【論文】警察法「改正」と内閣のインテリジェンス体制

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サイバー警察局・サイバー特別捜査隊の創設

改正警察法が、2022年3月31日に公布され、翌4月1日に施行されました。サイバーセキュリティの脅威の深刻化に対応するため、国家公安委員会と警察庁の所掌事務に「重大サイバー事案」に対処する事務を加え、この事務にかかる「広域組織犯罪等」に対処するため、警察庁にサイバー警察局を設置し、同庁の地方機関である関東管区警察局にサイバー特別捜査隊を設置することが目的です。

「重大サイバー事案」とは、「サイバー事案」(サイバーセキュリティが害されることその他情報技術を用いた不正な行為により生ずる個人の生命、身体及び財産並びに公共の安全と秩序を害し、又は害するおそれのある事案)のうち、特に国や地方公共団体の重要な事務・事業等に重大な支障を生じさせたり、国民生活や国民経済に多大な影響を及ぼしたりする事案等をいいます(5条4項6号ハ)。要は、重大サイバー事案について、国の警察機関が、直接、「犯罪の捜査」などの警察権の執行活動(実力行使)を行うことができるようにするということです。

サイバー警察局・サイバー特別捜査隊の何が問題なのか

デジタル社会に特有な警察事象であるサイバー犯罪に対処するため、警察法が警察の事務と組織を新たに定めることは当然であるようにみえます。しかし、この「改正」が、戦後警察法の基本理念・根本精神を壊すということであれば、話は別です。

戦後の警察法は、戦前の「おいこら警察」・「特高警察」による人権蹂躙や国民の権利自由の侵害に対する反省から、警察の民主的管理・運営と政治的中立性を確保するために、公安委員会制度(国家公安委員会・都道府県公安委員会)と自治体警察制度(現在は都道府県警察制度)を特徴として創設され維持されてきました。

特に注意すべきは、警察法2条1項が「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもってその責務とする」とし、同法36条2項が「都道府県警察は、当該都道府県の区域につき、第2条の責務に任ずる。」と定めていることから、都道府県警察だけが同法2条1項の責務に任じ、同法36条のような明文規定がない国家公安委員会・警察庁はこれに任じることはないと解されてきたことです。この結果、都道府県警察だけが同法2条が定める所掌事務の範囲内で警察権の執行活動を行うことができ、警察庁は「犯罪の鎮圧、被疑者の逮捕、交通取締まり」といった警察権の執行活動(実力行使)を行うことができないとされてきました。これについて警察庁長官を務めた警察官僚・佐藤英彦は、警察法2条と同36条を「警察法の脊柱」とまで言い切っています。また、元警察大学校長・田村正博も、「日本警察というのは架空のもの」であり、「法的に言うと、47の都道府県警察があるだけであって、日本警察という単一なものは存在してはいけない」と断言します。

ところが、改正警察法は、「重大サイバー事案に係る犯罪の捜査その他の重大サイバー事案に対処するための警察の活動に関すること」(5条4項16号)を警察庁の所掌事務とし、関東管区警察局の本来の管区を超えて全国どこでも、しかも同法2条の責務に任じることなく警察権の執行活動(実力行使)をできるようにするものです。上記のように警察官僚自らが従来主張してきた伝統的な都道府県警察論を超えた異常なものです。国民のためにサイバー犯罪に立ち向かう必要があるというのであれば、そもそもの警察の任務・責務論を見直し、警察庁および都道府県警察を民主的に管理・運営する公安委員会制度を正しく機能させるしか途はないでしょう。

内閣のインテリジェンス体制に貢献する警察諜報体制の構築

まさに警察庁サイバー局が始動した日(4月1日)、警察庁から「警察におけるサイバー戦略について(依命通達)」が発出されています。警察における情報セキュリティの確保のために、CISO(最高情報セキュリティ責任者)を中心とした情報セキュリティ体制とサイバー部門との間の円滑な情報共有の体制を構築し、同時に、組織内の情報セキュリティインシデントに対処するため、実効的なCSIRT(Computer Security Incident Response Team)体制を構築することなどをうたっています。つまり、CSIRTの対処能力の強化を図り、サイバー特別捜査隊と都道府県警察の連携を図り、国際連携・官民連携などの推進を図ることで、内閣のインテリジェンス・コミュニティ(図を参照)に貢献することを宣言しているのです。

図 内閣のインテリジェンス体制について

説明

内閣のインテリジェンス体制の中心にあるのは内閣官房・内閣情報調査室ですが、「情報コミュニティ各省庁」が収集・分析した情報を集約・評価し、内閣の重要政策に関する情報として、内閣情報会議や合同情報会議をとおして、あるいは直接に内閣総理大臣や内閣官房など「官邸要路」といわれる政策決定部門に伝達する重要な役割を担うところです。警察庁は、このインテリジェンス体制の中で、すでに外務省、防衛省および公安調査庁と並んで中心的な役割を担うところですが、改正警察法の施行をバネに、サイバー警察局・サイバー特別捜査隊と都道府県警察の緊密な連携強化が日頃からなされることになれば、このインテリジェンス体制内での警察庁の地位は一層高まるに違いありません。警察サイバー戦略には、経済安全保障の観点からのサイバーセキュリティ対策の推進も入っており、「経済安全保障推進法」が成立したこともあり、国家安全保障局との連携も一層緊密化するでしょう。このように肥大化する警察庁を民主的に管理・運営することができるのでしょうか。国家公安委員会の存在理由があらためて問われるところです。

白藤 博行

名古屋大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程(後期)単位取得満期退学。日本学術会議会員。著書は、『地方自治法への招待』(自治体研究社)、『民主的自治体労働者論―生成と展開、そして未来へ』(大月書店)、など。

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