福島円卓会議の設立と参加の呼び掛け
2023年7月4日、福島県庁の記者クラブで、「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議」(通称「福島円卓会議」)の設立を発表し、参加を広く呼び掛けました。呼び掛け人は、筆者を含めて表1の8名です。
福島大学の教員や、福島県・自治体・一次産業・協同組合・地域づくりなどの公的な役職を務めた経験を持つメンバーで、その経験や専門性により、これまでの原子力災害の下での福島の復興の問題に関わってきたメンバーです。
この呼び掛け人一同は、東京電力の福島第一原発の廃炉の問題、特に、汚染した原子炉建屋内部の水を多核種除去処理した「ALPS処理水」(並びに処理途上水)の保管・処分問題に関して、2020年以降の政府と東電の性急な進め方に疑問を持ってきました。手短かに経緯を押さえておきます。
2020年2月に、それまで3年3カ月間にわたって同問題の解決に向けての選択肢を技術的・法的・経済的・社会的な観点から検討してきた政府の小委員会が終了し、報告書が出されました。その報告書を受けて、政府(経済産業省・復興庁)は、4月以降、福島県の各業界の代表的な人たちからの意見聴取を公開で行いました(その記録は動画で現在も見ることができます)。
筆者は、小委員会における、処理水(処理途上水)の保管・処分の選択肢の議論に関して、特に、規制や法律や行政的な手続きの問題や、東電のスペース・資金・経済的な要因によって、「大気中または海洋への放出しかない」という限られた選択肢に一気に絞り込んでいった2019年に入ってからの終盤の議論を注視していました。そこでは、事務局の運営や、それに同調する一部の委員の中に、結論が先にあるような思考の幅の狭さや性急さ・拙速さを感じていましたが、その詳細な検討は別の機会にすることとします。
そうして出てきた小委員会の結論(絞られた選択肢)を踏まえた先述の福島での意見聴取会では、議事録を見ると明白ですが、主催者である経産省・復興庁は、その選択肢を福島県内の代表する立場の人たちの意見によって海洋放出へさらに絞ろうと意図したと考えられます。しかし、その意に反して、大気中へも海洋へも、いずれに対しても、放出することそのものに反対や懸念をする意見が数多く出されたことに筆者は注目しました。
特に、一次産業の当事者です。漁協は言うまでもなく、農協・森林組合の代表者も一様に、現在の復興に向けた取り組みが途上である状況で、原発事故以後の汚染への対処や避難・帰還の問題などがまだまだ山積している中、追加的な放射性物質の放出には耐えられないという根拠で、反対であるとしました。沿岸部(浜通り)の被災地域の現状からすれば当然でした。
大気または海洋へ放出するというその時点で絞られていた方針は、それ以外の選択肢が本当にぎりぎりまで吟味された上での最後のやむを得ない結論なのかということが根本的な疑問でした。その疑問があることに加えて、福島の復興のために放出はやむをえないという、全く逆転した、驚愕すべき短絡的発想を政府が喧伝し始めていたことにも大きな違和感がありました。
何より、漁業の復興の現場では、「がんばる漁業復興支援事業」という地区ごと・部会ごとに認定を受けて取り組む短期集中の増産計画に、2020年の秋に相馬から着手し、翌年・翌々年と、地区を広げてきており、復興が実現できるかどうか極めて重要な局面を迎えているところでした。それを踏まえてなおタンクの水の処分を急ぐのかという問題がありました。
2021年4月13日に、菅義偉首相(当時)が海洋放出を2年後をめどに開始すると結論づけた時にはこの疑問や違和感が決定的になりました。拙稿「極まった『第2の震災』」を、直後に、共同通信を通じて全国各紙に配信し、『福島民報』他の各紙に掲載されました。
その後、新たに、東京電力がそれまで出ていなかった、放出のための全長1キロの海底トンネル(パイプライン)の敷設の計画を追加し、その設計と建設に長時間を要すること、建設費が350億円かかること、海底掘削により土砂が1万立方メートル発生し、それを第一原発の敷地に新たに保管せざるをえないことなど唐突で理解し難いものでした。「時間がない」、「経済的に海洋放出は優位」、「敷地内にスペースがない」といったこれでまでの説明とも全く矛盾するものでした。
また、政府の小委員会では、敷地を最終的に更地にするためにタンクを片付ける必要があるとされていた(そこでタンクの長期保管が却下された)のでしたが、代わりに海底トンネルとそれに付属する希釈設備という、かえって重装備の恒久設備が生まれてしまうのではないか、それは廃炉の後の姿として、どうなるのでしょうか。
さらに掘削工事の間、海底の土砂を攪拌し、また漁船などの船舶の進行を妨げてしまうこと、またそもそも放出に強く反対する漁業者の仕事場である海の方へ、わざわざ放出口を伸ばしてその真ん中で放出するようにする必要性がどこにもないこと、加えて、海を守るための で禁止されている海洋上での放射性廃棄物の投棄に実態として近くなること(ロンドン条約の解釈は分かれるが、少なくともその精神には明白に違反すること)などの数々の疑問が追加で出てきたのでした。
つまり、2020年の、大気または海洋への放出という絞り込み方も不透明、さらに、その後に出された数多くの放出案への反対の意見を取り入れずに、2021年に、海洋放出の方針を結論づけたプロセスも不十分、急がなければならない理由も不可解、加えて、その後に海底トンネルというさらに疑問の塊のような設備が後から追加されるという謎が相まって、原発の問題をめぐっては声を発してももがいても政策決定に届かないという感覚に陥っていました。
呼びかけ人の今野順夫氏・中井勝己氏の運営する「ふくしま復興支援フォーラム」などの場で問題点を検討し、菅野正寿氏らとも意見を交わし、みやぎ生協・コープふくしまの組合員学習会の開催などをして課題を明確化するようにしてきました。また、菅野孝志氏がリードする形で、県内の協同組合として合同の反対声明を出すなど県民の声の高まりを何らかの形にすべく試みました。
そして2023年1月に政府が今年の夏ごろに、決めていた通りに海洋放出を開始すると改めて公表した翌月2月に、筆者は、前稿に続く論説「漁業のために凍結を」を同じく共同通信を通じて発表(『福島民報』その他の各紙に掲載)し、廃炉の計画について福島県民・国民の意見を反映させる円卓会議のような場の設置を提起しました。
その後、準備を重ねて、7月の福島円卓会議の開設に至ったのです。
設立にあたり、呼びかけ人を代表して、今野順夫氏と千葉悦子氏と筆者から、「福島県民・国民の参加により対話型で復興と廃炉の両立、ALPS処理水問題の解決に向けた模索をしていきたいと考えます」と発し、併せて、菅野孝志氏は、「2021年、海洋放出の方針が決定されたとき、福島県の協同組合セクター(JA・JF・森林組合・生協)は、共同で反対声明を出しました。それは、政府・東電との互いの理解促進へ道を開きたいとの思いからでありました。決めるのは国、決められるのは国民、という構図で理解促進はできないと考えます。復興と廃炉をともに進めていく上で、何とかしなければとの思いは、皆同じだと思います。この円卓会議への皆さんの参加を呼び掛けます」とのメッセージを発表しました。
3回の会議開催と緊急アピールの発出
この呼び掛けに反響があり、7月11日、8月1日、8月21日と3回の円卓会議を開催した際に、会場となった福島市内の杉妻会館と、オンラインで数多くの参加がありました。県内からは、浜通り地域の原発事故の影響を強く受けた方々や漁協関係者を含めて、被災・復興の当事者たちが多く参加していただきました。オンラインで、原子力市民委員会などの復興と廃炉の問題についての検討の蓄積のある方々も加わり、議論の内容に専門的な整理を与えていただきました。
被災・復興の当事者の声や、参加者たちの発言による討議の内容を踏まえて、我々の専門的な見地からも課題を整理し、第3回の場で「緊急アピール」の文案を提案し、文言を参加者で吟味したのちに、5項目を確定して同日発表しました(表2)。
表2 「緊急アピール」
1.今夏の海洋放出は凍結すべきである
政府・東電による、ALPS処理水を今夏ごろまでに海洋放出するという一方的に決められたスケジュールは、2015年の「関係者の理解なしにいかなる放出もせず処理した水はタンクに貯留する」という文書で交わした約束を遵守するために凍結し、関係する人々の参加による議論に付すべきである。
原発の廃炉を地元の復興と両立させるために、これまで最も被害を受けてきた浜通り自治体の住民、漁業・水産関係者の意見を重視しながら、県民・国民の参加による議論を進めていく必要がある。
政府・東電がお墨付きを得たかのように依拠するIAEA(国際原子力機関)の安全性レビュー報告書は、限られた範囲の評価を出るものでなく、これだけを根拠として、影響を受ける人々が参加すべき議論のプロセスを省略して放出を強行することは認められない。
2.地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない
原発事故と汚染水問題により多大な被害を受けてきた地元漁業者が、15年の約束の遵守を一貫して要求し、海洋環境を守り生業を続けていきたい一心で放出に反対する数々の声を発してきたことは尊重されなければならない。これを無視してスケジュール先行の海洋放出の説明会が政府によって繰り返されている現在の状況は、対話と相互理解に向けた姿勢を欠いており、漁業関係者を孤立させ、漁業復興に向かう現在の数々の重要な事業を強く阻害しており、強く懸念されるものである。
政府と東電からは、海洋放出実行に伴い風評対策を徹底する、被害には賠償をするという新たな約束が出てきているが、地元漁業者が要求していることと大きな隔たりがある。
漁業の復興の阻害をこれ以上許容できるものでなく、どうすれば漁業の復興を続けられるのかを政府・東電も真剣に考え、対話すべきである。
3.いま優先して取り組むべきなのは地下水・汚染水の根本対策である
政府と東電からは、廃炉の進行のために処理水の海洋放出が先送りできないという説明が繰り返されているが、その当否が明らかでなく、むしろ福島県民から見て「待ったなし」なのは原発の地下水流入・汚染水削減の抜本的対策である。
昨年の処理水の希釈・海洋放出設備の事前了解の際に、福島県から、地下水流入に起因する建屋内の汚染水発生を根本的に低減できる対策を実行していくように要求し、それ以後も繰り返しこれを求めてきているがその計画は出されていない。
汚染水対策が今後前進しなければ、処理水が増え続けるのを止められないばかりか、原発港湾内の放射性物質濃度の高止まりや上昇にもつながる可能性がある。これらは地元の復興に直結する問題であり、海洋放出の必要性の有無以前に、緊急で取り組まなければならない課題である。
4.海洋放出は具体的な運用計画がまだなく、必要な規制への対応の姿勢も欠けている
東電の海洋放出案に関して、設備面では規制委員会および福島県の廃炉安全監視協議会での確認を経ているが、具体的な運用計画がない。それには、対象となるタンク・希釈水・放出量の詳細内容が含まれなければならない。運用計画は、実施の前年度までに提出して審議に付さなければならないものであり、東電も提出意思を度々示しているが未提出である。
このことから、今年度の放出開始は不可能であり、改めて地元と協議すべきである。
また当原発は事故後に特定原子力施設として特別な規制の下に置かれており、それは敷地境界上の固体・気体・液体由来の放射線の総量の規制(年間1ミリシーベルト)という廃炉全期間にわたって遵守しなければならない厳しい制約も含まれる。政府と東電による海洋放出案の説明はこの規制内容を顧慮せず、IAEAのレビューもこの認識を欠いている点で極めて不十分であり、必要な規制や手続きに則って計画の立案・審査をすべきであることを明確にしていく必要がある。
5.今後、県民・国民・専門家が参加して議論する場が必要である
これまでは、廃炉の進め方をめぐって、県民・国民は、すでに決められた方針に関して「説明される側」と位置付けられてきて、自治体や協同組合や各団体の意見もそれぞれ個別に聴取されるだけで政策に届いて行かず、被災者どうしの分断ももたらされた。
今後はそうでなく、県民・国民や、自治体・協同組合・各団体・専門家が、政府・東電と対等な発言権を持ち、ALPS処理水の処分のあり方や復興と廃炉の両立について意見を交わして、政策決定に参加していく対話の場が必要である。それは、政府と東電の信頼回復のために不可欠であり、また、海と陸、浜通りと中通りと会津、福島県内外の分断を生まないためにも必要である。
当会議はそのような場の設置と多くの方々の参加を呼びかけていく所存である。
今後に向けて
結局、政府は8月22日に廃炉に関する関係閣僚会議を開いて翌々日の24日に海洋放出を開始することを決定し、即時、東電に指示をしました。また、放出の全期間(すなわち廃炉が完了するまで)政府が全責任を負う旨を、岸田文雄首相が発言し議事録に残しました。
東電は閣僚会議の同日、指示を受けて今年度の放出計画を発表して翌23日、福島県の原発安全確保技術検討会を緊急開催して臨時で提出してギリギリのタイミングで承認を受けて、翌24日の13時に放出を開始しました。
地元の漁業者や我々がこだわっていた2015年の「放出しない」という約束をどう考えるかという点ですが、最終的な局面で政府は、この約束は守り続けている状態であるという詭弁すれすれの解釈を示し、追い込まれた形の地元県漁連側は、決裂を回避するためにやむを得ず、約束は守られていないが、あえて現時点で、破られたとも思わない、放出反対の意思を守りながら漁業復興をやり抜くという苦渋の決意をもって応じています。
ALPS処理水の処分に関わる全期間、政府が、水産業や沿岸部の被災地域全体の復興や避難解除後の地域の再生に責任を負うことができるのでしょうか。閣僚会議の場での首相の明言は重いとは言え、この約束の上書きの新たな約束が信用に足るものになるには、それを具体的に担保できる枠組みが確立してその永続が保証されなければなりません。
そのためには、IAEAが認めた「国際安全基準との合致」を強弁するだけでは不十分で、漁業の増産計画、水産業全体の復興計画、そして何より浜通り地域の帰還やコミュニティの再建も含んだプランを政府が地元当事者と一緒に策定しその進捗を中に入って保証していくことが必要です。今年・来年まで、この新たな約束の具体化を我々は求めて提案していきます。
また、今年度の放出は先述の通り8月22日に関係閣僚会議で開始日を決定し、同日に東電が放出計画を策定し、翌日臨時に県の原発安全確保技術検討会に諮り、その翌日に開始するという前代未聞の弥縫策が取られました。このようなことは今後許容されるものではないことを、同会議も明言しています。
今年度の放出計画は2次処理が必要ないとされるタンクを対象に7800トンを4回に分けて希釈放出するというもので、あくまで最小規模のテストケースと位置付けられています。それ以上踏み込んだ計画は審議時間がなかったためです。来年度(2024年度)からの本格放出に向けては二次処理や新たに汲み上げて処理する汚染水の取り扱いや、空いたタンクの解体手続きなど遥かに複雑になります。事前審理により多くの時間を要することはもちろん、そこに地元福島県民の眼を入れていく必要があります。
本稿執筆・校正時点(9月中下旬)で、第1回の放出(7800トン)を終え、水産物の国内の流通に大きな混乱は今のところ見られていませんが、問題は今後です。
緊急アピールの各項目で述べているように、IAEAが認める「国際安全基準との合致」は、それを長期にわたり透明な形で満たし続けるのが容易ではないことは別としても、それが満たされたから地元の復興が担保されるのではありません。特定原子力施設である福島第一原発に固有の数々の規制もあります。また、まだまだ始まったばかりの地元の復興との兼ね合いもあります。現状把握を丁寧に進めて、必要な時には地元の要求によって「社会的遮断弁」を閉めて放出を一旦ストップするという措置も必要でしょう。
また、ALPS処理水の問題だけでなく、今後、長い期間を要する廃炉工程の中では、放射性廃棄物の管理や移動・処分の問題が出てきます。その中では、今回のように、周辺地域に影響を及ぼしうるものも出てこざるを得ません。そのたびに、やはり今回のように、被災・復興の当事者の声を押しつぶして、「国際安全基準との合致」を旗印にして、政府と東電が一方的な処分を進めることは到底許容されません。今、そのことに国民的な合意を作り、歯止めとなる具体的なルールや規律を整備する必要があります。
最後に
ALPS処理水の問題の解決策をめぐって述べてきました。最後に、一点、注意を促す意味で付け加えておきます。
それは、原発の廃炉や放射性廃棄物の管理・処分をめぐっては、政府が「福島の復興」を掲げることで、政府方針と異なる意見を排除する動向が顕著になってきた点です。端的に「復興のために風評加害をやめろ」というものです。
福島の事故前から、原子力や放射性廃棄物の立地問題は存在し、しばしば激しい形で半世紀以上にわたって続いてきましたが、これまで、電力事業者が、放射性廃棄物を、ある地域に住民の了解なく放出する計画を一方的に出して、国際安全基準に合致しているから文句を言うな、という暴挙はありえたでしょうか。決してあり得なかったはずです。それが福島ではできてしまうのは、不幸な災害を奇貨として復興という二文字が恣意的に使われるようになったからに他なりません。
さらに風評という言葉が独り歩きし、復興を妨げるなということと対になって、原子力政策を不可侵のものにしてしまいました。これが福島の過酷な事故の後に現れた新たな現実です。ここに最大の不条理があります。
これだけ大変な災害を起こした後に、原子力事業者や推進者は、本来は猛省を迫られるのが当然なのですが、そうなってはいません。むしろ逆に、福島の復興を盾にとって、「復興のために風評加害をやめろ」といえば原発に関して何でもできるという魔法の杖を手に入れました。それでは本来の復興の道筋を守るための当たり前の声や正当な主張さえ排除されてしまいます。これは改める必要があります。
では、どうすればよいか。原子力政策や原子力事業に対して、国民は良識を持って、厳しく見る姿勢を緩めず、それでいながら、福島の復興をサポートしていくことにも軸足を置き続けるという極めて難しい立ち位置を、地元福島県民と連帯しながら模索してほしいのです。それに呼応して、福島円卓会議も役割を担っていこうと思います。
地元福島側は、科学的に放射性物質の対策を実施して、問題なく食品や観光業を元通りに楽しんでもらえるように準備をしてきましたが、それでも完全には需要が戻らないという現実、また、原発の廃炉作業の中で何かトラブルがあると、それが食品や周辺環境に与える影響がなくてもまた需要が落ちてしまうということが繰り返されてきたこと、これを「風評」と呼ぶ以外に言葉を見つけられていないのも確かです。それが復興のために風評加害をやめろ、という原子力推進者の極端な主張を許してしまってきました。この点は地元福島県民も努力をして、被災・復興の当事者自身による言葉を探して獲得し発信していく必要があると考えています。