米軍基地周辺の川や井戸が汚染
発がん性が指摘される有機フッ素化合物(PFAS)による環境汚染が日本各地で問題になっています。汚染源の一つは、米軍基地です。
米軍基地由来と疑われるPFASによる環境汚染が初めて表面化したのは、2016年1月です。沖縄県が2014年度に実施した水質調査で、米軍嘉手納基地周辺の川からPFASが高濃度で検出されたと発表したのです。
PFASの中でも有害性の強いPFOSとPFOAの合計濃度が最も高かったのは嘉手納基地内を通る川(大工廻川)で、1リットル当たり1379ナノグラムが検出されました。
厚生労働省は2020年、水道水の水質管理目標として、PFOSとPFOAを合わせて1リットル当たり50ナノグラムという暫定値を定めました。沖縄の大工廻川で検出された1379ナノグラムは、これの約28倍という高い値でした。
*米環境保護局(EPA)は今年4月、飲料水に含まれるPFOSとPFOAの濃度をそれぞれ1リットル当たり4ナノグラム以下にするよう義務付ける基準を決定しました。これと比べて、日本の暫定目標値の1リットル当たり50ナノグラムは甘い基準となっています。
2015年度の調査では、約45万人に水道水を供給する北谷浄水場で、PFOSとPFOAを合わせて1リットル当たり120ナノグラムが検出されました。これを受けて沖縄県は、緊急対策として同浄水場にPFOSやPFOAを吸着する活性炭フィルターを設置しました。
米軍基地由来と疑われるPFASによる環境汚染が起きているのは、沖縄県だけではありません。在日米軍司令部のある東京都の横田基地の周辺でも、水道水の水源となっている井戸で次々と国の暫定目標値を上回る濃度のPFOSやPFOAが検出され、東京都はこれらの井戸からの取水を停止しました。
PFOSやPFOAは米軍が使用する泡消火剤に含まれていました。ジャーナリストのジョン・ミッチェル氏の米国の情報公開制度を活用した調査により、嘉手納基地でも横田基地でも泡消火剤の流出事故がたびたび起きていたことが判明しています。
しかし、米軍は基地外には流出していないと主張し、基地周辺の川や井戸の汚染との因果関係を認めていません。
泡消火剤の流出事故は、沖縄県の普天間基地、青森県の三沢基地、神奈川県の厚木基地などでも起きています。
米軍の許可がなければ汚染源の特定もできない
沖縄県は2016年以降、PFASの汚染源を特定するため米軍基地への立ち入り調査を計6件要請してきました。このうち、立ち入りが認められたのは2件だけです。
日米地位協定第3条は、米軍基地の管理権について以下のように定めています。
〈合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる〉
つまり、米軍基地のフェンスの中では米軍がすべての管理権を持つという意味です(これを「排他的管理権」と呼びます)。米軍の許可がなければ、日本の総理大臣であっても米軍基地に立ち入ることはできません。
日米両政府は2015年に、日米地位協定の環境補足協定に署名しました。日米地位協定に米軍基地の環境管理や汚染が発生した場合の対応についての規定がないことから、補足協定という形で締結したのでした。
同協定は、米軍基地内で環境に影響を及ぼす事故が発生し、日本側が現地視察や土壌・水などのサンプル入手を要請した場合、米側は「妥当な考慮を払う」と定めています。「妥当な考慮を払う」というのは、前向きに検討するという意味です。
しかし、これは米軍が環境に影響を及ぼす事故が発生したと認め、日本側に通報した場合に限られています。
米側から通報はないが日本側として汚染を疑うケースでも立ち入り調査を要請することは可能ですが、その場合は「妥当な考慮を払う」は適用されません。つまり、相当ハードルが高くなります。
嘉手納基地周辺の川や浄水場で高濃度のPFASが検出された件では、米軍は事故の発生を認めていませんでした。そのため、立ち入り調査も認めなかったのです。
米軍が立ち入り調査を認めた2件は、いずれも米軍が事故の発生を日本側に通報したケースでした。
そのうち1件は、2020年4月に普天間基地で泡消火剤の大量漏出事故が発生したケースです。
普天間飛行場の格納庫で消火システムが作動し、PFOSを含む泡消火剤が大量に漏出。そのうち14万リットル超(ドラム缶約700本分)が水路を通って基地外に流出しました。
基地近くの川の水面に泡消火剤の白い泡が大量に浮かび、周辺の市街地の空中にも泡が舞うような状況だったため、米軍も事故の発生を認めざるを得なかったのです。
2015年に環境補足協定が締結されて以降、米軍基地への立ち入り調査が認められたのはこれが初めてでした。
しかし、立ち入り調査が認められたのは事故発生11日後で、土壌や水などサンプルの採取場所も米側が認めた場所に限られました。
サンプルの測定結果が公表されたのは、採取から4カ月以上も後のことでした。結果の公表についても、米側との合意が必要なルール(日米合同委員会合意)になっているためです。
米軍が事故の発生を日本側に通報するのは、全体のごく一部です。在日米軍が策定している「日本環境管理基準」(JEGS)は、日本側に通報するケースを「大規模な漏出が発生し、施設の敷地内で封じ込めできない場合、もしくは日本側の飲料水源を脅かす場合」と規定しています。つまり、米軍が大規模ではないと評価したり基地外に流出することはないと判断した場合には通報しなくてもいいことにしているのです。
そして、米軍が通報しない事故や過去に発生した事故については、米側が日本側の立ち入り調査を認めることはまずありません。
立ち入り調査ができなければ、汚染源が米軍基地である疑いがあっても、確かめることすらできません。その結果、汚染が拡大する可能性もあります。
ドイツでは米軍が自ら浄化に責任を持つ
米軍基地によるPFAS汚染が問題になっているのは、日本だけではありません。
ドイツでも、少なくとも5つの米軍基地がPFASに汚染されていることがわかっています。しかし、汚染が判明した後の対応は、日本と大きく異なっています。最も大きな違いは、米軍の負担で浄化作業が行われている点です。
ドイツ南部バイエルン州にある米陸軍のカッターバッハ飛行場では、消火訓練場周辺の土壌と地下水がPFASで汚染されている事実が判明しました。
これに対して米陸軍は、汚染した地下水が基地外に流出しないように9つの井戸を掘ってポンプで汲み上げ、浄化して小川に流す計画を策定。工事費として約260万ドル(約4億円)を計上しました。
このように米軍が汚染の浄化に責任を持つのは、ドイツでは米軍の基地内での活動にもドイツの環境法令が適用されるからです。ドイツが米国などと結ぶ地位協定(NATO軍地位協定の補足協定)に、国内法の原則適用が明記されています。
日米地位協定は、基地内での米軍の排他的管理権を認めるだけで、日本の国内法を原則適用するという規定にはなっていません。そのため、日本政府は在日米軍の基地内での活動に、日本の国内法は原則適用されないという解釈を行っています。米軍基地内は、まさに「治外法権」エリアになっているのです。
また、ドイツでは、連邦、州、市町村の各当局がドイツの利益を守るために必要だと判断した場合は、事前に通告したうえで米軍基地に立ち入ることができます。緊急の場合には、通告なしでも立ち入ることができます。これも地位協定で定められています。
米軍基地のある地方自治体には、いつでも基地に立ち入ることができるパスが発給されているといいます。米軍の許可がなければ立ち入ることができない日本とは、大違いです。
日米地位協定を改定し、米軍基地に日本の国内法適用を
米国国内の米軍基地でも、PFAS汚染が深刻な問題になっています。
ハワイ州ホノルル市にあるパールハーバー・ヒッカム統合基地の地下燃料貯蔵施設で2022年11月、PFASを含む泡消火剤約4900リットルが流出する事故が発生しました。
米国国内の米軍基地でこのような環境汚染が発生した場合、米軍には包括的環境対策補償責任法に基づいて浄化する責任が生じます。
米連邦政府監査機関「GAO」が今年4月に作成したレポートによると、PFASで汚染されたパールハーバー・ヒッカム統合基地の地下燃料貯蔵施設周辺の浄化には30年以上かかる可能性があるといいます。
米国で実施された7万人を対象とした疫学調査では、PFASの血中濃度が高い人は高脂血症や腎臓がん、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎などにかかる可能性が高くなっていることが確認されました。
住民の命と健康を守るためには、一刻も早い汚染の封じ込めと浄化が不可欠です。
しかし、日本では日米地位協定が障害となり、米軍基地内のPFAS汚染の実態調査もできない状況です。汚染が発覚しても、日本の環境法令が適用されないため、米軍は浄化の法的責任を負いません。
米国政府は「在日米軍を原因とし、人の健康への明らかになっている、さし迫った実質的脅威となる汚染については、いかなるものでも浄化に直ちに取り組む」としていますが、これも米軍の判断に委ねられています。
実際、米国内やドイツで実施されているような本格的な浄化のための措置は、日本ではとられていません。これでは、日本国民の命と健康を守ることはできません。
在日米軍にも日本の環境法令を適用し、環境汚染の疑いがあれば日本側がいつでも米軍基地に立ち入りができるように、日米地位協定を抜本的に改定する必要があります。