【論文】お年寄りの望むケアを自治体の力で実現するー「第9期介護保険事業計画」に問われていること

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 2024(令和6)年度から2026(令和8)年度までの3年間は、「第9期介護事業計画」(以下、「第9期計画」)になります。2000年からスタートした介護保険制度は、3年に一度、計画と報酬が改定されてきました。2000年から2002年を第1期として、第8期介護事業計画は2021年度から2023年度となるわけです。

図表1

  

 この3年に一度の改定の注目点は、介護事業者は介護報酬改定、利用者は介護保険料改定と負担率(1割から2割へ等)が直接影響してきます。介護報酬は、2000年から通算するとマイナスです。介護保険料は、毎回、値上がりが続いています。これを転換することなく、高齢者へ安心してよい介護を提供することはできないことは明々白々のことです。利用者も高い自己負担が続けば、ヘルパーやデイサービスに通うことを抑制してしまいます。

「第9期計画」の保険者は、基本的に市区町村ですから、市区町村が第一義的な役目を担います。自治体連合(広域連合)で介護事業を行っているケースもあります。都道府県は、市区町村の「支援」という役目の「介護事業支援計画」を策定することになっています。

2023年9月頃から、市区町村では「第9期計画」についてのパブリックコメントが開始されてきました。いよいよ住民参加も議会論戦も山場を迎えています。最終案が決まるまで、提供される高齢者ケアをよくするために幅の広い介護運動と自治体で取り入れることができる政策論争が、焦眉の課題となっています。

「第9期計画」の特徴

 現時点で見た範囲の「第9期計画」について、二つのことを指摘します。

一つは、介護保険料の記載なしの「第9期計画」が多いことです。政府の介護報酬動向を見ていること、「保険料上げるな」の住民運動が広がっているために保険料の値上げを打ち出しにくいこと、などが作用しています。

介護保険は、自治体の特別会計で処理をされます。住民税以外に介護保険料を徴収するからですが、特殊の会計ではなく一般会計と区分するために介護保険特別会計を用意してあります。この介護保険特別会計に「貯金」が存在することが分かって、介護を良くする介護運動の中で次の要求が広がってきました。東京では各自治体ごとに、「貯金」を使って保険料を下げよ、と。従前の保険料に据え置くこともできます。

二つめは「総合事業」と略称されている「介護予防・日常生活支援総合事業」について、曖昧さが増幅していることです。介護保険制度は、医療と違い、保険証があっても明日から介護サービスを受けることはできません。どのような介護サービスを受けることができるのかは、「認定調査」を経過することが2000年の発足時からの手続です。

「認定調査」のあとで、重度の方は要介護5、軽度の方は要介護1というように区別されます。そしてその「介護度」に応じて、介護保険制度で使えるサービスの限度額が決められています。必要量の介護サービスが受けられるわけではありません。設定された範囲のサービスに閉じこめる仕組みになっているために、ケアプランを作成するケアマネジャーは、組み合わせに一苦労しています。

念のために自治体HPで検索して、要介護度別の「支給限度額(利用限度額)」(以下、限度額)を知っておくとよいでしょう。東京都足立区の「要介護度5」の限度額は、在宅サービスの場合、要支援1─5万320円から要介護5─36万2170円です。

「総合事業」は、「保険あってサービスなし」の世論の批判を少しかわしながら、介護総量を減量化する狙いと自助・共助のケアシステムづくりのために、2015年に介護保険制度内の新制度として作られました。「要支援」という枠組みを作り、利用できる介護限度額を低くしました。さらに「総合事業」によるヘルパーやデイサービスは、「認定調査」とは別の「チェックリスト」を受けて、該当すれば、介護予防のサービスを受けることができるという仕組みを導入しました。

例えると、介護保険制度の入り口は、2つあるわけです。「認定調査」による介護サービスと「チェックリスト」による介護サービスです。後者の「チェックリスト」による「総合事業」を導入した厚生労働省(以下、厚労省)の当初の狙いは、2つの入口に介護サービス提供を分断することでしたが、介護費用抑制の狙いは、外れました。2020年、「総合事業」の厚労省老健局の所管は、「認知症施策・地域介護推進課」に移行しました。さらにその後、本庁から出先機関の厚労省地方○○○局(東京は関東信越厚生局)へと行政責任は移行され、事実上、厚労省本庁は〝放置〟しました。

2020年9月段階の全国の総合事業の利用者は、90万人でした。65歳以上の2・5%しか該当しません。「認定調査」を受けて介護サービスを利用している方は、18・3%です。合計しても、20・9%に留まっていました。「保険あってサービスなし」の実態は変わりませんでした。

武蔵野市の3つの見どころ

 自治体の高齢者福祉・介護保険事業計画で参考になるのは、東京都武蔵野市です。3つの見どころを紹介します。

第1は、高齢者福祉・介護保険事業計画が地域福祉計画の下にないことです。ほとんどの自治体の計画体系は、地域福祉計画を上位計画として、その下に高齢者福祉計画・介護保険事業計画をぶら下げます。これは、地域福祉を共助・自助で覆いますから、その影響を受けやすくするために地域福祉計画を上位とします。武蔵野市の計画体系は、そうではなく、まん中に「健康福祉総合計画」を独自に設定しています。

第2の見どころは高齢者福祉総合条例です。この条例を自治体の政策に置き換えると、高齢者のための〈住宅〉〈雇用〉〈健康・医療〉〈介護予防・生涯学習〉〈交通体系〉となります。生涯学習は、高齢者になっても学ぶ喜びを位置付けたことに意義があります。

第3の見どころは、「総合事業」についてです。武蔵野市の介護保険の入り口は、一つだけです。出発時の「認定調査」の結果、要介護でなかった場合、次に「チェックリスト」を受けます。そこで該当すれば、予防サービスを受けることになります。「チェックリスト」で非該当の場合は、介護保険の適用は受けられません。

武蔵野市は、「独自施策を含む介護予防支援の推進」を掲げています。「一般会計による事業も含めた総合的な支援による総合事業の取り組み」と位置付けることで、老人福祉法に依拠した様々な事業が取り組まれています。ですから、「チェックリスト」で該当しなくても、介護予防・生涯学習などに参加するルートができています。

改めて、高齢者福祉・介護保険事業計画の基本的性格を確認しておきます。計画の目的に次のことについて記述があるはずです。「老人福祉法」と「介護保険法」に基づく計画である、と。老人福祉法の事業は、一般会計で行えばよいので、狭い介護予防よりも広く事業が行えます。しかし、介護保険法だけに視野を狭くすると、生活全般についての取り組みができなくなってしまいます。

古い事例を取り出すと、かつて東京都は国に先んじて老人医療無料化を行いました。この老人医療無料化の制度の根拠法は、老人福祉法でした。老人福祉法を根拠にした高齢者の自治体政策の領域は広く、自治体の自治を活用した制度設計ができます。

財産差押えは止めさせなければならない

 厚労省の介護保険計画課の「介護保険最新情報」(令和5年9月11日)(Vol.1171)は、「令和4年度介護保険事務調査の集計結果について」を公表しています。介護保険事務調査の設問は、厚労省がどこに着目しているのか、を知るための基礎情報として注目してきました。その調査結果の中に「10 滞納処分」があります。

滞納処分として掲載されている内容は、「実施保険者数 682(43・4%)、「差押え決定人数 19667人」と出てきます。43%の自治体(保険者)が、1万9667人の財産の差押えをしていることが分かります。問題は、財産の差し押えを自治体が行うことは非常手段であり、特に高齢者に対する差し押えを強行してよいのだろうか、どのような額の滞納金(主として介護保険料未納)を基準にしているのか、等疑問もあります。

この滞納処分を43%の自治体が行っていることは、周知されているでしょうか。

東京都の区市の「滞納処分」の実態は、図表2の通りです。東京都内の介護保険所管に対して、情報公開の手続をとり、それぞれの原資料を入手して該当箇所を図表化しました。

自治体間格差があることが、よく分かります。財産の差押えを行っていない自治体と積極的に差押えをしている自治体があります。足立区は、区市の中で最高人数の差し押えをしていました。173人、831万4145円。中野区は、差押えをすることになっていますが、ゼロ。差押えは、厚労省が義務化していないために、実施を予定していない自治体が数としては多いのです。

非情ともいえる介護保険における財産の差し押えは、止めるべきです。住民運動や議会論戦によって、実施している自治体は中止させることが高齢者生活を守るための課題です。

図表2

  

自治体議会の活躍

 東京・中野区議会は、2023年秋に2つの意見書を採択しました。2023年10月20日「介護報酬のプラスを求める意見書」と2023年12月12日「医療・介護・障害福祉分野における処遇改善等を求める意見書」です。

10月20日の「介護報酬プラス」意見書は、内閣総理大臣・財務大臣・厚生労働大臣あてです。12月12日の「医療・介護・障害処遇改善」意見書は、「財務大臣・厚生労働大臣・国土交通大臣」あてです。国土交通大臣が入ったのは、意見書の中で「・・・生活基盤を強化するため、公営住宅の空き家の『地域対応活用』や家賃助成支援を促進すること」があるためです。

医療・介護・障害のトリプル改定が進行中の現在、中野区議会が2つの意見書を採択して、総理大臣と所管する大臣あてに提出したことは、議会の理性による自治体の自治の発揮として、独自の議会活動として世論形成に寄与しました。

この2つの意見書は、地方自治法第99条(意見書の提出)による公式の意見書です。議会の意見書の相手は、第99条において国会(衆議院議長・参議院議長あて)や、関係行政庁(財務省・厚労省)に出すことも明文化されています。どこに出すのか、誰に出すのか、いつ出すのか、意見書の性格を精査した中野区議会の取り組みは参考になります。

中野区では全会一致の意見書であったことも重要でした。「満場一致」の表現もありますが、「全会一致」(議会)がよりよい議決の表現です。さらに分かりやすくすれば、「全議員賛成」の意見書採択でした。政党に所属せずに一人の「会派」の方も少なくありません。それは都市部でも農村部でも同じです。

全会一致と言うか、全議員賛成と言うか、どちらでもよいのでしょうが、通念化されている「全会一致」よりも「全議員賛成」と表記する方が、意見書の価値を高くするのではないか、と筆者は考えています。

限度額を超えて在宅ケアを提供することはできる

 介護保険制度のスタートからの使いにくさに「限度額」設定があるために、その人が本当に必要としているケアの総量をプラン化することができません。例えば、重度高齢者が一人暮らしで在宅ケアによって暮らしている時は、ヘルパーは1日に朝昼晩と頻回必要です。さらに医療的ケアのために訪問看護も入ることになります。そうなると要介護5の限度額─36万2170円をオーバーすることになりかねません。

限度額を超えてしまうと、自己負担になります。超えなくても、使った介護サービスの1割負担原則ですから、「畳の上で暮らしたい、死にたい」と最期まで在宅ケアを望んだ時に、毎月の家計負担(軽減措置があっても国民年金では難しい)に重くのしかかります。それを自治体の工夫で解決することはできないでしょうか。

長野県泰阜村は、限度額を超えた高齢者を救済しています。在宅ケア継続の工夫をしています。泰阜村のHPから引用します。

 「在宅で暮らし続けるために必要なサービスは、介護保険の限度額などにしばられることなく、充分に提供します。必要な方には必要なだけということです。

たとえば、独居で寝たきりに近い高齢者の方には、1日に5〜7回ほどの訪問介護、デイサービス、入浴介助等々が必要な場合がありますが、サービスに制限は設けません。村で暮らし続けてほしいという思いから、在宅で暮らすために必要なサービスは必要なだけ提供します。」

 自治体の工夫次第で、限度額を超えても介護サービスを提供することはできます。限度額を超えても介護サービスができること、その仕組みづくりを一つの自治体でも多く「第9期計画」に反映されることを願っています。

介護事業者等で多くの読者をもつ『シルバー新報』の座談会(2023年9月15日号)で、元泰阜村長の松島貞治氏や元武蔵野市副市長の笹井肇氏ほかとご一緒しました。そこで松島元村長は、「介護保険制度でカバーできるのは50%程度。あと何ができるかを常に念頭においてきました」と発言されました。この介護保険制度の解釈は、妥当です。

筆者が都留文科大学で講師をしていたとき、学生ゼミの調査で泰阜村に行ったことがあります。その時、当時の松島村長が対応してくださり、質疑に応えてくれました。学生たちは、限度額の話も含めて感銘。村長いわく、「真面目な学生」と。人を大切にしてきた松島氏らしさを座談会で想い出しました。日本中に泰阜村のような取り組みが広がっていくことが、筆者の介護保険制度改革の希望です。

【参考文献】

・森山千賀子・安達智則編著 『介護の質 「2050年問題」への挑戦』(クリエイツかもがわ、2012年)

・安達智則・「月刊東京」編集委員会編著 『第8期介護保険を手術する』(東京自治問題研究所、2021年)

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