【論文】汚された水ーPFASを追う第3回


  

国への要望書提出

多摩の自主的血液検査と深刻な結果

 東京・多摩地域の水道水(地下水)が有機フッ素化合物(PFAS)で汚染されている事実が2020年1月に明らかになり、学習会を継続的に開くなか、22年8月に「多摩地域の有機フッ素化合物(PFAS)汚染を明らかにする会」(以下、多摩PFAS会)が発足しました。国・東京都が汚染対策に踏み出そうとしないため、PFASが住民の体内にどれだけ蓄積されているかを明らかにしようと血液検査の実施を呼びかけました。

日本では「調査が進んでいないためにPFASが原因で病気になったという人が明らかでなく、PFASの健康被害リスクといっても理解しづらい」という声が多く聞かれます。血液検査に賛同してもらうためには、血液検査の意義・目的について理解してもらう必要があると、自治体ごとの学習会運動を呼びかけました。20~30人規模の学習会が多摩30自治体の大部分で100回近く(22~23年)開催され、今年に入っても各地で学習会・講演会が開催されています。

血液検査は22年11月~23年5月、30市町村で791人が参加して実施されました。23年9月に記者発表された検査報告(分析を行った原田浩二京都大学准教授が報告)では、主なPFAS4種類の血中濃度の合計値でみると、791人のうち365人(46%)が米国科学・工学・医学アカデミーのガイダンスの指標値(20㌨グラム/ミリ㍑)を上回りました。この指標値は、臨床医が脂質代謝異常や甲状腺ホルモン、腎がん、潰瘍性大腸炎などのリスクが高まるので精密検査を勧めるべきというレベルです。自治体別にみた場合、指標値を超えた人の割合が高い自治体は国分寺市85人中79人(93%)、立川市47人中35人(74%)など深刻な結果でした。

検査報告では、主な曝露源として地下水を使用した水道水が考えられるとし、主な汚染源としては東京都の水道水の汚染データと重ねると米軍横田基地が想定されました。さらに汚染源を絞り込むための井戸水調査の必要性が示されました。

22年11月の多摩PFAS会が開いた記者会見以来、「私の町の水道水はどうか?」「私も検査を受けたい」という電話が連日殺到し、メディアの報道も地元紙から全国紙・テレビへと拡大し、複数の週刊誌が取り上げました。多摩PFAS会のフェイスブックやホームページも好評で、ホームページのアクセス数は今年2月10日現在6万3362と広がっています。

多摩のPFAS地下水調査

 多摩地域の地下水のPFAS汚染については、15年までの東京都環境科学研究所の調査報告と最近の東京都の調査がありますが、井戸の位置や深さなどが公表されておらず、発生源を考える手がかりが示されていません。

多摩PFAS会として23年5月から多摩地域の150カ所の井戸水、湧水、河川水の調査を実施し、12月の記者会見で調査結果を発表しました(原田准教授が報告)。

調査報告では、北多摩地域の広範囲の地下水が環境省の暫定指針値を超えていた。横田基地の南東側の立川市の浅井戸で暫定指針値の62倍のPFOSが検出され、立川市から東にある国分寺市、府中市などでは浅井戸より深井戸でPFOS、PFHxSが高い傾向がみられた。地質・地下水の構造の知見から、PFASに汚染された地下水が地下水の流れに乗って西側から東側に移動していると推測された、としています。

同時に発表された多摩PFAS会の「多摩地域PFAS水質調査を受けた緊急声明」では、調査結果から「横田基地が最大の汚染源」と考えられると指摘し、「多摩地域住民に対する体内汚染の実態調査」と「根本的な汚染源調査とその対策」を東京都と国は実施すべきだと訴えました。

米軍が横田基地からの漏出を認める

 ジャーナリストのジョン・ミッチェル氏が米国情報公開文書をもとに明らかにした横田基地での泡消火剤の漏出(「沖縄タイムス」18年12月10日)の事実をめぐって、23年6月末から大きな展開がありました。

6月29日、日本共産党の国会・地方議員らがPFASを含む泡消火剤の横田基地での使用について防衛、外務、環境各省から行った聞き取りの中で、防衛省の担当者は同基地で10~12年にPFASの漏出が3件あった事実を公式に認めました。

7月21日、防衛省は横田基地で10~12年に発生した計3件の漏出を19年1月に把握していたと発表。都や周辺市町に伝えたのは23年6月。漏出の把握から公表まで4年半を要したが、「省内の連携ミスで公表が遅れた。速やかに情報提供すべきだった」と釈明しました。同省は18年12月の漏出の報道を受け、19年1月に米側から報告書を入手した。公表内容をどうするか米側と調整を始めたが、同省担当者の異動時の引き継ぎミスなどもあり、米側から回答を得たのは22年12月だったと説明しました。米軍が漏出の事実を初めて認めたのです。

さらに7月25日の共産党議員による防衛省への聞き取りでは、同省は「漏出について18年の報道を受け、19年1月に報告書を入手し米側に照会した」と回答。6月時点での説明が虚偽だったことが判明しました。同党議員が「隠蔽ではないか」と追及すると、同省は「報告書の入手状況(をどう説明するか)について米側と調整していた」「省内での情報共有が遅れ、提供が遅れた」と弁解。「得られた情報は速やかに提供すべきだった。反省を踏まえ対応する」としました(「赤旗」23年7月27日)。防衛省は19年に米軍側から漏出報告書を入手していたにもかかわらず、隠蔽していたのです。

地位協定など基地立ち入りの壁

 米政府はPFASを有害物質とし、水質や土壌汚染の規制を強化し、汚染除去にも取り組んでいます。米国防総省の20年の報告では615基地の汚染を明らかにしました。しかし、これらの対策は国内の米軍基地・工場からの汚染が対象であり、日本にある米軍基地については情報も示さず、汚染の事実を認めていません。

沖縄県は、45万人に供給する北谷浄水場の取水源である米軍嘉手納基地周辺の地下水・河川が高濃度に汚染されていることから、基地内立ち入りを求めていますが、米軍は拒否しています。日米地位協定3条で米軍に排他的管理権を認め、日本側の立ち入り権が明記されていないこと、加えて環境補足協定(15年締結)で「環境に及ぼす事故(すなわち漏出)が現に発生した場合」に立ち入り権を規定していますが、米側は通報しないためです。

国・都に要望書を提出

 多摩PFAS会は、11月2日に内閣総理大臣、厚生労働・環境・防衛・外務・経済産業の各省大臣宛に要望書を提出し(42ページ写真)、10月31日には東京都知事への要望書を提出しました。主な内容は以下の通りです。

○国は、PFAS曝露と健康リスクの関連を明らかにする疫学調査を実施してください。

○国は、飲料水のPFAS暫定目標値(50㌨グラム/㍑)に替えて、新たに規制力のある水質基準を定めてください。その際、米国環境保護庁(EPA)が示す4㌨グラム/㍑以下に定めてください。

○大規模な全国的PFAS血液検査を国・都の責任で実施してください。

○都は、地下水が汚染された浄水所に浄化装置を設置し、除染してください。

○国・都は、地下水の汚染源を特定すべく、沖縄県が実施しているような土壌・ボーリング調査を実施してください。

○国は、PFAS汚染を調査するために米軍に横田基地内への立ち入り調査を求めてください。

各市民の会の発足・発展

 血液検査で深刻な結果となった国分寺市では、昨年7月2日、国分寺市民の会が発足し、市議会への陳情署名「行政の責任で血液検査の実施を」を5113筆(今年2月3日現在)を提出しました。一方、昨年9月末の国分寺市議会では、市民の会の署名とは別に、超党派の全議員が署名して、血液検査の実施を求める都への意見書を採択しました。

その他の地域でも、市民の会・住民の会が立川、国立、西東京、小金井、三鷹、小平、昭島、調布、狛江、西多摩(福生、羽村、あきる野、瑞穂)、武蔵村山・東大和などで続々と発足しています。

立川相互病院の社会医療法人の健生会が協同して、臨床検査センターの病体生理研究所が血中濃度をはかる測定機器を購入し、4月から運用開始予定です。住民運動として検査希望者への活用を考えていきたいと思います。

市議会でも、国分寺、立川、国立、府中、小金井、狛江、調布、三鷹などでPFAS対策を求める国・都への意見書が採択され、9月27日の小金井市議会では横田基地への立ち入り調査を求める国への意見書が採択されました。

多摩では都市農業が盛んで、野菜などが地産地消され、学校給食にも多く使われていますが、畑に井戸水を使用しているところが多くあります。都・自治体による野菜の安全性調査が急務の課題となっています。

PFASの健康影響評価と水質基準

 23年2月、欧州連合(E)議会にデンマークなど5カ国が、1万種類以上のPFASをE全体で禁止することを提案しました。適合性などを審査し、25年内に最終案をまとめ、可決されれば26年以降に禁止令が発効します。米国でも、多くの州でPFASの使用を禁止する法律がつくられてきています。

世界保健機関(WHO)の専門組織である国際がん研究機関(IARC)は、PFOAの発がん性を「可能性がある」から2段階引き上げ、「発がん性がある」に定めたと発表しました。また、PFOSは、新たに「可能性がある」の分類に追加しました。

日本では20年に飲料水の暫定目標値を50㌨グラム/㍑と定めましたが、その算出根拠となるのがPFASの許容摂取量です。今年2月6日に内閣府食品安全委員会がPFOAとPFOSのヒトの1日の許容摂取量について、それぞれ体重1キログラム当たり20㌨グラムとする指標値を定めた健康影響評価書案を了承しました。この評価書案には「PFOAとPFOSの発がん性について一貫性がなく証拠は限定的」と国際的な発がん性評価を取り入れていません。

今回の評価書案のレベルはどういうものか。欧州食品安全機関(EFSA)が20年に定めた許容摂取量は、PFOAとPFOSの合計で体重1キログラム当たり0・63㌨グラムとなっています。これと比べると、今回の指標値案は64倍となっています。また、23年の米国環境保護庁(EPA)の許容摂取量はPFOAが0・03㌨グラム、PFOSが0・1㌨グラムです。今回の指標値案はそれぞれ666倍、200倍となります。今回の指標値案では、新たに検討されている水質基準が現状の暫定目標値と変わらないレベルになる恐れがあります。政府の評価書案が科学的な健康影響評価となるよう要求していきたいと思います。

根木山 幸夫