はじめに
長野県の最南端、伊那谷の中央に位置し、諏訪湖から太平洋へ注ぐ天竜川の中流域にある飯田市は、人口約9万7000人の地方都市です。南アルプスと中央アルプスに挟まれた東京23区全体とほぼ同一の広さである市域は、標高差2700メートルを超える我が国最大級の谷地形の中に、何段にも形成された河岸段丘や、日本で一番長い断層である中央構造線が刻んだ遠山谷などがあります。特有の起伏に富んだ地形を呈し、豊かな自然と優れた景観、四季の変化に富み、動植物の南北限という気候風土に恵まれています。今後の話となりますが、リニア中央新幹線の長野県駅の設置が決まり、開通に向けた新しいまちづくりが始まっています。最近では、人口1万人あたりの焼肉店舗数全国1位であることから「焼肉のまち」としても注目され、全国の焼肉フリークが飯田市を訪れています。
環境文化都市をめざして
飯田市は、1996年に策定された第4次基本構想において、将来のめざす都市像として「環境文化都市」を掲げました。それまでの「環境に配慮」した日常から、「環境を優先」するまちづくりへシフトし、今日に至っています。この「環境文化都市」は、「環境への取組が文化になるまで」という願いが込められ、2007年には「環境文化都市宣言」を行い、飯田市のまちづくりの考え方として現在も大切に引き継がれています。
2009年には、市民参加による自然エネルギー導入などが評価され、内閣府から「環境モデル都市」に全国13都市(当時)のうちの一つとして選定されました。先人たちはこれまでにさまざまな先進的取り組みを当市で展開してきましたが、再生可能エネルギーの地産地消や公共的利用の重要性にいち早く着目し、2013年4月には、市民による「エネルギー自治」を支援する「飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例」(以下、地域環境権条例)を制定し、今日に至るまで地域住民自らの手による再生可能エネルギーの公共的な活用を側面的に支えてきています。
本稿では、この「地域環境権条例」を活用した再生可能エネルギーの普及による地域課題解決への取り組みについて、若干の考察を含め紹介します。
ゼロカーボンシティ実現に向けて
飯田市では、2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにすることを目指し、飯田市議会、飯田商工会議所とともに2021年に「2050年いいだゼロカーボンシティ宣言」として共同声明を出しました。
飯田市では、「環境文化都市」を標榜して以来、早くから再生可能エネルギーの導入に取り組んできました。特に、年間日照時間が2000時間を超える特性を生かした太陽光発電については、今から四半世紀以上前の1997年から一般家庭向けの太陽光発電設備設置補助をスタートさせており、2023年3月末現在、持ち家の17・8%まで普及が進んできています。また、環境省が行った「平成のまほろば事業」を活用し、当市に所在する「おひさま進歩エネルギー株式会社」に対し、公共施設の屋根を20年間にわたり無償で使用できる目的外使用許可を行い、同社が全国から出資を募り太陽光発電事業を実施しています。そこで発電された電気の全量を飯田市が固定価格で買い取り、施設の利用者である市民が二酸化炭素排出ゼロのクリーンなエネルギーを活用する事業を2004年から行っており、長年太陽光発電の導入に取り組んできています。
その他、急峻な地形と豊富な水量を生かした小水力発電の設置への取り組みや、地域独自の環境マネジメントシステムの取り組みも活発に行っています。
地域環境権条例策定の背景
このような中、2012年から電力の固定価格買取制度(FIT)が始まりました。このことにより、大手資本による地方への大規模ソーラー発電所の進出があり、場所だけ提供して収益は全部大手資本に持っていかれてしまうといった、地方活性化には到底つながらない状況が全国で相次ぎました。
「地域環境権条例」は、もともと住民自治という考え方が古くから根付いている飯田市で、固定価格買取制度からの収益を地域課題の解決に生かせないかとの思いから2013年に制定し、施行しました。
この条例では、「そもそも再生可能エネルギーを生み出す太陽光や河川、森林などの資源は、過去からその地に住む人々により守られてきたものであり、その資源は地域に利用する権利がある」との考え方に基づき、「再生可能エネルギー資源から生まれるエネルギーを市民共有の財産」と捉え、市民がこれを優先的に活用して地域づくりを行う権利として「地域環境権」と定義し、市民に付与しました。このことに加え、設備投資の資金確保やリスク管理、収益の活用方法などをどのようにすればよいかを議論し、公共品質の事業である「お墨付き」を与えるスキームについても、同条例で定めています。
また、再生可能エネルギー事業は、発電が始まれば売電収入がありますが、事業開始前であってもさまざまな調査、設計などで多額の出費が必要な場合があり、資金力のない住民組織は、売電収入が入るまでの間、資金調達に苦労します。これを解決するのが、基金からの融資であり、このことも条例で規定しています。
この条例の目的は、再生可能エネルギーの導入ではなく、持続可能な地域づくりです。この条例により、再生可能エネルギーを普及しながら活力ある持続可能な地域づくりをめざし、現在まで24件の事業認定を行い、飯田市内各地で事業が進められています。
地域環境権条例のポイント
地域環境権条例を活用する主体は、地域の運営を担っている地域住民団体です。それぞれが運営の中で課題を抽出し、その解決方法の手段として、「地域環境権」を行使し事業を行うかどうかを自ら決定していただくところからスタートします。また、その事業について技術的、費用的に一緒に取り組む事業者を募り、協力して事業計画を作成後、飯田市長に対し事業認定の申請を行います。
市長は、その事業計画がこの条例を活用して行う事業として適切であるかどうか、専門家で組織されている飯田市再生可能エネルギー導入支援審査会に諮問します。この審査会により、それぞれの専門的知見で公共的事業としてふさわしいか、資金面の問題がないかなどの審査を行い、飯田市長に対してその結果を答申します。
答申の内容が地域環境権を行使して事業としてふさわしいとの内容であった場合、飯田市長は事業を地域公共再生可能エネルギー活用事業として認定し、公告を行います。地域では、事業による売電収益から得られる寄付金等を基に、地域の課題解決を行うなど、公共領域へ再投資を行うとともに、関わった企業の環境貢献による企業価値の向上に結び付いています。
地域環境権条例を活用した取り組み事例
①山本おひさま広場での発電事業
王子マテリア株式会社が、同社の所有地を活用し、固定買取価格制度の開始に伴い、太陽光発電事業を行うこととなりました。その事業計画の中で、使用しない一部の土地を飯田市で活用しないかという打診があったことから、地元である山本地域づくり委員会と協議の結果、地域住民のための広場を整備することとしました。また、同土地の一部でおひさま進歩エネルギー株式会社による太陽光発電を行い、売電収入による寄付金で整備費用を捻出することとしました。これらのことに加え、王子マテリア株式会社の発電事業を請け負った株式会社シーエナジーからも広場整備のための資金について寄付の申し出があり、大手資本の参入を、地域活性化と結びつけた事例として新たな取り組みを行うことができました。
同広場は、山本地域づくり委員会はもちろんのこと、保育園、小中学校やPTA、消防団など、地域住民が協力して整備作業を行いました。完成した後には、近くの保育園の遊び場として、また、地域の拠り所として多くの皆さんに活用されています。
②旭ヶ丘中学校敷地内での発電事業
本事業を計画したきっかけは、ある1人の生徒が「学校としても、地域と協力し、未来へとつながる環境モデルを創り上げるスタートの年に」と、節電、自然エネルギー利用の増加等を行うことを公約に掲げて生徒会役員に立候補し、当選したことに始まっています。旭ケ丘中学校では、以前から環境への取り組みを行ってきましたが、2014年度に、地域のゴミ拾い活動や、不法投棄防止への意識啓発活動への参加などを生徒会が主体的に実施したことが、地域との関わりを深める大きな契機となりました。
このような中、公約を実現するために、生徒会自らが「地域環境権」を行使して生徒会として太陽光発電設備の設置を行えるスキームを考え、企画立案し、学校や教育委員会に対し説明を行った上で協力を依頼しました。さらに、この事業において地域環境権条例を活用するには、地域や関係者の理解や合意、協力を得ることが必要であることから、地元である伊賀良まちづくり協議会、山本地域づくり委員会及び旭ケ丘中学校PTAに趣旨説明を行い、事業の進め方について検討が行われた後に申請され、事業認定されました。
この事業は、現在も生徒会自らが地域での環境活動の充実や、継続した環境学習などを企画立案し、地域や学校がその活動を支え続けています。
今後に向けて
今後は、太陽光のみならず、水力やバイオマスなども視野に入れながら、この条例がさらに地域発展につながるように私達も現場に足を運び、地域の皆様とともに取り組みを推進していきたいと思います。また、国の固定価格買取制度による買取価格が下落する中、特に太陽光発電を活用した事業の構築をどのようにしたら良いか検討しつつ、今後の持続可能な地域づくりに向け、歩みを進めていきます。