はじめに
2023年6月13日「こども未来戦略方針」(以下「こども方針」)が閣議決定され、「人口減少が続けば、労働生産性が上昇しても、国全体の経済規模の拡大は難しくなるからである。今後、インド、インドネシア、ブラジルといった国の経済発展が続き、これらの国に追い抜かれ続ければ、我が国は国際社会における存在感を失う恐れがある」(同方針1ページ)との危機感が示されました。「こども」を、経済を支える労働力人材と捉え、国際社会における日本の存在感を維持するために、国民に「こどもを、産めよ・増やせよ」と号令をかけているようにしか見えません。
「こども方針」は、この危機感を煽った上で、若い世代の結婚・子育て支援、子育てしやすい社会環境作り、子育ての経済的・精神的不安を取り除く、を目的にその対応として加速化プラン「児童手当の拡充」、「出産等の経済的負担の軽減」、「医療費の負担軽減」、「高等教育費の負担軽減」、「 への直接支援」、「年収の壁への対応」、「子育て世代に対する住宅支援の強化」等の7項目を提案しました。
政府は、目を引くようなメニューを様々揃えていますが、こどもにとって人権が尊重される未来を構築できるのでしょうか。政策を実行する上でも肝となる「財源の提案」には、思わぬトラップも仕込まれています。
経済的支援に偏った子育て「加速化プラン」で良いのか
「こども・子育て支援加速化プラン」で提起された「児童手当の所得制限の撤廃、支給期間を高校卒業まで延長、第3子以降3万円」は、諸外国の同様の手当と比べても金額的には見劣りしません。しかし、そもそも日本の賃金が極めて低額であることを考えると、これらの手当が本来の子育てや教育支援に回せるほど収入増に寄与するのかは疑問です。
2023年5月12日に公表された『2022年家計調査報告(二人以上の世帯)』によると、2022年の世帯別年収の教育支出では、年収200万以上550万円未満の世帯で学習塾や習い事などの「補習教育」が、2019年家計調査に比べて軒並み減少しています。逆に、年収の高い富裕層では、補習教育支出が大幅に増えています。具体的には、年収1250万円以上1500万円未満では、2019年に比べ約60%、1500万円以上では約44%も伸びています。
このことからも、富裕層では補習教育に今まで以上に支出できていますが、550万円未満の中所得・低所得層では減らしている実態が見えてきます(「東京新聞」(朝刊)2023年2月23日付)。経済給付の所得制限撤廃は、富裕層にはメリットがありますが、中所得・低所得層では家計全体の穴埋めに回り、本来の目的である子育てや教育費用に向けられない可能性があります。
解散総選挙を睨み、財源具体策を提起できない
岸田首相は、衆議院議員任期満了の2025年10月を待たずいずれかの時期に解散総選挙に打って出ると囁かれています。その戦略の下では、増税を真っ向から打ち出すことはできません。「こども方針」では、子育て支援に関する財源を「2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、それらによって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用しながら、実質的な追加負担を生じさせないことを目指す」(前掲24ページ)とし、また「社会保障・税の一体改革」(2012年)により消費税の税率引き上げ分の税収を社会保障目的化していますが、この消費税に関しても、あえて「消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない」(前掲24ページ)とキッパリと否定しています。
また、2023年6月16日に閣議決定された『骨太の方針2023』でも、「国民に実質的な追加負担を求めることなく、『こども・子育て支援加速化プラン』を推進する。なお、その財源確保のための消費税を含めた新たな税負担は考えない」(同方針17ページ)と、増税に不安を抱く国民を安心させようと躍起になっています。
穿った見方をすれば、社会保障の他の費目(特に高齢者医療)を削減し、こども・子育て予算に回し、あたかもその分野の予算が増えたように見せる、あるいは、こども・子育て以外の理由をつけて(例えば防衛費など)消費税の増税を行う可能性もあります。
しかし、「こども方針」からは、「目にみえる増税」ではなく、「経済社会の基盤強化を行う中で、企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度」)」(前掲24~25ページ)の構築で、国民負担増を狙っていることが窺えます。
こども・子育て「支援金制度」という名の「こども保険」構想の再来
「支援金制度」に関して、「こども方針」の本文では「支援金制度を構築する」(前掲25ページ)と書かれているだけで、具体的な記述はありません。しかし、制度の詳細は、通常は見落としがちな脚注(前掲25ページ)に、小さく、かつ具体的に記されています。
脚注(資料)では、「全世代型で子育て世帯を支える観点から、賦課対象者の広さを考慮しつつ社会保険の賦課・徴収ルールを活用する」としています。同支援金は、実質的に保険制度ですから、「増税ではない」と嘯くことは可能でしょう。また、「こども家庭庁の下に、こども・子育て支援のための新たな特別会計(いわゆる「こども金庫」)を創設し、既存の(特別会計)事業を統合しつつ、こども・子育て政策の全体像と費用負担の見える化を進める」(前掲24ページ)としていることから、「保険料収入」は、全額「こども金庫」に納付され、こども・子育て政策にのみ支出されるとしています。
つまり、こども金庫は、「入るを量りて出ずるを為す」制度となり、もし仮に国民が「出ずる」である「こども・子育て政策」の拡充を求めれば、結果的に「入る」である保険料(支援金)の増率(増額)を受け入れざるを得ないジレンマに陥ります。まさに、「異次元」のトラップです。
本構想に近い制度は、「こども・子育て拠出金」で、児童手当の原資としての事業主負担の制度です。しかし、今回の構想は事業主だけの負担で運営されるのではなく、被保険者の負担も求めることから、後期高齢者医療を全世代で支え、その費用の4割を各医療保険者が支援金として納付する「後期高齢者支援金」に最も近いといえます。
しかし、本支援金制度は、それを原資に独立した特別会計「こども金庫」を創設する大掛かりな制度で、既存の支援金制度を単純に真似たものではなく、2017年に自民党「2020年以降の経済財政構想小委員会」がまとめた『「こども保険」の導入〜世代間公平のための新たなフレームワークの構築〜』(2017年3月28日)に由来すると考えるべきです。
自民党小委員会で構想された「こども保険」は、「現在、少子化対策や子育て支援は、政府の一般会計から支出している。高齢者向けの社会保障給付が急増する中で、若者や現役世代に対する予算を大幅に増やすことは難しい」(同報告2ページ)とし、こども保険は「こどもが必要な保育・教育等を受けられないリスクを社会全体で支えるもので、年金・医療・介護に続く社会保険として、『全世代型社会保険』の第一歩になる」(前掲2ページ)と、最終的には社会保障を「一つの社会保険制度」に統合するものです。
また、こども保険が構想された2ヵ月後の2017年5月23日には、自民党「人生100年時代の制度設計特命委員会」は、「本年3月の小委員会の提言である『こども保険』を踏まえ」(4ページ)今後の幼児教育・保育の負担軽減、子育て対策の拡充等とその責任ある財源確保に関して「中間まとめ」を公表したとしています。さらに、同特命委員会が、「小委員会の提言である『こども保険』を踏まえて」(前掲14ページ)創設され、政策議論の場に「新しい風」(前掲14ページ)を起こしたと評価しています。
加えて、2017年6月9日に閣議決定された政府の『骨太の方針2017』には、「幼児教育・保育の早期無償化や待機児童の解消に向け、財政の効率化、税、新たな社会保険方式の活用を含め、安定的な財源確保」(同方針9ページ)との文言が見られ、こども・子育て分野の社会保険方式が提案されています。
一見「こども保険」は荒唐無稽のようにも思われますし、必ずしも国民から支持されたわけではありませんが、形を変え、名を変えて「支援金制度・こども金庫」として蘇り、「異次元」のトラップが仕込まれていたのです。
おわりに
経済給付から無償サービス給付への転換を
支援金制度は、結局「こども保険」の焼き直しで、基となる保険制度に未加入、保険料未納が続けば保険給付としてのこども・子育てサービスを受給することはできません。権利としての社会保障給付が、「商取引に似せた」制度へと変質させられてしまいかねません。
こども・子育てサービスの本来の目的は、誰もが個人として尊重され、自由と幸福を享受できる社会の礎を構築することにあるのではないでしょうか。決して、単なる将来の労働力人材の確保だけにあるのではありません。
また給付は、経済給付に偏るのではなく、すべての世帯が公平に享受できる自己負担のない保育サービス、完全無料の義務教育、高等教育の無償化(入学金の廃止、学費無償)、こども医療の無償化(自治体の裁量に任せるのではなく、国の制度として)を打ち出すべきではないでしょうか。財源は、直接税等の累進化の強化、社会保障とは相容れない、人を殺すための軍事費の大幅な減額を本気で断行すべきです。