議会の「ノイズ」になる
10月のよく晴れた日曜。佐賀県白石町にある道の駅の会議室に十数人の議員が集まりました。佐賀県女性議員ネットワークのメンバーです。この1年の活動報告の後、話題になったのは前日の原子力防災訓練でした。
佐賀県内で発生した地震により、九州電力玄海原発(玄海町)で重大事故が発生したと想定し、原発の30キロ圏内3市町の住民が他市町へ避難する手順などを確認する訓練です。女性議員たちが着目したのは受け入れる市町の体制でした。
訓練は過去に何度も実施していますが、大勢の避難者が来ることを知らない住民が多く、列を成す避難バスを見て「何をやっているのか」と驚く反応もあったそうです。これでは実際に事故があったとき、円滑に避難できるのかどうか心もとないのは当然です。
代表で伊万里市議の盛泰子さんは「皆さん共通の課題です。ネットワークで関心を持ち続けましょう」と呼びかけました。これまでも避難計画について、メンバーが歩調を合わせて一般質問をしたことがあります。
ネットワークは原子力防災訓練をはじめ、個別の議員活動では気付かない課題や広い視野を得る場となっています。「ここで提起された課題を、自分の地域の課題と受け止めて行動している」と話す議員もいます。
佐賀県女性議員ネットワークは2019年10月、26人の有志で発足しました。現在は今春の統一地方選で初当選したばかりの新人を含む38人で構成。盛さんは正副議長の経験者、現職の副議長もいます。年齢や職歴はさまざまで、多様な視点が交わるのが超党派のネットワークの持ち味でしょう。
統一地方選を経て、佐賀県内の女性議員は県議会、市町議会合わせて51人。2年前よりも10人増えたとはいえ、総定数の13・9%にすぎません。全20市町の中には女性議員ゼロがまだ3議会あります。
ネットワークは活動目的について「地方自治の健やかな発展を目指し、積極的な情報共有と学びを行う」と規約に明記しました。それに沿って全体研修会や、テーマを発案した議員が参加を呼びかける「ネットワーク寺子屋」(オンライン)で、一般質問や委員会質疑、防災、ひとり親家庭などに関する勉強会を重ねています。
こうした議員活動の基礎や政策を学ぶ機会は、とりわけ無所属で政治団体の後ろ盾のない議員にとって大切です。
勉強会で自分が所属する議会と他の議会を比較し、議会運営の違い、おかしな慣例に気付くこともあります。
大半の議会が圧倒的に男性多数です。困ったことがあれば相談し合い、経験を共有する場としても機能しています。ネットワークの意義は多岐にわたり、女性議員の活動の糧になっているといえるでしょう。
盛さんは「ノイズ」になることを心がけているそうです。議会は慣例やマニュアルに従って運営されることが多く、中にこもってしまうと、内輪の常識に染まってしまいがちです。それが住民から見れば閉鎖的で、関心を持たれない要因となっています。
議会の常識を疑い、問題点を指摘する。そうした良い意味での「ノイズ」を発する議員が増えない限り、議会は古びた殻を破ることができません。
盛さんはこうした点にも、ネットワーク活動の意義を見いだしています。昨年、その意を強くする出来事がありました。
佐賀県女性議員ネットワークとして、県議会に請願を提出しました。市町が行う小学生以上の子ども医療費助成に対し、県の補助金制度を求める内容です。市長会も県に同様の要望をしています。
県議会は請願を賛成少数で不採択としました。盛さんが何より腹立たしかったのは、反対した議員が誰も反対討論をしなかったことです。「賛成するにせよ、反対するにせよ、その理由をはっきりと示すのが議会でしょう」。不満は今も収まりません。
請願の取り扱いはどうあるべきか。県議会に対する問題意識は、翻って各市町議会の現状を確認するきっかけにもなります。
ネットワーク活動で得た視点は、メンバーが所属する議会にとどまらず、県議会を含め県全体へ向けられていることがよく分かります。「さまざまなところに問題提起をすることも私たちの役割」(盛さん)。ネットワーク活動の真骨頂です。
政治参加の裾野を広げる
もう一つ、大事な活動があります。人材育成です。2022年に始まった「さが・女性政治塾」の運営に協力団体として関わっています。
政治塾を主催しているのはNPO法人「女性参画研究会・さが」です。1996年に前身の団体が発足した当時、佐賀県の49市町村で女性議員の割合はわずか3・1%の25人。半数を超える33市町村は女性議員が一人もいませんでした。その頃から「女性議員ゼロの議会をなくす」「女性議員30%の実現」を目標に、講演会やセミナーを開催してきました。
少しずつ女性議員が増え、「政治を学ぶ場がほしい」という女性の要望もあって、政治塾の開講に至ります。2021年に政治分野の男女共同参画推進法が改正され、機運が高まったことも背景にあるでしょう。
2022年の政治塾は「なぜ女性議員が必要か」「学校現場から見た女性や子どもの問題」「立候補するための準備」などをテーマに講義やディスカッションを行いました。第1期生11人の中から2人が翌年の選挙で市議になっています。
2年目は14人の受講者を迎えました。立候補を視野に入れている人、身近な政治を学びたい人、親子で参加した人もいます。女性政治塾は政治家を志す人だけでなく、政治家を支える人や、さらには主権者をも育て、政治参加の裾野を広げています。
身近な政治にものを言い、地域課題の解決に自ら行動する住民が増える。その先にあるのが、規約に掲げた「地方自治の健やかな発展」なのです。
ロールモデルを増やす
さが・女性政治塾に共鳴するように、統一地方選を控えた2023年1月、熊本県で「女性のための政治入門塾」がスタートしました。企画したのは、くまもと女性議員の会。前年に始動した議員ネットワークです。
熊本県は今春の統一地方選まで、女性議員の少なさで全国指折りでしたが、変化の兆しはありました。「政治を学びたい」「議員になるには何を知っておくべきか」という声の数々が女性議員の会の背中を押します。
政治入門塾では男女共同参画に関する講義のほか、元職や現職の女性議員が講師になって体験を語りました。受講者にとっては近くて遠い存在だった議員の実像を知り、議員活動がイメージできたようです。
会長で山鹿市議会議長の服部香代さんは、女性議員を増やすには「各地にロールモデルが必要」と考えます。自身も議長としてその役目を担い、ローカル・マニフェスト推進連盟の共同代表を務めるなど、全国の議会改革の情報を吸収する活動にも積極的です。
統一地方選は4人の塾生が立候補し、県議1人、市町議3人が誕生しました。女性が1人だった熊本県議会(定数49)は5人となりました。服部さんは「1回の選挙だけで大きな変化は起きないが、女性議員が少しでも増えれば、地方政治の雰囲気も実態も変わることを示したい」と意欲を新たにしています。
実際に、女性議員の会は目に見える成果を残しています。昨年9月、熊本県教育委員会に対し、小中学校、高校の女子トイレに生理用品を設置する要望書を提出しました。県教委はすぐに応じました。
女性にとって必需品である生理用品が、一日の長い時間を過ごす学校に常備されていない現状。それは教育委員会や学校現場の意思決定の場に女性が少ないことの表れであり、女性議員のネットワークだからこそ提起できたことだといえます。
佐賀県の女性議員と同様、ネットワークで行動することにより、自治体の枠を超えた課題や政策の提起を可能にしています。
女性議員が増える意義
今春の統一地方選は、女性の立候補者の動向や当選者数にかつてないほどの注目が集まりました。服部さんは「増えた女性議員が、議員としての力をしっかりつけないと『やっぱり女性は…』と言われかねない」と気を引き締めています。
女性議員の増加はもちろん歓迎すべきことですが、佐賀の盛さん、熊本の服部さんは共に「ただ増えればよいというわけではない」と口をそろえます。増えた女性議員が悪弊をまとった「男性政治」を踏襲するようでは、議会が変わらないからです。
議会の最も大切な機能は議決、すなわち自治体の意思決定です。その過程では少数意見の尊重が求められます。議員の性別や属性が多様になれば、議会が住民の多様な民意をくみ取る力も増します。そこに女性議員が増える意義があります。
女性議員のネットワークは今後さらに広がるでしょう。個々の議員活動の質を高める。自治体の枠を超えた課題提起をする。後に続く人材を育成する。この三つの機能をネットワークが発揮すれば、高齢男性に偏った議会の景色は大きく変わるはずです。