1.財政負担を見る二つの基本的視点
2025年の大阪・関西万博(以下、万博)に対しては、いくつかの大きな批判があります。その中でも最も重要なものとして、膨大な財政負担があります。
ところで、自治体の財政負担を見る場合には二つの大きな基本的視点があります。一つは、財政負担の内容が「住民のニーズに合っている」のかどうかです。自治体の事業やサービスにはさまざまなものがありますが、それらに対する住民からみた優先度に合わせて予算が配分されなければなりません。
もう一つは、自治体の「財政が破綻しない」ことです。ここでいう破綻とは、財政が赤字になることを意味しています。自治体は原則として赤字地方債(家計でいう消費者ローン)を発行することができませんので、収入の範囲で支出を決めざるをえません。この収入の中には基金からの繰り入れも含まれており、これは家計でいえば貯金の取崩しに当たります。この状態が続くこと(これを財政危機といいます)で基金が枯渇すれば、自治体は収支不足を埋め合わせることができなくなり赤字に陥ります。このような財政危機→財政破綻を引き起こすことがないかどうかが、財政負担をみるための二つ目の基本的視点となります。
一つ目の基本的視点に関しては、もし大阪の住民が通常の公共サービスや公共事業よりも万博を望んでいるのであれば、財政運営としてはまったく問題ありません。それは住民のニーズであって、財政はそれに基づいて運営することが求められるからです。しかし、各種の世論調査でも明らかなように、全国的に万博開催については不要や反対の声が多数を占めています。開催地である大阪ではあらゆる媒体を通じて、万博宣伝活動が繰り広げられていますが、すでに明白となった万博の事業のいいかげんさや地元自治体の財政負担の大きさから全国以上に反対があっても不思議ではありません。つまり、万博は事業として住民ニーズに合っていないものになっています。
これだけでも万博の財政負担は大きな問題ですが、もしこれが自治体の将来の財政危機や財政破綻を引き起こすとすれば、万博はきわめて重大な問題を抱えていることになります。これが二つ目の基本的視点に他なりません。この点については、実際に財政を分析することによって検証していくことが必要となります。
本論文では主にこの二つ目の基本的視点に重点をおきつつ、財政からみた万博問題を明らかにしていきたいと思います。
2.膨大な財政負担
大阪・関西万博に一体どれだけの財政負担が必要となるのかは、現時点においても判然としません。その最大の理由は、万博に要する間接的な経費のどの範囲までを万博関連とみなすかという点にあります。例えば、大阪府市万博推進局が公表している『大阪・関西万博に要する府市の費用について』(2024年⒉月15日)ではインフラ整備計画が9・7兆円に上るとしていますが、これらは「万博後も『大阪・関西地域の社会経済活動を支える基盤』として継続的に利用されるもの」として、万博の経費とみなすべきではないとしています。
確かに、このような経費をどこまで万博関連として含めるかについては、一定の裁量が働かざるをえません。インフラ整備に関していえば、もともと計画にあったものが万博開催を契機として予算措置が前倒しにされているケースをどう判断するかは難しいといえます。
このような中、『しんぶん赤旗』の日曜版編集部がさまざまな資料や取材を通じて、万博関連の事業費の独自推計を2023年12月に発表しています(表1)。ただし、これについても現在正確なものではありません。まず、この推計では、万博とカジノ・IRに関係する夢洲開発の総事業費1・2兆円の中から、府・市が万博とは無関係だと主張する事業はすべて除外しています。その意味では、この推計における万博関連の事業費はかなり低く見積もられているといえます。また、表1の「万博推進関連事業」では20項目のみが入れられていますが、その後に項目数は53へと増えています。さらには、「日本館建設・運営」には必要となる土壌改良費が含まれておらず、その金額は40億円以上にも上ります。
しかし、この表1からだけでも、大阪・関西万博の財政負担に関する重大な問題点が指摘できます。
第一に、当初予算と比較して、経費が凄まじく増額されていることです。「会場建設費」は当初1250億円であったものが、2350億円へと1・9倍に増えています。「淀川左岸線2期工事」についても当初の1162億円から2957億円に2・5倍以上も膨れ上がっており、挙げ句の果てには万博開催までに間に合わないことから仮設道路を50億円で設置することが決まっています。その他の事業についても軒並み当初から大幅に増大しており、極めていいかげんな財政運営が行われてきていることは明らかです。
第二に、「夢洲のインフラ整備」や「会場建設費」などの建設費が非常に大きいことです。インフラ整備に巨額の経費がかかるのは通例ですが、大阪・関西万博の場合には夢洲という埋め立ての人工島で開催することによって建設費が膨大になっています。夢洲は廃棄物やヘドロで埋め立てられた超軟弱地盤であり、もともとは一部を除き建築物を建てた地域整備を行うことは想定されていませんでした。その夢洲で万博を開催することを決めたことから、既存のインフラ等を利用することができず、難工事をともなうインフラ整備や施設建設を行わざるをえなくなりました。このような理不尽な整備を推し進めたのは、既存の市街地等では強い反対が目に見えていたカジノ・ⅠRを夢洲に建設するためだったことは間違いありません。
第三に、大阪市の財政負担が大阪府に比べて異常に大きくなっていることです。万博関連の事業費の合計欄をみれば、大阪市の財政負担は大阪府の約5倍にも達しています。その最大の原因は、すでにみた膨大なインフラ整備の費用にあります。これは夢洲が大阪市の土地であるというだけでなく、府県並みの権能をもつ政令指定都市であることから、大阪市がインフラ整備の大部分を所管していることにもよるものです。しかしそれだけではなく、他の事業においても大阪市の財政負担が余分に大きくなっていることがあります。例えばこの『しんぶん赤旗日曜版』の記事では、2005年の愛知万博での愛知県と名古屋市の「会場建設費」の負担割合を比較しています。これによれば、愛知万博では県と市の負担が3:1であったのに対して、大阪・関西万博ではその割合が1:1になっています。その分だけ相対的に大阪市の財政負担が大きくなっているのです。なぜこのようなことになっているのかについては、本論文の最後の部分で論じたいと思います。
さて、万博にはさまざまな関連事業がともなっており、それには関西以外の県の道路整備なども組み込まれています。すでに述べたように、これらの多くはもともとの計画にあった事業を前倒しする性格などが強いため、本来的な意味での万博の関連事業とみなすのは難しいといえます。他方では、万博とカジノ・ⅠRは一体的なものであり、万博はその先鞭役として夢洲開発のかなりの部分を牽引しています。そのため、「会場建設費」など独自のものがある一方、万博だけではなく夢洲開発そのものによって生じる財政への影響をみることが必要です。実際にも万博とカジノ・ⅠRの本体よりも、夢洲へのインフラ整備等に要する経費の方が圧倒的に多くなっています。とくにそれは大阪市において顕著であり、その規模は大阪市の歴史上もなかったほどのものです。そのため、財政にとっては夢洲開発全体を含む万博関連の事業費による影響だとみなすことが妥当であり、それを前提に財政運営がどうなっていくのかをみていきます。
3.大阪市の財政運営
万博および夢洲開発をめぐる財政負担は、大阪市の財政運営に重大な影響を及ぼします。表2は、大阪市が毎年発表している財政収支の見通しを示したものです。ここでいう財政収支とは、財政調整基金の取崩しによる繰り入れがない状況での財政の収支をあらわしています。実際に収支不足が発生する状況になれば、自治体は決算で赤字を出さないために、財政調整基金を取り崩すことになります。
2023年度から2024年度にかけて万博関連の事業費が膨らんでいき、それが大阪市の財政収支にもそのまま反映されることになりました。表2で2023年2月に発表された時には、万博開催の前年である2024年度には171億円の収支不足が生じるものの、2025年度からは財政収支は黒字がしばらくの間は続く見通しでした。ところが2024年2月の試算においては、大阪市の財政は恒常的かつ大規模な収支不足が続いていくことがわかります。なぜこのようなことになっているのかといえば、その大きな原因は万博や夢洲開発にともなう膨大な公共事業等の費用の膨張にあります。ちなみに、2030年頃から急に収支不足が増えるのは、この時期に高齢化が急速に進むと予測されることによっています。これに万博や夢洲開発のために行った借金の返済が大阪市の財政全体にのしかかってきます。その影響を一般会計も受けざるをえません。
普通の自治体でこれだけの規模の収支不足が続けば、財政調整基金の枯渇を引き起こすことで財政破綻へと一気に進んでいくことになります。まさに冒頭で述べた財政危機の状態に他なりません。ところが大阪市の場合には、この間にため込んだ2450億円にも上る莫大な財政調整基金があることから、このような収支不足の試算にもかかわらず慌てた様子がうかがえません。また、大阪市は巨大な都市自治体であることから、さまざまな公共サービスの削減を通じて財源を浮かすことが相対的に容易であるという側面もあります。それが大阪市の財政運営に慢心を生んでいるのです。
維新市政になって以来、大阪市は「身を切る改革」という名のもとに多くの人件費や事業費を削減してきました。これによって、大阪市の公共サービスは低下・抑制されていき、その分だけ住民の生活水準は下がることになりました。これは大阪市の財政収支にとってはプラスに働くことになり、そこで生み出された収支上の黒字は財政調整基金等を増やすことに用いられていきました。積み上がった大阪市の財政調整基金の水準は異常な規模に上っており、その状況が図1で示されています。ここでは各政令指定都市の標準財政規模(≒一般財源)に占める財政調整基金の割合が示されており、これは家計でいえば年収に占める普通預金残高の割合に相当します。現在では財政調整基金の適正規模は標準財政規模の10~15%程度とする見方が通例ですが、大阪市のそれは28%を超えています。しかも、財政規模が小さくなるほど災害等が及ぼす影響が大きくなるため、大阪市のような大規模自治体ほど財政調整基金の割合は小さくなる傾向があります。大阪市の財政調整基金のため込みは、住民への公共サービスや公共事業の削減と表裏一体のものです。
では、なぜこのような財政調整基金のため込みを大阪市は行ってきたのでしょうか。それこそが万博とカジノ・IRなどの夢洲開発に他なりません。とくに万博は半年で終えるイベントであるため、それに直接関わる会場建設などには地方債が発行できません。そのため、万博の開催期間のために発生する巨額の建設費に対応するためには、財政調整基金等を充てるしかありません。つまり、大阪市は大阪市民への公共サービス等を犠牲にして、万博への公金投入の準備を続けてきたことになります。
さらに、大阪市の収支不足がその後も続いていくことで、いずれは財政調整基金が底をつく可能性も十分にあります。その間に大規模災害等が発生すれば、財政調整基金は総動員されざるをえません。つまり、大阪市は財政危機が一気に進む可能性が絶えずあるのです。
以上のように、財政をみる二つの基本的視点から判断すれば、万博関連の事業は財政運営の上で問題が大きいことがわかります。
4.大阪府の財政運営
大阪市ほどの影響がないとはいえ、大阪府にとっても万博関連の事業費は大きな財政リスクになっています。
表3は大阪府の財政収支の見通しを示したものです。これをみれば、大阪府でも2023~2024年にかけて財政収支の見通しが大きく悪化していることがわかります。この原因としては、高校や公立大学の授業料無償化制度の拡充とともに、万博の会場建設費に対する補助金を増額せざるをえなかったことが影響しています。大阪府によれば、これら二つの施策が主に影響することで、各年度の財政収支は350~440億円程度悪化することにつながっています。とはいえ、2023年の時点においても大阪府の財政収支の見通しは相当に厳しいものであったのは間違いありません。それでも万博などに膨大な財政支出を行おうとしているのには、「大阪府財政運営基本条例」(以下、財政運営基本条例)の存在があります。
財政運営基本条例は、大阪府の財政調整基金と減債基金を強制的に積み立てるために、2012年2月から施行されています。その内容は、毎年度生じる財政収支の黒字(決算剰余金)をすべてこれらの基金に積み立てるものです。ちなみに、予算は収入の範囲内で支出を組むことから、黒字は必ず発生する性格のものです。財政運営基本条例はこの毎年度の黒字を財政調整基金と減債基金に二分の一ずつ積み立てることを目的にしています。なお、財政運営基本条例が黒字のすべてを強制的に基金へ積み立てさせることは、その財源を公共サービス等に回せなくなることを意味するため、必然的に行政改革が進んでいくことになります。
これによって、大阪府は財政調整基金と減債基金を大きく回復させてきました。その結果、大阪府の標準財政規模に占める財政調整基金の割合は2022年度で20・05%にも上っており、同じ財政力グループに属する愛知県の13・03%、神奈川県の4・81%、福岡県の4・62%などと比較しても極端に大きくなっています(図2)。このような財政運営基本条例に基づくかぎり大阪府の財政調整基金は確実に増えていきますので、それが大阪府の財政運営を楽観させているのです。
しかし、大阪市と同じように大阪府も常に災害等のリスクがあります。そのために、大規模災害等が発生すれば、大阪府においても一気に財政危機が進んでいく可能性が高くなります。このような中で、万博とカジノ・IRなどの夢洲開発に関連する財政負担を増やしていくことは、大阪府財政にとっての大きな問題であるのは間違いありません。
5.府に支配される大阪市
大阪府に比べて大阪市が膨大な財政負担とその要因である無謀なインフラ整備を強いられている背後には、両自治体をめぐる異常な組織関係があります。これは二度にわたる住民投票で否決された大阪都構想にまでさかのぼります。
2015年と2020年に住民投票が実施された大阪都構想は、大阪市を廃止することで大阪府がその権限と財源を収奪することを目的とするものでした。廃止された大阪市は複数の特別区に分かれ、そこに残される権限は身近な生活に関わる公共サービスの機能だけであり、交通・インフラ整備や経済政策など大きな事業については財源とともに大阪府へ移譲される予定でした。その際のスローガンは「二重行政の解消」というものでした。
大阪都構想の否決にもかかわらず、この「二重行政の解消」は組織改革を通じて着々と進められてきました。大阪府と大阪市は、副首都推進局(2016年)、大阪府市IR推進局(2017年)、大阪港湾局(2019年)を共同設置し、さらに2020年には大阪府と大阪市はそれぞれ「広域一元化条例」を成立させました。この条例のもとに、両自治体はあらたに共同で大阪都市計画局と万博推進局を設置しました。これにともない、大阪市にあった都市計画局は計画調整局へと名称変更され、大阪・関西万博が開催される夢洲については大阪都市計画局が担うことになりました。これらの部局は大阪府と大阪市の共同設置になっているものの、その運営の実態は大阪府による大阪市の支配に他なりません。
さらに重大なのが、大阪市の財政と経済政策までも大阪府に掌握されてしまっていることです。具体的には、大阪市の財政局長や経済戦略局長、さらにはその下の主要ポストに至るまで、大阪府の職員が就任しています。とくに、大阪市財政局については極めて深刻な事態が進みました。
大阪府にとって大阪市はまったく別個の自治体です。その大阪市の財政を大阪府が人事を通じて支配する構造がつくられてしまいました。彼らにとって大阪市の財政は「他人の金」でしかなく、その運営における規律は働かなくなってしまいます。これが万博をめぐる無謀な財政負担を大阪市に引き起こしている原因となっているのです。本稿では詳述できませんが、今後の大阪市によるカジノ・IRへの底なしの公金投入もこの大阪市財政局の隷属した組織体制によるものです。
ただし、大阪府にとっても大阪市の財政問題は無関係ではありません。これから本格的に進められようとしているカジノ・IRとの関係で、大阪府と大阪市はともにカジノ業者との協定書を三者で締結しています。しかし、行政としての主体はあくまでも大阪府の方であり、大阪市は単に金と土地を提供するだけの存在としてしか位置づけられていません。その内容はカジノ業者のいいなりのままに無尽蔵な財政負担を大阪市に押しつけるものですが、この大阪市の財政が破綻すれば今度は大阪府がそれを肩代わりせざるをえなくなります。大阪市と大阪府はともに歴史上なかった財政危機に直面しているといえます。それは、大阪府民・市民の身近な公共サービスや公共施設等の水準の低下となってあらわれてくることになります。