はじめに
近年、自治体行政では中央省庁の「手引き」に基づく計画づくりが増え、理念と住民実態から発した独自の計画策定の機会が減っています。また、自治体DXのように専門性を確保しなければ窓口から先がブラックボックスになりかねない事態もあります。一方で技術系職員は専門性が生かされないことで働きがいを失っている例もあります。正規・非正規、委託・指定管理にかかわらず、専門性の再生と、外部化後の実態検証・仕組み改善を一体にしたとりくみが課題になっています。
ずさんな指定管理に住民が訴訟へ
埼玉県春日部市では放課後児童クラブ事業(以下、学童事業)の指定管理を受けた㈱トライグループ(以下、トライ)が、市との協定を守らず常勤支援員の配置を怠っていることは、子ども達から発達の機会を奪い、事業の質を後退させ、支援員には過重労働を強いるものだとして、市民が住民訴訟を起こしています。常勤支援員欠員分の指定管理料の「不当利得の返還もしくは損害賠償」を、春日部市からトライに請求させることを通じて、保育の質を守ることが訴訟の筋立てです。
春日部市では春日部市社会福祉協議会が長年にわたって学童事業の指定管理者となってきましたが2018年度で撤退し、公募(競争)によって他の民間2社をおさえて家庭教師派遣会社大手のトライが指定されました。
その際、春日部市は指定管理者募集要項で、「週38時間45分勤務」する常勤支援員の配置を明記し、トライも「常勤支援員を93名配置する」ことを自らの事業計画で提案していました。ところが、事業開始から今日まで常勤支援員は50名程度しか配置できていません。代わりに「1日3・5時間」勤務のパート支援員が日によって継ぎはぎ配置され、環境整備にはシルバー人材が派遣されるという運営になってしまいました。
見かねた父母が保育の質と支援員を守れと春日部市に要請しましたが、市は「支援員は足りている」と言うだけでトライに改善を指示しませんでした。そこで2020年、2021年の2回の住民監査請求が行われましたが、監査委員は実態も学童事業の専門性も理解せず「棄却」となり、2021年6月に住民訴訟にいたりました。
トライは、子どもの発達と父母の就労および子育て支援という「総合的であるべき労働」を分解し、バラバラに商品化してしまっています。まるで非熟練労働者の分業によって大量生産を行ってきた近代の工業生産方式を想起させる運営です。子ども達の状態に関わりなく時間で区切って家庭教師を派遣するトライならではの方式です。これでは、支援員の専門性による子ども達の発達保障の視点も、専門性向上に付随する支援員自身の発達実感と働きがいも押しつぶされてしまいます。
市は専門性見失ってトライに迎合
春日部市は「全体的には足りているが常勤支援員は不足している」などと意味不明のトライに対する監視評価を繰り返したあげく、支援員資格があれば勤務時間にかかわらず「常勤」であるとしたり、子ども達が在室する14時30分から18時頃の時間帯に勤務していれば「常勤」としたり、「働き方改革の時代だから」と、
扶養の範囲内で働く短時間支援員の継ぎはぎ配置の容認を求めるトライの主張に迎合し、2回の指定管理協定書(契約書)変更までしてしまいました。
争点は、指定管理協定の位置づけ、民営化の弊害除去、保育の専門性
私たちが争点にしているのは、
第1に、指定管理という長期「契約」における募集要項、協定書、仕様書等の法的位置づけです。募集要項・仕様書は春日部市が求める保育の水準を示したものであり、違反の放置は許されないのが制度の建て付けです。
第2は、公共サービス民営化の弊害は全国でさまざまに現れています。場合によっては利用者の生命・人権を脅かすことにもなります。その弊害を除去した適正な事業遂行のために専門性を有する常勤支援員の配置を春日部市自身が要求し、安価な労働力に置き換えられることを防止したのですから、これを怠った場合は「債務の本旨に基づく履行」にはなりません。
第3は、本テーマに直接的に関わることですが、求められる保育の質=支援員業務の総合性・専門性の確保には常勤支援員の労働が必要だということです。
子ども達も父母もさまざまな困難をかかえています。例えば、★1:不登校、いじめ、虐待、DV、貧困・生活困難、子育て放棄、アレルギー、障害、外国文化などです。
今日の学童支援員には、極めて「多様な専門性」が求められています。その事業に責任を負う行政は、対応するための「質」の確保を図らなければなりません。自ら「常勤」支援員配置の必要を示した春日部市と、その実行が容易であると提案したトライに、どうして違反や協定変更が許されるのでしょうか。
なお、原告・市民は、劣悪労働条件のもとでも子ども達のために働いてくれている、常勤・短時間・シルバーの学童従事者の思いに応えたいと常々語っています。
学童職場の実態の正しい理解を広げ訴訟を通じて外部化の改善策提案へ
支援員の仕事とは子ども達が在室している3~4時間に、一緒に遊んだり、おやつを食べたり、宿題の様子をみたりの軽易な短時間労働との認識が広くあります。実は、登室時間だけみても、学年の違いや授業・給食等の都合で長時間になったり、土曜日や春夏冬休みは春日部市でも11時間30分になったりと、決して短時間ではありません。また、前述の★1のとおりさまざまな困難があり、その対応こそ重要な役割です。
こうしたもとで、住民訴訟を通じて公務労働の専門性を再生するために、第1に学童事業の実情を広く正しく理解してもらうことと、第2にすべての行政分野で外部化によって失われつつある専門性を、「仕組み」として再生する方策の提案を自治労連埼玉県本部の課題にしました。
第1の課題については、訴訟陳述で、支援員が日々の学童業務では何をしているのかを明らかにし広げる努力をしています。具体的には現場労働の見える化です。
①子ども達の実態に合わせて、安全安心だけでなく発達保障の機会を提供できているか、②そのために、誰によって、どんな仕事が必要で、どんな働き手を確保しなければならないのか、③以上を逆説的に、預かるだけでいいの? 安全配慮だけでいいの? 学校の延長でいいの(家庭的環境はいらないの)? 楽しいことがたくさんなくていいの? 子ども集団で知恵を出し合い学び合えなくていいの? 父母に子どもの状況を伝えたり一緒に子育てを考えたりする時間をとらなくていいの? 学校、役所、その他さまざまある機関との連絡・調整はなくていいの?……つまり、どの子にも「楽しかったな~」「みんなと一緒で良かったな~」「すこしお兄さんお姉さんになったな~」などの安心と成長感をもてるようにする総合的な仕事としての視点を陳述しました。
一つの支援単位で学童40名を超える職場が多数あるもとで、★2:登室前に子ども達に関する直近の情報を共有し、対処の必要と分担を確認しておくこと。短時間支援員も含めた当日の配置体制や父母との連絡と体制の確認。年間・四半期・月間・週間の計画作成・準備確認や見直し。学校、市役所、児童相談所などの関係機関との連絡・調整。トイレをはじめ施設・机やイスなどの清掃、環境整備。周辺の安全確認。おもちゃや遊具の掃除。おやつの買出し等々が行われ、そのうえで登室時間を迎える事前準備が保育の質確保には欠かせないことを原告陳述で明らかにしました。
そして、その後の登室が始まってからが大変です。子ども達は毎日変化しています。また学校の授業中とは異なります。40名を超える子ども達がのびのびと過ごせる時間が必要です。ケンカもあれば集団に交われない子もいます。一度にさまざまな事態が起きます。名前はもちろん生活環境に関する情報も把握していなければ適切な対処はできません。
公務労働の専門性を指定管理執行サイクルの中に挿入を
第2の課題については、直営、委託・指定管理にかかわらず、公務運営の実務の中に専門性の再生を具体化することであり、自治労連埼玉県本部として指定管理者制度では二つの方策を提案してきました。
一つは、指定管理者制度の導入・更新サイクルに現場従事者(民間労働者含め)と住民の参加を保障することです。
具体的には、★3:指定管理者制度の導入(更新)判断 ⇒ 自治体事業計画の作成 ⇒ 募集要項・仕様書作成 ⇒ 応募者の事業計画作成 ⇒ 募集実務 ⇒ 事業者選定 ⇒ 議会議決 ⇒ 基本協定書締結 ⇒ 事業事前準備 ⇒ 事業開始、月次・四半期・年次監視、利用者アンケート ⇒ 評価と改善指導 ⇒ 年次評価・公表 ⇒ 《指定管理期間の繰返し》 ⇒ 更新に際しての事業・事業者評価 ⇒ 次期指定管理へ…のサイクルの傍線部分への現場従事者の参加を、太字部分へは住民参加を提案しています。
実は、業務委託や指定管理では現場従事者の意見はまったくと言っていいくらい反映されていません。直営はもちろん委託・指定管理も現場には専門性への思いがあります。公共の仕事から必然的に生じる、①自分の仕事の結果で働きかけた対象がどうなるのか(単なる満足感から発達や人権保障への思いなどさまざま)、②本当はこうしたい(自分たちの熟練を生かしたいとの思いから事業のあり方への改善提案までさまざま)との欲求です。
経験や知識の蓄積によって事業の先を想像できる力と、その蓄積によって適切な判断を行える力が専門性ではないでしょうか。その力を生み出せる仕組みを整えることが行政の「質」を高めることになるはずです。
管理する側の専門性も問われる
二つ目は、指定管理者を監視・指導する側に求められる課題です。春日部市の事例では外部化した事業のコントロールができませんでした。ご承知のとおり、指定管理は議会の議決を要します。指定管理への不安、直営への転換を求める議会質問に対して春日部市は「トライには1476人の登録者がいる」から支援員確保は大丈夫と答弁しました。父母説明会での不安には「今までと変わりません」と説明しました。
ところが、常勤支援員を確保しない、できない状態が放置されてしまいました。長年、指定管理を続けてきたことで、春日部市行政の内部に学童事業の役割、先を想像する力、必要な対応を行使する力が失われてしまっています。
市側の陳述では、トライの責務は出来上がった「結果」を求められるのではなく、事業が運営されている「状態」さえあれば良しとする「手段債務論」などという理屈が主張されています。これだと公務労働の専門性や質を高める努力など不要になってしまいます。こうした見解だから監視・指導のノウハウも消失してしまったのでしょう。
その結果、トライからの弁解や現状追認要請を受け入れるだけになっています。しかし、常勤支援員配置による保育の「質」を「契約」したのですから、それは債務の本旨となるものです。また、支援員の種別や配置数で人件費が積算されており、それも根拠のある対価関係になります。したがって、市から指定管理料が支払われたからには、その「契約」に基づく対価の履行は当然のはずです。できないなら返還も当然のことです。
こうした行政内部の弱体化した監視・指導体制は春日部市だけのものでしょうか。現場を管理する側の専門性、民主的なコントロール機能が存在しているか、高められているかも、外部化が拡大しているもとでは重要な検証と改善の課題だと考えます。
そこで、★3の一連の流れの中に行政内部の総合性や専門性確保の仕組みが必要です。例えば、①事業に関する理念の再確認作業(住民参加、担当課内協議や学習等)、②コスト以外の判断基準の確立、③現場調査や事業者指導の業務手順確立等々であり、それらを実行できる時間と物理的保障(人的含め)をすることです。
事実は不明ですが、春日部市では学童事業担当者が厚生労働省「放課後児童クラブ運営指針」「同解説書」や「埼玉県放課後児童クラブガイドライン」などを読み込む時間が保障されていたのでしょうか。少なくとも同文書のもとで統計をとる場合は「常勤」を1日6時間以上の勤務者としており、3・5時間や支援員資格の有無で判断していません。
私たちは自治体直営を基本に考えていますが、地方自治法244条の2でも無制限で指定管理を容認してはいません。「公の施設の設置の目的を効果的に達成するため必要があると認めるとき」の原則から出発すべきです。
指定管理等の長期契約では債務の特定や客観的評価が困難になりやすいことから、契約内容の確定度を高める必要があります。各担当課では当該自治体のマニュアルまかせでなく、法律の建て付けや当該事業に求められている目的の達成に向けて、協定書や仕様書の確定度を高めることと、その具体化ができる実行力の総合性が求められています。
行政内・外の民主的コントロールを高めるためにも専門性再生を
春日部学童訴訟の説明をするのに、次ページ図を使ってきましたが、この図は冒頭の計画策定や自治体DXへの対応でも同じことが言えます。行政外部も内部も民主的コントロールと公務の専門性を一体にして高めることが課題だと言いたいのです。
図の中央の幅広部分は、事業が具体化される流れを、理念・政策決定から具体の事業実施まで示し、それらの各段階で右側は自治体内部の民主的コントロール機能が必要なことを現わしています。指定管理であれば、当初の段階で理念からみた検討がされ、実施段階では「モニタリング・事業評価」が行われるはずですが、検討・評価する専門性や基準がなければ機能しません。担当課による監視・指導まで含めた能力が必要です。
そのために、現場従事者も参加(学童ならば支援員が参加)・意見表明できる機会がなければ、欠陥があっても修復する機能は発揮できません。その際のカギが「総合性・専門性」だと考えます。
図の左側は、外部からのコントロールです。春日部市の事例では議会も監査委員(住民監査)も機能しませんでした。しかし、最後の住民運動の訴訟という形態で民主的コントロールが目指されているのが現状です。そのとりくみに自治体労働組合が参加して、具体的な総合性や専門性を加えることができれば、外部からの民主的コントロールの機能も高めることができるでしょう。