徒会役員になった」という学生は、多くが「要求は学校に拒否されて終わった」と答えていて、「挫折感だけ味わった」という学生もいます。そして、「努力しても日本は変わらない」と多くの学生が答えています。若者の主権者意識には学校のあり方や学校でのマイナスの体験が反映されていることが分かります。

欧米の学校での民主主義教育、政治教育、主権者教育

1968年は世界の若者がベトナム戦争反対と国内の改革を求めて立ち上がった年です。その政治的行動に対して、欧米各国では子どもたちの権利を保障し、学校運営や教育行政への参加を制度化し、また政治活動を認めました。一方日本では逆に、1969年に文部省が「高校生の政治活動の禁止、政治教育の規制」を開始して2015年まで続けられました。この46年間の空白が国民の政治意識・主権者意識の低さを形成してきました。

欧米では、子どもを中学生から学校運営の主権者として、決定権を持たせて学校運営への参加をさせています。日本で「校長権限の強化」によって、職員会議による決定すら禁止してしまったのと真逆のあり方です。フランスなどでは、教育行政の審議会にも高校生、大学生の代表が参加しています(中央教育審議会には高校生代表は4名参加)。子どもたちは教科書で学んだ民主主義を、実際の体験として体得していきます。日本の学生のような「民主主義は『理想』であり、校則など現実は違うことを学校で学んできた」というマイナス体験ではなく、校則改善など自分たちの要求を提出できる場があり、話し合いで合意できれば実現できるという民主主義の体験です。

また欧米では憲法教育、政治教育も保障されています。例えば、北欧スウェーデンの政治教育では、①全国の中学・高校で、政治についての事前学習をして、実際の国政選挙の前に学校に各政党の政治家を呼んで政策を発表してもらい、生徒たちが質問する、②生徒たちが模擬投票し、その結果を全国学校選挙事務局(全国生徒組合)に報告する、③全国の生徒の各政党投票数を実際の選挙の投票時間が終了した時点で発表し、ニュースなどで公表されるのです。2014年は全国の77・5%の中学・高校生が模擬投票しています。この学校選挙にかかる費用は政府が年3600万円ほどを生徒組合に出しています。

またノルウェーでは、「学校選挙」とともに、「子ども選挙」(10~15歳の小中学生)も実施されていて、授業で事前学習をします。12歳から政党青年部に入ることができ、市民の4割が政党に加入しているということです(あぶみあさき著『北欧の幸せな社会のつくり方─10代からの政治と選挙』かもがわ出版、2020年)。こうした学校選挙は政治教育として欧米で広く実施されています。

長野県辰野高校での憲法学習、生徒参加による主権者教育

長野県の県立高校では、多くの学校で校務分掌に平和・人権教育の係や委員会が置かれていて、その係を中心に、5月の憲法記念日ごろの憲法学習、人権週間での人権学習、12月8日ごろの平和学習を全校一斉に実施することが40年近く取り組まれてきました。また、修学旅行は新型コロナ期を除き、沖縄で沖縄戦と米軍基地の学習をしてきています。

筆者は県立辰野高校で平和・人権教育の係を長く務めましたが、特設憲法学習では、私たちが発行した『わたしたちの日本国憲法─どう考える「改憲」の動き』(平和文化)というテキストを使用して、①学校に憲法と「子どもの権利条約」を、②わたしたちのくらしと憲法、③憲法は押しつけられたものか、④改憲への動きとどう向き合うか、⑤平和憲法─21世紀の羅針盤に、という内容について読み合わせてから議論するということをしてきました。この内容は学年別にすすめていきますが、関連するその時々の時事問題について新聞を使って議論します。改憲問題など対立している争点をリアルに学んで議論することが大切です。

特設平和学習でも、アジア・太平洋戦争での国民の被害とともに日本による侵略の加害、そして戦争に反対した人々の抵抗運動を、地域の歴史を高校生とともに掘り起こして教材にしながらすすめました。また過去の戦争とともに現在の米軍基地の問題や、世界で起こっている戦争や難民、貧困問題を生徒が調べ議論しながら学習をすすめました。

憲法や「子どもの権利条約」の学習で大切なことは、学んだことが学校生活で実感できることです。大学生の言葉にあるように「民主主義は理想、現実は違うことを校則問題などで学んできた」というような体験では、国民の権利学習の「知」が力になっていきません。

辰野高校では1997年の憲法50周年の年に、「学校憲法宣言─わたしたちの学校づくり宣言」を学校とPTAと生徒会の三者でつくり上げ、学校運営について話し合う「三者協議会」の設置を決めました。それ以降、生徒会は校則の改善を提案してほとんどの校則が話し合いで改善されてきました。また、授業改善や施設・設備の改善も生徒会やPTAの提案と話し合いですすめられてきました。

さらに、生徒会と辰野町民との話し合いの場「フォーラム」を設置して、学校づくり、まちづくりについての話し合いを続けてきました。毎年開催した「まちづくりシンポジウム」では、さまざまなテーマについて住民と話し合いをしてきました。「市町村合併問題」では、生徒会が提案した「中学生以上への住民意向調査」を町は実施しました。「町立病院移転改築問題」では、町は赤字の町営プールを廃止し、そこに病院を移転新築する計画を発表していましたが、生徒会の調査では、不便なその場所への移転には多くの高齢者が反対で、生徒会長は町助役の前で「子どもたちにとって魅力ある町にするためにも、プールをつぶさないでください。子どもたちが良い町だと思って育てば過疎化対策にもなります」と述べ、その後、町は住民意向調査をし、移転先を変更して町の中央部の土地を買い建築しました。

生徒会は、「フォーラム」での住民との話し合いから、通学路のゴミ回収、公民館の文化祭での文化系部活の発表、町の駅伝への参加、寂れた商店街活性化のためのフリーマーケット開催、地元の製菓会社や弁当屋さんとのコラボ商品の開発、空き店舗を活用しての独り暮らしの高齢者が集える「コミュニティ・カフェ」の運営などを続けてきました。また商業科の生徒たちは町の施設で町民対象の簿記・パソコン教室を開いて教えてきました。

国連・子どもの権利委員会は日本政府に対して、日本では「子どもの意見の尊重を制限している」として、「学校その他の施設において、方針を決定するための会議、委員会その他の会合に、子どもが継続的かつ全面的に参加することを確保すること」との勧告を続けています。これは、学校で社会問題になっている理不尽な校則などで子どもの意見を聞いていないこと、そしてまちづくりでも子どもの意見を聞いていないことを指しています。まちづくりで子どもの声を聞くことは子どもの権利の保障であるとともに、「持続可能な地域づくり」のためにも次世代の声を聞くことは必要なのです。

文部科学省は近年、生徒の地域活動を奨励していますが、その目的には「国や地域を担う人材育成のため」とあります。しかし、生徒たちは「人材」ではなく、教育基本法の「教育の目的」で定めているように、生徒のまちづくり参加も「人格の完成」と「平和で民主的な国家及び社会の形成者」、つまり主権者の育成のためのものです。

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