はじめに
第33次地方制度調査会(以下、地制調)は、2023年12月15日に第4回総会を開催し、同21日に「ポストコロナの経済社会に対応する地方制度のあり方に関する答申」(以下、答申)を岸田首相に提出しました。答申における「国の補充的指示」(地方自治法上の補充的指示権)(以下、補充的指示権)は、地方自治だけではなく、平和主義にとっても重大な影響を与える可能性をはらむものであることから、本稿では、答申のその部分に限定して、内容を紹介しながら検討をしていきます。
第33次地制調は、その一つの柱として、「平時」と区別される「非平時」に着目した国と自治体との間および自治体間の関係として、「自然災害」、「感染症」と「武力攻撃」を念頭に、リソースの確保、情報提供・コミュニケーションと並んで、指示権について議論を行ってきています。「非平時」という用語は聞き慣れない用語であり、一般的なものではないことから、「有事」という用語の方が妥当ではないかといった議論もなされていました。
答申では、「第4 大規模な災害、感染症のまん延等の国民の安全に重大な影響を及ぼす事態への対応」の部分がそれに該当します。9月11日の第18回専門小委員会に示されたの前までは「非平時」として議論されてきたものですが、同専門小委員会において、それをこのようなタイトルに変更したことが説明されています。タイトルには、災害や感染症と異なり、武力攻撃は登場しなくなっていますが、対象が限定されたわけではなく、「等」の中に含まれたものと考えられます。これらの変更は、できるだけ刺激的なものを表面から隠すといった類いのもので、「有事」も「武力攻撃」を連想させることから、回避されたと推測されます。
以下で扱うのは、「第4」の中の「3 役割分担の課題と対応」の「(1) 個別法の規定では想定されていない事態における国の役割」において提案されている、「補充的指示権」です。そこで、答申の順に従い、現行の法制度、「補充的指示権」の必要性、要件、手続と検証という論点に区切って、それぞれの論点ごとに、答申の内容を多少長めに紹介し、その後に検討を行っていきます。最後に、それを踏まえて、「補充的指示権」が地方自治や平和主義に与える影響を明らかにします。
1 現行の法制度
答申は、「①現行制度」として、以下の説明を行っています。「地方自治法は、地方公共団体が、その事務の処理に関し、法律又はこれに基づく政令によらなければ、地方公共団体に対する国又は都道府県の関与を受け、又は要することとされることはないとしている」とし、「地方自治法を直接の根拠とし、地方公共団体に法的な対応義務を生じさせる関与として」、「自治事務に対する是正の要求、法定受託事務に対する是正の指示」を示し、「当該地方公共団体の事務処理の違法等の是正のために行われるもの」としています。
そして、「このほかの関与については、地方自治法に規定されている関与の一般原則に従って、地方自治法以外の法律又はこれに基づく政令に根拠規定が置かれている」として、「例えば、新型インフル特措法、災害対策基本法等では、それぞれの法律が定める事態において、国民の生命、身体又は財産の保護等のための措置を的確かつ迅速に実施することが特に必要であると認められるときには、国は必要な指示ができることとされている」と説明しています。
つまり、違法等があるとされる自治体の活動に対しては、地方自治法上の関与がなされるわけです。「是正の指示」の例としては、沖縄県辺野古新基地建設にかかわる埋立工事の設計概要変更承認拒否処分に対して、国が変更承認を求めるために行った是正の指示が最近のものとしてイメージしやすいと思われます。「違法等」の是正のための関与とされていますが、大臣によるその判断自体が争いになり、自治体側が不満をもつことも当然あるわけで、その場合、国地方係争処理委員会や裁判所で争うことになります。しかし、自治体にとって、地方自治を尊重した満足行く結論を得ることが容易でないことも、先の辺野古新基地建設の例などでおわかりいただけると思います。
個別法において「指示権」が規定されている例もあり、これは「違法等」に対するものではありませんが、地方自治法のような一般的なものではないことから、それを活用できる場合は限定されることになります。
2 補充的指示権の必要性
次に、答申は、「②国の補充的な指示」において、「大規模な災害、感染症のまん延等の国民の安全に重大な影響を及ぼす事態においては、国と地方公共団体が法令に基づき適切に役割分担して対応することが求められる。この点、国民の生命、身体又は財産の保護のための措置が必要であるにもかかわらず、個別法の規定では想定されていない事態が生じた場合には、国は地方公共団体に対し、個別法に基づく指示を行うことができないほか、地方自治法上も、地方公共団体の事務処理が違法等でなければ、法的義務を生じさせる関与を行うことができず、個別法上も地方自治法上も十分に役割を果たすことができないという課題がある」としています。
そして、補充的指示権の必要性について、「地方公共団体の事務処理が違法等でなくても、地方公共団体において国民の生命、身体又は財産の保護のために必要な措置が的確かつ迅速に実施されることを確保するために、国が地方公共団体に対し、地方自治法の規定を直接の根拠として、必要な指示を行うことができるようにすべきである。このような指示を行うに当たっては、状況に応じて、国と地方公共団体の間で迅速で柔軟な情報共有・コミュニケーションが確保されることが前提となる。…このような指示の制度により、個別法の規定では想定されていない事態が生じた場合にも、国が国民の生命、身体又は財産の保護のために役割を適切に果たすことができるようになる。指示を行う際の要件・手続については、新型インフル特措法、災害対策基本法等の危機管理法制において国が指示を行う際の要件・手続を参考として、…設定する必要がある」とするわけです。
答申は、想定外の事態に対応することができるようにするために、個別法ではなく、地方自治法に指示権を置くことを選択しているわけです。本来、個別の領域で問題があるのであれば、個別法の改正で対応すべきと考えられますが、改正には時間がかかりますし、いつどこでどのような問題が起こるか想定できないことに対応しようとすると、指示権を規定した個別法ですら対応できない状況も考えられることになります。そこで、広く対応可能な規定を地方自治法に用意しておくということのようです。個別法で対応できない場合に地方自治法を活用することを「補充」的としていますが、対象を限定せず、地方自治法に基づくのであれば、その活用はかなり一般的に可能なものになると考えられます。
答申の「第4」の「1 問題の所在」においては、「地方分権一括法によって構築された現行の一般ルールに影響を及ぼさないよう、特例として、明確に区分した上で設けられるべきである」としています。「特例」としているものの、地方自治法に定めることが想定されていますし、また、指示権は新たな権力的な関与と考えられます。
地方自治法上の補充的指示権の活用範囲は、かなり広範なものになります。違法等の場合に限定されることなく、答申が示すように、違法等がない状況においても、国が指示することができるようにする仕組みを用意するわけです。また、対象は、法定受託事務に限定されず、自治事務も対象になっています。
しかし、本当に個別法で対応できないのか、個別法の改正に協力が得られないのか、強制力ある指示までないと対応できないのか、といったことなどが問題になり得ます。地方自治法に指示権が規定されれば、その一般的な性格から、個別法を改正することが可能でも、そのインセンティブはなく、地方自治法に基づく指示権で足りると判断するのではないかとも思われます。
3 補充的指示権の要件
答申は、補充的指示権の要件については、「大規模な災害、感染症のまん延等の国民の安全に重大な影響を及ぼす事態において、国民の生命、身体又は財産の保護のため必要な措置の実施の確保が求められる場合とすることが適当である。これに加え、その事態が全国規模である場合や全国規模になるおそれがある場合、あるいは局所的であっても被害が甚大である場合などの事態の規模・態様や、…地域の状況その他の当該事態に関する状況を勘案して、当該措置を的確かつ迅速に実施することが特に必要であると認められるときとすべきである」としています。
しかし、「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態において、国民の生命、身体又は財産の保護のため必要な措置の実施の確保が求められる場合」といった要件を定めることによって、限定がかかっているといえるのかという問題があります。新型インフル特措法、災害対策基本法等のような特定の分野・問題に対する個別法における要件を、そのような限定がない地方自治法という法律において規定することになります。要件はかなり抽象的で、特定の趣旨目的がある個別法とは異なり、地方自治法が多様な場合に対応するものとすると、個別法における例と比較しても、地方自治法上の国の指示権における裁量はかなり広いものとならざるを得ません。
4 補充的指示権の手続
答申は、手続に関しては、「まず、国と地方公共団体の間で迅速で柔軟な情報共有・コミュニケーションが確保されるようにし、状況に応じて、十分な協議・調整も行われるべきである。その上で、指示を行う場合には、個別法上の要件に基づく指示が行使できない想定外の事態であることについて広く関係しうる個別法の所管大臣の判断を得る必要があること、また、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態において、国と地方公共団体の関係の特例として行使されるものであることを踏まえ、各大臣が、内閣の意思決定としての閣議決定を経て行うものとすることが適当である」としています。
しかし、個々の大臣にとどめず閣議決定を経ることがはたして適切かという問題があります。つまり、閣議決定の要求は、政治的判断として時の政権に委ねるものにすぎないとも考えられます。閣議決定を要求することによって、政治的判断がより前面に出ることになり、むしろ負の影響の方が大きいのではないかということです。
内閣ではなく、国会の関与を要求した方が適切な統制となるように思われます。国会の関与の必要性について、例えば、地制調の第20回専門小委員会において、総務省の行政課長は、「議論されている補充的な指示は、政府に対する様々な権限の授権ではなく、個別法が想定しない隙間の事態における、個別の権限行使」として、「一つ一つの権限行使について国会に対する報告を義務づけるということまですることは、機動性に欠ける」と議論されてきたとして否定しています。しかし、本来であれば、個別法の改正によって対応すべきと思われるのに、一般的な地方自治法上の補充的指示権で対応するということですから、国会の関与が必要で、個別法の改正の代替と考えるならば、報告にとどまらず、承認が必要でしょう。
さらに、自治体に対する影響を踏まえると、自治体が関与する必要性も大きいと考えられます。しかし、答申は、先にみたように、「国と地方公共団体の間で迅速で柔軟な情報共有・コミュニケーションが確保されることが前提となる」とするにすぎず、それ以上に、具体的に自治体が関与する仕組みは提案されていません。
5 補充的指示権の検証
答申は、「3の(1)」の最後に、補充的指示権の検証として、「個別法の規定では想定されていない事態における国の補充的な指示が行使された場合には、各府省において、どのような事態においてどのような国の役割が必要とされたのか、地方公共団体をはじめとする関係者の意見を聴いた上で、適切に検証される必要がある」としています。
この検証については、補充的指示権が濫用されないようにする歯止めとしても期待されています。地方自治法に補充的指示権を規定するのであれば、指示権発動の適切性や、その後の個別法の改正の必要性等について検証が必要であるのは確かです。しかし、近年、様々な政治的問題が生じたときに、必ずしも十分な検証が行われずに、問題なしとする判断が示されることが多いことから、どこまで事後的検証に期待できるのかといった懸念もあります。補充的指示権の活用は例外的なものであり、その活用件数は少数にとどまると予想されることからすると、一定の独立性を有する組織や国会が関与して、時間をかけて検証することなどが必要だと思われます。仮に事前には時間の余裕がなくても、事後には時間的余裕があるでしょう。
6 補充的指示権が地方自治や平和主義に与える影響
見てきたように、「補充的指示権」は、その要件や手続に照らしても、かなり一般的に活用可能なものになると考えられます。しかし、国が指示を行う際に、国が妥当な判断をできるのか疑わしいものがあります。例えば、新型コロナへの国の対応は自治体よりも適切であったと評価し難いことは明らかです。辺野古新基地建設にみられるように、閣議決定によって判断の妥当性を担保することはできず、また、自治体の判断が国の考えとは異なるものであっても、それを貫くことは、要件等を考慮すると、現在の「違法等」を争う場合以上に困難になると予想されます。
地方自治法に補充的指示権を新設するならば、地方自治法が、国の関与を制限して地方自治を守るものではなく、するものとなってしまう危険性があります。また、答申においては武力攻撃への明示的言及がないことから、必ずも問題が共有されていないかもしれませんが、補充的指示権は平和主義にも大きな影響を与えるものです。
さらに、この補充的指示権は、直接国民の権利を制限したり、義務を課したりするものではないとしても、緊急事態に対応できないから、憲法に緊急事態条項を置こうという発想と同様のものがあり、憲法の緊急事態条項にもつながり得るものと思われます。補充的指示権については、自治体側は警戒しつつも、それを受け入れる姿勢であるようです。現時点では、答申の補充的指示権がどのように条文化されるかも不明です。しかし、地方自治法は、憲法附属法(憲法具体化法)と考えられることからも、明治憲法には規定がない現行憲法の特徴的な部分である地方自治や平和主義にかかわる補充的指示権を軽視することはできず、今後のに注意を払わなければなりません。
【注】
1 「総括的な論点整理(案)」を検討したものとして、榊原秀訓「第33次地制調における地方自治の姿」『住民と自治』728号(2023年12月号)24〜27ページ。ここで補充的指示権についても簡単な検討を行っており、それと内容的には一部重複があることをお断りしておきます。
2 本稿校正時の2024年1月18日に、日本弁護士連合会は、答申における「大規模な災害等の事態への対応に関する制度の創設」等に反対する意見書を公表し、平和主義には言及していませんが、地方自治の観点から、答申に基づく地方自治法改正案の国会提出に反対しています。意見書は、補充的指示権によって、2000年地方分権一括法により国と地方公共団体が「対等協力」の関係とされたことを大きく変容させ、自治事務に対する国の不当な介入を誘発するおそれが高いこと(個別法で自治事務に対する指示権を認める場合の要件を緩和する)や、提言内容の必要性に関する論拠が希薄であること、大規模災害・コロナ禍の実証的な分析検証が行われておらず、現場で現実に直面している地方公共団体の方がより正確な情報を有している場合が多いこと(第4回総会において、委員が指摘している事例と同じものをあげています。それは、熊本地震の際に、屋外避難をしている者を体育館に入れる指示が国からなされたが、熊本県知事が拒否したという事例であり、後に屋根が落下し、仮に国の指示に従っていたら多数の死傷者が出ていたことを指摘しています)などの理由をあげています。
3 白藤博行「国家安全保障と地方自治」井原聰ほか(『国家安全保障と地方自治』自治体研究社、2023年)の「3『22年安保戦略』と第33次地方制度調査会の『非平時』論」177〜186ページ参照。