図書館はなぜ無料で利用できるのか?
「水を飲むこと」と「本を読むこと」、「生きるために必要不可欠なものはどちらですか?」と聞かれたら、多くの人は「水」と答えるのではないでしょうか。しかし、台所の蛇口をひねって水を飲むためには、水道局にお金を払わないといけません。図書館から本を借りて自宅で読む場合には、水道料のような使用料を徴収されることはありません。
自治体が市民に提供する公共サービスのうち、完全に無料で利用できるものは実はそれほど多くはありません。例えば、市民プールや体育館は利用料がかかりますし、博物館や美術館、動物園では入場料をとられることがあります。
では、なぜ図書館は無料で利用できるのでしょうか。公立図書館について定めた図書館法には「入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」(17条)という規定があります。条文そのものには、対価を徴収しないと定めた理由までは明記されていませんが、図書館を利用すること、本を読むという行為は誰もが平等に保障されるべき基本的人権である、という考えがその背後にあることは容易に読み取ることができるでしょう。
基本的人権に内在する情報へのアクセス権
本稿のテーマとなっている「図書館の自由」とは、日本図書館協会が1954年に採択し、1979年に改訂した「図書館の自由に関する宣言」(以下、自由宣言)という指針に示された理念です。自由宣言によると、あらゆる図書館は、資料を主体的に収集・提供することを通して、「知る自由」という基本的人権を保障する役割を担っています。知る自由とは、情報へのフリーアクセス権を意味し、「読書の自由」「読む自由」「知る権利」といった言葉で表現されることもあります。日本国憲法の条文そのものには「知る自由」という言葉は出てきませんが、「表現の自由」(第21条)と表裏一体性をもつことが、それを基本的人権の一つと捉える根拠と考えられています。
自由宣言の内容を解説した「副文」によると、 知る自由が基本的人権として保障されなければならない理由は2つあると考えられています。1つはその権利を保障することが「国民主権の原理を維持し発展させる」ということ、つまり、政治のことを知らなければ政治に参加できない、という考え方にも共通する、知る自由の保障が住民自治の基盤となるという考え方です。そしてもう1つは、その権利の保障が「いっさいの基本的人権と密接にかかわり、それらの保障を実現するための基礎的な要件」となるということです。例えば、憲法第25条において健康で文化的な最低限度の生活が保障されているとしても、生活保護制度についての情報を自由に入手できる環境が保障されていなければ、その権利を行使しようと行動することさえできません。このことは、参政権、職業選択の自由、学習権といったその他の基本的人権にも共通しています。憲法の条文には明記されていないとしても、多くの基本的人権はその権利内容に情報へのフリーアクセス権を包含していると考えることができるのです。
課題に直面しつつも原動力となる図書館の自由
新型コロナウイルスのパンデミックは図書館界にも猛威を振るい、この原稿を書いている時点でも、過去最大規模の「第6波」の渦中にあって、なかなか出口が見えていません。コロナ禍での図書館の自由のあり方を捉えるとき、突然の休館や入館者数の制限、閲覧席の撤廃、さらには「密」を生み出しやすいサービスの縮小など、図書館を自由に利用する権利が奪われている、という立場から問題が提起されることがあります。例えば、2020年8月、図書館友の会全国連絡会という市民団体は「今だからこそ調べたい・読みたい資料があります」「いかなる状況の下でもすべての人たちに資料と情報を提供する『図書館の自由』の理念に基づいて、図書館サービスを実施してください」と記した要望書を各図書館にあてて発信しています。 一方で、未知のウイルスに関する情報が「インフォデミック」という形で市民の不安や混乱をあおることも指摘されています。今だからこそ知りたいというニーズがある一方で、資料・情報の精査を誰がどのように行うのか、図書館の自由はそうした難しい課題を突き付けられています。
筆者が住む沖縄県は、人口100万人あたりの感染者数が東京、大阪と並んで常に高い水準にあり、図書館の臨時休館やサービスの縮小がたびたび起こってきました。 「人流の抑制」が求められた2021年の夏頃には、休館はもちろん、入口で予約本を手渡すことさえできなくなった地区もありました。準備を進めていたイベントが中止・延期になったことも数え切れません。こうした閉塞した状況の中、ある図書館員は「非常時だから仕方ない」と諦めそうになったときに、館内に貼られた自由宣言のポスターをみて専門職としての自覚を呼び起こされたと語ってくれました。 非常時だからこそ図書館は動かなければならない。自由宣言の存在は、コロナ禍での図書館のあり方を模索する原動力になったともいえるでしょう。
浮かび上がった「入館の自由」
コロナ禍での図書館の対応として気にかかっていることが、一部の図書館で入館記録の収集が行われていることです。氏名や住所を単票(入館者カード)に記入する、貸出カードや身分証の提示を求められるなど、その形式はさまざまですが、 save MLAKの調査によると、記録の収集は、2020年5月ごろから急増し、2022年2月1日時点でも261館で実施されています。 本調査はウェブサイトの公開情報をもとにしているため、サイトで入館方法を案内していない図書館も含めると、その数はもっと多くなると考えられます。
入館時の身元確認は、利用者や職員の中から感染者が出た場合に、同時間帯に館内にいた濃厚接触者を追跡するための手段と考えられます。こうした情報の収集が感染防止に役立つという意見もありますが、2021年の初めごろ、ある図書館を訪問した際、そこに潜む問題に気づかされることがありました。
その図書館は大きな公園の近くにあります。この公園では路上生活を送るホームレスの人たちやハウジングプアの人たちへの炊き出しや生活相談会などが定期的に行われており、隣接するこの図書館は、彼らにとって、雨風をしのげる安全な居場所であり、ひとときの娯楽の場であり、日雇いの仕事や支援の情報を得るための場にもなっていたそうです。図書館側も彼らを排除することはなく、男性用トイレなどの手に取りやすい場所で、支援情報を掲載した『路上脱出・生活SOSガイド』というパンフレット を配布するなど、ホームレス支援を意識した活動が長く営まれていました。
しかし、この図書館で新型コロナ対策として入館時に来館者名簿を作成するようになってから、ホームレスの人たちの利用は日を追って減っていったそうです。身分証の提示を求めているわけではありませんが、それでも、住所や氏名の記入を求めることは、彼らに入館をためらわせ、諦めさせるのに十分なのでしょう。
図書館がいくら知る自由を保障すると宣言しても、それが入口のゲートの向こうの世界だけのことでは意味がありません。来館時に身元を特定されたくない人は、ホームレスの人たち以外にもいるかもしれません。コロナ禍は、図書館の自由が「入館の自由」の上に成り立つことを改めて気づかせてくれたように思います。
図書館の自由を支える人々
感染リスクを避けながら、図書館の自由をどのように実現できるかを考えることは、すべての図書館にとって大切なミッションです。資料の郵送、移動図書館の巡回、オンラインでの本の紹介やレファレンス、電子書籍サービスの導入など、感染拡大時にサービスが中断しないよう、非来館型サービスの態勢を整える図書館も増えてきました。しかし、コロナ禍が問うている課題はもっと深いところにあるのではないでしょうか。
感染リスクは誰にでも平等にあるといわれる一方、これまで温存されてきた不平等がますます露呈してきていることも指摘されています。労働市場に目を向けると、感染に伴うリスクは、正規労働者よりも非正規労働者に、そして、男性よりも女性に、というように、市場の弱者により大きくもたらされています。
コロナ禍以前から、図書館界では、非正規職員の雇用問題が指摘されていました。公立図書館において、カウンターやフロアに立つ職員の多くは、会計年度任用職員や指定管理者、業務委託先の職員といった、非正規雇用の人々です。その一方で、少数の正規職員はカウンターの奥にある事務室で管理業務を担わざるを得ない現実があります。とすれば、不特定多数の利用者と接する非正規職員の感染リスクは正規職員の何倍にものぼるでしょう。一方で、非正規職員には正規職員と同じような身分保障はありません。体調不良で出勤できなければ収入が減ってしまうこともありますし、窓口対応で感染し、後遺症で健康被害が生じれば、職を奪われる可能性さえあります。
図書館界のワーキングプア問題を追及している上林陽治氏の分析によると、非正規職の図書館員に占める女性の割合は「9割」に及び、正規職の一般事務員と比べるとその年収は「3割にも満たない」とされています。 根底にあるものは、専門的な能力を必要とする仕事であっても、女性に低位な条件で押し付ければよい、女性は男性に養ってもらえばよいのだから、雇用条件を見直さなくても、仕事をしたい人はたくさんいるだろう、という女性差別・ジェンダー不平等です。
これまでも、やりがいと引きかえに低賃金を多くの女性に押し付けたまま、薄氷の上を歩くように、図書館の自由はかろうじて維持されてきたのです。コロナ禍という緊急事態にあってもなお、そうしたいびつさを維持したまま、私たち市民の知る自由が保障され続けると考える方がそもそもおかしいのかもしれません。厳しい言い方になるかもしれませんが、コロナ禍で図書館が休館し、市民から知る自由という大切な権利が奪われるとしても、それは、非正規職員の献身や犠牲を知らずにサービスを享受しようとした代償ともいえます。
図書館界に温存されてきた不平等に目をつむったまま、このパンデミックは終わってはならないと思います。図書館の自由をいったい誰が支えているのか、図書館員の不自由をこのままにしていてよいのか―、コロナ禍は私たちの社会にそう問いかけているのではないでしょうか。
【注】
- 1 「図書館の自由に関する宣言(副文)」(http://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/232/Default.aspx)副文の他に、自由宣言を理解するための解説書(日本図書館協会図書館の自由委員会編『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説』第3版、日本図書館協会、2022発売予定)もある。
- 2 図書館友の会全国連絡会「感染症対策状況下における図書館活動の維持についての要望書」(https://totomoren.net/blog/?p=972)
- 3 原裕昭「コロナ禍による県内公共図書館の休館及びコロナ対策交付金の活用」『沖縄県図書館協会』24, pp.6-8、「令和3年沖縄県内公共図書館休館状況」『沖縄県図書館協会』25, pp.48-49
- 5 各館での来館記録の収集方法については、拙著「コロナ禍の公共図書館における来館記録の収集をめぐる課題:『図書館の自由』の観点から」(『沖縄国際大学日本語日本文学研究』25 (1), 2021.2, pp.13-31)で詳しく紹介している。
- 6 「save MLAK covid-19-survey」(https://savemlak.jp/wiki/covid-19-survey)入館記録の収集館数が不明な調査日については、子安伸枝「save MLAKが実施したCOVID-19の影響による図書館動向調査の分析」(『図書館評論』62, 2021.12, pp.3-16)をもとに補足した。
- 7 「路生活する人が生きのびて自立への道を歩めるようになるために必要な情報を一冊の冊子にまとめ」たもの。NPO法人ビッグイシュー基金が編集し、東京、大阪、札幌などの都市ごとに作成されている。(https://bigissue.or.jp/action/guide/)
- 8 上林陽治「女性非正規化する図書館員は会計年度任用職員制度で救われるのか」『みんなの図書館』522, 2020.10, pp.10-12