私は、今から約8年前、都心から西土佐村(現四万十市)に夫婦で移住しました。当時、その西土佐で保育所と学校統合があり、地域の方の声をたくさん聞きました。「子どもがバスで運ばれてしまい、挨拶もできないし、いるかもわからない」「老人ばかりになり、もうここには未来はない」などの嘆きの声です。学校を閉じることは、地域の子どもとの関わりや、幸せな気持ちまでも閉じてしまうことを、私は実感しました。地域の「幸せ」のバロメーターは、数字で測ることはできませんが、「幸せを感じて生きる」ということは、とても大事だと思います。
全国的に少子化が進んでいる今だからこそ、一人ひとりの個性を大切にして、子どもも地域も幸せを感じられる地域創りが必要だと思うのです。
下田中統廃合計画の急浮上
西土佐の学校が減り、バス通学に抵抗もあり四万十川の河口にある下田地域に引っ越しました。温暖な気候、環境も素晴らしいですが、保・小・中がそろっていたのが大きな理由です。移住者が市内で一番多く、高台は新築ラッシュの地です。まさか、ここでまた学校統合に関わるとは思っていませんでした。
小中再編計画の発表は突然やってきました。2017年、旧中村市に10あった中学校を2つに統合する計画。当時、生徒数が約30人だった下田中学校も統廃合の対象でした。
保護者や住民は勉強会を重ね、存続運動に発展し、2019年新春、「下田中学校の存続を求める署名」を2444人分集めて市長に提出。下田中統廃合は止まったと思われました。しかし、署名が無かったかのように繰り返す保護者への説明会やアンケート。保護者は疲弊し分断されていきました。
合意を欠く市の姿勢
そして、2020年まだ再編協議中にも関わらず、市長は突然、下田中学校を活用し大学誘致をすると市議会で発言し、下田中学校統廃合を強引に進めていきます。その大学[京都育英館が運営する京都看護大学]と市の協定は驚く内容で、
○大学に土地、建物(下田中学校跡地・隣接する旧中医学研究所)を無償貸与する。
◯市の税金10億円以上、国からの交付金を使って大学のために全ての改修・新築工事を行う。というものでした。
2021年5月、保護者取りまとめ最終アンケート(存続希望が過半数)に加え、当時中学1年生全員が署名した「統合反対表明書」を提出。
その後、市長の判断(次の春に統合、もしくは希望するなら下田小学校校舎内に中学校が下りて2年後統合)は、存続を希望する者にとって納得できない内容でした。
この頃、保護者や地域から多数の申入書などで市に存続を訴えましたが残念な回答ばかりでした。9月、市議会に私が提出した下田中学校の存続を求める請願(保護者過半数の賛同署名添付)はわずか1票差で採択されませんでした。
その後、たたみ掛けるように市教委は、市長判断を結論とする、として保護者役員に説明、地区区長に電話連絡しただけで、「合意形成終了」のビラを配布したのでした。これに対し区長から「異議申し立て」のビラ配布。
広がる抗議、そして計画断念
2022年2月、私は「不服審査請求書」を教育長に提出し、記者会見を開く事で多くの方に知ってもらおうと一大決心で取り組みました。大学誘致を優先して歪められた学校統廃合を、納得いかないまま受け入れられなかったのです。そして「おかしいことはおかしい」と言う大人の背中を、混乱され続けてきた子どもに見せたい。そんな心境でした。
3月、下田地域で報告会(65名参加)開催。この日を期に「下田地域の明るい未来を願う会」(以下、会)が結成され、集会、ビラ配布、ブログ作成、署名「わざわざ下田中学校を廃止してまで私立看護大学誘致に巨額の税金投入中止を求める署名」など。市民に、そして全国にこの問題を広げていきました。国に対する意見書、請願書送付や、文科省や国交省などとオンライン折衝。市に対する協議記録開示請求、面談など、いろいろな形で取り組んでいます。
10月下旬、衝撃の発表がありました。市は大学設置認可申請取り下げ、そして大学誘致断念を発表したのです。
文科省の認可も下りていないのに市は改修工事を進め、下田中学校のプールも解体されてしまいました。工事をしないと開学に間に合わないからと、低地の浸水区域の小学校に下ろされた中学生の気持ちはどうなるのでしょうか?
会は12月にシンポジウム「子どもと地域にとって大切な学校とは?」を開催し、100名以上の参加者が集まりました。これから私たちの運動はきっと希望ある楽しいものになるはずです。奪われてしまったものをどの様に戻していくのか。どんな学校や地域を創っていくのか。これからは皆さんと一緒に考え、願い、かなえていきたいです。詳しい経過や状況はブログで随時発信しています。ぜひ読んでくださった皆様の感想も聞かせてください。