【論文】バスの運転士不足問題と住民の足の確保

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バス運転士不足への根本的対策は、「住民の足」を地域インフラとして位置づけ、公的負担で支えていくことによって労働条件も大きく改善していくことです。

はじめに

路線バスの運転士不足はコロナ禍以前から起こっていましたが、ここ数年急速に深刻化しています。帝国データバンクの調査によると、民間バス主要127社中、103社(81・1%)が2023年度以降に減便・路線廃止を実施予定で、ほとんどが理由として人手不足をあげています。運転士不足は構造的な問題であり、その原因をふまえた対策をとっていく必要があります。

運転士不足の原因

(1)路線バス事業の低収益性

運転士不足の構造は、路線バス事業が低収益であるために、業務の厳しさに比べて給与などの労働条件が総じて悪く、職場としての魅力が低いことから、労働者が集まらないことにあります。

低収益の原因は、第一に公共交通は運賃など事業収入でコストをまかなうという原則です。近代的な地域交通システムが機能している国の多くでは、地域の公共交通は公的支出で支えるのが一般的であり、それを過疎地域のバスの赤字補填など例外的にしか認めてこなかった日本は特殊です。にもかかわらず、緩和されたとはいえなお運賃規制はあり、利用者との関係でもむやみな運賃値上げはできません。利用者の増加がないもとで赤字を抑えるためには、コストを削減するしかなく、原価の半分以上を占める人件費の抑制が事業者にとって大きな課題になっています。

特に地方ではモータリゼーションの進展と人口減少が同時に進み、利用者の激減で運賃収入も減少しました。運賃を値上げしても利用者の減少に拍車をかけるだけです。大都市部では15年ほど前に利用者の減少が止まり、訪日旅行者の増大などもあってその後若干改善してはいますが、もともと厳しい経営状態が多かった個々のバス事業者にとっては、大幅な改善にはなっていません。

こうしたことから、長らくバス運転士の労働条件は低く抑えられてきました。バス事業者における労働時間が全産業平均より年間200時間以上長いのに対し、賃金は全産業平均より約50万円低いのです

(2)厳しい労働環境

しかも、路線バス運転士の業務は複雑化しています。キャッシュレス決済など運賃支払いの多様化、外国人や高齢者など配慮が必要な利用者の増大などがあります。さらに、早朝深夜にわたる不定期な勤務時間であり、渋滞に巻き込まれれば何時間もトイレにすら行けない時もあります。駅などでの折り返し待ちのあいだは休憩時間であることも多いのですが、そのときに車両を離れてトイレや買い物に行っただけで、「バスを放置した」などとSNSに写真を投稿されたりします。これでは、運転士が集まらないのも無理はありません。

運転士不足対策として大型2種免許の取得年齢が引き下げられましたが、このままでは、実情を知らないで就職した人のなかからすぐに退職者が出てくるのは目に見えています。労働条件の改善が人手不足問題への対策として緊急の課題であることは論を待ちません。

(3)2024年問題

そこで、労働条件の改善として、今年度から労働時間規制が強化されます。労働者側の要求からすれば不十分ですが、適用猶予となっていた時間外労働が年960時間上限に、また勤務と勤務のあいだの休息時間が8時間から原則11時間(最低9時間)になります。

しかし、このために短期的には人手不足に拍車がかかります。例えば、今までは、朝ラッシュ時に午前9時まで勤務した運転士が、8時間後の午後5時から夕方ラッシュの勤務に入ることができましたが、最短午後6時以降でないと勤務に入れなくなるため、朝夕ラッシュのどちらかで減便が必要となります。また、運転士の不足を残業や休日出勤でカバーするのも難しくなります。これが「2024年問題」です。減便によって、事業者にとっては運賃収入の減少、利用者にとってはサービスの悪化となってしまいます。これで運転士が増えればよいですが、もともと国全体で人手不足傾向にあるなかで、この程度の改善で採用希望者が急増するとは期待できません。

他にも規制緩和の悪影響などもありますが、現時点で運転士不足の直接の原因となっているのは、主にこうした状況です。

本質的な解決へむけた課題

運転士不足の原因を本質的に解決する方向性は、どのようなものでしょうか。

(1)「住民の足」を地域インフラとする原則への転換

現状からすれば、労働条件を大幅に改善していくためには、事業者の収益性を向上させる必要がありますが、ほぼコロナ前の2019年でも、大都市部ですら42・0%の事業者が赤字であり、それ以外の地方の事業者では黒字は11・4%しかありません。現在の運賃水準では路線バス事業を事業として安定的に持続するのはほぼ困難であるといえます。

かつてはグループ全体のインフラとしてそれほど利益を気にしなくてよかった大手私鉄系のバス事業者ですら、グループ各社の経営的自立が求められる中で、確実に採算をとることが求められています。まして地方のバス事業者の場合、「経営努力」を求めても、すでに限界に達しているところが多いのです。

路線バスは地域住民の足であり、その運行は本来、事業者の経営状態によって左右されるべきものではありません。多くの国で当然視されているこの単純な原則が、日本では確立していませんでした。しかし、現在の危機的な状況に対して、国の政策もようやく変化の兆しを見せつつあります。昨年度の地域交通法(地域公共交通活性化再生法)改正で導入された「エリア一括協定運行事業」では、黒字・赤字にかかわらず一定のエリアのバス路線の運行に対して「交通サービスの提供の対価として」自治体が補助金を事業者に提供することができるようになっており、国もそれを補助します。つまり、従来行われてきた赤字補填ではなく、自治体が必要と判断したバス路線網全体に補助することが可能になったのです。

この転換を推し進めて、地域にとって必要な路線バスは、事業者の経営状態や路線の黒字・赤字に関係なく存続させ、費用は公的に保証する原則としていくことが強く望まれます。その費用に、現在の労働条件を抜本的に改善するために必要な人件費分を適切に反映し、運転士の処遇改善を補助の条件の一つとすれば、労働条件が公的に保証されることになり、バス運転士不足問題の改善につながるでしょう。

自治体財政が厳しい中で、そうした支出への合意を形成するための材料が、クロスセクター効果です。これは、公共交通への公的支出によって、他の分野への支出が削減できるか、または他の分野への支出よりも大きな効果が達成できることを指します。例えば、バスがあれば気軽に病院に行けるので、早期発見・早期治療で医療費も少なくてすみますが、バスがなければ病院を受診しにくく、重症化してからはじめて来院するため、手術・入院などで医療費がかさみます。このかさんだ医療費のうちの公的負担部分よりも、バスへの補助金のほうが少なくなるのであれば、バスの運行によって公的支出全体としてはむしろ削減できることになります。どのような項目を見込むかによって金額が大きく異なる可能性はありますが、少なくとも検討材料の一つとすることはできるでしょう。

(2)地域づくり、まちづくりを通じた交通需要の転換

もう一つは、公共交通が便利で楽しい地域づくりです。マイカーからの需要の転換をはかり、公共交通で安心して暮らせることを地域の魅力とすることで、公共交通の安定的な需要が作り出せます。

運転せずにすむならそうしたいと考える高齢者は少なくありません。免許返納者も増加傾向にあります。しかし他方で、車なしでは生活できないために車を手放せない、という人も多いのです。バスが多少は運行されている地域でも、そうした声は少なくありません。その理由は、第一に商店、公共施設、病院などが、それぞれ車でないと行きづらい離れた場所にあり、2時間に1本~1日数本といった程度の運行では、一つの用事に1日を要してしまうという地域が珍しくないからです。第二に、荷物があるときや体調の悪い時などに、長い間屋外のバス停で待つことや、バス停とのあいだを徒歩で往復するのがつらいからです。実は地方だけでなく、都市近郊部でも特に傾斜地など、それほど事情が変わらない地域は少なくありません。また、高齢者だけでなく子連れや病弱な人にとっても同様です。

こうした状況を大きく変えていくためには、交通の有効性が発揮できる地域づくりを、施設配置をはじめ計画的に進めていく必要があります。山形県長井市は、市庁舎を新築する際に第三セクター鉄道である山形鉄道の駅と一体のものとしました。長井市は第1期中心市街地活性化基本計画のテーマとして「人、モノ、情報をト・メ・る」を掲げ、STEP1として「止める・停める・泊める」、STEP2として「留める」といった取り組みを進めており、市庁舎と駅の一体化もこの構想の一部です。こうしたトータルな発想が求められます。

当面の取り組みの意義と課題

しかし、前項のような政策の実施・実現には時間がかかります。このため、現在すでに行われている「住民の足を守る」ための取り組みについて簡単に紹介し、その意義と課題を整理しておきます。

(1)多様な主体による「住民の足の確保」

自治体が人的・資金的制約から施策の立案・実施に限界がある場合も多いため、町内会、社会福祉協議会、NPOなど多様な主体による「住民の足」の運行がひろがっています。

それらの主体がバスやタクシーの事業者に委託して運行している場合もありますが、住民ボランティアが運転している場合もあります。自家用有償運送の枠組みで運賃をとることが多いのですが、会費制や自治会費からの支出というものもみられます。住民実態に応じた柔軟な運営ができることが大きな利点です。具体的な事例は西村茂『長寿社会の地域公共交通ー移動をうながす実例と法制度』(自治体研究社、2020年)に多数掲載されています。また、横浜市の地域交通サポート事業、株式会社アイシンが主導するデマンド交通システムの「チョイソコ」なども参照ください。

ただ、前記の書籍でもふれられていますが、継続的な人の確保が課題となっています。住民ボランティアによる運行の場合、ドライバーとマネージャーをそれぞれ自分たちで確保しなければなりません。バス・タクシーの事業者に委託する場合も運行計画や資金の管理は自前で行う必要があります。高齢化が進んでいる地域では今後も担い手が確保できるのかどうかが問題であり、逆に現役世代が多ければ仕事の合間に運転や管理の業務を行わなければなりません。先進的といわれる事例の中でも、中心になっている個人にかなりの負担がかかっている地域はいくつもあり、その人ががんばっているうちはいいですが、後継者が大きな課題であるとされています。複数世代にわたる集団的な運営体制づくりは必須です。

また、これらの事例の多くはデマンド運行で、前日などに予約しておかなくてはなりません。急な必要に応えられるとは限らないほか、ドライバーや車両に限りがある場合は希望通りにいかないこともあります。さらに、事故などのトラブルに誰がどう対応するか、運賃をとらない場合住民以外の利用をどうするかなど、課題は少なくありません。こうした点からして、現実に住民の足が確保できない場合に、緊急避難的な手段として自主運行があるのは確かですが、長期的・安定的なものにするにはかなりの困難があることは認識しておく必要があります。

(2)ライドシェアをどう見るか

今年度から「日本型ライドシェア」が導入されました。賛否の激しい議論の中で、導入を後押しした主張の一つが、地方の首長らによる、バスやタクシーが人手不足によって運行が縮小するなかで、地方ではライドシェアが有効な代替手段であるというものでした。

しかし、ライドシェアも持続性に課題があるのは上記の自主運行の場合と同じです。都市部はともかく、地方では少子化・高齢化が進めば、ライドシェアの担い手もまた減少していく可能性があります。そして、バス・タクシー事業者という、組織的に運転者を確保しようとする主体がなくなってしまった後に、ライドシェアの担い手がいなくなれば、今度こそ本当に交通空白地帯が広がっていくことになります。たとえライドシェアを導入するとしても、それはいわば一時しのぎであって、公共交通機関の組織的な維持を図っていくことが本筋であることを確認する必要があります。

以上、路線バスが運転士不足で減便などに追い込まれている現状に対処する方向として、根本的な打開策と、当面の対策について説明しました。問題状況が広く共有されている今こそ、根本的な転換へむけて立場を超えた検討が進むことを期待します。

【注】

  1. 帝国データバンク『全国「主要路線バス」運行状況調査(2023年)
  2. 厚生労働省「令和5年度賃金構造基本統計調査」によると、全産業平均が年間労働時間2136時間、年間給与506・9万円に対し、バス運転士はそれぞれ2364時間、453・2万円である(https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450091&tstat=000001011429)。
  3. 全体では2019年にすでに実施されているが、運輸部門などは先送りされていた。
  4. 国土交通省「令和元年度乗合バス事業の収支状況について
  5. 地域公共交通の『リ・デザイン』に関する制度について」国土交通省総合政策局、都市局、鉄道局、物流・自動車局、2023年10月。
  6. 兵庫県福崎町では2017年度のコミュニティバスへの支出見込みが約1690万円。これに対しバスを廃止した場合代替費用が約2330万円と推計されるので、差額約640万円がクロスセクター効果になると試算されている。近畿運輸局交通政策部交通企画課『クロスセクター効果「地域公共交通 赤字=廃止でいいの?」』、2018年。総務省ウェブサイトの関連ページ(https://www.mlit.go.jp/report/press/sogo12_hh_000338.html)内にリンクあり。
  7. 横浜市ウェブサイト「横浜市地域交通サポート事業」
  8. 「チョイソコ」ウェブサイト
近藤 宏一

1966年生まれ。立命館大学経営学部卒業。同大学大学院経営学科博士課程後期課程中退。1997年から立命館大学専任講師、のち助教授、准教授を経て現職。

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